異世界騎士の忠誠恋

中村湊

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フリードが見つけた事実

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 ハロルドの表情が硬い。何かを我慢し続けている、と。明らかに分かった。
 本当は、カノンちゃんに気持ちを伝えたいんだろうなぁ……。騎士と言い張った男と、何が楽しくてカフェでお茶をしているんだろう。オレ。

 今日は、試しに役所に脚を運んだ。
 アヤネと結婚するには、この国では婚姻届けが必要。そして、戸籍。うん、あるかないか分からないけど。
 バイトを始めた時に作った実印というのを持っていった。午前中に休みをとったアヤネちゃんと役所に行って、身元保証人として戸籍を確認。

 「えっ、ある? オレの……」
 「はい、ございます。えぇっと、本籍の国がリヒテン王国です。書いていた出身地と住所は同じです。こちらになります」
 「「……マジ?……」」

 役所の人は、不思議に思っていたけど。アヤネちゃんとオレが一番驚いた。
 いやいや、マジですか?! うっわぁぁー、アヤネちゃんと入籍できる!! 彼女は、「あぁ、なんで?」と言っていたけど。すごい嬉しそうだった。

 ハロルドに、報告兼ねてって思ったら。カフェで、酷い落ち込み顔で目の前でだんまり。お祝いの言葉が、「あぁ、それはよかったです」だけ。棒読みで。
 なんだか、オレ、バカみたいじゃないか? まぁ、いいけど。
 役所では、婚姻届も貰ったから。

 「で、ハロルドは……聞かない方がいい?」
 「聞きたいのに、聞かないでください」

 聞きたいのは山々なんだよ!! アヤネちゃんも心配しているし、オレだって心配なんだから!!
 小さな溜め息を目の前の大男はついて、ジュースをちびちび飲んでいる。久し振りに休みの男2人。時間をもてあまして、カフェに1時間近く。
 ほとんど、会話らしい会話をしていない。
 フリードは、カフェに来る前に本屋で買った結婚に関する雑誌を何冊か。ハロルドは、ストローでグラスの氷をグルグルさせている。

 「ねぇ、あそこの2人。すごいかっこよくない?」
 「声かける?」
 「でも……なんだか、店員さんが……」
 「「ガードしてる?!」」

 商店街には珍しく、ちょっとお洒落なカフェの常連のフリード。この近くの店でバイトしていて、このカフェもよく利用していた。なので、店員さんはじめオーナーは、フリードのファンだったりもして。
 綾音という、お姉様のためにと彼を守っている。綾音には、変な人気があるのを、フリードも知っている。

 「すみません。お会計お願いします」
 「「ありがとうございます!!」」

 店員さん達は、今日も、フリードを拝顔はいがんできて眼福がんぷく
 ハロルドをずるずると連れて、マンションに戻った。
 
 フリードは役所で貰った書類を、男の前に突き出す。これが現実だと。

 「これ、は?」
 「戸籍謄本。オレが、この国、この世界に存在するという証明」
 「こせき、とう、ほん。この、せかい? 話しが見えないのですが……」
 「ここは、オレたちが居たリヒテン王国は存在すらしない。つまり、オレは王子でもなく。ただの、男。お前もな」
 「王国が、存在しない? なぜ、です? 王子は……俺は……」

 書類には、リヒテン王国の名前がある。しかし、国は存在しないと。どういうことかわからない。
 王子は、結婚するのに戸籍が必要で。役所にいったら、証明書があって。国は存在すらしていなくて。
 フリードは王子ではなくて。俺は、騎士ではなくて。ただの……男?

 「女神様は? 存在、しない」
 「そう、お前が女神様と言って忠誠誓った女性は。お前を慕って、お前に傍にいて欲しい。と、ただただ、そう想っているだけ」
 「俺は……彼女を。す、きでいて……」
 「気持ちに蓋するの。辛いだろ?」
 「……はい……」

 小さくなった男は、彼女への想いが沸いてくる。
 フリードが、「よく考えて」と肩をぽんと叩いた。
 部屋に戻ったフリードを、綾音が迎えてくれた。不安そうな彼女を優しく抱き締めて、キスをする。綾音は彼の背中に腕を回し、キスに応えた。

 「心配、だよね? アヤネちゃん」
 「ぅん……あの時の歌音を、フリードも知ったでしょ?」
 「まぁ、ね。でも、だからって離れる理由にはならないよ。君から」
 「アンタぐらい……本当に、離れなかったのは」

 あの日、入院した直後からのカノンの悲壮な状態をフリードは目の前にした。アヤネが、一生懸命にカノンの傍にいるだけでは治まらなかった。アヤネの傍にフリードは付いて、彼女を支えた。
 以前、歌音が似た状況に陥って、綾音たちから離れた人は多くいたみたいで。2人は酷く人との距離を持つようになっていた。その2人がやっと笑えるようになったのを、歌音を診察していた医師は心から喜んでくれていた。
 医師が、2人の叔父だと。後で知ったが……。両親と唯一交流のあった親族で、事故で亡くなった後。出てきた会ったこともない親族から守ったのも、叔父だった。
 
 綾音は、フリードの腕の中で気持ちよさそうに眠っている。さっきまで、彼女はフリードの胸の中でないいて彼の名前を呼んでいた。
 
 「オレは、アヤネの傍にいる。君と一緒にいたい。愛してる」
 
 眠っていた、と思っていた綾音がいつの間にか目を醒ましていた。

 「起きた?」
 「私の傍。いて……フリード。愛してる」

 ゆっくり、互いにキスをする。
 2人で新しい道を進むために、気持ちを何度も伝え。確かめ合って。

 ハロルドは、フリードが結婚という現実と。王子ではない現実。様々な現実を突きつけられた。
 俺は、ただの……男?
 女神様を、カノンを……愛したい……いや、愛して、いる。こんなにも、傍にいたいと想える人はいない。

 「俺は、彼女を傷つけ続けていたのか……」

 してきてしまった自分のこと。言った言葉、態度、行動。思い返すと、自分で自分を殴り倒したくなった。
 
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