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しおりを挟む(面倒事がやって来た…)
自分より少しでも弱そうに見えるものを探し、攻撃し、支配下に置いた気分に浸りたい者たち。
それの対処法は知ってはいたが、口を開くことさえ億劫だった。
家業が楽しく、直ぐにでも他国に取引に行きたかった。嫌々と通っていた学院では、王族にも貴族にも、一般生徒にも全てに興味が無い。
ただ日々をやり過ごし、お決まりの幼稚な貴族の嫌がらせに、今日は自分が当たってしまったのだと、過ぎ去る時を待っていた。
だが、
「このこを見て笑っているの?」
天上から降ってきた神託かと思える美しい声。アーナスターの瞳は、初めて見た黒の氷姫に釘付けになった。
しかも公女は面倒事を全て引き受けて、更にそれを放棄した自分を叱りにやって来る。
「しっかりね!」
そう言って笑った顔。軽く背中に触れた華奢な手。アーナスターは、その日から、ダナー家の公女が忘れられなくなった。
自分の配下を全て動員し、数日でリリーに関わる事を調べ上げた。ナイトグランドの情報網をもってすれば、右側と左側への侵入も造作もない。
(リリエル・ダナー・ステイ大公令嬢十六歳。……彼女の右側には優しくしてあげよう)
そこで手に入れた気になる情報は二つ。アーナスターは第四王子グランディアが、リリーにしつこく付きまとっている真実を手に入れた。
(グランディア第四王子殿下…。王族か、面倒くさ。…あと、ダナー家の公女に纏わる呪いだけど…)
呪いに関しては、専門外のアーナスターもどうしたものかと眉をひそめた。
**
リリーは連休になると領地に戻り、孤児院を視察する。いつもはそのままダナーの城に立ち寄るのだが、今回は、早めに王都に戻ってきた。
男子学生への訪問など、本来であれば絶対に許可しなかった。だがナイトグランド商会との繋がりは、一族に有利となる大きな手柄という事もあり、グレインフェルドはリリーの外出を渋々許可した。
流行に敏感な商家への訪問に、リリーは念入りにお洒落をする。
薄灰色のドレスは、若草色と黄色の花が繊細に刺繍されている。落ち着いた色のドレスだが、リリーはそれを品良く着こなした。
髪は括らずに背に広げる。ドレスとお揃いの髪飾りに、背の高いアーナスターに対抗して少しヒールのある黄色の靴を選んだ。
「行ってきます」
懐に秘密の巾着を潜ませて、嬉しそうに馬車に乗り込むリリーの背後には、騎乗した五人の護衛が後を追う。
王都には左側の者も多く出入りするため、馬車は万全の警護でナイトグランドへ向かった。
**
初対面に近い異性の家に招待しても、本来ならば断られる事が当たり前だ。だが今回は、右側はこれを機会とし、絶対に来るという自信があった。
アーナスターは、欲しい物は必ず手に入れる生き方をしている。
今回、初めて人に対して執着したことに、自分でも驚いていた。
「お客様が入門されます」
声かけに出迎えると、防犯用の重く堅牢な鉄の門が開き、先頭に騎乗した五人の黒の騎士が現れた。
それに続く漆黒の馬車には、出軍かと見間違える様な、物々しく武装した護衛がついている。
(先頭の騎士五人。確か十枝って言ってたよね。学院でも怖かったけど、この人たちの方が、第四王子様より面倒かも…。それに、あの人が居ないな…)
アーナスターは、ふと周囲を見上げてみた。学院食堂で初めてまともに見たリリーの護衛。その内、銀色の瞳、墨灰色の長い頭髪を編み込んだセセンテァ・オウロは監視官の異名を持つパイオド家の者であり、アーナスターの部下同様に、情報の収集能力に長けている。
更にナイトグランドよりも厄介なところは、パイオドは監視や情報収集だけでなく、遠方からの殺傷技術が極めて高い事で有名だ。
今やその部隊の上に立つセセンテァは、ダナー家の次男であるメルヴィウスとも近しく、首から手の甲の中指先にかけて、凶悪な入れ墨が施されていた。
(あの時の彼のこちらを見る目つき、怖かったよね…)
今は目の前の護衛の中にはいないが、周囲からアーナスターを狙っているかもしれない。
首筋に何かを感じ戦慄したが、現れたリリーの姿に、それどころではなくなった。
「……ーーっ!!」
闇色の馬車の扉が開き、護衛の手を取り降りてくる。暗闇から羽化したような淡く落ち着いた色のドレスに身を包み、年齢よりも大人びて見えるリリーの姿に、アーナスターは開いた口が塞がらず、喉が渇き、再び声が出なくなった。
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