悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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九頁 愛憎のヒガンバナ

131話 アラグリアとの戦い

「きゃあぁ!!!」

 あと少しで唇が触れるというところで、完全に無防備だったアラグリアに蹴りを入れ自分の上からどかす。手加減をしているとはいえ蹴りを食らった貴族令嬢がただで済むわけもなく。少しばかり吹っ飛ばされ壁に激突し、床に転がった。
 アラグリアの変貌ぶりがずっと疑問だったが、ようやく原因がわかった。できれば気付きたくなかったけどな。同時に俺に投与されたあの丸薬の正体もおおよそ見当がついたわけだし。

「最後まで続ける気だったが事情が変わった。お前たちを拘束させてもらおう」
「ど、どういうこと!? なぜ…………貴方、まさか……」

 呆然とこちらを見ていたアラグリアだったが、頭が思考を取り戻すと驚愕と困惑が入り混じった顔をこちらに向けてきた。

「その不快な力も、あの丸薬も私には効かない」
「……う、嘘よ! そんなはずないわ! あれが効かない人間がいるなんてありえない!」
「だが実際に効いていない。おかげでしたくもない芝居をする羽目になった」
「…………ふざけないで! シュヴァリエ! 貴方は」
「ずっと言おうと思っていたが、お前は一体誰の許可を得て私の名を呼び捨てにしている? リコリス侯爵家はいつからアクナイト公爵家より上の身分になった?」
「……っ!」

 悔しそうに唇を噛みしめるアラグリアを無視して、俺はベッドのシーツを剥ぎ取り近くの椅子に引っ掛け、シーツを破った布でアラグリアを縛り上げようとした直後、魔力を感じて咄嗟に離れた。ドレスの裾が広がっているのを利用して俺の死角から魔法を放ってきた。もっとも仕込まれているわけじゃないから動き自体に無駄が多いし遅い。しかし暗部を担っているわけでもない貴族のお嬢様がやるにはかなり物騒だぞ、おい。

「……いつから私を騙していたの?」
「あの妙な薬を飲まされた後から」
「そう……最初からというわけね。そんなに私の物になるのが嫌なの?」
「愚問だな。逆に聞くが私が君の物になったとして私に何の得がある?」

 直後、あたりには再びあの不快な魔力が充満し、俺は咄嗟に、ついさっき裂いた布で口を覆った。その隙をついてアラグリアがナイフを手に俺に向かってきた。

「……貴方はいつもそう。どれだけ私が想いを伝えたところで貴方にはちっとも届かない」
「君がなぜ私に想いを寄せるのかという疑問は常にあったが……それだけだな」
「…………あなたに教える義理はありませんわ。どうせ覚えていないでしょうし」
「そうか。ならばさっさと投降しろ。どのみち極刑は変わらないだろうが」
「お断りするわ。たとえ極刑になったとしても私は……貴方が欲しいのよ!」

 そう言ってこちらに向かってくるアラグリア。さっきの魔法発動のときよりも数段早い突然の攻撃に俺はたまらずガラスを割って外に飛び出した。俺が囚われていた部屋は三階で飛び降りたら普通に死ぬけど後ろからも狂気凶器が迫っている以上迷っている余裕はない。すぐそばに植えられていたそれなりの高さの木に飛び移れなかったため太めの枝を掴んでどうにか着地。それを追ってくるアラグリアは水の魔法で生み出した水流に乗って危なげなく地面に降り立ち、俺を追ってくる。くそ、無属性魔法ってこういう時不便だな。どこかで武器を調達しないとならないが……ひとまず今は逃げよう。というかあいつ魔法のスピード早いな!? 避けるので精一杯なんだが? アラグリアの魔法実技の成績は学園トップクラスっていう設定は伊達ではないらしい。魔力量では俺のほうが圧倒的に上だがこの状況においてはアラグリアのほうが有利だ。

「ちっ!」

 しかも厄介なことに邸の使用人も戦闘に加わってくる。まあ戦闘というよりは足止めが目的らしいが鬱陶しいにもほどがある。こっちは丸腰だってのに腹立つ! ひとり対大勢とか卑怯だろうが!? さらに苛立ちながらも逃げ回るがそれでも手数はあちらが上で体のあちこちに切り傷や擦り傷、打撲が増えていく。

「シュヴァリエ!」
「!」  

 俺の名前を呼ぶ声がしてそちらに視線を向けるといまだ女装したままのカルが俺の傍に降り立った。そのまま向かってくる敵を殺しながら俺に剣を寄こした。

「武器もなしに逃げ回るとかお前結構体力あったんだな」
「もう少し早く助けに来い!」
「悪かったって。それといいお知らせだ! アウル・オルニスたちがあと少しでこっちに着くらしい。今湖畔の入り口まで来ているってよ」
「……そうか」
「旦那が来てると知って安心したか」
「阿呆言っていないで働け」
「へいへい。俺は雑魚引き受けておくからお前はあの痴女をやれ」
「もとよりそのつもりだ」
「ふはっ! 好いた男からの痴女認定とか笑えるわ!」

 そう言って楽しそうに雑魚狩りに走って行ったカルを見送り、俺はアラグリアと対峙する。アラグリアはちらりとカルのほうを見て顔を歪ませた。

「……なによ。ここにもネズミが紛れ込んでいたということ? しかもあの体格、男じゃない。詐欺にもほどがあるわ」

 それには同情する。いくら認識阻害の魔術があるとはいえあれはさすがに無理あるだろうことは俺でもわかる。むしろ違和感が仕事しなさ過ぎな事実に恐怖を覚えた。

「まあいいわ。それよりも私の魔法をそんなもので躱せると思っているのかしら? 大人しく私の物になっておけば痛い思いせずに済んだのよ。それに貴方の綺麗な顔に傷がつくのは嫌なの。さっさと終わらせるわ」

 言い終わるや否や無数の氷を生成し俺へ向けてくる。あの攻撃は俺を狙っているというよりも俺を動けなくさせることが目的みたいだし、うまくさばくしかない。確かに今の俺に魔法をどうこうすることはできないが魔法によって作り出されたものには対応できる。シュヴァリエの剣の腕前でどこまでできるかは知らないが、対応できなければ俺の童貞が危うい。こんな女に前世も今世も合わせた童貞を捧げるつもりはねえんだよ。
 アラグリアは魔法実技の腕を遺憾なく発揮し俺の行動をうまく妨害してくる。それに対して俺は飛んでくる氷柱を剣を使って軌道を変え、氷柱同士をぶつけて相殺し、いくつかは軌道を変える力を利用してアラグリアにお返しするがそれは魔法で弾かれた。それでも全部は打ち消せずアラグリアに命中する。シュヴァリエはゲームの登場人物たちの中でも一番体力がない。いや、ほかの攻略対象がおかしいんですけどね!? モブにも負ける体力の低さって言うのは普通に酷いと思うんだけどな!? まあその分属性魔法の効果に割り振られているんだけど。体力勝負になっては分が悪い。……っと、地面に水をまいて凍らせてきたか。だけど体育の成績悲惨だった俺でもスケートだけは唯一できた。だから凍った地面の上では俺のほうが有利だ。あんな体力もない運動音痴一歩手前の奴がスケート得意だったんだ。それよりはるかに体力もあって運動もできるこの体にできないわけはない。
 スケートの要領で凍った地面を利用しこれまでよりも滑らかな動きと力でアラグリアの魔法を相殺していく。。もちろん氷だけでなく無駄に勢いのある水鉄砲とかも飛んでくるし霙で作っためっちゃ硬い雪玉までこっちに向かって飛んでくる。ただ水も氷も水属性の魔法故にアドバンテージはアラグリアにあり、足を凍らされるがそこは氷柱を使って砕いた。

「本当に厄介な戦い方ですこと。貴方はシエル公子にもルアル嬢にも勝てないのに戦い方だけは面倒だなんて……いったいどうなっているのだか」
「そんなことはどうでもいい。もう間もなくアウルたちがこちらへ到着する。さっさと降伏しろ」
「……アウル、ですって?」

 アウルの名前を出した途端、アラグリアは不自然に動きを止めて俯いた。

「……?」

 ぶつぶつと何かを言っているが、周囲の戦闘音も相まってうまく聞き取ることができない。

「……で」
「なんだ?」
「私の前で…………あの男の名前を口に出さないで!」

 この声に呼応するように無数の氷柱が生じ、この別荘の近くにあった湖から猛烈な勢いで水が吸い寄せられる。同時に地響きが起こったと思ったら、リコリスの隠し別荘を覆うように氷の牙のようなものがそこかしこに出現し、俺たちは氷でできた巨大な柵の内側に閉じ込められた。

 
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