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~番外編・グラーゼス×アルディレーヌ~
王子と伯爵令嬢の想い出の欠片
しおりを挟む――Side グラーゼス
俺とアルディレーヌが初めて出会ったのは、冬の寒さが春の女神の腕(かいな)に抱かれ、暖かな風が巡り始めた季節の事だった。丁度、俺が十四歳で、アルディレーヌがまだ幼かった十歳の頃の話だ。
シャルドレア伯爵家は、代々王家から『ある立場』を任されていて、王家の者とも接する機会が多かったんだ。
で、その家に生まれた長女のアルディレーヌが、自分の兄二人と父親に連れられ、俺が暮らすグランティアラ王宮に初めて足を運んだのが、俺とアイツの出会いの始まり。
国王との謁見を終え、大事な話があるからと席を外した家族の者達に残されたアルディレーヌは、王宮内の一室で、熱心に何か書き物をしているようだった。
そこに、こっそりと外庭から回り込んでシャルドレア家の娘を覗きに来たのが俺というわけだ。
最初は中に入らず、窓から見えるアイツの熱心な様子をこっそり観察していた。
赤味を帯びた肩までの茶色い髪に縁取られた少女は、可愛いというよりも、十歳という幼さながら、どこか大人びた気配と共に凛としていて……。
迷いなく動かされている手元の内容も気になったが、俺はその真っ直ぐな表情から目を離す事が出来なかった。
そうして、暫く見惚れるようにアルディレーヌを眺めていた俺は、自分を見つめ続ける視線に気付いたらしい彼女がこちらを振り向いた瞬間、……息を呑んだ。
どこにでもあるブラウンの双眸が、警戒の色を宿しながら俺を射抜いた。
幼く何の力もない少女なのに、その瞳の中で揺らめく意思の強さが、まるで炎のように俺の心を焦がしていく。
「……誰?」
訝しむように発せられた警戒の声音は、十歳の幼子にしては、やけに凛としており怯えがない。
流石は、シャルドレア伯爵家の娘というべきか。
彼女はソファーから立ち上がり、自分を覗き見ていた不審者こと、十四歳の俺が立ち尽くす窓辺へと足を向けた。
両開きになっている窓が開き、彼女は恐れずに俺の瞳を捉えて、もう一度、「誰?」と強めた口調で問う。
「覗き見なんて、趣味が良いとは言えないと思うのだけど?」
「え、えっと……す、すまない。悪気があったわけじゃないんだ。その、何かを熱心に書いていたようだから、ちょっと気になったというか」
正確に言えば、書いてあるものではなく、それに熱心な様子で向かっていたアルディレーヌの表情に釘付けになっていたわけだが。
彼女は二、三度瞬きをすると、俺に扉の方から入って来るようにと促して、窓を閉めてしまった。
勿論俺は、コクコクと頷いてすぐに王宮内の廊下へと戻り、その部屋の前に立った。
見たところ、周りに女官の姿はない。
個人的には、王子というしがらみを気にせず、シャルドレア家の娘と話をしてみたかったので、俺は彼女のいる部屋の扉をノックし、許可を得て入った後、偽名を名乗った。
以前から聞いていたシャルドレア伯爵家の愛娘がどんな風に俺を見るのか、とても興味があったから……。
アルディレーヌはじっと俺の目を見つめたまま、暫しの間動きをとめていた。
「……グラーシェル、ね。覚えたわ」
「今度は、君の名前を教えて貰えると嬉しいんだけど、駄目かな?」
知っていたのに尋ねたのは、あくまで俺がアルディレーヌに対し何の情報も持っていないと思わせる為だった。
彼女が踵を返し、ソファーに座ったのを見て、自分も向かい側の席に腰を下ろす。
相手は幼い子供だとわかっていても、その臆した様子のない真摯な眼差しを前にしていると、どこか気が引き締まる。
「覗きをしていた人に名乗る名前なんてないわ……と、言いたいところだけど、次からちゃんと礼儀を守ると約束するなら、教えてもいいわ」
二度目があるかどうかもわからない相手に、子供にしては可愛げのない物言いで、アルディレーヌは微かな笑みを浮かべた。
ただ、それだけの仕草と、凛とした態度に滲んだ優しい気配を前にした俺は、また、ピタリと動きを止めてしまう。この幼い令嬢の一挙一動が、どうにも……目の離せないものに感じられるというか、
(次はどんな顔をするのか……見ていたくなる)
その視線を逃す事なく、俺も自分よる幼い少女に意識を向け続ける。
恐らく、年齢よりも精神の方は上をいっているのだろう。
名前しか名乗っていない男を前にしても、全く動じていない。
「わかった。今回の事については非礼を詫びよう。次からは紳士としての礼儀を守り、表から来る事を約束する」
淑女に対する紳士的な笑みを纏い、愛想を込めて約束する事を誓うと、アルディレーヌはコクリと満足げに頷き、……何故か、席を立ち上がった。
扉の前に立ち、俺の方を向いた彼女は、薔薇を象った飾りを纏った真っ赤なドレスの両裾を指先でつまむ。
そして、淑女が貴人に対する礼をとり、その小さな唇を開いた。
「お初にお目にかかります。グラーシェル様。シャルドレア伯爵が娘、アルディレーヌ・シャルドレアですわ。どうぞ、お見知りおきを」
「……」
十歳の幼い少女の顔に浮かぶ、どこか艶やかで品の良い微笑み。
赤の色が良く似合う伯爵家の娘は、その姿に見惚れ続けている俺に小さく息を吐くと、またソファーの方へと戻ってきた。
「何をぼけっとしているのかしら?」
「え、あ……、いや、丁寧な挨拶を有難う。……アルディレーヌ嬢」
少しくりっとした猫に似た目。
その眼差しを受けながら、俺はほんの少し頬を薄桃色に染めて視線を逸らした。
四歳も年下の少女相手に、一国の第一王子が何を釘付けになっているのだか……。
友人である侯爵家の息子に見られれば、きっと俺は呆れたような視線と溜息を貰う事になるだろう。
「はい」
「え?」
大人びている少女は、俺の方に書いていた物を差し出した。
そういえば、これの事が気になっていると言い訳を口にしていたんだったな……。
会話をしていくネタとして、それに目を通した俺は、徐々に目を見開いていく事になった。
これを……、十歳の少女が書いたというのか?
物語の一部だとわかる文章の連なりに、やがて惹き込まれていく俺の心。
大人顔負けの表現力と、文字の美しさ、頭の中に次々と思い浮かぶ物語の情景……。
その繊細な描写と、登場人物の心情の動き方に、俺はどんどん魅せられていく。
「お父様達を待っている間暇だったから、新しいネタを使って書いていたんだけど、男性が読んで面白いかどうかは、正直自信が持てないわ」
確かにこれは、女性に好まれる物語だろう。
けれど、男の俺が読んでも、面白い、続きを早く読みたいと切望してしまうほどだった。
彼女は、羽根ペンを手に取ると、その先端をインク瓶の中に浸し、トントンと不必要なインクを瓶の中に落とすと、紙にスラスラと文字を綴っていく。
自分の中にある物語を、世界の息吹を綴る、真剣な表情……。
俺はまた、その表情に、……魅せられる。
「話を作るのが好きなのか?」
「そうね……。頭の中に勝手に浮かんでくるし、その事について考える事も多いから、好き……なんでしょうね。きっと」
人が呼吸をするように、彼女にとっては、物語を綴る事が生活の一部なのだろう。
なにせ、十歳の幼い少女が、これだけの表現力と文章力、そして、人を惹き付ける物語を書けるのだ。
将来はきっと、名のある作家になるに違いない。
俺は紙の束を纏め、彼女へと返す。
そして、妹を相手にするように微笑を纏い、書き綴る彼女の気を引こうと勝手に話を続ける。
「君の書く物語は、とても面白い。良かったら、他にも書いたものがあれば、俺にも読ませてほしいな」
「……今はないわ。全部伯爵家の、私の部屋にあるもの」
「じゃあ、今度君のお屋敷を訪ねてもいいかな?」
そこまで嬉々として話しかけながら、不味い……と、すぐに我に返った。
今日会ったばかりの、名前以外何も知らない目上の男にしては、あまりに図々しい言葉だった。
屋敷に訪ねて行きたい、なんて……、警戒心を抱かせてしまう迂闊な願いだ。
けれど、アルディレーヌは全く動じず、書き物を続けている。
「別にいいわよ。来る日と時間を書いた手紙を前もってくれるなら」
「え? いい……の、か?」
「自分で尋ねておいて、何を言っているのかしらね。ちゃんと玄関から来れば、追い返したりなんてしないわよ」
また一枚物語のシーンを書き終えた少女が、俺の方へそれを差出し、顔をこちらへと向けてきた。
「じゃ、じゃあ、今度……手紙を出すから、君の書いた物語を見せてほしい」
「いいわよ。あぁ、……だけど、仰々しく来ないでよ?」
「え?」
少女は書き疲れてしまったのか、自分の肩を右手でグイグイと揉みほぐしながら、少しだけ不機嫌そうに寄った眉根と共に顔を顰める。
仰々しく……? 一体何の事を言われているのだろうかと首を傾げると、少女の表情は残念なものを見るものへと変化した。
「アンタ、一応一国の王子様でしょう? 少しは、自分の立場とか、行く先で何が起こるかとか、その辺考えたら?」
「……」
「私の家に来るなら、出来ればお忍びでお願いしたいわね。アンタみたいな立場の人間が大勢のお供を連れて押しかけてくると、変な噂が立つのは目に見えているし」
「……えーと、アルディレーヌ嬢」
「何よ」
「俺の事……、もしかしなくても、バレてたの……か、な?」
「バレてないわけないでしょ? グランティアラ王国第一王子、『グラーゼス』殿下?」
幼い少女は、ふぅ……と溜息を零す。
さっきグラーシェルと名乗った時は、それらしい事は何も言わなかったのに、まさかのバレバレに、当時の俺は、がっくりと肩を落とす羽目になっていた。
偽名使った意味なかったー!! とか、王子だとわかっていてこの態度が出来るアルディレーヌの恐れ知らずな言動に慄いたり、とにかく、俺は心底吃驚していた。
「じゃあ、何で……最初、俺を見つけた時に、『誰?』とか、言ったんだ?」
「アンタが、どういう立場で私に会いに来たかがわからなかったから、かしらね。お父様やお兄様達からも、この国を継ぐ次代をしっかり自分の目で見ておくように、……って、言われていたし。まぁ、少し観察してみようかと思っただけよ」
本当にこの娘、十歳児なのか?
物腰から言動に至るまで、子供という印象よりも、大人を前にした印象が強いシャルドレア家の娘。
俺はごくりと喉を嚥下し、次の瞬間……苦笑を漏らしていた。
「降参だな。君はどんなに幼くても、やっぱり、『シャルドレア伯爵家の子』だよ。名前を偽りここに来た事は申し訳なかった」
「別に謝らなくてもいいんじゃないかしら。ここは公式の場でもないのだし、人の目もない。だから、今はお互いの立場は関係ないわ」
「でも、自分が俺の事を気付いていると、それをバラしたのは?」
「屋敷に来る前に釘を刺しておかなきゃ、王子様御一行が来る羽目になるじゃない。それが嫌だから、先回りして言っておいたのよ」
彼女曰く、一国の王子なら、自分の立場を気にしてお忍び仕様で来る可能性も高いが、念には念をという考えだったらしい。
「読みたいんでしょ? 私の書いた物語を」
「あぁ、それは是非とも読んでみたい。だけど……、それ以上に、何だか君という存在についても、詳しく知りたくなってきた、かな」
「別に私なんて、どこも特別な所なんてないし、面白味もないわよ? まぁ、それでもいいなら、勝手に観察してちょうだい」
この時のアルディレーヌは、数年後、一途な男から熱い想いを向けられ、振っても振っても諦めず、後を追われるようになる事を……まだ知らなかった。
勝手に観察しろと言ったのはアルディレーヌだ。
それはつまり、興味をもたれる可能性を最初の段階で拒絶しておかなかった、頭の良い彼女にしては、少々誤算だったのかもしれない。
だけど俺は、……そのお蔭で、
――今もこうして、幸せでいる事が出来る。
「グラーゼス、入るわよ」
扉をノックし、執務中の俺の部屋に入ってきた、十七歳のアルディレーヌだ。
腰まである長い赤茶色の柔らかな髪を揺らし、今日は紺色のドレスに身を包んでいる。
昔を思い出しながら仕事の手をとめていた俺は、にやけていた頬を引き締め、右手をひらひらと振って出迎えた。
「丁度良いところに! アルディレーヌ、仕事疲れの俺を癒してくれ!!」
「お生憎様。私も締め切り守って原稿疲れなの。アンタを癒してる余力なんてないわよ」
「そんな!! じゃ、じゃあ、お互いに癒しあおう!!」
「どうやってよ」
「そりゃあ、一緒のソファーに座って、手を取り合ってイチャイチャと」
「却下」
「何でだ~!!」
手に下げてきた籠をテーブルの上に置き、中身を覆っていた布を取り払うアルディレーヌに、俺は席を立ち、ダッシュでその細い腰に縋り付いた。
「久しぶりに会えた恋人に対しての仕打ちがそれか~~!! 泣くぞ!! 駄々捏ねるぞ!! ツンツンばっかりじゃなくて、デレもプリーズミー!!」
――ガチャ。
本気で泣きそうな思いでアルディレーヌを見上げ喚いた俺の姿を、運悪く中に入って来た女官が、……見てはいけないものを見てしまったかのような呆然とした顔で立ち尽くす。
「あ、あの……殿下、アルディレーヌ様。頼まれていたお茶をお持ちいたしましたので、……こ、ここに置いておきますね!で、では、失礼いたします!!」
確か彼女は、最近入ったばかりの女官だったはず。
俺のアルディレーヌに対するこんな姿を見たのも、初めての事だ。
そのせいか、彼女はトレイに乗せて運んで来たお茶とお菓子をテーブルに置くと、
「すみません、すみませんっ」と連打で謝罪しながら、早々に出て行ってしまった……。
「あの反応は新入りね。アンタ、一国の王子として色々不味いんじゃない?」
「大丈夫だ!! この王宮の女官や騎士達は口が堅いから!! それより、一ヶ月もの間お前に会うのを我慢して、仕事をもりもりこなしてた頑張り屋の俺に、恋人としての甘いご褒美をプリーズミー!!」
たとえ一国の王子であろうと、愛する恋人の前ではただの男だ。
どれだけみっともなかろうが、アルディレーヌが俺を甘やかしてくれるなら、何でもする!!
「はぁ……。本当アンタって、私に対してだけは、王子らしさをかなぐり捨てるわよねぇ。いっそ清々しいというか、……わかったわよ。ちょっとだけなら、ご褒美をあげてもいいわ」
「本当か!!」
俺に一度離れるように促すと、アルディレーヌはソファーへと腰かけ、自分の膝を軽く叩いた。
「お仕事を頑張った健気な王子様。特別に私の膝を三十分だけ貸してあげるわ。……いらっしゃいな」
「アルディレーヌ!!」
普段は甘さとは無縁の態度ばかりのアルディレーヌが、まさかの膝枕!!
嬉々として傍へと向かい、その膝の上に頭を乗せた俺は、両手をアルディレーヌの背中へとまわす。
「ん~、幸せだ~」
「アンタ、私より四つも年上のくせに、何か子供っぽいわよね」
「公式の場や、王子としての仕事の時はちゃんとしてるから、問題ないぞ~」
俺がこんな風に無防備な姿を見せるのは、家族よりも恋人であるアルディレーヌの前での方が多い。
母上や父上の前では、品行方正な王子としての顔を見せる事が多いし、素を見せるのはたまにだ。
妹や弟達の前でも、兄としての責任感や立場が先に立ち、なかなかこんな俺を見せる事はない。
十四歳の時にアルディレーヌと出会い、暇を見つけては彼女が綴る物語を見に行った。
勿論、それに興味があるのも本当の事で、だけど、……それ以上に、アルディレーヌの事を知りたかった。
一緒に時を重ね、互いを知り、そして……恋という感情を抱いた時、俺の中で、彼女は一人の女性となった。
(そういえば、最初告白した時は、華麗にスルーされて、なかった事にされたんだよなぁ……)
言った場面やタイミングが悪かったせいもあるだろう。
けれど、その後、ちゃんと告白の言葉を告げ直した俺に、アルディレーヌが出した答えは、俺が望まないものだった。
(俺の事は、親しい友人としてしか思えない……って)
いつもの、動じない冷静な顔で、……躊躇いもなく、告げられた拒絶の言葉。
あの時の俺は、目の前が真っ暗闇に包まれて、……酷く心を軋ませたのを、よく覚えている。
同時に覚えた感情は、アルディレーヌから、『男として見て貰えない自分』に対する苛立ちだった。
他のどの男よりも、彼女と言葉を交わし、傍に在ったはずの自分が……、全く意識されていなかった事実。
本当……、あの時の俺は、自分でもどうしようもないぐらいに、打ちひしがれたよなぁ。
「なぁ、アルディレーヌ……」
「何?」
膝に頭を乗せた俺の金色の髪を梳くように撫でていたアルディレーヌが、首を傾げて俺を見下ろしている。
今感じているこの幸せが、どうか夢ではないようにと祈りながら、その背中を強く抱き締めながら呟く。
「俺の事……、好き、か?」
「……」
少し低めた俺の声音に、縋り付くような響きを帯びたその問いに、アルディレーヌの手の動きが止まる。
暫しの間、静寂が俺達の間を過ぎ去っていく。
どうしてすぐに答えてくれないのだろうか……。
アルディレーヌが愛の言葉を口にする事が少ない事を知ってはいても、この静寂は、どこか俺を不安にさせる。
愛していなければ、こんな風に膝枕など彼女がするわけがないと、そう知っているくせに。
それでも俺は、愛する女性の唇から、その凛とした声音に愛を囁かれたいと願ってしまう。
確かに愛されているのだと確認したい。……何度でも。
「ちゃんと答えないと、この場で押し倒すけど、いいのか?」
「そんな事やったら、即しばき倒すわよ?」
不機嫌な声音が、俺の頭をぺちんと叩く手の動きと共に降ってくる。
アルディレーヌの膝から顔と身体を起こし、顔を背けている彼女の頬に手を添える。
「お前の気性は、よくわかってるつもりなんだけどな。それでも、お前に『好き』だって、ちゃんと言われたくて堪らないんだ」
「疑い深い男は、どうかと思うのだけど?」
「疑ってる、……というよりは、お前に『好き』って言われると、凄く、幸せになれるから、かな。でもまぁ、素面の時に言うのが恥ずかしいって言うなら、……今から俺の部屋に行くか?」
「い・や・よ。こんな昼間から何考えてるのよ」
「じゃあ、今ここで、俺に対する気持ちを口にしてほしい」
「急にどうしたのよ。膝枕で喜んでるかと思えば……」
「まぁ、お前からすればそうだよな。けどさ、お前に振られたあの日を思い出すと、その度にどうしても確認をしたくなるというか」
男としては見ていないのだと、そう迷いなく言われたあの日の傷は、今も心の片隅で疼いている。
今は両想いになって恋人同士の関係を築けてはいるが、睦言を口にする機会が少ない恋人をもつと、どうしても、たまに不安を抱く事があるから……。
俺は顔を背けるアルディレーヌを抱き寄せ、抵抗を示す彼女を少しだけ力を込めて拘束する。
肩口に顔を預け、どうにか欲しい言葉を与えてはくれないかとその頬に擦り寄った。
「誰も見てない、誰も聞いてない。俺の愛するアルディレーヌ……、お前の気持ちが聞きたいんだ」
「何回、言わせたら、気が済むのよ……」
「何度でも、聞きたくなるんだ」
「我儘で甘えん坊な王子様なんて、……民が見たらがっかりするわよ?」
「お前の前でしか見せないから、問題はないな」
アルディレーヌの前でだけは、俺はただの恋する男だ。
愛する人の気持ちが自分に在る事を確かめたくて、何度もその言葉を欲する貪欲な心。
望む言葉を聞くまでは、絶対に離さないという意思を込めて、彼女を強く抱き続ける。
そうしているうちに、アルディレーヌはやれやれと溜息を零し、俺の背中に両手を回した。
「私は、文章を書いたり、物語を紡ぐのは専門分野だけど、恋人に対して、甘い言葉を囁いたり、甘えたりするのは、正直、苦手なのよ?」
「知ってる……」
「上手くなんて、言えないわよ?」
「お前の、素直な一言なら、何だっていい」
犬が飼い主に甘えるような仕草で擦り寄り、俺はアルディレーヌに言葉を強請る。
遠き日、幼かった少女は、女性らしい身体つきと、変わらぬ誇り高い心を持って成長した。
そんな彼女と、男と女として向き合えるこの幸せに、確かな形を感じたい。
俺のそんな我儘を、アルディレーヌは何だかんだ言いながらも、最終的にはちゃんと受け止めてくれるんだ。
「……じゃあ、ちょっとだけ、顔をあげて」
「ん? こうか」
肩口から俺に顔を上げさせると、アルディレーヌは自分より高い位置に上がった耳元へと、顔を寄せてくる。
耳元まで唇が寄せられ、少しの躊躇いが息遣いと共に聞こえた後……。
「……好きよ」
小さな小さな、囁きにも似た……少し、恥ずかしそうな愛の言葉。
それが俺の耳朶を甘く震わせ、全身を巡る甘美な音となって響き渡っていく。
顔を引いたアルディレーヌの顔は……、俺が見てもわかるほどに、赤い。
心臓を、きゅうっと鷲掴まれるほどの痺れを感じた俺は、堪え切れずにアルディレーヌの唇を奪った。
「ンっ……!! こ、こらっ、グラーゼ、んぅっ」
柔らかな彼女の温もりを感じながら、その歯列を開かせて深い交わりを求める。
唇から零れ出る可愛らしい抵抗の音が、俺をその気にさせているとも知らずに……。
「一言だけでも……、俺には過ぎた幸福だな、アルディレーヌ」
「ば、馬鹿っ、……ふぅ、ンっ」
確かに、アルディレーヌも武闘の心得のある勇ましい令嬢ではあるが、一応俺も、一国の王子として英才教育よろしく、武術を嗜んでいる。
そのお蔭で、自分の欲が勝ってしまった時には、俺の方が彼女の力や技術を上回り、暴れる子猫を押さえ付けるように、こうやって触れ合いを求めてしまう。
あとでどんなに怒られるかわかっていても、あの可愛過ぎる愛の告白は、媚薬に等しいものだった。
甘美な響きと、男の欲を一気に煽った愛しい恋人の一言に、理性なんて保てるわけがない。
「愛してる……、アルディレーヌ」
「アンタっ、んんっ、……お、覚えて、な、ふぅっ」
徐々にそのブラウンの瞳を熱と羞恥に潤ませ、俺の背中に爪を食い込ませるアルディレーヌ。
その痛みさえ、愛おしくて堪らない事を、きっと彼女は知らないだろう。
男として見られていなかった俺を、こうして愛する男として受け入れてくれるようになった恋人の唇を奪いながら、俺は密かに微笑む。
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二人が交じりあっていた痕を残すように、唾液がツーと二人の唇の愛で尾を引いた。
呼吸を整え、抗議の言葉を口にしようとするアルディレーヌを、すかさず休憩は終わりと告げるように、また温もりを重ねる。
甘えられる時に甘えておかないと、俺の恋人はすぐに俺を放置するからな。
背中を宥めるように擦りながら、俺は甘えられる時間が少しでも長く続くように、彼女をソファーへと押し倒す。
「一ヶ月分の愛情を……、ンっ、……俺に注いでくれるよな?」
涙目で俺を睨むアルディレーヌだったが、その表情さえも愛しくて……。
抵抗が弱まっていく彼女の肌に唇を合わせ、俺は愛する恋人からの愛情を補給する為に行為を深めていくのだった。
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