129 / 149
八頁 愛国のナスタチウム
今でも貴女を(sideエヴェイユ)
目の前にはもう会うつもりのなかった元婚約者がいる。私に向ける忠誠心も愛情も何一つ変わっていない様子に安堵しました。まだ私は彼女の中にいるのだと。
「本当にあなたは変わっていませんね」
「………殿下もお変わりないようで安心いたしました。……それで、アクナイト公子が仰っていたのはどういうことなのでしょう。彼は……」
「ティアーナ。シュヴァリエ公子が憎いですか?」
その問いにティアーナは答えない。でも私にはわかります。彼女は今も彼を憎んでいると。そうでなければあんな激情を彼にぶつけるはずはありません。
「私も憎いですよ。シュヴァリエ公子が」
「……殿下?」
さて、あの件は少し長くなりますね。とはいえ私たちが引き裂かれたという事実は変わりませんから今更知ったところでどうなるというものでもありませんが彼女には知る権利がありますよね。
「どこから話しましょうか。あの件は確かに貴女と私の婚約を解消させ、そしてナスタチウム一家はこのアーダへと亡命せざるを得ない事態となりました。そしてその容疑者、いえ黒幕がシュヴァリエ公子であることもご存じでしょうが……王家の調べでは少し違う事実が浮かんできたのです」
「違う事実ですか?」
「ええ。その結果王家はこの事態に関しての詳細は公表せず沈黙を選ばざるを得ませんでした」
私は当時の出来事の裏について話して聞かせました。話が進むにつれてティアーナの表情には苛立ちと悔しさが滲んでいきます。当然ですね。これまで憎しみを抱いていた相手が結果として自分たちの命を救っていたなんて。
「……王家の皆様が調べてそのような内容でしたのなら私から申し上げることはございません。しかし、ひとつだけお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「なぜ、その事件でアクナイト公子が容疑者として浮上したのでしょう?」
彼女の疑問はもっともだ。当時彼から好感情を向けられた記憶はありません。しかし公爵家に全く馴染んでおらずご機嫌取りに必死だった彼がこちらに殺しを差し向けるだけの人脈や権力、手段があったとは思えません。にもかかわらず当時わずか九つの子どもが容疑者として浮上しました。違和感を感じないほうがおかしいのです。
「私にもわかりません。ですから陛下をはじめ王家の者たちはもちろん公爵家の当主たちでさえもこのことに疑問を抱いていたのです。しかしそれ以上はどれだけ調べてもその経緯を探ることはできなかったのですよ」
何とも情けないものですね。ツヴィトークに害を及ぼす存在が潜んでいるかもしれないというのにその尻尾すら捉えられないとは。あの一件で私とナスタチウム一家の命を狙っていたという一味のスケープゴートにされたのだろうことはわかる。しかしだからこそ疑問がわきます。なぜ、シュヴァリエ公子だったのか。そこが判明すれば黒幕の正体も自ずと絞られると思うのですが……。
「……あの事件にはさらに裏がある、ということですわね。もしや殿下と私に刺客を差し向けようとしていた者は今回の事件の犯人と同じなのですか?」
さすがの察しの良さですね。あの事件さえなければ、彼女は私の隣でその能力を遺憾なく発揮しながら笑ってくれたのかと思うと……本当にシュヴァリエ公子が憎くてたまりません。たとえスケープゴートにされたのだと理解していても彼が一切関与していないという証拠もないのですから。もっとも今の彼なら案外すぐに真相を解明してしまいそうですけどね。元公爵夫人から毒を盛られて以来、彼はどこか変わった。それどころか彼を使う方が物事が好転するようですから、本当に困りものですが。それでも憎しみのほうが強いのは事実。ですからシュヴァリエ公子には、彼が自分の無実を証明するまでは恨ませてもらうとしましょう。
「殿下?」
「ああ。失礼しました。少なくとも私たちはそう考えています」
「そうですか。……私にできることはありますか?」
「……アストラに力を貸してあげてください。あれは少々困った性質を持ってはいますが間違った選択はしない人ですから」
「……御心のままに」
そう言って私に跪く彼女があの頃私に忠誠を捧げた姿に違いはなく、私は自然と笑みを浮かべる。彼女は聖女でありすでに婚約が解消されてしまった身。もう二度と彼女と道が交わることはないのでしょう。それでも私は一人の男として——今でも貴女を愛していますよ。
・・・・・・・・・・・
次回から『九頁 愛憎のヒガンバナ』が始まります。お楽しみに♪
「本当にあなたは変わっていませんね」
「………殿下もお変わりないようで安心いたしました。……それで、アクナイト公子が仰っていたのはどういうことなのでしょう。彼は……」
「ティアーナ。シュヴァリエ公子が憎いですか?」
その問いにティアーナは答えない。でも私にはわかります。彼女は今も彼を憎んでいると。そうでなければあんな激情を彼にぶつけるはずはありません。
「私も憎いですよ。シュヴァリエ公子が」
「……殿下?」
さて、あの件は少し長くなりますね。とはいえ私たちが引き裂かれたという事実は変わりませんから今更知ったところでどうなるというものでもありませんが彼女には知る権利がありますよね。
「どこから話しましょうか。あの件は確かに貴女と私の婚約を解消させ、そしてナスタチウム一家はこのアーダへと亡命せざるを得ない事態となりました。そしてその容疑者、いえ黒幕がシュヴァリエ公子であることもご存じでしょうが……王家の調べでは少し違う事実が浮かんできたのです」
「違う事実ですか?」
「ええ。その結果王家はこの事態に関しての詳細は公表せず沈黙を選ばざるを得ませんでした」
私は当時の出来事の裏について話して聞かせました。話が進むにつれてティアーナの表情には苛立ちと悔しさが滲んでいきます。当然ですね。これまで憎しみを抱いていた相手が結果として自分たちの命を救っていたなんて。
「……王家の皆様が調べてそのような内容でしたのなら私から申し上げることはございません。しかし、ひとつだけお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「なぜ、その事件でアクナイト公子が容疑者として浮上したのでしょう?」
彼女の疑問はもっともだ。当時彼から好感情を向けられた記憶はありません。しかし公爵家に全く馴染んでおらずご機嫌取りに必死だった彼がこちらに殺しを差し向けるだけの人脈や権力、手段があったとは思えません。にもかかわらず当時わずか九つの子どもが容疑者として浮上しました。違和感を感じないほうがおかしいのです。
「私にもわかりません。ですから陛下をはじめ王家の者たちはもちろん公爵家の当主たちでさえもこのことに疑問を抱いていたのです。しかしそれ以上はどれだけ調べてもその経緯を探ることはできなかったのですよ」
何とも情けないものですね。ツヴィトークに害を及ぼす存在が潜んでいるかもしれないというのにその尻尾すら捉えられないとは。あの一件で私とナスタチウム一家の命を狙っていたという一味のスケープゴートにされたのだろうことはわかる。しかしだからこそ疑問がわきます。なぜ、シュヴァリエ公子だったのか。そこが判明すれば黒幕の正体も自ずと絞られると思うのですが……。
「……あの事件にはさらに裏がある、ということですわね。もしや殿下と私に刺客を差し向けようとしていた者は今回の事件の犯人と同じなのですか?」
さすがの察しの良さですね。あの事件さえなければ、彼女は私の隣でその能力を遺憾なく発揮しながら笑ってくれたのかと思うと……本当にシュヴァリエ公子が憎くてたまりません。たとえスケープゴートにされたのだと理解していても彼が一切関与していないという証拠もないのですから。もっとも今の彼なら案外すぐに真相を解明してしまいそうですけどね。元公爵夫人から毒を盛られて以来、彼はどこか変わった。それどころか彼を使う方が物事が好転するようですから、本当に困りものですが。それでも憎しみのほうが強いのは事実。ですからシュヴァリエ公子には、彼が自分の無実を証明するまでは恨ませてもらうとしましょう。
「殿下?」
「ああ。失礼しました。少なくとも私たちはそう考えています」
「そうですか。……私にできることはありますか?」
「……アストラに力を貸してあげてください。あれは少々困った性質を持ってはいますが間違った選択はしない人ですから」
「……御心のままに」
そう言って私に跪く彼女があの頃私に忠誠を捧げた姿に違いはなく、私は自然と笑みを浮かべる。彼女は聖女でありすでに婚約が解消されてしまった身。もう二度と彼女と道が交わることはないのでしょう。それでも私は一人の男として——今でも貴女を愛していますよ。
・・・・・・・・・・・
次回から『九頁 愛憎のヒガンバナ』が始まります。お楽しみに♪
あなたにおすすめの小説
死ぬだけの悪役令息に転生したら、待っていたのは攻略対象達からの溺愛でした。
きうい
BL
病でで死んでしまった優は、気が付いたら読んでいた小説の悪役令息として転生していた。
それもどのルートでも十五歳という歳になると、死ぬ運命にある悪役———フィオレン・オーレリウス。
前世で家族に恵まれず、家族愛とは程遠い世界で生きてきた優は、愛されたいという願望を捨て、ひとりで生きることを決意する。
しかし、家族に対して表情と感情を隠し、言葉も発さず、一人で生きて行く術を身につけようと家族から距離をとるフィオレンとは裏腹に、家族や攻略対象達は異常なほどの愛を注ぐ。
フィオレンの知らない所で、小説のシナリオとは正反対の道を辿ることになるも、愛に無頓着で無自覚なフィオレンは溺愛されていき………?
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結。一気読みできます!】悪役令息に転生したのに、ヒーローもヒロインも不在で、拾って育てた執事が最強なんだが……なんで?!
はぴねこ
BL
前世の弟が好きだったゲームの世界に、悪役令息として転生してしまった俺。
本来なら、ヒロインをいじめ、ヒーローが活躍するための踏み台になる……
そんな役割のはずなのに、ヒーローともヒロインとも出会えない。
いじめる対象すら見つけられない新米悪役令息とか、ポンコツすぎないだろうか?
そんな俺に反して、子供の頃に拾って育てた執事は超優秀で、なぜか「悪役執事スキル」を着実に磨いている。
……いや、違う!
そうじゃない!!
悪役にならなきゃいけないのは俺なんだってば!!!
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
表紙は自作です(笑)
もっちもっちとセゥスです!(笑)
【完結】転生した悪役令息は、お望み通り近付きません
カシナシ
BL
「お前など、愛す価値もない」
ディディア・ファントム侯爵令息が階段から落ちる時見たのは、婚約者が従兄弟を抱きしめている姿。
(これって、ディディアーーBLゲームの悪役令息じゃないか!)
妹の笑顔を見るためにやりこんでいたBLゲーム。引くほどレベルを上げた主人公のスキルが、なぜかディディアに転生してそのまま引き継いでいる。
スキルなしとして家族に『失敗作』と蔑まれていたのは、そのスキルのレベルが高すぎたかららしい。
スキルと自分を取り戻したディディアは、婚約者を追いかけまわすのを辞め、自立に向けて淡々と準備をする。
もちろん元婚約者と従兄弟には近付かないので、絡んでこないでいただけます?
十万文字程度。
3/7 完結しました!
※主人公:マイペース美人受け
※女性向けHOTランキング1位、ありがとうございました。完結までの12日間に渡り、ほとんど2〜5位と食い込めた作品となりました!あああありがとうございます……!。゚(゚´Д`゚)゚。
たくさんの閲覧、イイね、エール、感想は、作者の血肉になります……!(o´ω`o)ありがとうございます!(●′ω`人′ω`●)