ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~

古都助(幸織)

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第三章『序章』~女帝からの誘い~

休憩中

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※ウォルヴァンシア王国騎士団長、ルディー・クラインの視点でお送りします。


 ――Side ルディー・クライン



 昼食の時間が近くなってきた頃……、俺は思わぬ訪問を受ける事になった。
 騎士団の稽古場に現れた、顔面蒼白の涙目の姫ちゃん。
 姫ちゃんが騎士団に顔を出すのは別に珍しい事じゃねーが、問題はその姿だ。
 何かとんでもない不幸にぶち当たったかのような様子で、姫ちゃんはキョロキョロと稽古場の中を見回している。多分……、アレクを探しに来た、と思うんだが。

「姫ちゃ~ん、どうしたんだ~?」

 稽古の手を止めて声をかけると、姫ちゃんが俺の方へと駆け寄ってきた。
 白のブラウスの前で両手を重ね合わせながら、小さく震えた声で一言。

「お、お聞きしたい事があって……」

 潤んだ瞳に一瞬ドキっとしつつ、しかし、次の瞬間に姫ちゃんの双眸の奥で揺らめいた怒りの気配に、俺と、隣にいた団員の一人が本能的にヤバイと感じ、一歩足を引いた。
 普段は大人しくて穏やかな性格の姫ちゃんだが、両親はユーディス殿下と、あのナツハの娘だから……、うん、怒らせるとマジ怖いのは間違いない。
 とりあえず~……、そうだ! 副団長室で書類仕事に埋もれてるアレクのとこに行くのが良いな。
 今にも爆発寸前の怖ぇオーラを纏う姫ちゃんを促し、俺は足を急がせる事にした。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「どうして、どうしてっ、ルイヴェルさんの後押しなんかしたんですか~!! お願いですから訳を聞かせてください!!」

「あ~……、やっぱり、それ、か~」

「ユキ、どうか落ち着いてくれ。今回の件は、俺達にも考えがあっての事なんだ」

 副団長室に入った瞬間、俺のすぐ傍で崩れ落ちた姫ちゃんを見た時は流石に焦った……。
 落ち着いた蒼の絨毯を憎い敵のように拳で打ち付け、ルイヴェルの件についての理由を求めてくる姫ちゃん。普段で考えれば、絶対に見られない取り乱し様だ。
 アレクも書類を片付けてる場合じゃないと判断したのか、姫ちゃんの背中を擦りながら何とか宥めようと頑張っている。

「と、とりあえず、座って話そうぜ。な?」

「は、はい……」

 姫ちゃんの気持ちはよくわかる。
 つーか、記憶を封じられてるせいで面倒な事になってるのも……。
 フェリデロード家の当主レゼノスと、その娘と息子である双子が施した封印。
 それは、姫ちゃんの魔力だけでなく、記憶までをも封じてしまった。
 向こうの世界で姫ちゃんが普通の子供として生きていけるように、異世界と呼ばれるこのエリュセードでの記憶を、不要なものと決定づけて……。
 けど、記憶を封じられたのは姫ちゃんだけだ。
 姫ちゃんを大切に想っていた王宮の面々の中には、あの頃の記憶が確かに生き続けている。
 そのせいだろうな……。特に姫ちゃんの面倒をよく見ていたルイヴェルは、自分との想い出を置き去りにしているかつての幼子を前に、帰還当初から色々と抑え込んでいるものがあるらしい。
 昔のような対応をすれば、もしかしたら思い出すんじゃないか、そんな微かな希望を抱いてるんだろうな。
 自覚しているのか、はたまた無意識にやってんのかは謎だが。

「なぁ、姫ちゃん……。ルイヴェルが同行すんの、そんなに嫌なのか?」

「……嫌いなわけじゃ、ないんです。ただ、不意打ちや意地悪の頻度が増えている気がして。さっきもレイフィード叔父さんの執務室で、色々と」

 人の悪口になると思ってんだろうな。
 姫ちゃんは言い難そうに国王執務室での事を打ち明けると、大きな溜息を吐きだした。
 うぉ~い、ルイヴェル~、お前本気で姫ちゃんに嫌われる気かよ~……。
 姫ちゃんに対して敬語姿勢で接していた時はまだ自分を抑え込んでおけたんだろうが……、普通に素で接し始めた途端にこれかよ。
 姫ちゃん曰く、『嫌いじゃないけど、苦手な人』という評価が出てきたぞ。
 当時の記憶がない姫ちゃんに昔みたいな接し方をしてる段階で、嫌われる可能性は無限大レベルだってのに……、あぁ、アイツ、マジで隠れ不器用だな。

「う~ん、とりあえず、な。同行者にルイヴェルを推した理由は、アイツが男だからってのが大きいんだ。セレスフィーナだと町でナンパされたり目をつけられたりするだろうし、それだと、姫ちゃんの安全が確保しづらくなる。だから」

「ルイヴェルさんに?」

「あぁ。ガデルフォーンも女帝の治世で平和っつっても、表側より色々な危険が潜んでるしな。万が一を考えての選択だって事を、姫ちゃんにはわかってほしいんだ」

 姫ちゃんの頭の中では、一か月間ルイヴェルの奴にいじり倒される未来が見えてんだろうな。
 けど、流石にあのルイヴェルも、他国では自分の行動に制限をかけるだろう。
 姫ちゃんに危険が及ばない様に、女帝の座を巡る宝玉絡みの争いに巻き込まれないように。
 だから、姫ちゃんが考えてる程いじられはしないだろうって俺は思ってるんだが、ソファーに座ってる姫ちゃんはげっそりとやつれている。……ルイヴェル、お前やり過ぎだろ。
 
「そう、ですね……。皆さんの、お考えがあっての、人選、ですし……、我儘を言っては駄目ですよね。すみませんでした……」

「姫ちゃん、大丈夫か~? なんか魂口から出そうな顔になってんぞ~……」

「ルイの愛情表現は屈折しているからな……。ユキ、安心してくれ。俺が出発前にしっかりと言い聞かせておく。絶対に、お前を使って遊ばないようにと」

「あ、ありがとうございます……。アレクさん」

 言って聞くような幼馴染じゃねーだろ? アレク……。
 その事実はあえて喉の奥に飲み込むとして、ガデルフォーンには色々と濃い奴が多いからなぁ。
 どちらにしろ、姫ちゃんの遊学は最初から本人が望むような平穏とは程遠いのかもしれない。
 ガデルフォーン皇国……、魔竜の血を引く者達が住まう世界。
 確か、元は表側の竜族の誰かが逃げ込んだ無の世界とかいう話だったな。
 俺にとっちゃ、近くて遠い、切っても切れねぇ縁で結ばれた世界……。
 もしかしたら……、運が良ければ、『アイツ』にも会えるかもしれねーな。
 
「ユキ、もしもあの竜が不埒な真似をしようとしたら、遠慮なくルイを使ってくれ。性格には多大な問題ありの幼馴染だが、使い様によっては役に立つ」

「いえ、使うには恐れ多いというか……、出来れば、最低限の関わりだけで一か月を過ごしたいな~と」

 幼馴染の便利さを売り込んだようだが、残念な事に姫ちゃんの中でさらなる苦手意識が大きくなっちまったせいか、役に立とうと不要! と判断されちまったようだ。
 自業自得の結果だが、まぁ、あの頃を思い出すと、少し可哀想にも思えてくるな。

「なぁ、姫ちゃん」

 ルイヴェルの奴の肩を持つわけじゃねーが、……ほんの少しだけなら、良いよな?
 俺の声に振り向いた姫ちゃんが、きょとんとしながら意識を向けてくる。
 もうあの頃みたいに、小さくて無邪気な子供じゃない。
 自分で考え、自分の意思で生きる事が出来るようになった王兄の娘。

「俺達騎士は、もし相手が強敵だった場合、まず相手を知る事から始めるんだ」

「え?」

「だから、姫ちゃんにとってルイヴェルが苦手で仕方のない奴なら、それに対抗出来るように、色々と知っていく事も大事だと思うんだ」

「相手を……、知る、ですか」

 苦手を苦手のままに、嫌いを嫌いのままに、それだけじゃつまんねーだろ?
 どうせなら、自分が優位に立てるように、相手の事を知りまくって、どうせなら弱点も掴んでやれ。そう笑いかけながらアドバイスしてやると、案の定姫ちゃんは困った顔になった。
 まぁ、その反応は予想済みだったから別に良いんだけどよ。
 もし、姫ちゃんの中に眠っている幼い時の記憶、いや、想いが消えずに残っているのなら、いずれは苦手としている対象(ルイヴェル)の奥にある本音に気づく日が来るだろう。
 まぁ、記憶が戻らない限り……、果てしなく遠い道のりだろうけどなぁ。

「ルイヴェルさんの弱点を……。確かに、いじりを受けない為にそれを掴めたら、変に怯える必要もないですよね」

「ユキ、ルイに関する弱みなら、幾つか俺も知っている。お前の役に立つなら、情報を提供しよう」

「アレクさん……!! ありがとうございます!!」
 
 ――って、おい!!

「姫ちゃあああん!! そこは自分で探してこそだろう!! アレク!! お前も自分の幼馴染を売るような真似すんな!!」

 なんで俺の隠れた意図を読み取ってないんだよ!! アレクの馬鹿野郎!!
 思わずソファーからズルッと落ちそうになった俺は、今頃姫ちゃんに拒否られまくって苦手がぐんと跳ね上がった某王宮医師の無表情で落ち込んでいる様を思い浮かべながら、前途多難の息を吐いた。……果てしないどころか、奇跡でも起きねーと無理そうだな。はぁ。
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