異世界騎士の忠誠恋

中村湊

文字の大きさ
上 下
12 / 23

悩める騎士

しおりを挟む
 女神様の笑顔が欲しい。女神様といたい。

 ーー俺は…… 女神様を、彼女を…… 彼女に触れ…… ーー

 今日は、商店街で一緒に買い物に出てきた。彼はそわそわし続けていて、荷物はしっかり抱えている。
 段ボールに入ったジャガ芋とタマネギや人参。彼の大好きカレーライスと、最近気に入った肉じゃがを作る材料。両方とも材料が同じだからと、作ったら……「女神様のご飯は心も満たされます!! 」と、喜んでいる。
 彼の笑顔が見たい、その気持ちでいる。ただ、未だに、呼んでくれない。

 「め、女神様? 次は、どの店ですか?」
 「…………」
 「女神様?」
 「……えっ、あ、うん……お米屋さん」

 私の顔をのぞき込むようにして、尋ねた彼。何か、不安げにしている。
 彼を心配させまいと、笑顔を作ったけど。心の底から笑えない自分がいる。

 ーーどんどん、こじれていっているよね? ーー

 次の日から、再び仕事になる。週末に買い出しに行っても、2人の会話はぎこちなく。さらに、ぎこちなさを増していく。
 クリスマスも過ぎ、正月も終わり、2月になった。

 寒さが増す中、ハロルドは今日も仕事にいそしんでいた。仕事だけは、必死にした。その間は、女神様のことを深く考えずにいられたから。
 昼になると、彼女の手製弁当を食べる。肉じゃがのおかず。白い飯。青菜の和え物。

 「今日もうまそうだなぁ」
 「はい、うまいです」
 「どうした? ハル?」
 「なにがですか? 若殿?」

 返事がうまくできない。いつもなら、ハロルドは若殿にからかわれても照れながら答えている。「女神様」といいながら。

 「うまくいってないんじゃないか? お前の女神様と」
 「っ!! そ、そんな事は……」
 「プレゼント、結局どうなった? ダメだったか?」
 「……はい……」

 彼女は結局受け取ってくれていない。店に返すのも気が引けて、自分に与えられた引き出しに大事にしまっている。いつか、女神様は受け取ってくれると信じている。
 若殿に、ポツリポツリと話していた。その間、頷いて聞いてくれた。
 
 「どうしたいんだ? 彼女と?」
 「どう? とは……俺は、ただ……傍に……」
 「自分の気持ちにもう少し、正直になっていいと思うぞ」
 「自分の、気持ち……しょうじき……」

 仕事を終え、女神様にメッセージをする。

 【仕事 おわりました】

 ピロン。

 【おつかれさま 今日はすこし おそくなります】

 珍しく、遅くなるという返事。
 家に帰ってからも、時計が進む針が遅く感じる。
 アヤネ殿の帰りも遅いからと、フリードがやってきた。王子が簡単に作ると、台所で料理をしている。

 「王子は、何故、台所に?」
 「アヤネちゃんがいつも作れるわけじゃないし。帰ってきて疲れていたら、ご飯あったら嬉しいでしょ?」
 「……はい……」
 
 帰ったら、女神様がご飯を用意してくれて、風呂の後に髪の毛を乾かしてくれて。一緒にご飯を食べて、一緒に食器を洗って。
 女神様がお風呂上がったら、一緒にお茶して。一緒のベッドで眠って、朝を迎える。
 当たり前だった。それが……。

 「俺は、女神様といたいんです」
 「うん、知ってる」
 「女神様と、ずっと……ずっといて。お仕えしたい……のに……なにか、違うんです」
 「仕えたいけど?」
 「そ、その……一緒にいるには、どうしたら……」

 フリードが小さな溜め息をついた。本当に分かっていないんだな。と。策士とまで言われた剣豪は、もう、この世界では関係ないことも、女神様とか関係ないことを。
 自分の気持ちにも、何も気づいていないこと。アヤネちゃんと一緒にいたいということは、彼女を好きになっているのに。
 
 「彼女に自分の気持ち伝える前に、自分の気持ちに気がつかないと」
 「俺の気持ち……若殿と同じ事を言うんですね? 王子も」

 ハロルドは、1人部屋で歌音を待ちながら一生懸命に考えた。彼女の欲しいモノすら分からない自分。忠誠をもって仕えると言いながら、結局は彼女に助けられたり。彼女が今のハロルドを支えてくれている。
 考えすぎて、ソファで横になっているうちに彼は眠っていた。
しおりを挟む

処理中です...