魔界の姫君は、わんこ天使に手を焼いておりまして。

古都助(幸織)

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第十七話・不器用な友人

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『いいか、シグルド。お前は、父さんと母さんが心から愛し合って授かった子だ。お前の中に流れる血の事と貶める愚かな者がいるかもしれないが、そんなものに心を向けるな』

 天使と狼族、その二つの血筋から生まれた自分。
 天界にある父の屋敷で過ごしていた頃は、人の悪意など知らず、幸せな日々を感じる事が出来ていた。
 誇り高い軍人であり、大天使ラジエルの副官である父。
 狼族の長の娘である、美しく……、少々気の強い型破りな母。
 心優しい屋敷の者達……。大切に包み込まれた幸せが壊れ始めたのは、確か、天界の幼等部に上がった頃の事だった。誰よりも出来が良く、あの頃のシグルドは誰からも愛される素直可愛い子供で……、それが、一部の子供達の間で、所謂『気に入らない』に分類されてしまったのだろう。
 子供の、よくある差別や無自覚のいじめのせいでシグルドは傷付き、それに立ち向かう力を得るまでには長い時間がかかった。『気に入らない』が、『混血は蔑むべき』という下らない理由に変わった頃には、馬鹿の相手はするべからず、と、早い内から大人の考えを持つようになったシグルド。
 むしろ、その面倒で下らない同族達の方が可愛いと思えるレベルだと、今でも思っている。
 それよりも面倒なのは……。――女という生き物そのものだ。

『シグルド様、今宵は私をお召しになってくださいませんか?』

『シグルド様もそろそろ女の肌を知るべき頃だと思います。私でよろしければ是非手ほどきを』

 清らかなる高潔な存在。だが、それは遥か上の位に座する天使達の事を指すのであって、下の位に属する天使の一部は、淫欲に溺れ、堕天ギリギリに足を踏み入れている者もいたりする。
 そういう類の、見目の良い男と割り切った快楽の関係を望む者もいれば、シグルドの立場や家の力にあやかりたいと望む、欲深き者も……。
 誘われるだけなら無視するか冷たくすればいい話だが、中には強引に迫ってくる者もおり、いつしかシグルドは、女という生き物自体を心の底から拒むようになった。
 大天使や、上位の女性天使達にはまだ普通に接する事が出来るのだが、それ以外には震え上がるような冷たい態度を取るようになったので、今では彼に近づく女性天使自体が少なくなっている。
 恋愛も、肉欲も、興味はない。ただ静かに、与えられた任をこなし、義務のように送る日々。
 一応趣味的なものはあるが、シグルド的に刺激を感じるような事があるとすれば、凶暴な魔物と戦っている時ぐらいだ。それ以外は、特に変わりのない日常だけ。
 だが、あの日……。

『ちょっ、ちょっと君っ!! ストップ!! ストップ!! 私は敵じゃない!! と、通りすがりの、え~と、え~と、た、旅人だ!! 君が怪我をしているようだから、手当をっ』

 人間界での任務中に勝手な行動をした、自分を疎む一部の天使達のせいで負った深手。
 たまたま通りがかった一人の少女。――シャルロットとの出会いが、シグルドの生に初めての感覚をもたらした。治療を施されている最中、一瞬だけ見えた彼女の姿。
 だが、山の中が穏やかな闇に包まれた時、目覚めたシグルドの傍に彼女の姿はなかった。
 しっかりと施された治療。ご丁寧にも、自分の周りに張られた厳重な結界。
 何が目的だ? 何を思って、自分を助けた? シャルロットの慌てた顔を思い出しながら、シグルドはそんな捻くれた感情で結界を睨んだ。
 そして、彼女の匂いを辿って再会を果たし、礼をくれてやろうとしたのだが……。
 一度目の訪問時には、窓の外に蹴り飛ばされて空の星にされた。
 二度目の訪問時には、金がいらないなら、宝石か? それに匹敵する貴重な物品かと、いつも通りの傲慢さの滲む仮面で問うたのだが、やっぱりまた吹っ飛ばされた。
 三度目の訪問時に至っては、じゃあ、自分との肉欲か? と、意地悪な感情で誘いをかけてみたが、今度はその場でタコ殴りにされ、貰ったのは絶対零度の冷たい視線と、罵倒の嵐。
 誰が貴様の身体なんぞいるものか、調子こいたナルシストめ、下半身を使い物にならなくしてやろうか!?
 ……と、あの時のシャルロットにされた罵倒と暴力の乱舞を思い出すと、何故かぞくっと悦びが蘇ってしまうシグルドである。
 金も、シグルドの事も欲しがらない魔族の少女。
 あの意志の強そうなアメジストを見ていると、うっとりと心地良い感覚がシグルドという存在を包み込んでくれるかのようで……。気付いたら、睡眠時間を削りまくって、彼女の事ばかり追いかけまわしていた。
 嫌悪を抱くはずの、女という存在。だが、シャルロットはそんな枠にはおさまらない、輝ける光そのものだ。
 だから、彼女の傍にいたくて、共に穏やかで心地良い、時ににぎやかで楽しい時を過ごしたくて……。
 友達になりたいと、そう、望んだだけなのに……。

「シグルド~? だ、大丈夫か~?」

「…………」

 王宮内に現れた憎き敵、エリィの介入によって盛大に吹っ飛ばされたシグルド、と、他一名。
 自分が何をしたのか、シャルロットの去り際の言葉によってシグルドはそれを思い知らされた。

『大嫌いだ』

「――っ!!」

 今までとは違う。心からの完全なる拒絶。
 冷ややかに見られる事も、いつもだったら楽しみのひとつだったのに……。
 あの時の、去り際の彼女の瞳は、決して見たくないはないものだったと、悲鳴を上げそうな程に痛む胸が、シグルドに望まぬ絶望をもたらした。

「シャルロット……」

「あ~……、悪い。俺も……、ちょっと面白がりすぎたわ」

 その場から動けず小刻みに震えているシグルドを、茶化しすぎたと反省するクリスウェルトが手を差し出して助け起こすのを手伝おうとするが……。

「――だ」

「へ?」

「絶対に嫌だっ!! シャルロットの匂いを嗅げなくなる事もっ、シャルロットの小さな身体を抱き締めてスリスリする事も出来なくなるなど……!! 俺は絶対に嫌だ……!!」

「えっ、ちょっ!! うわぁあああああああっ!!」

 そのまま悲しみとショックに打ちひしがれているだけのわんこ天使ではなかった!!
 シグルドは心配そうに覗き込んできた自称親友えお吹っ飛ばし、回廊の向こうに消えたシャルロットを追って爆走し始める!! 
 このまま終わってなるものか!! シャルロットという光をこのままあの闇に、あのカマ野郎に奪われてなるものか!! こんな事になってもまだ自分の感情に名前をつけられない究極の鈍感男は、その分、行動と本能だけは素直で従順だった。

「あいたた……。ふぅ、……ら、ラジエル様~、見てました~?」

『あぁ。すっげぇ自爆っぷりに、思わず笑い死にしそうになったわ』

 言葉ほど笑った気配のない、いや、むしろ……、物凄く神妙そうな声音で、彼(か)の人が答えるのを、クリスウェルトはうんうんと頷きながら同意する。
 ここには自分一人。ほかには誰もおらず、通りがかってすらいない。
 クリスウェルトは明るめの青い瞳に疲れを宿しながら、自分にだけ聞こえる声に尋ねる。

「どうします? せめてシグルドの方だけでも自覚させますか?」
 
『オレがわっかりやすいヒント出しても、全然気付かねぇ奴だからなぁ……。本能と行動だけ素直っつーか、まぁ、もう一回言っとく方がいいか。クリス、あの馬鹿が自覚するまで、根気強くやれ。でないと、シャルロットの嬢ちゃんが取り返しのつかねぇ傷を負うかもしれねぇからな』

 クリスウェルトの両目を通し、魔界での出来事を見ていた彼(か)の大天使。
 自分の補佐官をやっている天使の息子に限らず、大天使ラジエルは幅広く面倒見の良い人だ。
 かく言うクリスウェルトも過去にラジエルの世話になって救われた経験があり、シグルドの事を考えてくれている大天使の情を決して疑いはしない。
 闇色を纏う天使が少ない天界において、じゃあ自分もと髪の色を何の躊躇いもなく変えたラジエル。
 大天使が黒を宿しているのに、その色を理由に他者を貶められる者などいない。
 誰も孤独にしたくない。創成の頃よりこの世界に在る大天使の情は、海よりも深いのだ。
 だが、……う~ん。クリスウェルトはシグルドの消えた方向を見つめながら溜息を吐く。

「シグルドが素直になったとしても、あのお姫様はどうするんですか? シャルロット姫は、恐らく……、特別な存在を望んではいないみたいですし?」

『自分に関われば、自分の特別になれば、魔石の面倒に巻き込む……。そういう真面目ちゃんなとこは、王妃にそっくりだ。まぁ、王妃の方は割り切りが良い、サッパリタイプでまだ楽だけどな』

「じゃあ、お姫様の方にラジエル様から話をしてみたら如何です? 子供の面倒を見る事や導く事、得意でしょ?」

『話す事は出来るが、何から何までオレが世話してやるんじゃ、甘やかしにしかならねぇだろ。シグルドに自覚させる。あとは……、きっかけを作ってやるぐらいまでが境界線だ』
 
 それも十分、甘やかしてると思いますよ? クリスウェルトはこっそりと微笑む。
 しかし……。あの堅物、いや、女性への嫌悪感に凝り固まった男を落としたのが魔界の、魔石の所持者とは。
 恐らく、シグルドにとって、シャルロットの立場など、どうでもいい事なのだろう。
 あの男は、シャルロットという存在しか見ていない。彼女がどんな立場であろうと、種族であろうと、何も気にしはしない。

(初恋だって気付いてないくせに、執着度半端ないからな~……。お姫様的には、大迷惑だろうけど)

 その上、自覚までしちゃったら……、あぁ、もっと面白い事になりそうだ。
 魔界の姫君は傷付く事を望みはしないけれど、シグルドに振り回されて困りまくるシャルロットの図は、自分的にも楽しめそうだから近くで見ていたい。
 
「あ~、でも……。お姫様とシグルドがくっついちゃったら、ちょっと不味いんじゃありません?」

『ん?』

「軍を辞めて、シャルロット姫に嫁ぎます! とか~」

『ぶっ!! こらっ!! 今、思い浮かべちまったじゃねぇか!! アイツの花嫁姿っ!!』

「はははっ!! ウェディングドレス姿のシグルド!! ははははっ、そりゃ面白い!!」

『ガタイの良すぎる野郎の女装姿なんて、ギャグでしかねぇからなぁ……。あぁっ、今ちょっとブルッときた!! だが……、もし、アイツが軍を辞めるって言ったら』

 消え入るように言葉を切った大天使に、クリスウェルトは静かに空を眺めながら続きを待つ。
 シグルドはクリスウェルトの事を友達ではない、親友ではないと、つれない態度ばかりだが、本当は受け入れて、他とは違う存在だと思ってくれている事を知っている。
 なんだかんだ文句を言いながら、自分ともう一人の天使が遊びに誘うと付き合ってくれるし。
 二人の誕生日には、匿名でプレゼントが届く。勿論、誰が贈ってくれているのかは一目瞭然。
 今回の、祝! 親友の初恋!! に関しても、遅れて明日到着予定の友その2がここにいれば、若干の寂しさを覚えながら、同じ気持ちになってくれるだろう。
 勿論、今、少しの間を空けている大天使も同じく。

『自由にしてやるしかねぇな……。それぞれ、選ぶ道ってもんがある』

「ですね。……はぁ~、出来れば、魔界から通いで軍に勤めてくれたらなぁ~。そうしたら、皆で仲良くいつも通りに、食堂でわいわい出来るのに」

『特別な相手が出来りゃ、誰だってそっちに夢中になるもんだろ。ってか、お前も、あのアホの方も、恋のひとつでもしたらどうだ?』

「はい! ラジエル先生!! 夢中になれる子と出会えません!! 出会う為に長期休暇取ってもいいですか!?」

『寝言は寝てぬかせ。ふぅ……、シグルドの事、頼むぞ』

 運命の出会いなんて、その瞬間が来てみなければわからない。
 だが、毎日仕事仕事で……。女性天使達の中に気に入る子がおらず、刺激的な出会いもないとくれば、後はもう、休暇を利用しての他種族巡りに望みを懸けるしかない。
 だというのに、頼れる上官こと大天使様は鼻で嗤って通信を切ってしまったのだった。
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