狼さんのごはん

中村湊

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ご飯は、美味しく楽しく

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 沢家の1日は、賑やかだった。運動部で常に空腹状態で返ってくる兄2人の胃袋を支え、共働きで疲れて返ってくる両親の疲れを食事で満たす。
 いつしか、絵里は台所に立つのが当たり前で、スーパーのチラシチェックを学校の休み時間にしていた。

 「絵里ちゃん、今日は何見てるの?」

 興味津々の同級生は、絵里が楽しそうに見ているチラシから始まる夕食の献立メニューを参考に自分の家の献立を決めている。
 美味しいだけでなく、食材をいかに良いモノを安く買うか? ソレが絵里の楽しみでもあった。
 同級生のママたちは、勿論チラシチェックは当たり前だった。しかし、絵里の家事スキルを聞いたり、スーパーで会うとそのスキルの高さに娘たちにも特売の買い出し手伝いを頼む。

 「んー。今日は商店街のスーパーは特売だけど、八百屋さんが大根を安売りをするって言ってた」
 「おぉー!!絵里ちゃん情報はすごいね!!」

 絵里は、「そうかな?」と首をかしげる。そんな姿も愛らしい。本人は、全くの無自覚だが。

 中学で進路を決める時期になり、もともと食に興味が高かった絵里に家庭科をいっぱい勉強できる高校があるという話しで食物栄養科の高校に進学。栄養士という資格の存在を知り、栄養士の資格もとるために食物栄養学科のある短大に進学した。

 家政科という名前から栄養科というように名が変わった学校は数が減少して、通うには遠方になるかと思った。
 しかし、実家から通える距離に高校も短大もあった。
 高校から女子ばかりの中で居て、異性が少ない環境になり身近な異性は兄2人と父だけ。 短大に入り、同じゼミの野崎優歌ゆうかに出会った。
 とても華やかな子だな……と思ったが、一緒に過ごすと、見た目で勘違いされて苦い経験を持っていることを知る。見た目とは違い、おばあちゃんが作ってくれた煮物の味が忘れられないというおばあちゃん子だった。

 「おばあちゃんに作り方を教わっても、あの味がでないし……」

 学校の昼休みに、優歌からぽろっと出た言葉に絵里は「じゃぁ、一緒に作ろう」と切り出した。
 絵里の家に初めて来て、台所がとても愛着ある使われ方に感動していた。

 「ふぉおー、すごい!!おばぁちゃんの家に来たみたい!!」
 「優歌……それ、私がおばあちゃんって……」
 「んー、そうじゃなくて。おばあちゃんが、台所は大事にしなさいって言ってたから」
 「そうだね……さて、筑前煮だっけ?」

 切り替えが意外と早い彼女に、一緒に買った材料を優歌がキッチンテーブルに出していく。
 レンコン、里芋、にんじん。豚肉、しいたけ。
 調味料は、絵里の家のを拝借はいしゃくする。
 手慣れた手つきの綺麗な動きに、優歌は見惚れてしまった。

 「……?どうしたの?……」

 赤面した優歌が、「私が男だったら、落ちてるわ」と言う。
 小首を傾げて、わからないという表情もまた可愛い。

 ーこの子は、私が守る!!ー

 変な目的意識を持って、優歌は料理に取りかかった。
 包丁のリズム。肉と野菜を炒める音。煮付けるために落としぶたをする姿。
 なにより、このご時世に和風な割烹着姿。

 「~~っ!!~ダメ!!」

 後ろから急に絵里を抱きしめ、スリスリする。

 「っひゃっ!な、なに?」
 「可愛すぎる!愛しすぎる!絵里、あんたは私が守るからね!!」
 「っへ?……あの、優歌ちゃんは、そっちの趣味?」
 「違います!!ノーマルです!!」

 片手で違うとジェスチャーしつつ、もう片手で絵里を抱きしめている。
 言っていることと、やっていることがとても矛盾している。
 近くで可愛いモノを見つけて愛でている優歌を気にせず、絵里は料理を進めている。

 ーこの姿見たら、周りの男が群がる!!ー
 ー絵里の貞操は、私が守る!!ご飯も!!ー

 変な決意表明まで胸のうちで優歌はしたところで、筑前煮が出来上がった。

 「この匂い……」

 懐かしい匂い。そして、絵里が作った味噌汁や和え物。
 優歌が絵里の料理している姿に夢中になっているうちに、出来ていた。
 手慣れた手つきで、テーブルに並べていく。

 「優歌ちゃん、食べよう?」
 「うん!!」
 「「いただきます!!」」

 2人で声を合わせ、ひとくち口に運ぶ。
 たった一口、筑前煮のレンコンを口に入れひと噛み。ふた噛み。
 ぽろっと。滴が頬を伝う。
 優しい手が、優歌の頬を拭う。
 そのあとは、夢中でご飯を食べた。

 ーおいしい!!この味!!ー

 自然と頬を緩ませ、楽しそうに食べている優歌を見て絵里は嬉しくなった。
 おばあちゃんの筑前煮は、想い出の味でなにかあると作ってくれていた。食べると幸せな気分になった。
 おばあちゃんが調子が良くなくて、筑前煮を作ってあげたかった。でも、自分だけでは出来なくて辛かった。
 絵里の前で、ぽろっとこぼした弱音は深く聞かれず「一緒に作ろう」と言ってくれた。
 食べている今も、何か聞いてこようとはあえてしない。でも、ご飯から絵里の気持ちが伝わってきた。

 「絵里……ありがとう……」
 「うん」

 ご飯を食べ終わると、優歌はおばあちゃんのことを自然と話しができた。
 心から美味しく楽しい食事が出来たのは、久し振りだった。

 「ご飯はね、美味しく楽しくだと嬉しいよね?」

 絵里は優しく微笑み、少し照れていた。
 彼女なりのなぐめ方だったのだろう。以来、優歌は絵里に【餌付えづけ】された。
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