魔界の姫君は、わんこ天使に手を焼いておりまして。

古都助(幸織)

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第十三話・庭園にて1~薔薇本だが、何か?~

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※BLネタ注意!!


「シャルロット……、少女漫画について語り合おう」

「うっ」

 うっかりシグルドに看病されたあの日を含め、三日が過ぎようとしている頃。
 無事に体調が回復したシャルロットは、午後のティータイムを中庭で過ごしていた。
 勿論、新しく別の世界から具現化させた少女漫画の新刊をテーブルに積んでの優雅なひとときだ。
 ――だがしかし。やっぱり今日も邪魔される、と。
 気配もなく背後から忍び寄ってきたシグルドの顔がシャルロットの頭に乗り、その両腕が前にまわってくる。

「も、もう王宮や町には慣れただろうっ? いい加減に一人で行動を」

「一人よりも、二人の方が楽しい。むぎゅっ」

 正真正銘、飼い主にべったりと甘える忠犬そのものだ。
 シグルドは自分の尻尾をブンブンと嬉しそうに揺らし、シャルロットにスリスリと懐いてくる。
 友達になりたいと常々口にする男だが、その思考よりも行動の方が正直だ。
 誰もが気付いている事実。シャルロットが見て見ぬふりをしたい現実。
 鈍感なのは、シグルド唯一人……。それはもう、救い様のない程に、彼は自分の気持ちに付ける名前を間違えまくっている。

「今日は何を読んでいたんだ? どんな話だ?」

「だからっ、遊ぶなら一人で遊べというに!! シグルド君、これは一人で楽しむべきものだ。君とでは楽しめない。わかったら、ハウス!!」

「何故だ? 二人で読んだ方が楽しいはずだ。色々語り合える」

「君と語り合う事なんぞないわ!! 私は一人で楽しむ派、そう、一人で、だ!!」

「見せてくれ」

「あぁあああっ、こらっ!!」

 今日の読書分は、ちょっと大人の『執着愛』的なお話である。
 男の愛を拒む女が、何をやっても逃げ切れず、グイグイ迫られるというシチュに萌えて読んでいたのだが、読み進めていく内に何だかお腹がいっぱいになってきた一品。
 シグルドにお友達申請をされまくっている自分と重ねてしまったせいだろうか。
 自分もいつかは屈してしまう、シグルドの猛攻に負けて受け入れてしまうかもしれない。
 そんな恐れを抱き、読むのをやめようとしたところに現れたのが、諸悪の元凶だ。
 必死に漫画本を隠そうとするシャルロットから簡単にそれを奪ってみせると、シグルドは向かい側の席に座ってパラパラと目を通し始めてしまった。
 
「やぁああめぇえええろぉおおおおお!!」

「……ふむ。理解した」

「はやっ!! 内容把握早っ!!」

「……嫌がる女に、無理矢理求愛する男の話だという印象を受けたが」

「な、なんだ?」

「シャルロットは、こういう男が好みなのか? 読む物には、読み手の趣味嗜好が出るものだが」

「違うわぁああああああああっ!! 具現化した際に混ざって出てきたんだ!! 発注ミス!! 具現化ミス!!」

 たまにそういう事がある。
 シャルロットが少女漫画などの類を具現化させる際、その時の気分に合ったものをランダムで呼び出したりすると、何故か別ジャンルのものが混ざっていたり……。まぁ、今までは何も問題がなかったので気にしていなかったのだが。――今回は違う!!
 執着愛や、逃げる女を追う男などというピンポイントの漫画を見てしまったら、気づいてしまうかもしれない!!

 ……と、思ったのだが。

「俺には男女の恋愛という物事について助言出来る程の経験はないが、――やめておけ。こういう身勝手な男は、女を不幸にする」

「だから違ぁあああうっ!! 私はそんなタイプ……、って、え?」

 確かに諸事情は違うが、やってる事は同じだろう。
 シャルロットは訝し気にシグルドを見つめ、改めて肩を落としたくなった。
 あぁ、やっぱりこの男……。極度の鈍感気質の上、自分のやっている事が客観視出来ないタイプだ、と。
 友達になりたいなりたいと言って頻繁に現れるシグルド。
 それが本当に友情を求めてのものなのか、……いい加減に疑問を持つべきだろうに。
 いやいや、だが、これでいいのだ。シグルドが鈍感なお陰で、まだこの程度で済んでいるのだから。
 ほっと胸を撫で下ろし、シャルロットは女官を呼び、彼の分のケーキと茶を用意するように命じる。

「と、とにかく、私の男のタイプは違う!」

「……エリィか?」

「ん? あぁ、エリィちゃんは良い男だから、好みといえば、好みだな。強さと優しさを兼ね備えた、所謂優良物件というやつだ。昔はエリィちゃんのモテモテ祭りに巻き込まれて、面倒な目に遭う事が多かっ、あれ? どうした、シグルド君」

「何でもない……っ。で? エリィとはそんなに昔から一緒にいるのか?」

「当たり前だ。私とエリィちゃんは、固い絆で結ばれた、特別な間柄だからな」

「特別……、だと?」

 ぴくりと跳ね上がったシグルドの片眉。あぁ、本当にわかりやすい男だ。
 どうやら彼は、この前からシャルロットとエリィの仲を誤解し続けているらしい。
 ――思いっきり間違った方向に。

 訂正しますか? 放っておきますか?

(放置いったぁああああああああああああく!!)

 丁度良い。自分とエリィの仲を誤解させておけば、良い牽制にな……。
 
「ぐぐっ……!! エリィ、特別……、エリィ、エリィ、エリィっ!!」

 さっきのなし!! さっきの選択肢なぁああああああああああああし!!
 封じられし大魔神でも這い出してきそうな恐ろしいオーラを発しながら唸るシグルドを目にし、シャルロットは大慌てで訂正に入った!!

「お、女友達だ!! エリィちゃんは女友達みたいで親しみのある、そういう意味での特別な友達だ!! 決して男女の仲ではなぁああああああああああい!!」

 ――っていやいや!! なんか訂正の仕方が多大に間違ったような気がするが、ま、まぁいいっ!!
 ゴゴゴゴゴ……!! と、庭園の休息所を中心に広がり始めていた地響きが静まり、シグルドの顔に安息が戻り始める。

「ふぅ……、そうか。ただの友達なんだな」

「いや、特別な友だ」

「ただの、友達だろう?」

「……あぁ、ただの友達だ」

 とにかく、特別というワードが禁句らしい。
 ただの友達でなければ許さん! と言わんばかりの睨みをぶっ刺され、シャルロットは震えながら頷いておく。

(シグルド君……っ、本当に自分の気持ちをわかっていないのか!? それ、どう考えてもアレだろうっ!!)

 自分の友達を他の者に取られて悔しい。――などという可愛らしい拗ね方じゃない!!
 エリィの事を特別視するような事を言えば、即刻奴を狩りに行く!! と言わんばかりの不穏な気配だ。
 
(まぁ、エリィちゃんが負ける事はないと思うが……。刺激しない方が迷惑を掛けずに済む、か)

 シャルロットにとって、エリィは大事な大事な、かけがえのない存在。
 彼が自分のせいで傷付く事を、シャルロットは望まない。
 もし、シグルドがエリィに手を出すような事があれば……。

(容赦はしない……)

 シャルロットの口からただの友達と引き出せて満足したのか、テーブルの上に積まれてある別の本に手を伸ばすシグルド。まぁ、そっちは読んでも構わない……、が、あ。
 彼が手に取った本の表紙を見た瞬間、シャルロットが大声を上げた。

「な、何だ……?」

「駄目だ!! それは駄目だ!!」

「別に何を見ても驚きはしない。シャルロットが男女の恋愛物を好んでいる事はもう把握……、ず、み」

 ぱらり。開いたページが悪かったのだろう。シグルドの動きだけでなく、表情も気配も、完全に凍りついた。
 見てはいけないものを見てしまった。出会ってはいけないものに出会ってしまった。……といったところか。
  嫌な人にはさぞ拷問のような内容だろう。心からの同情を覚えながら、そっと本を回収する。
 
(あぁ……、最悪のページだな)

 男同士が裸でごにょごにょな絵がババーンッ! と、描かれている。
 シャルロットの前世はこういう方面にも寛容で、面白ければ読むという人柄だった。
 そして、今も時折混ざって具現化されてしまうこの類を、シャルロットもまた広い心で受け止める事が出来ている。……の、だが。やはり、シグルドにはきつかったのだろう。
 
「シャルロット……、その本は」

「男同士の禁断の花園だ。別名、BL、薔薇本とも言う」

 いや、ある意味でラッキーなのか? こういう本を読む女など御免だ! と、興味を失ってくれるかも。
 試しに男×男のページを開いてシグルドに見せつけながら、シャルロットはニヤリと微笑む。
 背に腹は代えられない。今度こそ、シグルドに引導を!

「すまないな、シグルド君。私はこういう趣味の女なんだ。私と友達になるという事は、日々、BLネタが飛び出すわ、君と別の誰かをカップリングして面白がってしまうかもしれない……。だから、って、あれ?」

 今……、一瞬でシグルドの姿が掻き消えたような。いや、現に席からいなくなってるんだが。
 
「腐女子の辛いところだが、やはり……、シグルド君も健全な普通の男だったんだな」

 安心したような、何故か地味にこっちが傷付くような。
 いやしかし、拒絶速度が半端ないというか、この場にいたくないくらい、自分から全力で逃げ出してしまう程にショックだったのか……。
 
「そういえば、前世の『彼女』も、部屋にBL本があるのを見られただけで、男に避けられたりしていたなぁ……」

 適度に嗜む程度の腐女子だったが、彼女の萌え円グラフは、七十パーセントがNL萌えで、残りがBL萌えだった。
 押し付けたわけじゃない。ただ、本棚に並んでいるのを見られただけ。
 ただそれだけで、距離を取られた記憶がぼんやりと頭の片隅に蘇る。
 まぁ、前世のシャルロット、いや、『彼女』は、地味に傷つきながらも、好きなものを遠ざけるような事はしなかったので、今の自分と同じだなぁと共感出来るのだが。
 シグルドに嫌われてしまった、……そう思うと、前世の時よりも、何だか。

「ふぅ……」

 気にするな。少し情を覚えていたから、ありきたりな寂しさを覚えているだけだ。
 自分にそう言い聞かせながら、シャルロットがBL本を閉じ、紅茶を飲んでいると……。
 庭園の向こうから噴煙を上げて何かが迫ってきた。
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