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~蜜愛の館(婚約編)
蒼麗侯爵様と子犬の話3
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◆◆◆◆◆(王宮・第一王子の執務室)数日後・昼◆◆◆◆◆
――side セレイド……
「犬っていいよなぁ。自由っつーか、面倒な仕事ないもんな」
「ワンッ!!」
丁度休憩の時間に入り、フィニアから預かった子犬のフィニーをグラーゼス殿下が胸に抱き上げ、癒しを求めるように撫でまわす。
子犬相手に執務の愚痴やアルディレーヌ嬢に構って貰えない嘆きを呟いている姿は、とてもではないが、一国の第一王子の姿とは思えない。
「殿下、犬に愚痴るほどストレスが溜まっているんですか?」
「お前だって、俺の仕事を手伝いながら、こいつに話しかけてたじゃないか!」
「俺はフィニーに世間話をしていただけですよ。殿下のように情けない事はしていません」
「お前なぁ、少しは俺を労われよ……。俺の人生、全部この国に捧げてるんだぞ~。たまには、そんな俺を気遣うとか、優しく接するとか……」
「却下です」
フィニーを顔の前に抱え、その肉球を見せつけるように要求してきた殿下を即座に一蹴する。
俺にそんな事を言っても、甘い態度をとる可能性は限りなく低い。
というか、完璧に確率ゼロだとわかっているだろうに……。
向かいの席に座っていた殿下が、大げさな泣き真似と共にソファーに倒れこむ。
「フィニーっ、お前のご主人様が冷たいっ、冷たすぎるっ」
「わふっ、ワンッ! ワンッ!!」
「だよな!! お前はわかってくれると思ってたっ!! さすがはフィニア嬢の名を頂くわんこだ!! この愛い奴め!!」
「フィニー、今すぐその変態から離れてこちらにいらっしゃい」
両手を差出しすと、フィニーは迷いなく殿下の腕の中から飛び出してきた。
クリーム色の小さな身体を抱き上げ、俺も癒しを求めるようにその毛並みに顔を埋める。
フィニーと出会ってから、昔の事をよく思い出すようになった自分。
彼女と一緒にフィニーの世話をしている時もだが、気が付けば過去の記憶が俺の意識を奪っていく。
一人ぼっちで橋の下で鳴いていたフィニーと、……広い屋敷の中で泣きじゃくる子供の姿が重なって。
遥か昔の事なのに、もう気にする必要もないのに……、もう……一人ではないのに。
「はぁ……」
やはり、『あの人』の事が気になるのか……、俺は。
今どこでどうしているのか、『誰』と一緒に在るのか……、知りたくなどないはずなのに……。
――コンコン
フィニーの温もりに身を委ね瞼を閉じていた俺の耳に、第一王子の執務室の扉を叩く音が聞こえた。
殿下の入室許可を得て部屋に現れたのは、クレイラーゼ公爵・レアンドル。
数多の女性を虜にする社交性のある容姿と甘い雰囲気は、今日も変わらず健在のようだ。
起き上がった殿下の隣に腰かけ、女官が運んできた紅茶を手に優雅に足を組む。
「珍しいな。今日はブランシュ嬢は一緒じゃないのか?」
「生憎と、今日はブランシュの母君に彼女を取られてしまったんだよ。母娘水入らずで出かけたいと言われてね」
「ふぅん。それで、俺達のとこに暇つぶしに来たってわけか?」
「まぁ、それもあるけれどね。俺が来た目的は、他にあるんだよ」
懐から出した一冊のパンフレット。
緑豊かな山の背景が描かれており、『厳選! オススメ観光スポット集!!』と、お洒落なロゴでタイトルを飾っているその本を手に取りパラパラと捲ってみる。
「丁度それに載っている観光名所のひとつが、俺の別荘の近くにあるんだよ。だから、皆でどうかなと思ってね」
「ブランシュ嬢と二人きりじゃなくていいのか?」
「彼女は俺と二人きりで旅行となると、どうしても意識してしまうだろう?」
「なるほど、俺や殿下、そして、フィニアやアルディレーヌ嬢が一緒なら抵抗なくついて来そうだと、要は俺達を利用したいわけですね?」
確か前にも、この男はフィニアとアルディレーヌ嬢に協力を頼んでブランシュ嬢を誘き出したはずだ。
子爵家の出であるブランシュ嬢にとっては、クレイラーゼ公爵は雲の上の存在。
身分差を気にして、なかなか公爵の誘いに応じなかったとフィニアから聞いている。
フィニア達の協力のお蔭で愛しい令嬢の心を射止めたらしいが、また自分が一歩前に進む為に、周りを巻き込むつもりらしい。
「利用とは人聞きが悪いね。俺はブランシュの緊張や壁を和らげたいだけなんだが」
「結果的には同じ意味だろうが。はぁ、……まぁ、でも、たまにはいいかもな。俺もアルディレーヌと一緒に恋人同士の時間を過ごしたいし、セレイドも別に構わないだろ?」
「そうですね……。クレイラーゼ公爵、子犬の同伴は可能ですか?」
抱いていたフィニーを示すと、「勿論」という快い了承の返事が返ってきた。
俺の腕からフィニーを受け取り、クレイラーゼ公爵が表情を緩ませてその頭を撫で始める。
「可愛い子犬ちゃんだね? 初めまして、俺はレアンドルだよ。お嬢さん」
「わふっ!!」
「レアンドル……、下を見なくても犬の性別がわかるってすごいな……」
「女の子は気配でわかるからね。ははっ、可愛らしいな。人懐っこいんだね」
ペットは飼い主に似るというが、フィニーも彼女と同じように屈託なく誰にでも優しく愛情深い。
初対面だというのに、クレイラーゼ公爵の顔を親しげに舐めている様子を苦笑と共に見守る。
まぁ、もしあれがフィニアだったら……、さすがにお仕置きものだが。
「そうだ。クレイラーゼ公爵。ひとつ貴方にもお願いがあるのですが」
「なんだい?」
「フィニー、その子犬の事なのですが、フィニアが町にある橋の下で拾って来た子なんです。捨て犬の可能性もありますが、迷い犬の可能性も考えていまして、出来れば、貴方の知り合いの方々にも、この子に心当たりがないか聞いて貰えませんか?」
クレイラーゼ公爵は、社交界でも顔が広い。
様々な貴族達にも顔が利く。こうやって訪ねて来たのも何かの縁だろうと考え、俺は彼にフィニーの飼い主探しの助力を頼んだ。
「お安い御用だよ。見たところ、犬種はゴールデンか。『アニマル愛護協会』会員の俺に、是非任せてくれ」
まるで星でも飛んできそうな光り輝く笑顔を浮かべたクレイラーゼ公爵が、フィニーの鼻の頭にキスを落とし、片目を瞑って快く請け負ってくれた。
アニマル愛護協会の会員というと、別名、親馬鹿の飼い主とも呼ばれるほど、自分の飼っているペット達を溺愛している団体のはずだ。
まさか、クレイラーゼ公爵も親馬鹿の一員だったとは……。
意外な事実を知ってしまったものだ。
だが、彼の人脈を辿れば、きっとフィニーの飼い主は見つかる事だろう。
「よろしくお願いします」
俺は小さく頭を下げると、クレイラーゼ公爵の腕の中で楽しげに寛いでいるフィニーを見つめた。
フィニアが拾った可愛い子犬。もう三週間近くになるだろうか……。
二人で犬を育てる為の参考書を読みながら、愛情を込めて世話をしてきたが、もし本物の飼い主が現れれば、それはフィニーとの別れを意味する。
俺の方はまだ別れに耐えられるとは思うが、……フィニアの方はどうだろうか。
愛情深い彼女にとって、大切に育んでいる子犬を元の飼い主に返す事は……。
「さて、どうしたものか……」
愛しい人を、泣かせてしまうかもしれませんね……。
飼い主探しをしてはいるものの、まだ見つからない事に安堵していた自分がいた。
彼女が悲しまずに済むならと……、そう考える自分が。
だが、フィニーはまだ幼い。俺とフィニアがどんなに可愛がっても、きっと心の奥底では母親を求めているはずだ。離れるのが寂しいからといって、フィニーから母親を奪うわけにはいかない。
たとえフィニアが悲しみに暮れる事になっても、元の飼い主を探し出されなければ……。
俺は憂いの表情と共に髪を掻き上げ、上を向き溜息を吐き出した。
――side セレイド……
「犬っていいよなぁ。自由っつーか、面倒な仕事ないもんな」
「ワンッ!!」
丁度休憩の時間に入り、フィニアから預かった子犬のフィニーをグラーゼス殿下が胸に抱き上げ、癒しを求めるように撫でまわす。
子犬相手に執務の愚痴やアルディレーヌ嬢に構って貰えない嘆きを呟いている姿は、とてもではないが、一国の第一王子の姿とは思えない。
「殿下、犬に愚痴るほどストレスが溜まっているんですか?」
「お前だって、俺の仕事を手伝いながら、こいつに話しかけてたじゃないか!」
「俺はフィニーに世間話をしていただけですよ。殿下のように情けない事はしていません」
「お前なぁ、少しは俺を労われよ……。俺の人生、全部この国に捧げてるんだぞ~。たまには、そんな俺を気遣うとか、優しく接するとか……」
「却下です」
フィニーを顔の前に抱え、その肉球を見せつけるように要求してきた殿下を即座に一蹴する。
俺にそんな事を言っても、甘い態度をとる可能性は限りなく低い。
というか、完璧に確率ゼロだとわかっているだろうに……。
向かいの席に座っていた殿下が、大げさな泣き真似と共にソファーに倒れこむ。
「フィニーっ、お前のご主人様が冷たいっ、冷たすぎるっ」
「わふっ、ワンッ! ワンッ!!」
「だよな!! お前はわかってくれると思ってたっ!! さすがはフィニア嬢の名を頂くわんこだ!! この愛い奴め!!」
「フィニー、今すぐその変態から離れてこちらにいらっしゃい」
両手を差出しすと、フィニーは迷いなく殿下の腕の中から飛び出してきた。
クリーム色の小さな身体を抱き上げ、俺も癒しを求めるようにその毛並みに顔を埋める。
フィニーと出会ってから、昔の事をよく思い出すようになった自分。
彼女と一緒にフィニーの世話をしている時もだが、気が付けば過去の記憶が俺の意識を奪っていく。
一人ぼっちで橋の下で鳴いていたフィニーと、……広い屋敷の中で泣きじゃくる子供の姿が重なって。
遥か昔の事なのに、もう気にする必要もないのに……、もう……一人ではないのに。
「はぁ……」
やはり、『あの人』の事が気になるのか……、俺は。
今どこでどうしているのか、『誰』と一緒に在るのか……、知りたくなどないはずなのに……。
――コンコン
フィニーの温もりに身を委ね瞼を閉じていた俺の耳に、第一王子の執務室の扉を叩く音が聞こえた。
殿下の入室許可を得て部屋に現れたのは、クレイラーゼ公爵・レアンドル。
数多の女性を虜にする社交性のある容姿と甘い雰囲気は、今日も変わらず健在のようだ。
起き上がった殿下の隣に腰かけ、女官が運んできた紅茶を手に優雅に足を組む。
「珍しいな。今日はブランシュ嬢は一緒じゃないのか?」
「生憎と、今日はブランシュの母君に彼女を取られてしまったんだよ。母娘水入らずで出かけたいと言われてね」
「ふぅん。それで、俺達のとこに暇つぶしに来たってわけか?」
「まぁ、それもあるけれどね。俺が来た目的は、他にあるんだよ」
懐から出した一冊のパンフレット。
緑豊かな山の背景が描かれており、『厳選! オススメ観光スポット集!!』と、お洒落なロゴでタイトルを飾っているその本を手に取りパラパラと捲ってみる。
「丁度それに載っている観光名所のひとつが、俺の別荘の近くにあるんだよ。だから、皆でどうかなと思ってね」
「ブランシュ嬢と二人きりじゃなくていいのか?」
「彼女は俺と二人きりで旅行となると、どうしても意識してしまうだろう?」
「なるほど、俺や殿下、そして、フィニアやアルディレーヌ嬢が一緒なら抵抗なくついて来そうだと、要は俺達を利用したいわけですね?」
確か前にも、この男はフィニアとアルディレーヌ嬢に協力を頼んでブランシュ嬢を誘き出したはずだ。
子爵家の出であるブランシュ嬢にとっては、クレイラーゼ公爵は雲の上の存在。
身分差を気にして、なかなか公爵の誘いに応じなかったとフィニアから聞いている。
フィニア達の協力のお蔭で愛しい令嬢の心を射止めたらしいが、また自分が一歩前に進む為に、周りを巻き込むつもりらしい。
「利用とは人聞きが悪いね。俺はブランシュの緊張や壁を和らげたいだけなんだが」
「結果的には同じ意味だろうが。はぁ、……まぁ、でも、たまにはいいかもな。俺もアルディレーヌと一緒に恋人同士の時間を過ごしたいし、セレイドも別に構わないだろ?」
「そうですね……。クレイラーゼ公爵、子犬の同伴は可能ですか?」
抱いていたフィニーを示すと、「勿論」という快い了承の返事が返ってきた。
俺の腕からフィニーを受け取り、クレイラーゼ公爵が表情を緩ませてその頭を撫で始める。
「可愛い子犬ちゃんだね? 初めまして、俺はレアンドルだよ。お嬢さん」
「わふっ!!」
「レアンドル……、下を見なくても犬の性別がわかるってすごいな……」
「女の子は気配でわかるからね。ははっ、可愛らしいな。人懐っこいんだね」
ペットは飼い主に似るというが、フィニーも彼女と同じように屈託なく誰にでも優しく愛情深い。
初対面だというのに、クレイラーゼ公爵の顔を親しげに舐めている様子を苦笑と共に見守る。
まぁ、もしあれがフィニアだったら……、さすがにお仕置きものだが。
「そうだ。クレイラーゼ公爵。ひとつ貴方にもお願いがあるのですが」
「なんだい?」
「フィニー、その子犬の事なのですが、フィニアが町にある橋の下で拾って来た子なんです。捨て犬の可能性もありますが、迷い犬の可能性も考えていまして、出来れば、貴方の知り合いの方々にも、この子に心当たりがないか聞いて貰えませんか?」
クレイラーゼ公爵は、社交界でも顔が広い。
様々な貴族達にも顔が利く。こうやって訪ねて来たのも何かの縁だろうと考え、俺は彼にフィニーの飼い主探しの助力を頼んだ。
「お安い御用だよ。見たところ、犬種はゴールデンか。『アニマル愛護協会』会員の俺に、是非任せてくれ」
まるで星でも飛んできそうな光り輝く笑顔を浮かべたクレイラーゼ公爵が、フィニーの鼻の頭にキスを落とし、片目を瞑って快く請け負ってくれた。
アニマル愛護協会の会員というと、別名、親馬鹿の飼い主とも呼ばれるほど、自分の飼っているペット達を溺愛している団体のはずだ。
まさか、クレイラーゼ公爵も親馬鹿の一員だったとは……。
意外な事実を知ってしまったものだ。
だが、彼の人脈を辿れば、きっとフィニーの飼い主は見つかる事だろう。
「よろしくお願いします」
俺は小さく頭を下げると、クレイラーゼ公爵の腕の中で楽しげに寛いでいるフィニーを見つめた。
フィニアが拾った可愛い子犬。もう三週間近くになるだろうか……。
二人で犬を育てる為の参考書を読みながら、愛情を込めて世話をしてきたが、もし本物の飼い主が現れれば、それはフィニーとの別れを意味する。
俺の方はまだ別れに耐えられるとは思うが、……フィニアの方はどうだろうか。
愛情深い彼女にとって、大切に育んでいる子犬を元の飼い主に返す事は……。
「さて、どうしたものか……」
愛しい人を、泣かせてしまうかもしれませんね……。
飼い主探しをしてはいるものの、まだ見つからない事に安堵していた自分がいた。
彼女が悲しまずに済むならと……、そう考える自分が。
だが、フィニーはまだ幼い。俺とフィニアがどんなに可愛がっても、きっと心の奥底では母親を求めているはずだ。離れるのが寂しいからといって、フィニーから母親を奪うわけにはいかない。
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