狼さんのごはん

中村湊

文字の大きさ
14 / 22

食卓は一緒に

しおりを挟む
 彼女と、絵里と一緒に暮らしていることが日常になってきていた雅和にとっては、最近の食卓に不安のようなものがあった。
 会社での昼食は、彼女の手製弁当を楽しみにしているのだが……一緒に食べることができない。優歌と絵里が中心に進めている新企画のため、ランチミーティングというのを行うようになったからだ。
 企画のサポートにしたのだが、ほぼ企画の中心になっている状態。彼にとっては、彼女の仕事での成長を願うものの、彼女への強い独占欲が日に日に増していて企画から外すことすら考え始めてしまっている。
 本格的な梅雨入りになり、公園のベンチでは昼食ができず自席で弁当を食べている。

 「課長が弁当……まさか……」
 「最近多いよね? 自分で手作りって感じでもないし」
 「だよな? 恋人?」
 「「……まさか、ねぇ……」」

 じろりと課長に睨まれた商品開発課の面々は、「昼に行ってきまーす」と逃げだした。
 小さく嘆息たんそくすると、ちょうど絵里が戻ってきた。
 課には、雅和と絵里だけになっていた。

 「雅和さん……あの、企画が忙しくて。一緒にご飯できなくてごめんなさい」
 「いや……大丈夫。弁当、美味しかった」
 「雅和さん、ねぇーーーー」
 「?! ゆ、優歌?!」
 「絵里がそわそわして行くもんだから、誰かと待ち合わせって思ったけど……まぁ、挨拶した時に、あんなんだったしぃ」

 優歌は少し遠い目で、明後日の方向を見ている。今日も企画詰めに行きそうで行かない状態だった2人は、少し疲れた表情になっている。「少し外すね」と、優歌は課から離れた。
 2人の時間を、と気を遣ってくれたようで、さりげない言い方の優歌に絵里は嬉しくなった。2人分のお茶を淹れて持ってきて、雅和と一緒に飲む。
 お弁当を2人で食べる時間は減ったが、こうして一緒にお茶を飲む時間はとるようにしている。
 
 「企画は楽しいか?」
 「はい!! 新しいことばかりで、大変ですけど……優歌も一緒にいるので」
 「アイツがいるから?」
 「優歌ですか?」
 「その……君は、絵里はサポートのはずでは……」
 「企画部の方で、サポート位置だと中途半端だからと優歌と一緒に……聞いてませんか? 企画課からは?」
 
 記憶の糸を手繰たぐる雅和の脳裏に、「あっ、サポートじゃなくなったから!! 沢さん!!」という言葉を思い出す。その時は、特に気にせず聞き返しはしなかったが……企画の中心に、という意味だったのを今分かり眉間に皺が……ぐぅぅぅっと寄って、うなる。
 ガタンと席を立つと、「外してもらう!!」と言い出した。
 驚いた絵里が、彼の手を握る。

 「君を企画から外して貰うようにする!!」

 厳しい瞳で絵里に向けて、ハッキリと言ってきた。突然、企画から外して貰うと言い出し。その前は、サポートにと言ってきたり……彼の中で、何が起こっているのか? 絵里は検討が着かなくなり始める。
 企画は順調とは言い難いが、テーマは決まって固まり始めていて、メニューを考え始めてきている。優歌も、「絵里と一緒に新しいことに挑戦できて嬉しい」と言ってくれている。
 雅和の提案で、企画メンバーに入れてくれたはずだったのだが……今や、メンバーから外すと言い出している。

 「雅和さん? あの、高井課長!! 待ってください!!」
 「雅和!!」
 「課長!! どうして、ですか? 私、企画メンバーに入れて貰えて嬉しかったですし……サポートって言われても……今度は、企画から外すって?」
 「雅和!!」
 「今は、課長とお話ししていて……」
 「課長と呼ばない!!」

 絵里が必死に問おうとしても、彼は「雅和」と呼ぶようにと何度も言い返して話しが段々成り立たなくなってきている。
 泣きそうになってきたのを、必死に堪えて、自分の手をぎゅぅっと握り締める。爪が食い込んで、痛み始めていても、それも分からないくらいに……。

 「どうしてか、理由が知りたいです。高井課長」
 「………………」

 もう、課長はだんまりの状態になり眉間にひどい皺を寄せている。彼女が必死に堪えて言っているのは分かっているが……なんて言ったら良いかが分からない。
 彼女の頬に、触れようとしたら顔をそむけられてしまい立ち去ってしまった。
 昼休みが終えても、彼女は席に戻っては来なかった。不機嫌なサイボーグに、不機嫌な優歌。商品開発課の中では、ブリザードと嵐が同時に起きていた。
 他の社員は、身震いを起こしながら、その日は仕事をするはめになった。絵里が戻ってきても、その雰囲気は……壊れることがなかった。
 いつもなら、彼女が溶かしてくれる氷や、とめてくれる嵐も……吹きすさんで荒れに荒れていた。

 企画課に就業終了前に寄った雅和は、企画課課長に直談判した。彼女を企画から外せ、と。直談判というよりも、圧力。
 坂口家の縁戚関係の、遠い遠い縁戚の課長は……「外して企画がどうなる?」と問う。その答えに、雅和はきゅうしてしまった。
 とにかく、彼女を企画から外すことしか考えないでいて。企画のことは全く考えていない状態で言ったからだ。

 「高井課長? 彼女を企画に入れたいと言ったのは、あなたです。それが、サポートにしろ? 今度は、企画から外せ? 何様です?! アンタは!!」
 「ぐっ……と、とにかく……」
 「お断りします。彼女の意思を確認し、他の企画メンバーと話し合う必要もあります。それに、企画に必要かどうかは、企画リーダーを務める、企画課で判断します」
 「し、しかし!!」
 「以上です」

 企画課課長は、言うなり席を外し就業終了のメロディーが鳴るとカバンを持って席を外した。
 うなだれ、企画課から会社の外に出た雅和は途方に暮れた。昼間、彼女にあのような言い方をした。彼女は戻ってきたが……目は腫れていた。

 泣かせてしまった。自分が……彼女を泣かせてしまった。
 
 「俺は、ただ……一緒に……一緒に、居たいだけなのに……」

 ポツポツと小雨だった雨は、だんだんと強くなり始めた。傘を広げて、歩き出したが……一緒に居るマンションに戻ろうにも、脚が重くなかなか辿りつけない。
 マンションの灯りがともっている。彼女の部屋を見上げ、途方に暮れた。
 
 「一緒に、ご飯食べたい」
 「一緒に、居たい」
 「それだけ、なんだ……ただ、俺は……絵里を好きだから……」

 そこまで言って、初めて気がついた。彼女に好意を寄せていることを。好きという、女性として、一緒に居たいくらいに好きで好きで堪らないということ。
 もう、好きを通り越している……のかも知れないことも。

 【ごはん。一緒がいい】

 マンションに既に戻っていた絵里のスマホに届いたメッセージ。その中に、今の雅和の、彼の気持ちが全て詰まっているように感じた。

 「……一緒……」

 【ご飯、食べましょう。一緒に】

 絵里は、返事をし彼を部屋で待った。すると、ガチャッと勢い良く帰ってきた彼の姿。相変わらず、息はきらしていないが。尻尾が大きくふりふりしているように見え、大きな耳はへにゃっと垂れ下がっている。
 自分よりも身長があって、体格も良いけれど。瞳も鋭いけれど、どこかに恐怖感や寂しさをもっている彼を抱き締めて迎える。
 ふるふると震えていた彼の手が、絵里を優しく抱き包み、「ご飯は一緒がいい」とこぼす。
 今にも泣き出しそうなオオカミさんは、大好きな赤ずきんちゃんの家に帰れて嬉しそうにはにかんだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

思い出のチョコレートエッグ

ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。 慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。 秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。 主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。 * ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。 * 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。 * 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

愛想笑いの課長は甘い俺様

吉生伊織
恋愛
社畜と罵られる 坂井 菜緒 × 愛想笑いが得意の俺様課長 堤 将暉 ********** 「社畜の坂井さんはこんな仕事もできないのかなぁ~?」 「へぇ、社畜でも反抗心あるんだ」 あることがきっかけで社畜と罵られる日々。 私以外には愛想笑いをするのに、私には厳しい。 そんな課長を避けたいのに甘やかしてくるのはどうして?

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...