ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~

古都助(幸織)

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第四章『恋惑』~揺れる記憶~

白銀の大蛇と王兄姫の不安

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※前半に、ヒロイン・幸希の視点。
 後半に、ウォルヴァンシアの王宮医師、ルイヴェルの視点が入ります。


 ――Side 幸希


「……え」

 謎の白銀髪の男性に囚われた翌日、寝心地の良い豪奢なベッドで目を覚ました私は、寝惚けていた思考を一気に覚醒……、するのと同時に、心臓の底まで凍り付くような存在を目にしてしまった。
 わ、私の身体に……、お、大きな……、へ、大蛇が絡みついている!!
 もふもふの動物達は好きだけど、ぬるぬるとした爬虫類系の生き物は、む、無理!!

「うぅっ……、な、何で、へ、蛇がっ」

 しかも、普通の蛇じゃない。密林地帯とか、外国の危険な地域に生息していそうな、物凄く大きくて長い蛇!! それが、ねっとりと私の肌に巻き付いている。
 あぁ、大蛇の頭の部分が、私の頬に押し付けられるように……。
 いっそ今すぐ気を失ってしまいたい。だけど、意識はバッチリと現実に向き合っている。

『……ん、ひ、め』

「しゃ、喋った……?」

 ぷるぷると恐怖に震えている私の気配に気付いてしまったのか、白銀の光を帯びた大蛇がその瞼を押し開け、まさかの人語を喋った。
 ゆっくりとその大きな頭を持ち上げ、ぱっちりと大きな青の宝玉に眠そうな気配を浮かべながら私を見下ろしてくる。
 
『おはよう、ございます……。姫』

「お、おはよう、ござい、ます」

 礼儀正しく朝の挨拶をしてくれた大蛇は、ぬるりと私の肌を這いながら離れていく。
 ガデルフォーンの宰相であるシュディエーラさんの所にいた触手ファミリーの皆さんとは違って、どうやら普通に会話が成立するらしい。……物凄くぬるぬるするけれど。
 敵意のような、捕食を意図する気配は感じられず、大蛇はベッドの下に消えてしまった。
 それと同時に、確かに自分の肌に感じていたひんやりと冷たい感触とぬるぬる感が消え去る。
 
「あの……」

 あんなにべっとりとくっ付かれていたというのに、起き上がった私の身体のどこにも、その余韻と痕がない。接触時にだけ、という事なのだろうか。
 絨毯の上を這って扉へと移動していく大蛇に話しかけると、くるりと大きな頭が振り向いた。

『食事をお持ちします』

「いえ、あの、そうじゃなくて……」

 ここはどこなのか、とか、何で眠っていた私の身体に貴方が巻き付いていたんですか、とか、色々と聞きたい事が山積みなんだけど……。
 もう一度私の傍に這ってきた大蛇……、さん、が、ベッドにぽふんとその大きな頭を乗せて欠伸を漏らす。

『朝食は大事ですよ、姫』

「そ、そうじゃなくてっ、あ、あの、色々と聞きたい事があるんですけどっ」

『姫がお聞きになるのなら、オレはその全てに答えます。ですが、先に食事をしてください。朝の栄養摂取は一日を左右する大事なものです』

「は、はぁ……。わ、わかり、ました」

 何故か……、世話焼きのお母さんみたいな目つきで、尤もな事を言われてしまった。
 思わずコクリと頷いてしまった私に、大蛇さんは満足気に頷いて、また扉へと向かっていく。
 それを呆然と見送りながら、一体どうやって開けたのか、扉が閉まる音と同時に、ハッと我に返る。

「な、何だったの……、あれ」

 この意味不明な状況下に、私は早足になる鼓動を落ち着かせながら、室内を見回した。
 天蓋付きの豪奢なベッド、広がりのある十分な空間には、濃紫の上質な絨毯が床を埋め尽くしている。真っ白な壁には、金色の装飾が施された額縁の中に、価値のありそうな絵が。
 ベッドから下りてカーテンの閉まっているそれを開きに窓辺に向かえば、外から温もりのある日差しが室内へと注ぎ込んできた。
 だけど……、窓の外には、深い森が広がっていて、他の建物の姿が見当たらない。
 
「どこなの……、ここ」

 カインさんと話をしていたはずなのに、正体不明の誰か……、多分、この部屋で目覚める前に出会った白銀髪の男性に攫われてきた私は、今の自分の状況が全くわからない。
 それに、プールのような浴槽に沈められていたはずの私は、綺麗な絹の夜着に身を包んでいる。
 攫われる時に着ていた服じゃない。まったく新しいデザインのものだ。
 随分と待遇の良い誘拐……。しかも、食事つき。
 大蛇さんの消えて行った扉に足を向けた私は、ドアノブに手をかけた。
 けれど、ビクともしないそれを目にした瞬間、自分が誘拐された挙句、監禁された事を知った。
 試しに窓の方にも向かってみたけれど、やっぱり開かない。
 
「どうしよう……」

 犯人の目的も、これから自分がどうなるのかもわからない。
 もしかして、身代金目的とか? 戸惑いながら視線を巡らせたけれど、この裕福そうな室内の様子を見る限り……、その線はなさそうな気がする。
 私自身に用があったのか、それとも、私を利用する事によって、レイフィード叔父さんに何か要求でもしようとしているのか……。

「マリディヴィアンナ達の仲間じゃない、って……、言ってた」

 無邪気な子供の顔をして、人の心に絶望と恐怖を落とす、不穏を抱く存在。
 あの子達の仲間じゃないのだとしたら、一体……。
 嘘を吐いている……、とは思えない。あの時の白銀髪の男性は、偽りのない目をしていたから。
 私の事を、『姫』と呼んでいた。さっきの大蛇さんも……。
 確かに私は、ウォルヴァンシアの王兄であるお父さんの娘で、王兄姫と呼ばれる事もある。
 だけど、何かが……、違うような気がしている。
 呼び慣れた響きを扱っていたというか、自然、だったというか……。
 あの白銀髪の男性も、さっきの大蛇さんも、私の事を知っているような口ぶりだった。
 それも、ただ知っているだけじゃない。まるで、昔からの知り合いを思わせる接し方をしてきていたような……。

「ん~……」

「姫、百面相をするのは構いませんが、食事です」

「え?」

 物音ひとつ立てずに、いつの間にか私の背後に、あの白銀髪の男性が立っていた。
 フェリデロード家のレゼノスおじ様と同じように、表情が読み難い、少し冷たく見える顔。
 ここで目を覚ます前に出会った彼が、むにっと私の頬を摘まんだ。
 ふにふにふに……。

「あ、あの、貴方……、一体、だ、誰、なんですか? それに、さっきの大蛇さんは……」

「記憶がないせいか、さらにアホっぽくなられましたね。姫」

 また馬鹿にされた……。しかも、無表情で。
 悪意的なものは感じられないけれど、人を姫と敬うように呼んでおきながら、同時に貶すという高等技術をやってのける白銀の男性が、私を丸テーブルの方へ促す。
 温かい食事の気配……。やっぱり、誘拐された割には、メニューが豪華だ。
 まるで召使のように椅子を引いてくれた男性が、私に座るようにと目で促してくる。
 だけど、それに素直に従ってもいいものか……。もしかしたら、食事に、ど、毒とか。
 不安がる私を、男性は溜息と共に言い含めてきた。

「心配しなくても大丈夫です。オレが貴女を……、最愛のご主人様を害するわけがない」

「ご、ご主人、様?」

「今の貴女には、記憶がない。覚醒していないのだから当然ですが……。正直……、寂しいものです」

 全然寂しい表情をしていないけれど、その身に纏う気配の方が素直だった。
 不安がって離れようとする私に対して、土砂降りの雨の中、荒波に呑まれて流されていくような、悲壮な子犬感を伝えてくる。
 言葉よりも、気配で語る人だ……。だけど、最愛のご主人様、って、一体。

「あの、教えてください。どうして私を攫ってきたんですか? それに、ここは一体どこなんですか」

「姫を守る為です。この場所で、貴女が無事に目覚めを迎えられるように、オレが守ります。そして、覚醒を済ませたら、一緒に帰りましょう」

「申し訳ないんですけど……、話の意味がまったくわかりません。それに、私は貴方を知りませんし、帰るべき場所は、ウォルヴァンシア王宮以外にありえませんっ」

「確かに……、今の貴女が生きる場所はウォルヴァンシアです。けれど、本当は違う。貴女は、地上に縛られる存在ではない」

 この人は一体何を言っているんだろうか……。
 私を守る? その為にあんな強引な真似をしでかして、この場所に連れてきた?
 目覚め、そして覚醒という言葉に、アレクさんの件を思い出したけれど……。
 胸元で右手をぎゅっと握り締め、私はまた一歩足を引いた。
 この人から悪意を感じる事はない。だけど、素直に従おうとも思えない。
 
「姫、オレは貴女に警戒される存在ではない。たとえ記憶がなくとも、感じるはずです。オレの心を、貴女に捧げる忠誠を」

「こ、来ないでください!! 何の説明もなく人を攫うような方の話なんて、何ひとつ理解出来ません!!」

 よくカインさんに、無防備で抜けているとか言われる事もあるけれど、流石に見知らぬ他人を前に、誘拐までした相手に開く心なんてない。
 この人が私に何か用事があるのだとしても、それはウォルヴァンシアに帰して貰ってからだ。

「私を、ウォルヴァンシアに帰してください。貴方の話を聞くのは、それからです」

「あの国に戻る必要はありません。いずれ、ディオノアードの欠片を集めている者達が、このエリュセードの地に大いなる災いを招く……。そうなる前に、オレは貴女を覚醒させて、天上に逃がしたい」

 この人は、アレクさんの覚醒による余波を受けて目覚めた存在だと言っていた。
 その静かな声音から紡がれた情報を、私はひとつひとつ整理していく。
 考えられる可能性としては、目の前の白銀髪の男性は、アレクさんと同じ、――神様。
 そして、私に対して繰り返される言葉を元に導き出した答えは……。

「貴方は……、私が、神様だって言うんですか?」

 信じられないけれど、この人は確かに私をそういう存在として表している。
 確かに、天上で眠りに就いた神様達がエリュセードに転生したという事は、そこに生きる命全てに、その可能性があるという事だ。
 多分、お父さんとお母さんの娘である私にも、その可能性が……。
 自分自身としては、まさかそんなわけないない、と、笑い飛ばしたい話だけど……。
 警戒心と共に眉を顰めた私は、白銀髪の男性の向こうに見えた扉の状態に意識を向けた。
 僅かに隙間が開いている……。今なら、逃げられるかもしれない。
 再度向けられた食事の席への促しに従うフリをして、私はテーブルまで近づいたその瞬間、全力で扉へと方向を変えた。
 
「姫!」

 案の定、扉は私を拒む事なく、開いた隙間から外へと逃がしてくれた。
 明るく照らし出された長い廊下を走り、私はこの建物の出口を探して長い階段を駆け下りていく。
 後ろからの足音はなく、不思議な事に追いかけてこない男性に疑問を抱きつつも、玄関口と思われる大きな扉の前に辿り着けた。
 だけど、外へ続くそれを開いた、――その瞬間。

『ウガァァオオオオオオオ!!』

「ひっ!!」

 な、何なの……!? 扉を開けた向こうに、い、今……、とてつもなく大きな獣がっ!!
 思わず反射的に扉を閉めた私は、他の出口を探そうと視線を巡らした。
 裏口とか、庭に続く道とか、とにかく、一刻も早くウォルヴァンシア王宮に戻らないとっ。
 あの白銀髪の男性は、私をウォルヴァンシアに帰す気はないと言った。
 そんな考えの、意味不明な人を相手していては埒が明かない。
 何とかして、このお屋敷から逃げないと……。
 
(たとえ私が、あの人の言う通り神様の生まれ変わりだったとしても、素直に従っていい保障はないし……、とにかく、どうにかしてウォルヴァンシアにっ)

 それに、あの国に戻る気はないと言ったのだから、ここは別の国なのだろう。
 正直、本で読んだだけの知識しかないけれど、まずはこのお屋敷めいた建物から脱出して、どこかの町に辿り着こう。

「姫……、駄々を捏ねるのはやめてください」

「――っ!!」

 いつの間にか、他の出口を探そうとしていた私の腕を、あの男性が掴んでいた。
 逃げようと身を捩る私をその胸に抱き寄せたその身体は、普通の人よりも冷たい感じがした。

「昔のように貴女を追いかけるのも楽しそうですが……、やはり、覚醒していないせいで、馬鹿の度合いに拍車がかかっていますね。おいたわしい」

「ば、馬鹿って何ですか!! 見も知らない赤の他人に攫われてきたら、普通はパニックになるでしょう!! 離してっ、離してください!! 私はウォルヴァンシアに帰るんです!!」

「許可出来ません……。姫をあの国においておくと、必ず二度目の悲劇が起きます」

「悲劇……?」

 その言葉にぴたりと動きを止めた直後、私の脳裏にまた、よくわからない映像がその正体を確かめる暇もなく過ぎ去った。
 私を見下ろしている白銀髪の男性の瞳に、憐れみにも似た気配が宿る。

「神の愛は、不変なるもの……。一度心を寄せてしまえば、永遠に変わる事はありません」

「何を……、言っているんですか?」

「貴女の傍にいる……、目覚めた神。あの御方は特に注意しなければならない相手です。想いが深すぎる故に、他の誰よりも純粋であった為に……」

 そこで一度、男性は辛そうな気配と共に言葉を途切らせた。
 瞬きも忘れて見上げてくる私の後頭部へとそのひんやりとした手のひらをまわし、首を振る。
 私の傍にいる神……、それは多分、アレクさんの事だろう。
 フィルクさんは古の時代から生き続けてきたと言っていたし、恐らく違うはず。
 だけど、そのアレクさんに注意、って、……どういう事?

「正直、同じ事になっているとは……、思いもしませんでした」

「あ、あの」

「記憶がなくとも、姫は昔と変わらず、無防備で鈍感で天然極まりない危険人物だと、数日間に渡る観察で再確認させて頂きましたが……、間に合って良かった」

 スリスリと頭に頬ずりをされた私は、ブンブンと勢いよく頭を振って抗議の言葉をぶつけ始めた。
 この男性の言葉は、断片的なものばかりで、聞いている私には完全な情報理解が出来ない。
 
「人の事を好き放題に言ってくれてますけど、貴方は一体何なんですか!? 神様だっていうのはわかりましたけど、他の事が全然見えません!!」

「大いなる力を抱いた神が、闇に呑まれる前に……、オレは貴女を保護しただけです」

「だから、きちんと一から説明をですねっ。きゃああっ!!」

 文句をぶつける私を、男性は軽々とその腕に抱き上げてしまう。
 お姫様のように横抱きにされ、暴れようとしても、身体の自由が利かない。
 まるで何かの術にかかったかのように、私は白銀髪の男性によって、部屋へと連れ戻されてしまったのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 ――Side ルイヴェル

「くそっ!! 何で見つからねぇんだよ!!」

「まぁまぁ皇子さん、あんまり怒ってばっかだと、冷静に考える力がなくなるぞ」

 捜索の手がウォルヴァンシアの王国中に放たれてから、一夜が明けた。
 いまだユキの消息は掴めず、王宮中の誰もが、眠れぬ夜を過ごしたのはあきらかだった。
 俺やアレクも、陛下からの呼び出しがなければ、隣国に向かうはずだったんだが……。
 玉座の間に呼ばれた俺達は、足早に入室して来た陛下に頭を下げた。
 
「皆、戻って来てくれて有難う。ユキちゃんの行方についてなんだけど」

「レイフィードのおっさん!! 何か掴めたのか!?」

 今にも陛下に対し不敬を働きそうに足が前に出かかったカインを、ルディーがその背後から羽交い絞めにして押し留める。
 俺の隣にいるアレクの方も、陛下が得た情報を早く聞きたそうに目を瞠っているが……、流石に自身の立場を思えば、カインほど素直ではいられないようだ。
 ユキをこの王宮から連れ去った犯人……、その正体が神だというところまでは掴んでいるが。
 同じ神としてのアレクに用があるのならわかる。だが、何故、ユキを攫う必要があった?
 不穏を抱く一味の仲間なら、悪趣味な真似をする為に利用しようと攫ったという説が成り立つが、ユキを攫った輩は、どこまでも清廉たる神の力を残していた。
 まぁ、理由など、たとえ何であったとしても……、俺が行う報復には、一切関係ない、か。

「カイン、君がユキちゃんの事を案じて不安になっているように、この場の誰もが同じ気持ちなんだよ。だから、これから僕が話す事を、どうか堪えて聞いてほしい」

「勿体ぶんな!! さっさと話せよ!! こうしてる間にも、もし……、もし、ユキが危険な目にでも遭ってたらっ」

「陛下の御前だ。控えろ」

 自身の感情に素直なカインに対し、アレクが冷静な声音の中に苛立ちを込めて喧嘩を売るように睨み付けた。勿論、それで怯むようなカインではなく、ルディーを拘束から抜け出そうと、アレクに殺意溢れる視線を注ぎながら吠える。
 ユキの事がなくても、こいつらは相性がド最悪なのは、言うまでもない。

「アレク、カイン。陛下の妨げとなる真似はするな」

「俺は礼儀のなっていない竜を諌めただけだ」

「全身で喧嘩を売っていただろう? お前の方が年上なんだ。少しは寛容になってやったらどうだ?」

「あの竜に対してだけは、一生出来ない相談だ」

 徹底した嫌悪対象なのか……。
 呆れの息と共に、再度アレクとカインを諌める言葉を紡ごうとした俺よりも先に、レイフィード陛下の気配が一瞬にして絶対零度のそれに染まった。
 何も言葉を発していないわけだが、気配だけで俺達の全身に強力な重力負荷をかけてくるかのような威圧感と恐怖の気配。端に控えていたメイドや騎士達が、膝を屈して胸を押さえたのが見えた。
 俺やアレク達はどうにか耐えているが、カインは無理だったな。
 
「君達がユキちゃんを心配してくれる気持ちはよーくわかってるんだよ。だから、話をさせてくれるかな?」

「「「御意」」」

 世の中には、何があっても逆らってはならない存在というものがある。
 レイフィード陛下に向き直った全員の表情は、酷く緊張の気配に包まれていた。

「聞き分けの良い素直な子達は好きだよ。――本題だけどね。ユキちゃんは、可能性のひとつとして、遥か西の大国、理蛇族の王が治める地に囚われているかもしれない」

「理蛇族……? 陛下、ファルネイスの者が、ユキ姫様を攫ったと仰せになられるのですか?」

 ファルネイス王国……、俺達と同じようにその種族の者は皆、蛇と人の二つの姿を抱いて生まれる。
 その理蛇族が、ユキを? ウォルヴァンシアとファルネイスは別段険悪な中でもない。
 先日のエリュセード内に自国を持つ王族大会議の場でも、何か諍いの種が芽生えたという噂は聞いていない。いや、今回の場合は、王族絡みと考えるよりは、その国の民が独自に動いたと考えるべきか? 何にせよ、そうか……、あの蛇共がユキを攫った犯人の可能性がある、と。
 王族であれば手を出し難いところだが、それ以外であれば……、別に見つけ次第殺っても許されるな。……などと、冷静な表情の下で考えていた俺に、陛下が曇りのない笑みを浮かべて、遠回しに駄目だという牽制を気配に込めて伝えてきた。駄目なのか?

「可能性のひとつ、という話なんだけどね。実は……、理蛇族の王からの話によると、王族の一人である第二王子が、とある異変に見舞われたんだ」

「その蛇野郎と、今回のユキの件が、どう関わってるっていうんだよ」

「丁度、アレクがフェリデロードの本家で神としての目覚めを迎えたあの日、ファルネイスの第二王子は、――自身の封じられていた記憶と力を取り戻した」

「陛下……、それは、まさか」

 アレクの事を引き合いに出したという事は、その覚醒による何らかの影響が、遠く離れた地で暮らしていた理蛇族の王子に、という事だろう。
 そして、記憶と力……。封じられていたという先の言葉から予測するに。

「ファルネイスの第二王子が、神の転生した姿だと、そういうわけでしょうか?」

「そうみたいなんだよね……。ファルネイス王も最初は信じられなかったらしいんだけど、第二王子は確かに、それまでとは違う、不思議な力を王に示して見せたらしいよ」

「ですが陛下、神は、その転生体である肉体の死と共に天上の本体に戻るはずでは? アレクの場合は例外でしたが、他にも、その影響を受けた者がいると?」

 陛下に問いつつも、これはどういう事か説明しろと、アレクの方に視線を向けた。
 不完全な目覚めを迎えたアレクだが、何か知っている可能性もある。

「神は、ディオノアードの欠片をその魂に封じ込め、自身の癒しと浄化の為に天上で眠りに就きました。本来であれば、来るべき時期を迎えた後に、肉体の死と共に魂は天上へと帰還します。特に、その位と力の強い神の封印は固く、滅多な事がない限り目覚めたりはしません」

「つまり……、ファルネイスの第二王子は、君の覚醒の余波で揺さぶられた神、だと?」

「はい。その王子が真実神であるならば、俺よりも力の弱い神である事には違いありません。力のある強き神であれば、揺さぶられたとしても……、その魂を真に覚醒させる為には、手順が必要となるはずです」

 しかし、たとえその力をアレクが上回っていたとしても、必ずしも強い者が弱者を凌駕するとは限らない。弱き者はその頭を巡らせ、強者に勝てずとも、――欺く方法を作り出す。
 それが、あの大量の気配の複製を使った痕跡の誤魔化し方だ。
 ただ気配を複製させた劣化ばかりのそれとは違い、今回の犯人はやけに丁寧な仕事をする。
 本物の気配を捉えるには、まだ時間がかかる事だろう。

「有難う、アレク。……しかし、困った事にねぇ。ファルネイス王の話だと、その第二王子、今……、行方不明らしいんだよね。はは……、何かなぁ、この恐ろしい偶然」

 陛下の口から、不気味極まりない笑いが零れだす。
 まだ確定したわけではないが、あまりにもタイミングが合いすぎている。
 
「陛下、魔術師団から出した捜索人員を、全てファルネイスに向けてもよろしいでしょうか?」

「んじゃ、同じく騎士団の人員も、――可能性が一番高そうだし?」

 ルディーと二人、陛下に一礼し、許可の声と共に玉座の間を後にする。
 あの厄介な誤魔化しばかりの気配を相手にするよりも、時間を無駄にせずに済みそうだ。
 ファルネイスの王には、レイフィード陛下がすでに許可をとってある。
 俺達の部下を潜り込ませる事に、何の問題もない。

「しっかし……、何で姫ちゃんを攫ったんだろうなぁ」

「本人に聞いてみなくてはわからない話だ。だが……、犯した罪を懺悔する時間くらいは与えてやろう」

 玉座の間の大扉が閉まるのと同時に、眼鏡を白衣の胸ポケットに仕舞った俺を見たルディーが、白衣の裾を引っ張って声を低めた。

「言っとくが……、他国の王子を八つ裂きにしたりすんなよ?」

 それは、注意事項というよりも、絶対命令に近い音だった。
 そんな事、言われずとも俺にはわかっている。
 ルディーの方に振り返り、口元に笑みを浮かべながらそう言ってやると、ビシッと勢いよく指をさされた。

「その顔!! 凶悪全開の大魔王顔してるのが信用ならねーから!! お前、絶対にファルネイスの第二王子を殺る気満々だろ!! アレクと皇子さんよりも怖いぞ!!」

「ふっ……、俺が他国の王族に対して無礼を働くわけがないだろう?」

「爽やかぶっても駄目だぞ!! ってか、お前……、昔、姫ちゃんが盗賊団に攫われた時の事忘れたのか!? あの時、俺がどんだけ焦って大量殺戮の現場になりそうだったアレを必死こいて止めに入ったか……!! それを少しは思い出せ!!」

「大丈夫だ。アレクやカインのように、俺が暴走をするわけがないだろう。お前は頑張ってあの二人に気を配っておくんだな」

 ユキに対して特に思い入れの強いアレクとカインが、ファルネイスの第二王子とあれが一緒にいる現場などを目撃した日には、確実に血の豪雨が降り注ぐだろう。
 そちらの方に注意を向けておけと言っているのに、ルディーは俺に対する警戒の念を解く事はない。人をまるで大量殺戮兵器の如き目で見るとは、心外過ぎるにもほどがある。
 確かに、ユキが幼かった頃に色々と面倒事があったのは事実だが、誰も酷い目に遭わせた覚えはないんだがな? 俺としては、やった事の反省をさせる為に適度な仕置きをしただけのつもりなんだが……。

「いいか? 絶対に、姫ちゃんが囚われてる現場に突入しても、第二王子に手を出すなよ!! アレクと皇子さん以上に、お前も俺にとっては要注意人物なんだからな!! って、こら!! さっさと行くな~!!」

 過保護で世話焼きな騎士団長の話に付き合っている暇はない。
 今は一刻も早く、――躾のなっていない高貴な蛇とやらからユキを奪還する事が先決だ。
 その際に、多少の『手違い』があったとしても……、闇に帰してしまえばいい。
 俺はルディーの怒声を背中に浴びながら、魔術師団への道を急いだ。
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魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

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