悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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八頁 愛国のナスタチウム

今でも貴女を(sideエヴェイユ)

 目の前にはもう会うつもりのなかった元婚約者がいる。私に向ける忠誠心も愛情も何一つ変わっていない様子に安堵しました。まだ私は彼女の中にいるのだと。

「本当にあなたは変わっていませんね」
「………殿下もお変わりないようで安心いたしました。……それで、アクナイト公子が仰っていたのはどういうことなのでしょう。彼は……」
「ティアーナ。シュヴァリエ公子が憎いですか?」

 その問いにティアーナは答えない。でも私にはわかります。彼女は今も彼を憎んでいると。そうでなければあんな激情を彼にぶつけるはずはありません。

「私も憎いですよ。シュヴァリエ公子が」
「……殿下?」

 さて、あの件は少し長くなりますね。とはいえ私たちが引き裂かれたという事実は変わりませんから今更知ったところでどうなるというものでもありませんが彼女には知る権利がありますよね。

「どこから話しましょうか。あの件は確かに貴女と私の婚約を解消させ、そしてナスタチウム一家はこのアーダへと亡命せざるを得ない事態となりました。そしてその容疑者、いえ黒幕がシュヴァリエ公子であることもご存じでしょうが……王家の調べでは少し違う事実が浮かんできたのです」
「違う事実ですか?」
「ええ。その結果王家はこの事態に関しての詳細は公表せず沈黙を選ばざるを得ませんでした」

 私は当時の出来事の裏について話して聞かせました。話が進むにつれてティアーナの表情には苛立ちと悔しさが滲んでいきます。当然ですね。これまで憎しみを抱いていた相手が結果として自分たちの命を救っていたなんて。
 
「……王家の皆様が調べてそのような内容でしたのなら私から申し上げることはございません。しかし、ひとつだけお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「なぜ、その事件でアクナイト公子が容疑者として浮上したのでしょう?」

 彼女の疑問はもっともだ。当時彼から好感情を向けられた記憶はありません。しかし公爵家に全く馴染んでおらずご機嫌取りに必死だった彼がこちらに殺しを差し向けるだけの人脈や権力、手段があったとは思えません。にもかかわらず当時わずか九つの子どもが容疑者として浮上しました。違和感を感じないほうがおかしいのです。

「私にもわかりません。ですから陛下をはじめ王家の者たちはもちろん公爵家の当主たちでさえもこのことに疑問を抱いていたのです。しかしそれ以上はどれだけ調べてもその経緯を探ることはできなかったのですよ」

 何とも情けないものですね。ツヴィトークに害を及ぼす存在が潜んでいるかもしれないというのにその尻尾すら捉えられないとは。あの一件で私とナスタチウム一家の命を狙っていたという一味のスケープゴートにされたのだろうことはわかる。しかしだからこそ疑問がわきます。なぜ、シュヴァリエ公子だったのか。そこが判明すれば黒幕の正体も自ずと絞られると思うのですが……。

「……あの事件にはさらに裏がある、ということですわね。もしや殿下と私に刺客を差し向けようとしていた者は今回の事件の犯人と同じなのですか?」
 
 さすがの察しの良さですね。あの事件さえなければ、彼女は私の隣でその能力を遺憾なく発揮しながら笑ってくれたのかと思うと……本当にシュヴァリエ公子が憎くてたまりません。たとえスケープゴートにされたのだと理解していても彼が一切関与していないという証拠もないのですから。もっとも今の彼なら案外すぐに真相を解明してしまいそうですけどね。元公爵夫人から毒を盛られて以来、彼はどこか変わった。それどころか彼を使う方が物事が好転するようですから、本当に困りものですが。それでも憎しみのほうが強いのは事実。ですからシュヴァリエ公子には、彼が自分の無実を証明するまでは恨ませてもらうとしましょう。

「殿下?」
「ああ。失礼しました。少なくとも私たちはそう考えています」
「そうですか。……私にできることはありますか?」
「……アストラに力を貸してあげてください。あれは少々困った性質を持ってはいますが間違った選択はしない人ですから」
「……御心のままに」

 そう言って私に跪く彼女があの頃私に忠誠を捧げた姿に違いはなく、私は自然と笑みを浮かべる。彼女は聖女でありすでに婚約が解消されてしまった身。もう二度と彼女と道が交わることはないのでしょう。それでも私は一人の男として——今でも貴女を愛していますよ。

 
・・・・・・・・・・・

 
 次回から『九頁 愛憎のヒガンバナ』が始まります。お楽しみに♪
 

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