ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~

古都助(幸織)

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第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~

ガデルフォーン到着と奇襲

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「着いたぞ」

 ディアーネスさんが生み出した紫の光に溶け消えるかのような心地に身を預けていた私は、やがて彼女のその声を合図に視界を取り戻した。
 薄暗い……、少し、冷たい感触が肌へと触れてくる場所。
 広々とした石畳みの空間を丸く取り囲むように並び立つ柱と、周囲を漂っている淡い光達。
 足元を見れば、そこには魔術を用いる際に浮かび上がる陣と同じような紋様を描いたものが刻まれていた。柱にも……、びっしりと紋様が走っている。

「ここは……」

「ガデルフォーン皇宮の地下だ」

 疑問に答えてくれたルイヴェルさんへと、興味を抱いた私の視線が向かう。
 
「ウォルヴァンシア王宮の地下にもあっただろう? 元々各国の王宮が建っている場所は、魔力的に有利な儀式の場でもあるからな。何かと都合が良い」

「なるほど……」

 ウォルヴァンシア王宮の地下にある神殿の事は知っていたけれど、各国にある王宮が全てその条件下で建っているとは初耳だった。
 カインさんとレイル君も、初めて訪れたこの場所を見回しながらそれぞれに何か感じているようだ。確かに、普通の場所とは違い……、独特の緊張感というか、肌に感じる気配が違う気がする。

「さて、上に行くとするか」

「あ、はいっ」

 地下から出る為に歩み出したディアーネスさんの後を追い始めた私達だったけど、それは三歩も進まずに彼女から制止をかけられる事になってしまった。
 槍を手に宙へと飛び上がったディアーネスさんに呼応するかのように、カインさんとレイル君も戦闘態勢に入り、武器を構える。
 ルイヴェルさんが私をその背に庇う様に立ち、異変の生じ始めた周囲に警戒を走らせていく。

「ユキ、俺の後ろから絶対に動くな」

「は、はいっ。でも、一体なにが……」

 私達の音以外に、地下の空間へと響き始めた不気味な唸り声。
 それは人の声ではなく、まるで獣の発する音に似ていて……。
 やがて、ルイヴェルさんの背中越しに私の視界へと飛び込んできたのは。

「うっ!!」

「うげぇ……っ!! 何なんだよこいつら!!」

「これは……、正直遠慮したい部類の光景だな」

 それぞれに感想を漏らした私とカインさん、レイル君の目に映っているのは、地下の空間を蛇のようにうねりながら取り囲む真っ黒な、――無数の触手達。
 何もないはずの空間から這い出てきたそれらは、凄まじい勢いで私達へと襲いかかってくる!

「――っ!!」

 ぜ、全身にぞくりと気持ちの悪い悪感が走り、思わず吐き気が込み上がってきた。
 自由を奪う為か、ディアーネスさん達の四肢に絡み付こうと襲いかかるものの、触手達は剣や竜手、槍、魔術の攻撃を受け、周囲に血飛沫を撒き散らしながらボタリボタリと地面に落ちていく。
 他にも、ルイヴェルさんの放った炎の奔流に呑まれて灰塵へと帰していく触手の姿もある。
 
「ど、どうして皇宮にあんなものが……っ」

「ユキ、見たくないのなら暫くの間目を閉じておけ。飽きれば引くだろうからな」

「え?」

 飽きれば引く? ルイヴェルさんが寄越してきたその言葉に首を傾げていると、自分の背後に注意を払っていなかった私は、ふわりとしたロングスカートの中に奇妙な感触を覚えた。
 な、なんだろう……、これ。あ、足に、何か……、ねっとりと。

「や、ぁっ、――きゃあああああああああああああ!!」

 自分のスカートの中にいるのが一体何なのか、悪い事実に思い当ってしまった私はその場で声の限りに悲鳴を上げてしまった。
 いる!! 今、私のスカートの中に、あの触手がっ!! 肌にねっとりと纏わりついている!!
 最低最悪の事態に半狂乱となった私に振り返ったルイヴェルさんが、柄の悪い舌打ちを漏らし、スカートの外に見えている黒くぬめっとしたそれを鷲掴んで引き摺りだしてくれた。

「躾のなっていないペットだ」

 忌々しそうに吐き出された言葉と共に、ルイヴェルさんは私の中に潜り込んでいる触手を地面に叩きつけ、その足で踏み付け炎を放った。
 跡形もなく炎に焼け消えた触手からは……、何故かフローラルな香りが。

「そろそろ良かろう。『シュディエーラ』よ、悪趣味な八つ当たりはやめて出て来るが良い」

「え?」

 まだスカートの中に触手の気持ち悪い感触の名残を感じていると、ディアーネスさんが地下から通じている闇に包まれた通路へと槍の先端を突き付けた。
 シュディエーラ……? 闇に呑まれている通路の先に、誰かがいるのだろうか。
 
「お帰りなさいませ、我が君。あまりにお帰りが遅いので案じておりました」

 ゆっくりとした足取りの気配と共に、私達のいる僅かな炎の灯りに照らされている空間に姿を現したその人は、口元に指先を添えた美しい人だった。
 品の良さそうなその微笑と、少しクセのある銀髪の……、えーと。
 
(あ、あまりに綺麗すぎて……、ど、どっち!?)

 男性と女性の狭間で新しい性でも生み出していそうな美貌の人。
 二十代くらいの人だという事がわかるだけで、その着ている衣服もどっち専用か区別がつかない。
 腕に絡ませている布が唯一、天女様の纏うそれのようで女性的な雰囲気を醸し出しているけれど……。
 
「陛下、ご自分が二週間もの間御姿をくらませていらっしゃった事……、どうお考えですか? 私がどれだけ心配し、御身の無事を祈った事か」

 ニッコリと大天使様のような微笑みでディアーネスさんの目の前に膝を着いた銀髪の人が、悲しげに瞳を潤ませている。
 世の中の男性が見れば、なんと儚げで麗しい人なのだろうと、見惚れてしまうに違いない。
 頭の中でぐるぐると回っていた疑問が徐々に答えを出し始め、とりあえず、『女性』という結論に達した。

「我の心配、というよりも、溜まった書類仕事の尻拭いで腹立たしかったと正直に申せば良いだろう」

「ふふ、ご自覚なさっているのでしたら、せめて数日分は片づけて調整なさってからお出掛けください。我が君」

「ふむ……。次からは気を付けるとしよう」

 傍目には、美人のお姉さんから叱られている妹さん的な光景なのだけど、美人さんの背後に怒りの荒ぶる炎めいた幻影が見えるのは気のせい、なのかな?
 呆気に取られている私とカインさん、レイル君がぽかんと口を開けていると、ルイヴェルさんが美人さんの許へと向かった。

「宰相殿、相変わらずのようだが……。そちらの飼っている躾のなっていないペットのせいで我が王兄姫殿下が不快な思いをした。謝罪をして貰えるか?」

「あぁ、ルイヴェル殿。ご無沙汰しております。申し訳ありません、陛下だけを狙うように指示を与えていたのですが、お客様の気配に浮かれてしまったようで」

 美人のお姉さんこと、シュディエーラさんと呼ばれたその人はルイヴェルさんに頭を下げた後、足早に私の方へと歩み寄ってきた。
 あれ、近くで見ると……、結構、背が高い。

「お初にお目にかかります。ウォルヴァンシアの王兄姫、ユキ・ウォルヴァンシア殿下。貴女様に不快な思いをさせる気はなかったのですが、結果的にこのような事に……。お詫び申し上げます」

「い、いえ……」

 その場に跪き、私の手を取ったシュディエーラさんが慣れた仕草でそっと甲へとキスを落としてくれた。じょ、……女性、ですよね?
 その優雅な仕草に固まっていると、ふんわりと女神様の祝福を目の当たりにしているかのような笑みを浮かべられてしまった。な、なんだろう……、ど、ドキドキするっ。

「私はガデルフォーン皇国にて、宰相の任を務めさせて頂いております、シュディエーラと申します。ちなみに、最初に伝えさせて頂きますが、性別は男です。よろしくお願いいたしますね?」

「はいっ!?」

 ゴォォンッ!! と、まるで頭を鐘のように打たれた衝撃を覚えた私は、口をパクパクさせながらシュディエーラさんの全身に視線を走らせる。

「だ、男性……、ですか?」

「はい。正真正銘、男の性(さが)で生まれて参りました」

「そ、そうですか……。ご、ご丁寧に、どうも」

「いえ。大抵は女性と間違われてしまう事が多いので……。もう一度重ね重ねお伝えさせて頂きますが、男です。男ですので……」

 あぁ……、性別を間違えられて色々とご苦労が。
 彼女、じゃなかった、男性であるシュディエーラさんが一瞬だけ見せた黒いオーラにビクリと怯えた私は、言葉には出来ない謝罪を心の中で繰り返した。
 男性、男性……、どんなに美人さんでも、この人はれっきとした男性。
 信じられない事実だけど、シュディエーラさんに失礼がないように振る舞わないと。

「よ、よろしくお願いします。シュディエーラさん」

「はい。こちらこそ。ユキ姫殿やルイヴェル殿達が快適に過ごせますように、皇宮の者一同、尽させて頂きます」

 シュディエーラさんが慈愛に満ちた表情で微笑むと、あぁっ、背後で触手達も嬉しそうに歓迎の気配を出しながらうにょうにょうにょうにょ……!! ひぃいいいいいいっ!!
 もう襲ってくる気配は見えないけれど、お願いしますから放し飼いにしないでください!!

「それでは、参りましょうか。私と陛下の後についていらしてください」

「は、はい……」

ディアーネスさんの許に戻ったシュディエーラさんは触手達を瞬時に掻き消すと、お説教をしながら彼女と一緒に通路の向こうに消えて行った。

「あれで……、男性」

 さらに言えば、さっき襲って来た触手達は、あの人のペット……。
 どう見ても魔物の類とか思えない、ビジュアル的にアウトなあれが……、ペット。
 人の趣味嗜好はそれぞれだと思うけれど、可愛い、のかな? あれ。
 
「はぁ……」

「おい、大丈夫かよ、ユキ」

「カインさんの魔性レベルの美貌もあれですけど、……神様って色々不公平ですよね」

「は?」

 この世界には美人と美形しかいないんですか!?
 そう全力でツッコミたくて堪らない私の衝動……。
 ウォルヴァンシア王宮のメイドさん達も皆美人か可愛らしい人ばかりだし、騎士の人達だって度レベルの高い顔の人ばかり。普通の顔の人もいるにはいるけれど、それでもやっぱり容姿が整っていて綺麗に見える。
 その場にへたりと座り込んだ私を、カインさんが「何言ってんだ?」と首を傾げて覗き込んできた。

「まぁ、ユキのショックもわかるような気がするな。あの宰相……、シュディエーラ殿は以前にウォルヴァンシア王国に来た事があるが、俺も最初は一瞬迷った。だが、……まさかあんな物をペットにする趣味があるとは」

「中身がえげつねぇって事だろ……」

「そうでもないぞ。あくまで溜め込んだ怒りやストレスが爆発した時にだけ、悪趣味な事をしでかす御仁だ。通常時は害のない人物だから安心して近寄ればいい。……触手は出現率高めだがな」

 触手襲来で疲労を負っている私達に振り返り、涼しい顔でそう言ってくれたルイヴェルさんだけど……、最後の一言に一瞬で血の下がった。
 出現率高めって……、つまり、無害なシュディエーラさんに近づくと、漏れなく背後からうにょうにょと……。む、無理!! 想像しただけで鳥肌がぁああっ!!
 その場でごろんごろんとのた打ちまわりたくなるような恐怖で青ざめた私達三人に背を向け、ルイヴェルさんはトランクを手に「行くぞ」とだけ促して闇の中へと消えて行く。

「なんか……、初日から嫌な予感しかしねぇな」

「俺も同意だ……、カイン皇子。あの宰相殿の傍に行く時は、触手の気配に気を付ける事にしよう」

「うぅ……」

 もっふもふの可愛い生き物は好きだけど、ぬめぬめとしたうにょうにょの生き物は、ちょっと……。他国に着いての初日で無害な人の飼っている要注意なペットちゃんへの戦慄を覚えながら、私達は弱々しい足取りでルイヴェルさんの後を追ったのだった。
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