悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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八頁 愛国のナスタチウム

113話 再び起こる事件

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 前世と今世を合わせて精神年齢三十何歳の童貞シュヴァリエ・アクナイト君は同室の攻略対象者様にエッチな治療を施されものすごく気まずいです。どんなに逃げたくても同室なので逃げ場なし。本当に勘弁してくれ。そんな心境の中体調の回復した俺は一日遅れて奉仕活動に参加。と言っても午前中は授業なんだけどね。
 授業の内容は数学や歴史といった普通の科目もあるがこの国ならではの授業もある。そのうちの一つが精霊信仰論と精霊言語についての授業だ。これがめっちゃ面白い。精霊信仰論は簡単にいえば精霊とはなにか、そして彼らのこの世界における役割なんかを学ぶもので精霊言語は精霊との共存なんかを学ぶもの。この話が聞けただけでもこの国に来てよかったのかもしれない。いつもよりも明らかに熱心に話を聞いているという自覚があるあたりよっぽどよっぽど楽しんでいたんだと思う。
 授業が終わって俺は教会へ向かい清掃活動をする。担当場所は……アウルとクラルテと同じ礼拝堂。だけどやっぱり気まずいな。なんで計ったかのようにこいつらと一緒になるんだ。決めたの絶対エヴェイユだろ。あと礼拝堂めちゃくちゃ広い。高校の体育館とグラウンドを合わせたくらい? いやもっとあるか。これをこの少ない人数で掃除って割り振りおかしくね? いや二階席を掃除しているひとたちもいるけどさ。

「……随分と不機嫌そうだな」
「なぜ清掃区域まで君と同じなんだ」
「仕方ないだろう。君は倒れたばかりなんだ」
「…………はあ」
「ああ、このことは即達(※誤字にあらず)でエヴェイユ殿下がアクナイト公爵に伝えたらしい」
「余計なことを」
「あのなぁ……他国で公爵家の子息が倒れたとあっては報告しないわけにはいかないだろう」
「そんなことはわかっている」
 
 理解はしているけどそれとこれとは別問題だっつーの! 俺は重く息をはき礼拝堂の奥に鎮座する精霊神ハルモニアの像を眺める。俺自身ハルモニアを信仰しているわけではないが万物に神が宿るという思想のある日本で生まれ育ったからかどんな神でもごく自然に受け入れられる。

「アクナイトさんが無事に目を覚ましてよかったです。いきなり倒れたときはびっくりしましたよ!」
「王太子殿下に危害が加わる事態を回避しただけだ」
「それがすごいんですって! ぼくなんて何もできずに棒立ちになっちゃって……リヒトに大分心配かけちゃいました」

 ……おや? 気のせいか? クラルテの顔がほのかに赤く染まっている。まさかクラルテの奴リヒトを好きになったのか? 編入当初からずっとそばにいてなにかとフォローしてくれて仲良くしてくれれば友情以上の感情が芽生えてもおかしくはないけど……。前にリヒト、というか風車が言っていた言葉を思い出し少しばかりクラルテに同情した。だってあいつ「隠れ蓑にちょうどいいんだよな」って言っていたし。いやでもクラルテに関しては今のところ俺の憶測でしかないし考えないようにしよう。
 それにしても精霊神って言葉を最初に聞いたときは日本人らしいなって思ったっけ。ファンタジーだと精霊王って存在は出てくるけどその上位の存在は滅多に出てこないからこういう設定は面白いって感じたんだよな。……あれ? そういえばこの後のゲームの展開に精霊神が関わっていた気がする。なんだっけ? ……あ、そうだ。ゲームだと礼拝堂の清掃をしていたのはクラルテとその攻略対象だった。そしてその清掃中にクラルテが——

「クラルテ? どうしたんだ?」

 突如アウルが声を上げてクラルテのほうを向く。ああここはゲームと同じなんだな。クラルテに近づこうとするアウルの腕を掴み俺は静かに首を振る。その間にもクラルテの体は精霊神の像へと引き寄せられるように歩いて行った。そして像の前で立ち止まって僅かの後、弾かれたように走り出したクラルテに呆気に取られたアウルの腕を引っ掴み後を追う。

「これはいったいどういうことだ!?」
「アベリア山の時と同じであの編入生が啓示を受けたんだろう。それも精霊神から直接な」
「そんなことがあり得るのか?」
「私が知るか」
「まったくアーダについてから休む間もないな!」

 クラルテを見失わないように必死に追いかけていると次第に教園を囲む小さな森の中に入った。ここもゲーム通りでよかった……と言いたいところだが。ゲームでの胸糞悪い展開を思い出して俺は内心で舌打ちをする。
 前を走っていたクラルテが突然悲鳴をあげて立ち止まり地面に座り込んだ。その様子にアウルと俺は速度を上げてクラルテのそばに行くとそこには……すでにこと切れていた例の伯爵子息の姿が。というかこいつ拘束されていたんじゃなかったのか?
 なんにせよこの森で人が亡くなるという展開はゲームでもあったけどその身元は明かされていなかった。それにこの殺され方……喉を剣で一突きだな。

「ア、アウル……アクナイトさんも……来て、くれたんだ…………」

 クラルテはすっかり腰が抜けて立てなくなっているようで座り込んだまま目に涙をためてこちらを見上げてきた。

「大丈夫か?」
「う、うん。でも…………びっくりして」
「無理するな」

 そんなやり取りになぜか苛立ち……

「アウル」

気が付けばやや強い口調でアウルを呼んでいた。俺に呼ばれて傍にやってきたアウルに不思議と満足感を覚える……なにやってんだ俺は。自分でも理解不能な言動と心情に内心戸惑い、それらを誤魔化すように遺体に近づいた。
 俺は医者じゃないから検死なんかできないけど……ん? 

「シュヴァリエどうした?」
「何か布を持っていないか?」
「あ、ああ。これなら」
 
 そう言ってアウルが差し出したハンカチで指を覆い指紋がつかないようにしてそっと遺体のジャケットを外しシャツを捲りあげるとそこには……あのペンダントと同じ印が刻まれていた。……まじかよ。

「これはあのペンダントに刻まれていたものと同じものか」
「ああ。間違いないだろう。こんな特徴的な形はそうそうない」

 黒い逆さの三日月と太陽を背負った悪魔と剣の紋。悪趣味極まりないこの印をこうも立て続けに見る羽目になるとはな。血が乾いていないということはたぶん殺されてから三十分も経っていないだろうな。大聖堂からここまでは大体走って十五分。魔法という手段がこの世界にある以上逃げる時間は十分あったことになる。
 遺体を検分していると背後から複数の足音が聞こえてきた。おそらくクラルテの悲鳴を聞いて駆けつけたのだろう。

「さっきの悲鳴は何事ですか!?」
「オルニス公子! アクナイト公子! クラルテさん!」

 やってきた人々が一昨日まで普通に会話をしていた伯爵子息の変わり果てた姿を見て次々に悲鳴をあげその場で蹲る者もいる。無理もないか。貴族の子息子女は滅多なことで明らかに殺されたと分かる死体を見る機会なんてないだろうし。……俺も全然平気じゃないけどな。仕事のしない表情筋がここでもしっかりお役立ち。
 さてと一旦この場を収めないとどうにもならないよな。

「神聖な教会でこのようなことが起こるなんて……」
「なぜこんなことに……」

 …………うん、なんか、こっちが申し訳なくなるわ。そりゃ教会でこんなことが起こったら不吉以外の何物でもないよね。

「これは一体何の集まりですか?」

 人だかりの中からアストラが顔を覗かせ状況を把握した途端に顔をしかめた。美人がこんな顔をするとやっぱり迫力あるわ~……じゃなくて。

「……神聖な教会においてこれは由々しき事態です。早急に王室騎士団と聖騎士団に派遣させ事件を終息させます。オルニス公子、アクナイト公子、クラルテ殿は事情聴取を行いますのでこの場に残ってください」
『はい』
「皆様は落ち着かないとは思いますがそれぞれの持ち場に戻ってください」

 アストラの言葉に人々は青ざめながらも従い重い足取りで戻って行った。それと入れ違いに騎士たちが入ってくる。……おや?

「……騎士の到着が随分とお早いですね」
「聖騎士たちの詰め所は教会のすぐ近くにあります。ですので先ほどの悲鳴を聞いて駆けつけたのでしょう」
「……そうですか」

 詰め所が近場にあるなら到着が早いのも当然、か。

「先ほど悲鳴が聞こえたのですがいったい何事ですか……っ!?」

 騎士たちが目の前の光景に絶句した。無理もないな。だけどそこは騎士たち。すぐに我に返ると殿下に一礼をしててきぱきと動き始める。

「王太子殿下。申し訳ありませんが事情をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。今回の第一発見者はツヴィトークからいらっしゃったお三方です」
「この方々が? ……そうですか。ではそれぞれ事情をお伺いしても?」
「は、はい……」
 
 頷きはしたもののいまだに動揺が抜けないのかクラルテは震えていた。仕方がないので俺が言おう。だけどその前に。

「お話しする前に場所を移しませんか? ここではほかの騎士たちの邪魔になる」
「ああ、そうですね」
 
 ちょうどいい場所がある、というアストラに続いてアウルたちがその場を離れる中、俺は一度振り返りある一点に目を止める。

「シュヴァリエ?」
「今行く」

 こんな方法で俺を呼び出すとはなかなか考えたよな——聖女様は。
 
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