だって私は、真の悪役なのだから。

wawa

文字の大きさ
50 / 211

29

しおりを挟む


   宝飾に刻まれた家紋は、印章と同じ効力がある。貴族の子供は当たり前の様にその事を学ばされ、取り扱いは慎重を期す。

   だが過去に書物と口頭で学び、売買の経験は付き人任せ、家紋分与の機会を一度も目にした事がない。今まで、極端に城で護られてきたリリーは、貴族に生まれた者達が当たり前の様に分かるそれを、すっかり忘れていた。

  「私、借金をしたのかしら? でもきっと、子猫なら、うちが支払えないわけないわよね?」

   金を借りたのならば支払えばいい。だが家紋の分与は、その者を信頼し、深く繋がった誓約を意味する。

   (これは大きな問題になる)

   冷や汗に言葉を失ったセオルを見て、リリーはきょろりと周囲に目を逸らす。そして他の生徒に気を回したが、教師は生返事にそれを答えた。

   事の重大さを知ってか知らずか、周囲を確認しながら移動するリリー。ほどなく黒色の制服ステディアの生徒、十枝の一人が駆け寄って、同じ驚愕に頭を抱え込んでいる。

   それを見て頭が冷えてきたセオルは、リリーの言葉にふと周囲を見回した。

   (そういえば、本当に今日は生徒が少ないな…)

   言われてみれば音が無い。漂う不穏、奇妙なほどに、全体が静まり返っていた。

   
 *


   特別授業では王宮から学院に派兵される王族専任の護衛騎士まで、全ての人員が調整される。

   護衛騎士たちの移動。手薄になった王族の警備。その最中に行われたのは、腐敗に関与する王族の捕縛と粛清だった。

   第四王子主導の元に、この日、全ては速やかに行われた。

   奴隷商人から得る多額の上納金を受け取る王族。その中で、それを利用し他国と禁制品を密輸していた王族貴族が摘発された。

   その中には、王太子、第三王子、第五王子、第六王子の家門も含まれていて、彼らはこれにより継承権を剥奪された。

   また同時にナイトグランドでも、禁制品に関与した長男のグラエンスラーの派閥が摘発されたが、これに抵抗し一部は逃亡を図った。

   その後の行方は知れず、王都は混乱を極めた。
   

 **


   王都内で第四王子が起こした腐敗粛清の情報が錯綜する。左右の者達も知らず、水面下で突然行われた粛清に、貴族たちは大混乱した。その最中。

   「家紋の分与……」

   問題を起こすなと念を押したはずなのに、想定外の大問題が突き付けられた。ダナー・ステイ一族のリリーを過保護に育て過ぎた者たちは、常識の欠如という盲点に、やり場のない憤りを飲み下す。

   信頼を寄せ、その者との深い繋がりを誓約する家紋の分与。

   命を捧げる騎士や一族に分け与えられる家紋の分与は、裏では商人との闇取引先にも用いられる。

   口を割らない約束の対価に求められる家紋。これを手にしたグランディアは、今回の粛清の証拠として兄弟と、それを支える王族を軒並み失脚させた。

   危険を孕むその家紋の分与を、渦中の人物に気軽に手渡した妹。

  「ねぇ、にゃんっ、言ってみて、ねぇ、」

   深刻な状況だが、当の本人は幼獣でこの場を誤魔化そうと必死になっている。

  「…………」

   いつもは真っ先にリリーの失敗を叱り、そして庇うメルヴィウスまでが何も言えずに無言のまま。

   「お腹すいてる? ね、すいてるにゃーん、て、メルお兄様に言ってみてにゃ」

   「…………」

   その差を見て馬鹿馬鹿しくなり平静さを取り戻したグレインフェルドは、従者の耳打ちに眉間に皺をよせた。

   「来たか」

   踵を返しその場を後にする。だか背後から、すがる様にリリーが呼び掛けた。

   「グレイお兄様! このこなんだけどっ、」

   高額な幻獣、その管理の許可を求める妹。

   「好きにしなさい」

   「良かったわね、ね、メルお兄様?」

   「……」

   放心したままのメルヴィウスと十枝の者たち。それを放置し、急な報せにグレインフェルドはある客室に向かった。


 **


   開かれた特別客室は、訳ありの者しか通さない。椅子から立ち上がった長身の男は、長い黒髪を背で括り、それを肩から胸元に流していた。

   「初めまして。グラエンスラー・オルガン・ナイトグランドと申します」

   褐色の肌の顔の半分は傷当て布に覆われている。大きな摘発と内部抗争により傷を負った。

   「禁制品密輸の罪で、首謀者とされる者だな。指名手配書は届いている。当方に、何の用だ」

   「恥ずかしながら、この様な訪問で申し訳ありません。実は私が信頼を寄せる顧客様に、僅かながらでもご助力頂けないかと、お訪ねした次第です」

   「当方とナイトグランドとは、個人的な取り引きは一切帳簿に記載が無い」

   「こちらを」

   半分に割られた蒼の玉。その内側にはダナーの紋章が刻まれている。

   「リリエル大公令嬢様には、本日より、大変懇意にさせて頂いています」

   もう半分は、然るべき場所に送ってある。自分に何かあれば、即リリーも巻き込むとの当たり前の脅しにも顔色を変えないグレインフェルドは、突然の抗争に傷だらけのグラエンスラーを一瞥した。

   「弟にやられたのだな?」

   「はい。我が弟は、人一倍独占欲が強く、兄の私も手を焼いております。今回も、取り引き配分に不満があったのか、この有り様です」

   「……」

   「弟はリリエル様にも、何か格別な想いを寄せているらしく、そのご忠告も兼ねて伺いました」

   「……」

   深く腰かけて足を組む。顎を軽く指で支えるグレインフェルドは、まだ何の反応も示さない。

   「…この粛清で、弟は私を取り逃がし、第四王子の暗殺にも失敗したようです」

   「!」

   「弟はリリエル様の毒にしかなり得ません。…私はこの奇跡の出会いを、エルロギア神の導きと感謝致します。リリエル様の邪魔とならぬよう、あれを抑える為に尽力致します」

   グラエンスラーは、変わらない慇懃な態度に笑顔を浮かべる。だが抑えきれない出血に、顔色は冷や汗に青ざめていく。その様子をしばらく見つめたグレインフェルドは、従者に言付け書類を用意させた。

   「行き先は?」

   「海路で南に。そこには私個人のギルドがありますので」


   
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

【完結】異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました

小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。 しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!? 助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、 「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。 幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。 ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく! ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー

処理中です...