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第三章『序章』~女帝からの誘い~

舞踏会のエスコート

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※最初は、ウォルヴァンシア王レイフィードの視点。
 後半は、ウォルヴァンシア副騎士団長、アレクの視点で進みます。


 ――Side レイフィード


「と、いうわけで……、君達の誰かに、僕の可愛い姪御ちゃんのエスコート役を任せたいんだけどねぇ」

 舞踏会当日の昼、僕は自分の執務室にユキちゃんのエスコート役候補として、三人を呼びつけた。
 騎士団で仕事中だったアレク、三つ子達の相手をしている最中だったカイン、それから、王宮医務室で書類仕事に追われていたルイヴェルの三人。
 彼らをソファーに促し、僕は今夜の舞踏会の事について説明を始めた。
 ユーディス兄上は王位継承を放棄し異世界に婿入りしたとはいえ、ウォルヴァンシアの貴族達からすれば、いまだに王族の一人のままだ。
 その優秀さと人望の大きさもまた、貴族の間では健在となっている。
 そして、ユーディス兄上の娘であるユキちゃんもまた、ただの女の子ではなく、王族に連なる姫という立場だ。今夜の舞踏会は、ラスヴェリートの国王夫妻をもてなす場でもあるが、ユキちゃんをお披露目する場にもなる予定の為、あの子が必要以上の苦労を負わないように配慮する必要がある。その為に、盾となるエスコート役を僕は求めているわけだ。
 
「ユキちゃんのエスコート役になりたい人~!!」

 気軽なノリで聞いてあげたら、意外にもアレク以外が手を挙げなかった。
 おかしいね……。カインあたりが自分を猛アピールしてきそうな予感があったんだけど。
 
「じゃあ、とりあえずはアレクを立候補者においておくとして……、カイン、君はいいのかい? ユキちゃんの事を好きだって言うから、てっきり」

「あのなぁ……、俺がエリュセード中の奴らからどう噂されてるのか、忘れたのかよ」

 おや? もしかして……、カインなりにユキちゃんの為を思って立候補しなかったのかな?
 カインは北の大国、イリューヴェル皇国の第三皇子であり、生まれこそ遅かったものの、強き竜の血が濃いれっきとした皇帝候補だ。
 しかし、父親であるグラヴァードの気が利かなかったばっかりに、第一皇子と第二皇子を次期皇帝に推す権力者達に睨まれ、酷い仕打ちにも遭い続けてきた。
 そのせいで、カインの成長は歪み、イリューヴェルの第三皇子はろくでなしの放蕩者だという噂が、各国に聞こえてくるようになったわけだけど……。

「カイン、自分を卑下する事はないんだよ。今の君は自分の道をきちんと歩み始めている」

「レイフィードのおっさんや、一部の奴らがそうやってわかってくれてんのは嬉しいんだけどよ……。けど、今夜の舞踏会は、ユキにとって王兄姫としての最初の一歩みたいなもんなんだろ? 俺みたいなのが傍にいる事で、アイツの評価に傷がついたら……」

 だから、自分は遠慮する、と……。
 カインらしい繊細な気遣いだね。確かに、ウォルヴァンシアの貴族の中には、心ない者がいる可能性もある。けれど、そんな小さな事は、僕も、何よりもユキちゃん自身が気にしないと思うんだ。
 あの子は、自分の目で見たものを信じ、その相手の本質を知ろうとする大切さを知っている。
 だから、たとえ自分の評価や評判に傷がついても、全くもって気にはしないだろう。
 そう励ましても、カインはあまり気乗りしない様子だった。
 
「じゃあ、ルイヴェルはどうだい? この三人の中では、一番壁としての力が強いと思うんだけどね?」

 医術と魔術の名門、フェリデロード家の次期当主。
 それに加え、王宮医師としての地位と、他にも強みとなる立場に就いている。
 ユキちゃんを守るという役割において、これほど頼もしい存在もないだろう。
 ルイヴェルはその眼鏡の奥で静かに佇んでいる深緑に明確な感情は乗せず、普段通りに僕からの問いに答えた。

「俺がエスコート役を務めた場合、ユキ姫様の精神的なご負担が増えるかと」

「ルイヴェル、それは君がユキちゃんを可愛がり過ぎなければいい話だよね?」

「いじらずにいられる自信がありません」

 何を冷静顔で堂々と言い切っているんだろうね~……。
 ユキちゃんがまだ幼い時、彼女を一番大切に可愛がっていた王宮医師の片割れは、自分の存在で必要以上に緊張させて疲労を負わせたくないというのが自論のようだ。
 まぁ、記憶を封じられているユキちゃんに焦らされまくっているからねぇ、この子は……。
 う~ん、となると……、やはりエスコート役として適任なのはアレクかな。

「仕方ないね。僕としては誰がエスコート役になったとしても文句はないんだけど、今回はアレクに任せるとしよう。いいね? アレク」

「御意。ユキのエスコート役と護衛の任、しかと承りました」

「クソムカつくけどよ……。頼んだぜ? 過保護番犬野郎」

「お前に言われるまでもない。ユキは最後まで俺が守り抜く」

 そこで話がついたとばかりに解散しかけたわけだけど、まだ話は終わってないんだよね~。
 僕は立ち上がりかけた三人をその場に留め、エスコート役から漏れた二人に頼みごとをした。
 今夜の舞踏会は、貴族達にとって、特に独身の者にとっては伴侶を探す社交の場でもある。
 ユキちゃんは自分の魅力をあまりわかっていないようだけど、全然安心出来ないんだよね。
 たとえアレクがエスコート役についたとしても、社交の一環としてダンスの相手を求められる可能性は大いにある。そうなった場合、一時的にとはいえ、貴族の誰かが僕の可愛い姪御ちゃんの魅力を存分に知ってしまう可能性が……。
 正直、あまりあの子を見知らぬ誰かに任せたくはない。というか、ウチの大切な姪御に気安く触れるんじゃないというのが本音だ。だから……。

「これに関しては、断るのはなしだよ?」

 盾となる壁は分厚い方が良い。僕は満面の笑顔を浮かべると、残りの二人に絶対無敵の王命を下したのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 ――Side アレクディース


 レイフィード陛下からの王命を受け、ユキのエスコート役を任された俺は、その足で一度彼女の部屋へと向かう事にした。今夜のエスコート役の件を先に伝えておいた方がいいだろう。
 ユキの部屋の扉をノックし、心和む優しい笑顔に迎え入れられると、ティータイムの時間を過ごしていた事がテーブルの上の様子を見てわかった。

「ユキ、今夜の舞踏会の事なんだが、俺がお前のエスコート役を務める事になった。いいだろうか?」

「アレクさんがですか? あ、い、色々とご迷惑をおかけするかと思いますが、どうぞよろしくお願いします!」

 用件を告げた俺に、彼女はパッと表情を輝かせて頭を下げてきた。
 本来であれば、ユキにとって俺は臣下に過ぎない立場だというのに、彼女は誰にでも礼儀を崩さない。テーブルへと招かれ、茶をもてなされる。

「アレクさんがエスコート役で助かりました。実は、初めての舞踏会に色々と緊張していて……、全然知らない人がその役だったらどうしようって、ずっと考えていて」

「努力家のお前なら、誰がエスコート役をしても、手間はかからないはずだ」

「そんな事ありませんよ。ドレスの裾を踏ん付けて転んだらどうしよう、とか、ダンスを上手く踊れるかとか、参加者の皆さんにちゃんとご挨拶出来るかとか、不安でいっぱいだったんです。だから、アレクさんがエスコート役を引き受けてくれたお陰で、すごく安心出来ました」

 安心できる……、か。
 ユキがウォルヴァンシアに帰還してからまだ半年も経っていないように思う。
 だが、彼女は俺の事を心から信じ、頼りとしてくれている。
 それは、素直に嬉しいと感じられるのだ……。だが、一方で不満を抱く俺は身勝手なのだろう。
 告白によって想いを告げているものの、彼女が俺に向ける感情は、保護者や兄のような存在に対する気配が強い。そういう役回りを自分から進んでやっていたのが原因だが……。

「ユキ……」

「はい? ――きゃっ!!」

 席を離れ、今夜の舞踏会の事に関して喋っている彼女を予告なく自身の腕に抱きあげた。
 驚きと戸惑いに満ちているブラウンの双眸が瞬く。
 部屋の中に鎮座している寝台に向かい、彼女を押し倒しその上に覆い被さっていく。

「あ、あのっ、あ、アレクさん!?」

 みるみる内に染まっていく、彼女の頬に宿る、熟れた果実を思わせる赤い色。
 俺に対して、あまり油断しないでほしい……。
 無害で安全な護衛役など、俺の心は望んでいないのだから。
 口をパクパクとさせる彼女の左手を掴み取り、そっと柔らかな手のひらに口づける。

「舞踏会には、お前に興味を抱く者が多く集まるだろう……。その中には、不埒な想いを抱き懸想する者もいるはずだ。俺は、その全てからお前を守る」

「え、あ、あのっ、そ、それは、心配し過ぎだと思うんですけど! んっ」

「だが、お前にとって一番危ないのは、傍に寄り添っている俺だと覚えておいてくれ……。この胸に抱く想いを、いつ抑えきれなくなってしまうか、自分でもわからないからな」

 手のひらに少しだけ吸い付くようにキスを贈り、舌先で擽るようになぞってやると、ユキが言葉にならない音を零しながらその手を引きかけた。勿論、逃がす気はない。
 羞恥のあまりか、うっすらと浮かび上がる涙の気配にさえ、俺の心は喜んでしまう。
 そうだ、俺は無害な奴などではない。お前を求め、愛し、愛されたいと望む獣だ。

「あまりに無防備だと、奪ってしまいたくなる……」

 と、俺にしては珍しく、挑発的な眼差しで彼女にそう宣言していると、すぐ背後に凄まじい殺気が生じた。
 すぐさまユキを腕に抱き飛び退くと、彼女の寝台のシーツを無残に引き裂いた竜の爪が、怒りの眼差しと共にこちらを向いてきた。
 
「このムッツリ番犬野郎が……!! ユキに何をしようとしやがった!!」

「アレク……、それに対する過剰な接触は控えろと言い含めておいたはずだがな?」

 憤慨し怒気を漂わせながら敵意を向けてくるカインと、冷ややかだが容赦のない視線を送ってきたルイが、ユキを離せと要求してくる。
 部屋の入口は全て塞がっており、開かれた気配はない。
 どうやらルイが転移の陣を発動させて中に直接入って来たようだな……。

「こうでもしないと……、ユキにとって俺は、ただの保護者になってしまう」

「この馬鹿野郎が!! 見てみろ!! ユキの奴、許容量オーバーで気ぃ失っちまってるじゃねぇか!!」

 カインから騒々しい罵声を浴びせられながら腕の中を覗き込むと、真っ赤な顔で気を失っているユキの姿が。……ルイから感じられる気配に、恐ろしいものが混じり始めていく。

「今夜の舞踏会を欠席させる気か? さっさと寝台に寝かせろ。診察と治療をしておく」

「すまない……」

 ユキに男として見て貰いたくて、時折、彼女が少女期だという事を忘れてしまう。
 まだ幼いこの少女に、押し潰すような俺の想いを……。
 意識のない彼女に詫びながら、俺は言われた通りにユキを寝台に運んだ。
 そしてその後、騎士団に戻れず、ルイから長々しい説教を受ける事になった……。
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