ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~

古都助(幸織)

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第二章『恋蕾』~黒竜と銀狼・その想いの名は~

信頼

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※ウォルヴァンシア副騎士団長、アレクディースの視点で進みます。

 ――Side アレクディース

「おい……、アレク、アレク!!」

「……うっ」

 頬を叩かれる感覚と、身体に残っている鈍い痛みを感じながら、俺の意識は現実へと返った。
 呆れ顔のルディーとロゼが、俺の顔を覗き込んでいる。
 どうやらソファーらしき場所に寝かせられていたようだが……、上体を起こし、周囲を見回す。
 
「俺は……」

 目覚める前の記憶を中々思い出せず、二人に疑問の視線を向けてみる。
 どちらも「「やれやれ……」」と、声を揃えて呆れたがっているように見えるんだが、どうしたんだ? 

「ルディー……」

「後日改めて、姫ちゃんに頭下げて来い」

「……」

 ユキに……? 両腕を組んで睨み下ろしてくるルディーに、俺は首を傾げた。
 俺は何か、ユキに謝らなくてはならないような事をしただろうか?
 俯いて記憶を探り始める。……確か、今日は普段通りに騎士団の仕事と団員達の稽古をこなして、それから……、それから。
 
「隊長格の奴らの目を掻い潜って、城下にまで出てくるとはなぁ……」

「副団長のお気持ちを思えば、致し方のない行動だったとはいえ……、まさか、ご自分の部屋に連れ込まれるような強行に及ばれるとは」

 そうだ……。俺は、ユキとあの男が一緒にいる事が気になって、仕事を途中で放り出した。
 騎士団を抜け出して城下へと向かい、ユキの姿を追い求めて……、大広場で、あの男と意味深に見つめ合う彼女の姿を見てしまった。
 ただ、それだけで……、わかった。あの男がユキに何を言っていたのか、彼女に……、何を求めていたのか。ユキが大広場から抜け出してくれなければ、きっと俺は……。

「思い出した……。俺は、ユキを自分の部屋に連れ込んで……、彼女に、自分の想いをぶつけてしまったんだ」

 彼女を守ると自身に誓った身でありながら、己の狭量な嫉妬心と独占欲で……、俺はユキを害そうとしてしまった。ユキの華奢で柔らかな身体を寝台に組み敷き、まだあの男のものではないと、そう聞いて安堵するのと同時に、奪われる前に、――奪おうと思った。

「最低だな……、俺は」

 ユキを愛おしく想う感情は、これまでの人生に覚えた事のない程の幸福感と、同時に、俺自身がどんどん醜い存在となっていく危うい面をも、抱いている。
 あの男が、竜の皇子が来るまでは……、彼女との日常は穏やかで温かいものだったのに。
 片手で顔を覆い、自身の罪と、ユキを怖がらせてしまった事を後悔しながら呻いた。

「ユキを守りたいと願うのに……、俺という存在が、彼女を傷つける」

「……今回の事は、副団長の暴走を間一髪のところで食い止められましたが、今後も可能性がないとは言えませんからね」

「ウォルヴァンシアの副騎士団長様が、部隊長達に迷惑かけて大脱走だもんなぁ……」

「……すまない」

 あの時の俺は、自身の立場も、やるべき事も……、本来最優先にしなければならない事を。
 俺はまたやってしまったのだ。以前に、ユキがこのウォルヴァンシアの地に戻って来た時と、同じ事を……。進歩がないだろうか、さらに悪化している自分の状態に、俺は酷く重たい息を吐き出した。

「ま、皇子さんを瞬殺しなかっただけマシだが、姫ちゃんに一番迷惑がかかったよな?」

「……反省、している」

「確かに、副団長とユキ姫様は仲睦まじい間柄ではありますが、了承も得ずに……、寝台に押し倒して事を成しても良いという事があるはずもありません」

 歯に衣着せぬ二人の極寒のように冷たい音の連撃に、俺は徐々にその場で小さくなっていく。
 自己反省と後悔の嵐も酷いが、こういう時に優しい言葉ではなく、ありのままの事実を厳しくぶつけてくれる同僚がいるという事は有難い事だ。
 ルディーとロゼが止めてくれなければ、俺はきっと……。
 
「ユキ……、もう俺の事など、顔も見たくないと思っているのだろうな」

 あんな事をした俺を、彼女はきっと許してはくれないだろう。
 自分を守ると誓った男から襲われたんだ……。幾ら心優しいユキでも、許容出来るはずもない。
 このまま、二度と会いたくないと……、恐怖と嫌悪に歪んだユキの顔が思い浮かんでしまう。

「責任はとる……。俺はもう、ユキの傍にも、この騎士団にいる資格もない」

「真面目野郎の鉄則みたいな事を言うな、この馬鹿アレク」

「団長に同感です。何でも辞めれば済むという考え方は、短絡的過ぎて笑いも出ません」

「だが……、そうでもしなければ、俺は」

 ルディーから軽く頭を殴られた俺は、戸惑いと共に二人の顔を見つめる。
 ユキを傷つけた責任を、怖がらせてしまった報いを……、どうすれば償える?
 もう俺には、ユキを愛する資格も、想いを乞う事も、許されないというのに。
 出口を求める迷い人のように瞳を揺らした俺を、ルディーが表情を和ませて見つめながら、口を開いた。

「姫ちゃんに告白しろ」

「ユキに……? 俺はもう、そんな資格は」

「資格があるかどうかを決められるのは、副団長ではありませんよ。この世界で、副団長の想いを受け止められるのも、それを拒まれるのも、ユキ姫様にしか出来ない事です」

「ロゼの言う通りだ。一人で思い詰めて人生捨てるような真似するくらいなら、ちゃんと姫ちゃんに自分の気持ちを伝えて来い。じゃないと、……可哀想だろ? お前の想いがさ」

「ルディー……、ロゼ」

 自暴自棄になるなと、この胸の奥で増しているユキへの想いを殺すなと、そう言ってくれるのか? こんな事をしでかした俺が、ユキに愛を求める事を……、許してくれるのか?
 瞬きも出来ずに、俺は穏やかな表情を浮かべているルディーとロゼリアの顔を見上げる。

「お前がそんなに心配しなくても、姫ちゃんは怒ってないと思うぞ。つーか、お前の暴走を目の当たりにして、戸惑ってるってのが現状だろうな」

「私もそう思います。副団長がご自身の責任を取って騎士団を辞められるなど……、ユキ姫様の御心を苦しめる事にしかなりません。誰の為にもならない選択をして頂くよりも、副団長の想いをユキ姫様にお伝えして頂く……。それが、一番良い道だと思います」

 竜の皇子に対する嫉妬の念で醜くなる自分に耐え切れないのなら、この想いに翻弄され彼女を傷つけてしまう事を恐れるくらいなら……。
 そうすれば、きっと楽になれるのかもしれない。
 ユキにこの想いを伝えれば、答えの良し悪しに関わらず、ひとつの区切りがつく。

「安心しろよ。またお前が暴走しそうになったら、俺達がちゃ~んと、止めてやるからさ」

「ルディー……」

「副団長の息の根を止める覚悟で尽力いたしますので、どうかご安心ください」

 二人の笑みには何の翳りもない。
 あんな事をしでかした俺を見捨てず、前を向けるように背中を押してくれる……、大切な友。
 ルディーやロゼリア、騎士団の者達がいれば、確かに……。
何があっても、俺からユキを守ってくれる事だろう。
 頼もしい励ましに、俺も同じように笑みを浮かべる。
 俺のした事は、許して貰えないかもしれない。けれど、ユキに対する想いを殺す事など、出来はしない。どちらに転ぶにしても、……後ろを向くよりも、前を向き続ける事の方が、意味がある、か。

「二人とも……、有難う」

「フラれたら、騎士団全員で飲み会決定だからな? 覚えとけよ」

「勿論、そこは寛大で懐の広い団長が奢ってくださると信じております」

「……常識の範囲内での飲み食いなら、とりあえず考えといてやるよ」

 ロゼからの催促に渋い表情をしたものの、ルディーはちらりと扉の方へと視線をやり、観念したように溜息を吐いた。何かあるのかと、俺もそちらを向く。
 
「お前達……」

 部屋の扉、その開いた隙間には、押し合うように中を覗き込んでいる団員達の姿があった。
 気付かれた事にも動じずに、団員の群れが部屋の中へと雪崩れ込んでくる。

「副団長~! 恋は当たって砕けろっすよ~!! ユキ姫様とラブラブになれるように、俺達応援してますから!!」

「いや~、副団長とユキ姫様の仲の良さなら、余裕だろ!!」

「大丈夫ですよ、副団長!! 俺、ウォルヴァンシア大神殿に滅茶苦茶怨念込めて、お二人の仲が上手くいきますようにってお願いしときましたから!!」

「「「エリュセードの神を脅すなよ……」」」
 
 口々に俺の事を励ましてくれる団員達。
 俺が仕事を放棄し自身の勝手な行動に走った事を、どうして責めないのか……。
 その場の誰もが、俺の事を応援してくれているその光景に、目頭が熱くなる。

「これだけ沢山の応援がありゃ、心強いだろ?」

「副団長、これでもまだ逃げると仰るのであれば、騎士以前に、男でもありませんよ」

「ルディー、ロゼ……、お前達」

「「「「頑張ってください!! 副団長!!」」」」

 俺は……、本当に幸せ者だな。
 こんなにも温かな存在が、俺の心を励まして前に送り出してくれる心強い仲間達が大勢いる。
 当たり前の日常が、自分の周囲を取り巻いていた普段の光景が、どれほど尊く得難いものだったのか……。頬を伝うひと雫の想いが、俺をソファーから立ち上がらせた。

「皆……、本当に、有難う」

 深く頭を下げた俺に、その場の全員が静まり返る。
 何かおかしな事でも言っただろうか? そう疑問に思う俺に、ルディーが小さく噴き出すのが見えた。

「相変わらず真面目一直線だな、お前は。礼なんか言わなくていいんだよ。このウォルヴァンシア騎士団の奴らは皆、お節介焼きの家族気質なんだからな?」

「「「そうですよ~!!」」」

「副団長らしい、と微笑ましくなりますね。ですが、感謝して頂けるのなら、それは仕事の面で、と、お願いしたいところです」

 くすりと笑った後、ロゼなわざと真顔を作って俺の前に書類の山を置いた。
 言葉にはされなくても、自分達がやった事は何ら特別な事ではない、大切な仲間を思う当然の励ましのだと、そう、微笑まれているように感じられる。
 ロゼらしい俺への気遣い、ルディーや団員達も、わざとらしく茶化すように仕事の事を言ってくるが、そこに咎める気配は一切なかった。

「ルディー」

「ん?」

「飲みに行く時は、俺も半分出そう」

「当然、だな?」

 互いに右の拳を軽くぶつけ合い、確かな信頼を感じあう。
 これだけの大きな力に支えられているんだ……。前に進まないでいられるわけがない。
 ユキを困らせてしまう事は確実だが、それでも……、俺は彼女にこの想いを知ってほしい。
 上手く言葉に出来るかはわからないが、誠心誠意、ユキの心に届くように、俺はこの想いを届けたい。そして……、どんな結果が待っていようと、

(ユキ、お前を守り続ける存在で在る事を、やめたりはしない)

 想いが叶わなくても、俺は彼女を守るひとつの存在として在り続けたい……。
 俺の自己満足だとしても、それだけは……、どうか、許してほしい。
 愛する少女の笑顔を想いながら、俺は瞼を閉じた。
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