チューリップと画家

中村湊

文字の大きさ
3 / 15

王宮画家たち

しおりを挟む
 慌ただしく準備が進められていく。1ヶ月後に控えている、王宮画家たちのパーティー。そこには、画家たちが顔を広めるための場。貴族たちや画廊の主人も、パーティーに招かれている。
 王宮内の広間の1つを利用して開かれるパーティーは、年に数回開かれる事もある。大規模な物は、大広間で国王をはじめ王族も参加する。
 アイリスたち王宮画家居住区に勤める侍女たちに、侍従じじゅう、王宮を取り仕切る侍女長たちも準備に入る。広間のシャンデリアから床。窓。壁。全ては毎日手入れされているが、さらに磨きを掛けていく。
 クリスタルのシャンデリアは、光を浴びて様々ないろどりを放っている。窓にはステンドグラスもあり、光が綺麗に差し込めるよう傷をつけぬように手入れする。
 広間に飾られている絵画は一新され、新たな絵画に今回のパーティーのお披露目のために変えられる。

 王宮画家長のトーナルが画家たちの絵画から選び、配置を決め、アイリスに指示をしていく。大小さまざまな大きさの絵画。
 ブリューワー派絵画を主流としている王宮画家たちの絵画は、静物画で揃っている。果物が計算された構図で描かれ、背景は落ちついた色になり果物が主張されている。また、花瓶に丁寧に生けられた花。テーブルに小さな布の上に置かれた果物。
 全てが整然とし、落ちついている。と、アイリスは想う。
 アイリスには、全て同じだった。心が揺れることも、感じることも……あの日、あの場所で観た。あのチューリップ以外。
 大きな額縁に入っている絵画は、彼女ひとりでは設置が難しいため侍従がトーナルの指示で配置する。全ての絵画が設置されると、アイリスはちいさく息を吐いた。

 発作を起こして以来、倉庫での仕事はないが、パーティーの準備に追われる日々に変わり内心ほっとしている。あのような状態に、人に見られたことは今までないよう気を付けて働いてきた。どんなに呼吸が乱れて苦しくなっても……ただ、何故、あのように呼吸が苦しくなるのかが? わからない。
 部屋が薄暗く、閉じられた空間に居る。と、感覚が強くなると起きる。宛がわれている侍女の部屋は、窓を少し開けたり、風の強い日などは扉に掛け鍵をして少し扉を開けて完全に締めない。掛け鍵があるのは、幸いだった。

 「アイリス。設置はこれで全て終わったから、休憩しなさい」
 「ありがとうございます。トーナル様」

 お辞儀をして広間から去り、侍女たちの休憩場所へと向かった。王宮内で開かれるため、時折、王宮侍女たちへの挨拶や貴族への礼節を教わってきた通りに行った。
 形通りの、挨拶。それ以上でも、それ以下でもない。

 休憩場所では、他の侍女たちが招かれる貴族たちの噂話や初めて参加する侍女は先輩侍女からパーティーの様子を聞いては浮き立っていた。
 ただ、流れるように話しが右から左へと流れる。

 「ねぇ、あなたはどう?」
 「あなたよ、えぇっと……トーナル様の指示に従って絵画の……」
 「わたし、ですか?」
 「えぇ、そう」
 「アイリス、です。その、どうというのは?」
 「ごめんなさい。名前を覚えてなくて……パーティーよ!! 素敵な殿方たちがたくさんいらっしゃるのよ?」
 「そう、なんですね……」
 「……あぁ……えぇっと……」
 「特には。ただ、無事に終わればと」
 「……そ、そう……」

 少しの沈黙ののち、その場にいた数人の侍女たちは「じゃぁ持ち場に戻るわ」と言い残し去って行った。何度か声を掛けられ、話しをしてもこの状態でいつも終わる。
 結局、この半年で名前を覚えられたことはない。アイリス自身、彼女たちの名前は覚えていったが相手は覚えていない。仕事で名前を呼ぶのに困るため、覚えたが……そこで終わる。
 ふと、マーブル侍女長の言葉を思い出す。「人との関係を作ろうとしていない」と。仕事に支障がないのであれば、問題ないと思ってきたが心にしこりが残る。

 パーティーの日が近づくにつれ、会場に設置している絵画の手入れも美術回廊の手入れと併せて加わった。倉庫の絵画の手入れは、王宮画家居住区に入って間もない画家が数人で行っている。
 画家自身にも、絵画の勉強にもなるからとトーナル氏は言ってくれている。実際、アイリスが勤めに入るまではその状態だった。ただ、絵画の数が増えていき人手が足りず侍女のアイリスが加わったのだ。
 画家が、絵を描くだけで自身の絵画の手入れを怠ればせっかく日の目に出る機会を逃す。画廊で保管するにしても、画廊では手入れも怠らない。画廊に繋がるまでの間も、手入れは必要なのだから。

 鮮明な紅の林檎。檸檬の鮮やかな黄色。
 ガーベラを並べ生けている花瓶の絵画。花を主役にし、花瓶は控えめに描かれているが花瓶の紋様は丁寧にはっきりとしている。
 花と手紙、ペン軸のついたペンとインク壺が並んだ文机の絵。
 王宮や貴族の日常の一部が切り取られているようであるが、それは日常ではなく絵として成り立っている。絵として成り立っているからこそ、貴族たちは屋敷の中に飾るのだ。美術回廊を満たし、貴族間の交流の話題として。
 絵画は彼らの必要な教養でもある。侍女で知っていればいいのは、手入れで必要不可欠な絵画の知識。そう、アイリスは思っている。 パーティーは、画家たちが名前を売るだけ。と。


 王宮画家たちは、パーティーが近づくと意気揚々とする者とそうでない者と様々だった。なかでも、「面倒だ」とはっきり顔にも態度にも出しているのがモーネス。
 画家として、実力はあるとトーナル氏も認めてはいるが衝突が絶えない。先日も、衝突したばかりだった。同じ王宮画家でモーネスの友人でもあるヴォルフからすると、「いい加減にして欲しい」と言われる。
 モーネスは「譲れない」「分からず屋だ」とトーナルを批判するような言い方はするが、絵画に関しての真摯な意見を交換できる数少ない人だとヴォルフには話した事がある。

 先月、絵画倉庫の前廊下をたまたま通りかかった時のことをふと思い出した。あの侍女は酷く怯え、呼吸が落ちついても自分の手を離さなかった。
 お陰で、マーブル侍女長に「あら、貴方という偏屈にも好かれることがあるのね」と言われた。言い方はイヤだったか、表情は優しく柔らかかった。マーブル侍女長と、フォ・トーナルが夫婦というのが未だに信じられない。あの偏屈に、あの優しい侍女長。
 パーティーに着る正装の服を選びつつ、鏡の前で難しい顔をしながら思い出していた。

 あの侍女は、あの後、大丈夫だろうか?

 「どうした? さっきから、鏡の前で服と睨めっこしているかと思ったが……変な顔ばかりして」
 「んっ? そんなに変な顔だったか?」
 「あぁ、面白いほどに」
 「お前に言われるなら、余程だろうな?」

 ヴォルフは同じように服を選びながら、「お前に言われたくない」と笑顔で言う。
 王宮のパーティーは何度参加しても慣れない。派手なのにも関わらず、相手との話しはまるで【なぞなぞ】なのだから。貴族階級での会話の作法でもあるが、互いのプライバシーを尊重するソンラル王国周辺諸国では、会話が【なぞなぞ】で長引くと失礼になる。なんとも難しい。
 パーティーは落ちついているかと思えば、華やかでダンスもあるため楽団がくる。
 貴族たちは幼い頃より、この礼節とプライバシーを尊重する作法の中で育ち教わってきている。会話の言葉ひとつで、階級が分かるほどに。

 夕食のディナーひとつでも、デザートを間違えば階級が分かる。そういう世界なのだ。王宮画家たちも、教育校から芸術校に入学すると礼節も学ぶ。
 画家として貴族との関わりがないとも言えないからだ。数年に及ぶ画家としての学びと同時に、礼節やマナーの授業は卒業するまで続く。

 「たくっ、毎回思うが……パーティーの正装は派手だろ? あんなにマナーを重視してるのに……矛盾してないか?」
 「モーネス……それ、身も蓋もない話しだよ」
 「……だな……」
 「まぁ、とりあえずは。貴族の方々にも俺たちの名前くらいは覚えて頂こう」
 「わかってる」

 何が楽しくてパーティーに参加するのか? と考えても、王宮画家として王宮居住区に住む限りは王宮でのパーティーは余程で無い限り免除されない。
 ダンスは強要されないが、貴族たちへの挨拶と会話による交流は必要とされている。パーティー会場に自分たちの絵画が飾られているので、自分の名前を覚えて貰い絵も印象づけるためでもある。
 絵画が教養のひとつとして国立芸術校も設立されて運営も無事めでたいが、それも貴族たちの出資のお陰でもある。自分の生活もかかってくる。

 「今回はこっちにするか……わりと落ちついているしな」
 「あぁ、俺もこっち。派手なのは苦手」
 「「……だな……」」

 互いに苦笑いし、落ち着きのある色合いと刺繍の服を選んだ。これでパーティーが盛大になってくると2人は更に沈む。「あんなお祭りみたいなパーティーでマナーと礼節護り続けるって」とこぼすばかりに。
 ヴォルフは今は王宮画家だが、家柄は悪くなく剣を扱うことができ毎朝の鍛錬を木刀で行っている。そのため、画家にしては体軀がしっかりとして引き締まっている。端正な顔立ちで涼しい顔をしながら、丁寧で柔らかい筆遣いをし色鮮やかな落ちついた絵画を描く。その違いに、最初は驚いたが今やモーネスとは意気投合し遠慮無い物言いをする。

 モーネスもヴォルフも服選びを終え、食堂へと脚を運ぶと何人かの侍女が話しているのが耳に入った。

 「あのさっきの、えぇっと……あの侍女の名前……」
 「アイリスだっけ?」
 「そうそう、パーティーの話ししたら。『無事に終われば、と』ですって!!」
 「あんなに素敵なパーティーなのによ!! 可笑しくない?」
 「見たこと無いのかしら? あぁ、きっと絵画の手入れしか任されないからよ!!」

 誰も通ってこないと思っていた侍女たちは、2人の男性の足音に気がつかないで話していた。
 モーネスは正直、腹立たしかった。
 俺だって、あんなパーティーは出たくないぞ? それのどこが可笑しい。

 「君たち、少々口が過ぎるぞ」
 「「えっ?! し、失礼しました!!」」

 侍女たちよりも背の高い男が2人。1人はがっしりとし鍛え抜かれた体軀に柔やかだが笑っていない瞳。もう1人は身体の引き締まった体軀に冷たい瞳。
 2人が後ろからやってきたことに気がつき、モーネスが放った言葉に驚き慌てて去って行った。侍女の噂好きは見知っているが、こうも同僚の侍女を貶めるような言い方は好きでは無い。
 それこそ、マナーがなっていない。
 相手をおとしめずに言うのがマナーという、難しい会話のマナーだが。それが出来てこそ、王宮の中で働いて貴族たちの傍に仕えているという事ができる、ことでもある。

 「相手を貶めるような言い方は、マナーに反する」
 「マナーと礼節学んでいて、本当良かったよ」
 「あの授業は地獄だったけどな」
 「まぁ、モーネスは毎回死んでるようだったな。魚の目になってた」

 国立芸術校の授業で、確かに毎回魚の目のようだとヴォルフに言われた。喩えとして。
 貴族の子で芸術校に入学している生徒も多く、その者達は教育校から入学した生徒とは階級が違うという雰囲気があった。事実、そうなのだから仕方ない。

 侍女たちの会話に出ていた、アイリスという侍女の名前。絵画の手入れをしている、と言っていた。もしや、あの日、倉庫で過呼吸を起こした侍女だったのかと。
 今は、パーティーに向けての準備の仕事が出来るまでになったのかとモーネスは安心した。

 「なんだか今日のお前の顔は忙しいな?」
 「んっ? なんだ?」
 「まぁ、面白い程に……俺は喜ばしいが」
 「……よく分からないが……」
 「良いことだ。俺にとってもな」
 「……?……」

 今日は友人のヴォルフにおかしな言い方をされるばかりだったが、嫌ではなかった。逆に、笑顔で喜ぶ顔の友人を見れてモーネスは良い日に思えた。
 絵の、俺の絵の、変わるきっかけがあるのかも知れない……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...