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第6話 井端
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「全く……。このパソコン、不良品なんじゃないのか」
イイジマ電気店のカウンターで、一人の男性客が悪態をついていた。
髪はほとんどが白髪。頭皮が疎らに見えている。清潔感もない。お世辞にも、整っているとは言えない外見だった。
彼は名は「井端」といい、イイジマ電気店に何度も出入りしている常連の一人。だが、常連として歓迎されているか、というと疑問であった。
井端の応対をしているのは亀井ではなく、店主の飯島だ。彼曰く、五年ほど前にここでノートパソコンを購入したのだが、事あるごとに「不良品だ」といって持ち込んでくるらしい。
そして毎回、機器に不良といえるところは一切ない。井端が望む操作の手伝いをさせられた挙句、彼は一切の料金を払わずに去っていくのが常套だった。
亀井もイイジマ電気店で働くようになってからというもの、井端の姿を何度か見かけていた。都度、応対は飯島が担っていた。
「いいかい、井端さん。パソコンは長年使っていると、動きが悪くなったりするもんなんだよ。だけどそれは故障じゃない。消耗品だからいつかは起きることなんだ」
「わしはこのパソコンで株の取引きをしとるんだ。せっかくの売り時と思っても、この機械の動きが遅いもんだから、いっつもタイミングを逃しちまう!」
井端は続けて、パソコンのせいで損失を被ったら責任取れるのか、とお門違いも甚だしい文句を並び立てた。
ただ、飯島もこうした対処――というよりは、この井端というお客の扱いに慣れていた。適当にあしらうだけで、相手にしていない。
「たかが五年程度でこんな動きになるもんか? わしは昔、大手家電メーカーの工場で働いとったが、五年で壊れるような機械なんて作ってなかったぞ!」
「だーかーら、言ってるでしょう。井端さんのパソコンはどこも壊れていませんよ」
結局、井端は機器の文句を散々言ったにもかかわらず、最後にちょっとした操作説明を聞いて店を出て行った。
飯島は彼を見送った後、大きな溜息を吐いた。
「お疲れ様です。井端さんにも困ったものですねぇ」と亀井が労う。
飯島もやれやれ、といった様子だ。
「あの人、本当は使い方を知りたいだけなんだよ。だけど、変なプライドが邪魔して、素直に言えないんだ。だからああして難癖つけて、さもこっちが悪者かのように文句を言う。それで最後に聞きたいことだけ聞いて帰るんだから、たまったもんじゃない」
「それを承知の上で対応される店長は、お優しいです」
「まぁなんていうか、彼は可哀想な人でもあるからね……。何年か前までは年に一度、息子夫婦がお孫さんを連れてこっちに帰って来てたんだよ」
飯島の話では、数年前の感染症が広がったことがきっかけで、収まった今になっても息子夫婦の帰省はなくなってしまったとか。
パソコンを買った際、息子が同行していたらしい。きっと彼の息子はパソコンの知識があった人なのだろう。だがそんな息子夫婦が戻って来なくなってしまった。井端の相談相手がいなくなってしまったのだ。
「息子さんやお孫さんに会えない苛立ちもあるんだろうねぇ。以前はあんな偏屈じゃなかったんだけど……」
飯島の話を聞きながら、亀井は考え事をするように視線を上に向けた。
小さな虫の死骸がいくつか見えるシーリングライトが目に入った。
「あの、井端さんが尋ねてくる操作って、いつもどういった内容なんですか?」と亀井が聞いた。
イイジマ電気店のカウンターで、一人の男性客が悪態をついていた。
髪はほとんどが白髪。頭皮が疎らに見えている。清潔感もない。お世辞にも、整っているとは言えない外見だった。
彼は名は「井端」といい、イイジマ電気店に何度も出入りしている常連の一人。だが、常連として歓迎されているか、というと疑問であった。
井端の応対をしているのは亀井ではなく、店主の飯島だ。彼曰く、五年ほど前にここでノートパソコンを購入したのだが、事あるごとに「不良品だ」といって持ち込んでくるらしい。
そして毎回、機器に不良といえるところは一切ない。井端が望む操作の手伝いをさせられた挙句、彼は一切の料金を払わずに去っていくのが常套だった。
亀井もイイジマ電気店で働くようになってからというもの、井端の姿を何度か見かけていた。都度、応対は飯島が担っていた。
「いいかい、井端さん。パソコンは長年使っていると、動きが悪くなったりするもんなんだよ。だけどそれは故障じゃない。消耗品だからいつかは起きることなんだ」
「わしはこのパソコンで株の取引きをしとるんだ。せっかくの売り時と思っても、この機械の動きが遅いもんだから、いっつもタイミングを逃しちまう!」
井端は続けて、パソコンのせいで損失を被ったら責任取れるのか、とお門違いも甚だしい文句を並び立てた。
ただ、飯島もこうした対処――というよりは、この井端というお客の扱いに慣れていた。適当にあしらうだけで、相手にしていない。
「たかが五年程度でこんな動きになるもんか? わしは昔、大手家電メーカーの工場で働いとったが、五年で壊れるような機械なんて作ってなかったぞ!」
「だーかーら、言ってるでしょう。井端さんのパソコンはどこも壊れていませんよ」
結局、井端は機器の文句を散々言ったにもかかわらず、最後にちょっとした操作説明を聞いて店を出て行った。
飯島は彼を見送った後、大きな溜息を吐いた。
「お疲れ様です。井端さんにも困ったものですねぇ」と亀井が労う。
飯島もやれやれ、といった様子だ。
「あの人、本当は使い方を知りたいだけなんだよ。だけど、変なプライドが邪魔して、素直に言えないんだ。だからああして難癖つけて、さもこっちが悪者かのように文句を言う。それで最後に聞きたいことだけ聞いて帰るんだから、たまったもんじゃない」
「それを承知の上で対応される店長は、お優しいです」
「まぁなんていうか、彼は可哀想な人でもあるからね……。何年か前までは年に一度、息子夫婦がお孫さんを連れてこっちに帰って来てたんだよ」
飯島の話では、数年前の感染症が広がったことがきっかけで、収まった今になっても息子夫婦の帰省はなくなってしまったとか。
パソコンを買った際、息子が同行していたらしい。きっと彼の息子はパソコンの知識があった人なのだろう。だがそんな息子夫婦が戻って来なくなってしまった。井端の相談相手がいなくなってしまったのだ。
「息子さんやお孫さんに会えない苛立ちもあるんだろうねぇ。以前はあんな偏屈じゃなかったんだけど……」
飯島の話を聞きながら、亀井は考え事をするように視線を上に向けた。
小さな虫の死骸がいくつか見えるシーリングライトが目に入った。
「あの、井端さんが尋ねてくる操作って、いつもどういった内容なんですか?」と亀井が聞いた。
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