異世界騎士の忠誠恋

中村湊

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女神様は、女神様!!

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 変わらず、バイト先で皆にからかわれての昼食も慣れた。
 
 【仕事 終わりました】

 ピロン。

 【お疲れ様 今日は なに食べたい?】
 【肉じゃが 食べたいです】

 ピロン。

 【ご飯 炊いておいてね】

 スマホでのやりとりも慣れた。漢字も沢山覚えた。
 女神様とのメッセージに顔がほころぶ。

 「いとしい奥さんからか?」
 「ちっ、違います!! めが、か、彼女は!!」
 「女神様から、彼女になったな?」
 「若殿!!」

 帰りになると、2人の掛け合いに回りも笑っている。
 大きい男が顔を真っ赤にして照れている。「か、帰ります」と言って、全速力の男。

 「いやー、いつ見ても。あの忠犬っぷりは」
 「若社長、ハルさんの彼女どんな人なんすか?」
 「お前は知らないか……商店街でも有名な可愛い娘さんだよ」
 「えっ、えぇ!! あの、大食漢が出歩いている、商店街の?」 「そんなに有名だったか?」
 「そりゃ!! だって、美人のお姉さんに、可愛い妹さんの姉妹だって有名で……もう、売約済だって皆なげいてるんですから!!」
 「売約済……って」

 新しく入った男どもは、狙っていたのか? 皆、うなだれていた。辞めないでくれ、仕事だけは……と、若と親父は祈った。

 ご飯を炊き、カノンの帰りを待つ。
 風呂掃除も、部屋の掃除も済ませた。風呂も沸かした。

 ピンポーン。

 「誰だ?」

 ドアスコープをのぞくと、フリードがひらひらと手を振っている。
 ドアを開けるや否や、「いやぁ!! 聞いてよ~!!」と満面の笑み。そういえば、クリスマスにアヤネ殿にプロポーズをしたと聞いていたが。
 
 「ハロルド!! 俺、結婚するんだ!!」
 「……はぁ……」
 「なに? 喜んでくれないの? アヤネちゃんがさぁ~」

 ーーフリードは、結婚する。王子が結婚。俺は……女神様と ーー
 
 「でっ、ハロルドは? カノンちゃんとどうするの?」
 「どう、とは? 仕えるだけです」
 「えぇっと……カノンちゃんは、女神様ではないんだよ? 忠誠は意味ないし」
 「何を言われますか、王子!!」
 「俺、王子じゃないし。お前は騎士じゃないし」
 「なっ、なにを……俺は、王子の近衛騎士で!! 女神様に忠誠を誓って、仕えている騎士です!!」

 息を切らし、一気に言い切った。何を言うのだ? 王子じゃない? 騎士じゃない? 女神様じゃない?
 あり得ない!! あり得ない!!

 「彼女は、彼女は……女神様だっ!! 女神様が望まれるから、お名前を呼ばせて頂けているだけです!! 女神様と呼ばなくてはならない方なのです!!」
 「ちょ、落ちつけって!!」
 「女神様と呼ばずして、なんと呼ぶのです!!」

 大声で叫んだ。ハロルドは、顔を真っ赤にして女神様と連呼した。
 歌音は、持っていた肉じゃがの材料の入った袋を落としてしまった。
 気づいた。やっと。ハロルドさんは、女神様としかみていない。言いたくないのに、私の名前を言っていた。言わせていた。身体が震えてとまらなくなる。
 
 「か、カノン……いつ、から……」
 「たっ、ただいま。ごはん、つっ、つく、る……から」
 「あの、今のは……違うんです!! 俺の話しを」
 「ごはん、肉じゃがだったよね」
 「ですから、話しを……カノン?」

 触れようとした彼の手を、思わず振り払ってしまった。
 酷く傷ついた彼の顔。
 その瞬間、歌音は分からなくなり始める。彼は、女神様が好きで。女神様のためにいて。女神様が望むから……キスして、一緒に寝て。一緒にいてくれて。
 聞いてはいけないけど、聞かずにはいられないこと。

 「私が、女神様だから……いっしょに、いた? ハロルドさん? キスしたのも、一緒に寝てくれたのも……ねぇ? そうなんでしょ?!」
 「あっ、い、いえ……その、俺は……貴女が……最初は……でも、違うんです!!」
 「女神様だから、だよね? そうだったんだよね?」
 「ですから、違うんです!!」

 彼の両腕を震える手で、掴んでいる。彼をまっすぐ見つめて、「女神様じゃないといけないんだよね?」と言い始める。
 名前を呼びたいのに、うまく言えない。ハロルドは、何度も呼んだ彼女の名前を呼べない。今、呼ばないといけないのに。呼べないまま、彼女を抱きしめるしかできない。
 ずっと震えて、「女神様でいるから」と言う。

 ーー俺は、名前をなんで呼べないんだ? ーー

 フリードは、いたたまれない気持ちになった。不器用すぎる男は、好きな女の名前を呼ぶのもできない。
 たったひと言の、「好き」ですら。

 2人だけにして、フリードは部屋に戻る。
 今、アヤネちゃんが見たら。また大変なことになる。カノンが病院に入院して、落ちつくまでみたいに。

 時間がどれくらい経ったか分からない。
 少し落ちついた歌音は、肉じゃがを作り始めた。ハロルドの大好きな肉じゃが。一緒に食べたいから。彼の美味しく食べている顔が好きだから。

 「ハロルドさん……一緒に、食べよう?」
 「……はい……」

 何か、互いにこれ以上は言わないように。壁を作り始めた。
 もう、2人は女神様と騎士の関係のままが。そのままがいいのだろうと。
 本当は、好きだけれども。離れたくないし、傷つくのも恐いから。
 ハロルドの女神様発言から、どんどんと時間だけが過ぎていく。
 女神様の望むキスと一緒の布団に寝るのを、ハロルドは忘れずにしている。
 歌音は、彼を好きだけど言わないようにした。彼と居たいから。
 ハロルドは、女神様をカノンとして、1人の好きな女として意識している自分に気がついたが。気持ちに蓋をした。今更、言えない。自分がカノンを好きだって。

 「っ、はぁ……カノン、気持ちいい? んんっ」
 「ハロルド、さぁん……あぁ、んっ……気持ちいい」

 彼が一生懸命、舌を絡めてキスをしながら。気持ちいいか尋ねたり、身体に触れて優しく抱きしめる。
 恋人にするようにしていても、彼は自分の気持ちが溢れないようにカノンを。女神様に尽くす。彼女の甘い匂い。堪らなく、彼を刺激し続ける。
 眠っている彼女の頬を優しく撫でて、「カノン、好きです」と言う。眠っている、聞こえていない彼女に囁くしか。方法がないから。 彼の声が届いているかのように、囁きに反応して嬉しそうな寝顔を見せてくれる。ハロルドは、それが堪らず嬉しかった。起きている彼女に言えなくても、ずっとずっと、この先。言うことが出来なくても、彼女の、カノンの傍にいられるなら……こうやって、傍にいられるなら……。

 「カノン。傍に、ずっとずっと居る。離れたくない。好きだから……離れない」

 頬を優しく撫でて、唇にキスをして眠った。
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