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しおりを挟むーードンッ。
「いった……」
「……」
おかしな女がいた。
前も見ずに廊下の真ん中を歩き、白の制服のフィエルにぶつかって来た深緑色の制服の生徒。
「申し訳ありません」
アトワの華と謳われるフィエルの母エイリーン。その面影を持つ美しい容姿に目を奪われたが、謝罪後に顔を上げると姿が揺らいだ。
「?」
エイリーン似の美しい絹の様な白髪が、毛先から徐々に黒ずんでいく。
闇に飲み込まれる様に失われた白の美しい髪は、波打つ黒髪に変容した。そしてフィエルの返事も聞かず、無礼な女は背を向ける。
「おい、待て」
「……」
振り向いた顔にエイリーンの面影はなく、瞳の色も金色から真っ青に染まっていた。
「お前、名はなんという」
「……フェアリーン・クロスです」
(これは変容の魔法か?)
「ぶつかって申し訳ありません。私、急いでますので、失礼致します」
「…………」
言い放って足早に立ち去る黒髪の女。それはやましく一度振り返った。
「どうされましたか?」
珍しく庶民の生徒を見送るフィエルに、友人であり護衛のフライツフェイス家のラエルが問いかける。
「先ほどの者を見たか?」
「はい。庶民にしては、整った顔をしていましたね」
「……他に特徴は?」
「え? ……そうですね、サーエル様の瞳に似ているから、呼び止めたのでは?」
この言葉に、フィエルは確信を持った。
「魔法の干渉だ」
「え?」
「フェアリーン・クロス、今の者を調べ上げろ」
「魔法の干渉とは、何の事ですか?」
「あの者は姿隠しの魔法を使用している。お前が見た姿と、私が見たあの者の容姿は異なっていた」
「!!」
「授業以外での武器の使用、魔法、魔術の使用は一切禁じられている。これは本来、庶民の生徒を護るために設けられた決まりだが、それをあの者が犯してしまった」
「…信じられません。学院の護りの結界は、国を護るものと同じくらいに強いと聞いていましたが、まさか庶民の生徒ごときがすり抜けるとは」
「何処かに結界の綻びが発生したのか、もしくは初めから脆弱だったということだ。この事は、証拠をもって学院の管理部に厳重に抗議する」
**
姿隠しの魔術は、逃走を考える者が使う簡単なもの。術式と魔力が封じられた石を使えば誰にでも使用出来るが、問題は持久力の低さにある。
長く持って半時、そしてそれを跳ね返す結界の中では魔法が干渉しあって直ぐに見破られてしまう。
スクラローサ王国は国全体に国民を護る結界が施され、目眩ましの術の効き目は更に短いが、それでも裏道を歩く逃走者にとっては便利な物であった。
(問題はこの便利な魔石、ここ数年、スクラローサでは極端に手に入れにくくなったな)
鳩尾に届く長い鎖を首から下げ、それを革手袋で握る。学院を出てから見た目の色素を反転させていたグラエンスラーは、商店街の入り組んだ路地を曲がると、鋭い風切り音に身を翻した。
ーードスドスドス!!!
古びた外壁に次々に短い矢が突き刺さる。それを巧みに躱して走り抜け、階段の塀を飛び越えて着地すると、宙に浮いた長い鎖、魔石を鋭い一矢が打ち砕いた。
「ご存命でしたか、グラエンスラー兄さん」
階段上に立ちはだかるのは、翻った短外套の下に深緑色の学生服。両手首にボーガンを仕込ませ、陽光を背に影を纏うアーナスターを、グラエンスラーは笑って見上げた。
「お前も元気そうで何よりだよ。可愛い弟よ」
再び上げられたアーナスターの腕、間を置かずに発射された無数の矢を足下に転がる廃材を蹴り上げて走り抜ける。
粉砕し散り散りに舞う廃材の粉塵。それを目掛けて追い撃ちしたが、過ぎ去った騒音の後、入り組んだ薄暗い路地裏に、アーナスターは標的の姿を見失った。
**
「次代、どうなさったんですか? 息きらして」
久しぶりの全力疾走にたどり着いた街角。そこに現れた部下の一人は、汗を拭うグラエンスラーにきょとんと目を丸くする。
「女にでも追いかけられましたか?」
「女……?」
ーー「妹さんの件で、私に伝えたいことがあるそうね?」
思い出したのは世間知らずの美しい娘の台詞。執着するリリーに、女だと間違えられている間抜けな弟の顔を思い出した。
「そうだね、女に追いかけられたんだよ。フフ、あのお嬢様、箱入りは充分わかっているけれど、いつも想像を超えてくるよね……フッ、ハハッ」
突然、腹を抱えて笑いだしたグラエンスラーに、部下の男は困惑する。ひとしきり笑った後、そういえばと、ようやく用件に向き合った。
「例の女、街に出ました」
「そうか」
境会に保護される不審な女。ダナーを詳しく探ってみると、不自然に一族が護る大公令嬢。そして歴代の令嬢の不審な死。それにところどころ関与するのは、ナイトグランドにとっても目障りな組織境会だった。
同時に入手した右側一門の境会に対する疑念。
これを紐付けたグラエンスラーは、弟に近寄る不審な女を利用する事にした。
「境会、フェアリーン・クロス」
「え?」
呼び掛けに立ち止まる、日の当たる路地に所在無さげな女が一人。
「……ふむ、成る程。これは美しい」
今まで見てきた各国の美男美女。それに見劣りする事のない申し分ない容姿。
「オルガン・ナイトグランド?」
グラエンスラーの境会名を知っていた。その事に首を傾げたが、リリーに妹だと間違われた弟に聞いたのかと、思い出し再び笑う。
「連れていけ」
待機していた部下達が速やかに女を袋に入れる。不思議な事に、拐われる女は騒ぎも怯えもせずに、そのまま大人しく運ばれていった。
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