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第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~
女帝との入浴
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「はぁ……、マジで疲れた」
「私もです……」
地下での珍騒動を終え、ようやくガデルフォーン皇宮の地上側へと出られた私達は、待ってくれていたディアーネスさんとシュディエーラに案内されながら回廊付近を歩いている。
エリュセードの裏側という響き的に、ファンタジー世界でよく見かけるどんよりと暗い魔界的なものをイメージしてしまいそうだけど……。
ウォルヴァンシア王宮の大図書館で読んだ資料の通り、表側の世界となんら変わりのない景色が視界にゆっくりと映り込んでくる。
明るい日差しの恩恵を受けている、綺麗に整えられた花壇や庭。
皇宮内で働いている女性達とすれ違うと、静かに頭を下げられた。
「我が国の女官達だ。お前達の国のそれとは、少々毛色が違うだろう?」
ウォルヴァンシア王宮ではメイドさんと呼ばれていた人達が、こちらでは女官と呼ばれている。
役職名もその存在感も、どこか違う彼女達の事を前を行くディアーネスさんがそう説明してくれた。
日本でその手の資料本を読めば、メイドさんや侍女、女官の違いが解説されているけれど、異世界においては、少々また事情も異なってくるらしい。
ただ、ウォルヴァンシア王国においては、女官といった役職は確かに存在していたらしく、何故メイドで統一されてしまったのかというと……。
『何代か前までは女官で統一されていたんだけどね~。昔の王様が趣味に走ったとかで、その名残が僕の代まで続いてる、って感じかな』
と、のほほんと笑って教えてくれた。流石最高権力、趣味で自分の王宮を自分色に染めていた!
そして、それを変えないレイフィード叔父さんも、女官よりもメイド的響きが気に入っているのだろう。現にウォルヴァンシア王宮で働いているメイドさん達も、今の役職名が良いときゃっきゃっうふふの様子でその魅力を力説してくれていた気がする。
ちなみに、メイド、女官といった役職とはいっても、その中にまた様々な階級や仕事の違いがあり、説明し始めると大変長くなるらしい。
「お前達の国は、統治者も王宮勤めの者達も陽気を詰め込んだ性格の者ばかりだからな。違和感を感じるのは仕方ない事だ」
確かに……。この皇宮内を歩いていると、女帝であるディアーネスさんの気配と似たそれが漂っている気がして、不思議と緊張感が増すというか。
まだ見ぬ他の国々も、それぞれに様々な違いを見せてくれるという事なのだろう。
「カインさんの国ではどうなんですか?」
「あ? 俺んとこは……、どうだろうなぁ。とりあえず、この国と同じで女官ってのがいて、身分や立場の上下にはすげぇ厳しかった気がするけどよ。俺の母親付きの女官達は内側にのほほんって感じで、外に対しちゃ水面下で敵意剥き出しだったな」
「イリューヴェル皇国は今でこそ皇帝陛下の働きで秩序を取り戻しつつあるが、それ以前においては、お前と皇妃を守る為に女官達も常に気を張っていたんだろう」
「まぁ、な……」
望まれぬ皇子と呼ばれたカインさんは、生まれた時から敵が多かった。
その頃の事を思い出しているのか、こちらを振り向かずに静かな言葉を寄越してきたルイヴェルさんに、カインさんはその真紅の双眸を切なげに揺らめかせている。
「どこの国にも……、問題はあるからな。その時代や内情により、臣下や女官達の在り方も変わらざるをえない時もある」
「レイル君?」
私の左側を歩いていたレイル君の方を向くと、その小さく消え入りそうな声音と共に……、彼の姿がどこか大人びて見えた気がした。
けれど、その気配はすぐに幻であったかのように消え去り、優しい微笑が浮かぶ。
「それにしても、あの触手の件で少々気疲れをしたな」
「う、うん。そうだね……」
気のせいだったの、かな……。私の知っているレイル君とは違う、別の誰かが見えたかのような錯覚の余韻が、まだ私の中に残っている。
カインさんもそれを感じたのだろう。レイル君の名前を呼びかけようとしていたけれど、その時、前を行くルイヴェルさんから声がかかってきた。
「到着早々の面倒事だったからな。シュディエーラ殿、湯を貸して貰えると助かるんだが」
「本当に申し訳ありませんでした……。ウチの子達は好奇心旺盛な為か、すぐにお客様の類を見かけるとはしゃいでしまって。すぐに浴場にご案内いたしましょう」
「感謝する」
ディアーネスさん一人に怒りの矛先を向けようとしたものの……。
緊急事態でもないのだから遊んでも良いだろうと調子に乗った触手さん達がお祭り騒ぎのように私達へと襲いかかってしまったのだと、シュディエーラさんは再度頭を下げて謝ってくれた。
悪気がなかったのだからもう気にしてはいないけれど、確かに……、スカートの中に不快なあのぬるぬるベトベトの感触が残っているのは事実。
私はディアーネスさんと一緒に、男性陣はシュディエーラさんの案内を受け、浴場へと向かう事になったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あ、あのっ!! じ、自分で出来ますからっ!!」
「ふむ……。お前は別の世界で育った為か、給仕される事になれておらぬようだな」
女帝陛下専用の浴場……、の、名の通り、両開きの大きな扉を越えた先には、いつ私達がここに来る事を知ったのか、すでに沢山の女官さん達が頭を下げて待ち構えてくれていた。
まさか!! と思った直後には、着ていた衣服を素早く脱がされ、あっという間に湯気とほのかに甘い香りの漂う異空間、じゃなかった、庶民の価値観を崩壊させる荘厳なお風呂スペースが!!
プールですか!? と聞きたくなるような真四角の広々としたお風呂場。
何の入浴剤を使っているのか、薄桃色のお湯がたっぷりとその中を満たしている。
ずっと沸かして待ってました!! みたいな光景……。
それに驚く暇も僅かしか与えられず、私は女官さん達に拘束され、泡立ったボディスポンジを手に身体を磨き上げられる事になってしまった!!
「あ、あのっ、しょ、庶民育ちなのでっ、身体を洗うくらいは自分でやらせてくださいっ」
「ユキ、大人しくしていろ。自分でやるよりも完璧に仕上げるプロの技を体感出来るぞ」
「ディアーネスさん……、って、え!? ちょっ、泡の中に埋まってますよ!! 大丈夫なんですかあああ!?」
「うむ……。我も昔は抵抗があったが、慣れると奉仕を受ける楽しさというものを学べるものだ」
いやいや!! そうじゃなくて!! その小柄な身体や髪も全部ブクブクと膨らんでいく大量の泡の中に飲み込まれていってるんですけど!!
――とか言ってる間に私も!! うぅっ!!
女官さん達のプロの技とやらに甲斐甲斐しくお世話を受けた私は、気が付くと身綺麗な状態で湯船に肩まで沈んでいた。
「なんだか……、お肌の感触が、前より良くなったような気が」
「浴場担当の女官達は日々その腕を鍛えているからな。徐々に慣れていくと良い」
「はい……」
確かに、私の洗い方じゃ太刀打ち出来ないプロの技を実感させて頂きました……。
湯船の中で寛いでいるディアーネスさんに視線を向けると、あまり表情の変わらなそうな女帝様の顔に、満足気な嬉々とした気配が浮かんでいた。プロ、恐るべし!
「もしかして……、カインさん達の方も」
美人の女官さん達にサービス満点のプロの技を提供されているのだろうか。
ほわわん……と、ぼんやりしながら想像してみた私は、危うく全裸の男性陣を想像しかけ、全力で頭を左右に振った。あ、危なかった……!!
「望めば女官達も自分の役目を果たすが、あの者達の場合は断っているだろうな」
「でも、カインさんやレイル君は王族ですし、ルイヴェルさんも……」
「女に奉仕されて喜ぶタイプに見えるか?」
「う~ん……、レイル君は別にして、あとの二人は……、見えるような、見えないような」
レイル君は心優しい天使のような王子様というイメージがあって、全てが清らかな浄化を受けているような感じがするけれど、あの二人は……。
絶対に本人達には言えないけれど、……なんだか、思い浮かべてはいけないイメージ映像が見えた気がする。すぐに忘れようっ。
「そうか……。ふっ、あの二人がお前の言葉を聞けば、面白い顔をする事だろうな」
本気の顔で悩み始めた私に、ディアーネスさんはクスリと小さく笑って、その手に薄桃色のお湯を掬い上げた。
「ふ、二人には……、どうか、ご内密にっ」
「ふふ、わかっておる。だが、姪御のお前がそう遠慮ばかりする気質では、レイフィードも甘やかすタイミングに困る事だろうな。」
「そ、そうでしょうか? 甘やかして頂いてばかりで、逆に申し訳がないというか」
「お前も我も、過保護な身内を持つと苦労するものだな……」
「え?」
微笑ましい、そんな響きも感じたけれど……、その静かな声音の奥には、少しだけ何かを寂しがっている気配もあった。
彼女はお湯を両手に掬い上げ、バシャリと顔を洗うと……、その綺麗な少女の顔と薄紫の髪を左右に振り払う。
「ディアーネスさん?」
「甘やかしてくれる存在に溺れる事は、愚かでしかない……。だが、今になって思うのは、遠慮をしすぎてしまうのも、自分を愛し甘やかしてくれる者を傷つける事もある」
たとえ年下の少女に見えても、ディアーネスさんの中には遥かに年上の大人の女性の気配が見え隠れしている。けれど……、今だけは、本当に幼い少女のように、頼りなく感じられて……。
「我も、お前と同じだ。ユキ」
「え? 同じ、ですか?」
「生まれた経緯は違うが、我は先代の皇帝が辺境の娘との間に成した娘。母とは十年程共に在り、その後はこのガデルフォーン皇宮で育てられる事になった」
所謂、隠し子という存在だったのだ、と薄く笑ってみせるディアーネスさんに、自分の立場や生い立ちを憂う気配はない。ただ、ありのままの事実を口にした、それだけ。
「ただ一夜の情を交わしただけ、それが我の母と父だ」
どう反応したらいいんだろう……。大変でしたね、も、お母さまと二人で辛かったですね、でもなく、今私に挟める言葉は何もない。黙って彼女の話に耳を傾ける。
「ふっ、そんな顔をせずとも良い。我の母親は割り切った考えの出来る女性だったのでな。我を身籠った事を喜び、我を愛し、我を慈しみ……。ガデルフォーンとエリュセードの表側を二人で旅してまわっていたものだ」
「お父様……、先代の皇帝さんは、何も?」
「いや、側室として母を、娘の我を迎え入れようとしておったが、皇族などという縛りを受ける気などないと、母上に蹴り返される日々であった」
「と、とても凛々しいお母様だったんですね」
私のお母さんも時々物凄く怖い迫力で行動する時があるけれど……。
ともかく、ディアーネスさんのお母さんは一緒に暮らそうと泣きついてくる先代の皇帝さんを着ては追い返し、叩き返しの日々を繰り広げていたらしい。
けれど、やがて時は経ち……、彼女のお母さんはディアーネスさんだけを皇帝さんへと預けて、何処かへと旅立ってしまったらしい。
そして、その日から彼女は、ガデルフォーン皇帝の娘として、皇宮で暮らし始めた。
「血が繋がっていようとも、所詮は生活を別にしていた異母兄達を前に、我は甘えるという道を知らなくてな。母が違うというのに、大勢の異母兄達が我に構いたがった」
「良い人達ばかり、だったんですね」
「うむ。レイフィードが増殖したようなものだが、当時の我には居心地の悪い場所でしかなかった。何故外で出来た不義の子を愛せるのか、何故、あのように優しい感情で接してくれたのか……」
皇女として暮らし始めたディアーネスさんは、そんな疑問を抱きながら皇族としての在り方を学び、戸惑いながらも……、やがて、心優しいお兄さん達に打ち解けていったそうだ。
ただ、お兄さん達が期待していた可愛い甘え方は出来ず、嘆かせてばかりだったらしい。
「我があの異母兄達に子猫さながらに甘える様など……、正直想像出来ぬ」
「あ、はは……。まぁ、甘え方も、人それぞれ、ですからね」
「うむ。だが、甘えてやれなかった事を後悔する時が訪れる事もある。お前はほどほどにレイフィードの姪御愛を満たしてやるが良い」
「はい。……あれ、でも、そんなに沢山お兄さん達がいたのに、どうしてディアーネスさんが女帝陛下に」
それは、何の気なしに疑問として口から出た言葉。
沢山の異母兄、つまり、このガデルフォーン皇宮には彼女の異母兄皇子様がいるわけで……。
首を傾げた私に、ディアーネスさんはその疑問を解決する言葉ではなく、その右手を差し出し、ポンッ! と、可愛らしい色とりどりの小さな花々を生み出してみせた。
「あっ、可愛いっ!!」
「こういうのは好きか?」
「はい!! 可愛い物やもふもふした物は大好きです!!」
「そうか、では湯に浮かべておいてやろう」
そういう魔術もあるのかと、興味津々に湯船に浮かべられていくカラフルなお花達に見入っていた私は、ふと……、逸らした視線の先に、あるものを見た。
お湯からざばりと音を立てて立ち上がった小柄な少女の胸のあたりに、痛々しい大きな傷痕。
それはまるで、何かに抉り付けられたかのように凄惨で……。
「ディアーネスさん、その傷は……」
「ん? あぁ……、昔の古傷だ。この国は荒事も多いからな。見苦しいものを見せた」
「い、いえ……」
聞いてしまった事を、すぐに後悔した。
さっきまでは薄桃色のお湯で見えなかったけれど、目にしてしまったその傷は、きっと……。
(ディアーネスさん……、一瞬だけど、辛そうに表情が歪んだ気がする)
触れてはいけない傷。それは、胸に残ったその痕だけではなく、心の奥に刻み付けられた辛い記憶の証。何故だかそう直感した。
それに、さっき話していたお兄さん達の事も……。
暫く湯船を揺蕩っている花を眺めていたディアーネスさんは、やがて先に上がると言って出て行ってしまった。
「私……、何してるんだろう」
思っていても、口に出していい疑問じゃなかった。
あの流れで、ディアーネスさんの胸にある傷の事にまで触れて……。
「馬鹿……、私の、鈍感っ」
自分の幼さに、未熟さに、私は口元まで湯船につかりながら呆れ果てた。
「私もです……」
地下での珍騒動を終え、ようやくガデルフォーン皇宮の地上側へと出られた私達は、待ってくれていたディアーネスさんとシュディエーラに案内されながら回廊付近を歩いている。
エリュセードの裏側という響き的に、ファンタジー世界でよく見かけるどんよりと暗い魔界的なものをイメージしてしまいそうだけど……。
ウォルヴァンシア王宮の大図書館で読んだ資料の通り、表側の世界となんら変わりのない景色が視界にゆっくりと映り込んでくる。
明るい日差しの恩恵を受けている、綺麗に整えられた花壇や庭。
皇宮内で働いている女性達とすれ違うと、静かに頭を下げられた。
「我が国の女官達だ。お前達の国のそれとは、少々毛色が違うだろう?」
ウォルヴァンシア王宮ではメイドさんと呼ばれていた人達が、こちらでは女官と呼ばれている。
役職名もその存在感も、どこか違う彼女達の事を前を行くディアーネスさんがそう説明してくれた。
日本でその手の資料本を読めば、メイドさんや侍女、女官の違いが解説されているけれど、異世界においては、少々また事情も異なってくるらしい。
ただ、ウォルヴァンシア王国においては、女官といった役職は確かに存在していたらしく、何故メイドで統一されてしまったのかというと……。
『何代か前までは女官で統一されていたんだけどね~。昔の王様が趣味に走ったとかで、その名残が僕の代まで続いてる、って感じかな』
と、のほほんと笑って教えてくれた。流石最高権力、趣味で自分の王宮を自分色に染めていた!
そして、それを変えないレイフィード叔父さんも、女官よりもメイド的響きが気に入っているのだろう。現にウォルヴァンシア王宮で働いているメイドさん達も、今の役職名が良いときゃっきゃっうふふの様子でその魅力を力説してくれていた気がする。
ちなみに、メイド、女官といった役職とはいっても、その中にまた様々な階級や仕事の違いがあり、説明し始めると大変長くなるらしい。
「お前達の国は、統治者も王宮勤めの者達も陽気を詰め込んだ性格の者ばかりだからな。違和感を感じるのは仕方ない事だ」
確かに……。この皇宮内を歩いていると、女帝であるディアーネスさんの気配と似たそれが漂っている気がして、不思議と緊張感が増すというか。
まだ見ぬ他の国々も、それぞれに様々な違いを見せてくれるという事なのだろう。
「カインさんの国ではどうなんですか?」
「あ? 俺んとこは……、どうだろうなぁ。とりあえず、この国と同じで女官ってのがいて、身分や立場の上下にはすげぇ厳しかった気がするけどよ。俺の母親付きの女官達は内側にのほほんって感じで、外に対しちゃ水面下で敵意剥き出しだったな」
「イリューヴェル皇国は今でこそ皇帝陛下の働きで秩序を取り戻しつつあるが、それ以前においては、お前と皇妃を守る為に女官達も常に気を張っていたんだろう」
「まぁ、な……」
望まれぬ皇子と呼ばれたカインさんは、生まれた時から敵が多かった。
その頃の事を思い出しているのか、こちらを振り向かずに静かな言葉を寄越してきたルイヴェルさんに、カインさんはその真紅の双眸を切なげに揺らめかせている。
「どこの国にも……、問題はあるからな。その時代や内情により、臣下や女官達の在り方も変わらざるをえない時もある」
「レイル君?」
私の左側を歩いていたレイル君の方を向くと、その小さく消え入りそうな声音と共に……、彼の姿がどこか大人びて見えた気がした。
けれど、その気配はすぐに幻であったかのように消え去り、優しい微笑が浮かぶ。
「それにしても、あの触手の件で少々気疲れをしたな」
「う、うん。そうだね……」
気のせいだったの、かな……。私の知っているレイル君とは違う、別の誰かが見えたかのような錯覚の余韻が、まだ私の中に残っている。
カインさんもそれを感じたのだろう。レイル君の名前を呼びかけようとしていたけれど、その時、前を行くルイヴェルさんから声がかかってきた。
「到着早々の面倒事だったからな。シュディエーラ殿、湯を貸して貰えると助かるんだが」
「本当に申し訳ありませんでした……。ウチの子達は好奇心旺盛な為か、すぐにお客様の類を見かけるとはしゃいでしまって。すぐに浴場にご案内いたしましょう」
「感謝する」
ディアーネスさん一人に怒りの矛先を向けようとしたものの……。
緊急事態でもないのだから遊んでも良いだろうと調子に乗った触手さん達がお祭り騒ぎのように私達へと襲いかかってしまったのだと、シュディエーラさんは再度頭を下げて謝ってくれた。
悪気がなかったのだからもう気にしてはいないけれど、確かに……、スカートの中に不快なあのぬるぬるベトベトの感触が残っているのは事実。
私はディアーネスさんと一緒に、男性陣はシュディエーラさんの案内を受け、浴場へと向かう事になったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あ、あのっ!! じ、自分で出来ますからっ!!」
「ふむ……。お前は別の世界で育った為か、給仕される事になれておらぬようだな」
女帝陛下専用の浴場……、の、名の通り、両開きの大きな扉を越えた先には、いつ私達がここに来る事を知ったのか、すでに沢山の女官さん達が頭を下げて待ち構えてくれていた。
まさか!! と思った直後には、着ていた衣服を素早く脱がされ、あっという間に湯気とほのかに甘い香りの漂う異空間、じゃなかった、庶民の価値観を崩壊させる荘厳なお風呂スペースが!!
プールですか!? と聞きたくなるような真四角の広々としたお風呂場。
何の入浴剤を使っているのか、薄桃色のお湯がたっぷりとその中を満たしている。
ずっと沸かして待ってました!! みたいな光景……。
それに驚く暇も僅かしか与えられず、私は女官さん達に拘束され、泡立ったボディスポンジを手に身体を磨き上げられる事になってしまった!!
「あ、あのっ、しょ、庶民育ちなのでっ、身体を洗うくらいは自分でやらせてくださいっ」
「ユキ、大人しくしていろ。自分でやるよりも完璧に仕上げるプロの技を体感出来るぞ」
「ディアーネスさん……、って、え!? ちょっ、泡の中に埋まってますよ!! 大丈夫なんですかあああ!?」
「うむ……。我も昔は抵抗があったが、慣れると奉仕を受ける楽しさというものを学べるものだ」
いやいや!! そうじゃなくて!! その小柄な身体や髪も全部ブクブクと膨らんでいく大量の泡の中に飲み込まれていってるんですけど!!
――とか言ってる間に私も!! うぅっ!!
女官さん達のプロの技とやらに甲斐甲斐しくお世話を受けた私は、気が付くと身綺麗な状態で湯船に肩まで沈んでいた。
「なんだか……、お肌の感触が、前より良くなったような気が」
「浴場担当の女官達は日々その腕を鍛えているからな。徐々に慣れていくと良い」
「はい……」
確かに、私の洗い方じゃ太刀打ち出来ないプロの技を実感させて頂きました……。
湯船の中で寛いでいるディアーネスさんに視線を向けると、あまり表情の変わらなそうな女帝様の顔に、満足気な嬉々とした気配が浮かんでいた。プロ、恐るべし!
「もしかして……、カインさん達の方も」
美人の女官さん達にサービス満点のプロの技を提供されているのだろうか。
ほわわん……と、ぼんやりしながら想像してみた私は、危うく全裸の男性陣を想像しかけ、全力で頭を左右に振った。あ、危なかった……!!
「望めば女官達も自分の役目を果たすが、あの者達の場合は断っているだろうな」
「でも、カインさんやレイル君は王族ですし、ルイヴェルさんも……」
「女に奉仕されて喜ぶタイプに見えるか?」
「う~ん……、レイル君は別にして、あとの二人は……、見えるような、見えないような」
レイル君は心優しい天使のような王子様というイメージがあって、全てが清らかな浄化を受けているような感じがするけれど、あの二人は……。
絶対に本人達には言えないけれど、……なんだか、思い浮かべてはいけないイメージ映像が見えた気がする。すぐに忘れようっ。
「そうか……。ふっ、あの二人がお前の言葉を聞けば、面白い顔をする事だろうな」
本気の顔で悩み始めた私に、ディアーネスさんはクスリと小さく笑って、その手に薄桃色のお湯を掬い上げた。
「ふ、二人には……、どうか、ご内密にっ」
「ふふ、わかっておる。だが、姪御のお前がそう遠慮ばかりする気質では、レイフィードも甘やかすタイミングに困る事だろうな。」
「そ、そうでしょうか? 甘やかして頂いてばかりで、逆に申し訳がないというか」
「お前も我も、過保護な身内を持つと苦労するものだな……」
「え?」
微笑ましい、そんな響きも感じたけれど……、その静かな声音の奥には、少しだけ何かを寂しがっている気配もあった。
彼女はお湯を両手に掬い上げ、バシャリと顔を洗うと……、その綺麗な少女の顔と薄紫の髪を左右に振り払う。
「ディアーネスさん?」
「甘やかしてくれる存在に溺れる事は、愚かでしかない……。だが、今になって思うのは、遠慮をしすぎてしまうのも、自分を愛し甘やかしてくれる者を傷つける事もある」
たとえ年下の少女に見えても、ディアーネスさんの中には遥かに年上の大人の女性の気配が見え隠れしている。けれど……、今だけは、本当に幼い少女のように、頼りなく感じられて……。
「我も、お前と同じだ。ユキ」
「え? 同じ、ですか?」
「生まれた経緯は違うが、我は先代の皇帝が辺境の娘との間に成した娘。母とは十年程共に在り、その後はこのガデルフォーン皇宮で育てられる事になった」
所謂、隠し子という存在だったのだ、と薄く笑ってみせるディアーネスさんに、自分の立場や生い立ちを憂う気配はない。ただ、ありのままの事実を口にした、それだけ。
「ただ一夜の情を交わしただけ、それが我の母と父だ」
どう反応したらいいんだろう……。大変でしたね、も、お母さまと二人で辛かったですね、でもなく、今私に挟める言葉は何もない。黙って彼女の話に耳を傾ける。
「ふっ、そんな顔をせずとも良い。我の母親は割り切った考えの出来る女性だったのでな。我を身籠った事を喜び、我を愛し、我を慈しみ……。ガデルフォーンとエリュセードの表側を二人で旅してまわっていたものだ」
「お父様……、先代の皇帝さんは、何も?」
「いや、側室として母を、娘の我を迎え入れようとしておったが、皇族などという縛りを受ける気などないと、母上に蹴り返される日々であった」
「と、とても凛々しいお母様だったんですね」
私のお母さんも時々物凄く怖い迫力で行動する時があるけれど……。
ともかく、ディアーネスさんのお母さんは一緒に暮らそうと泣きついてくる先代の皇帝さんを着ては追い返し、叩き返しの日々を繰り広げていたらしい。
けれど、やがて時は経ち……、彼女のお母さんはディアーネスさんだけを皇帝さんへと預けて、何処かへと旅立ってしまったらしい。
そして、その日から彼女は、ガデルフォーン皇帝の娘として、皇宮で暮らし始めた。
「血が繋がっていようとも、所詮は生活を別にしていた異母兄達を前に、我は甘えるという道を知らなくてな。母が違うというのに、大勢の異母兄達が我に構いたがった」
「良い人達ばかり、だったんですね」
「うむ。レイフィードが増殖したようなものだが、当時の我には居心地の悪い場所でしかなかった。何故外で出来た不義の子を愛せるのか、何故、あのように優しい感情で接してくれたのか……」
皇女として暮らし始めたディアーネスさんは、そんな疑問を抱きながら皇族としての在り方を学び、戸惑いながらも……、やがて、心優しいお兄さん達に打ち解けていったそうだ。
ただ、お兄さん達が期待していた可愛い甘え方は出来ず、嘆かせてばかりだったらしい。
「我があの異母兄達に子猫さながらに甘える様など……、正直想像出来ぬ」
「あ、はは……。まぁ、甘え方も、人それぞれ、ですからね」
「うむ。だが、甘えてやれなかった事を後悔する時が訪れる事もある。お前はほどほどにレイフィードの姪御愛を満たしてやるが良い」
「はい。……あれ、でも、そんなに沢山お兄さん達がいたのに、どうしてディアーネスさんが女帝陛下に」
それは、何の気なしに疑問として口から出た言葉。
沢山の異母兄、つまり、このガデルフォーン皇宮には彼女の異母兄皇子様がいるわけで……。
首を傾げた私に、ディアーネスさんはその疑問を解決する言葉ではなく、その右手を差し出し、ポンッ! と、可愛らしい色とりどりの小さな花々を生み出してみせた。
「あっ、可愛いっ!!」
「こういうのは好きか?」
「はい!! 可愛い物やもふもふした物は大好きです!!」
「そうか、では湯に浮かべておいてやろう」
そういう魔術もあるのかと、興味津々に湯船に浮かべられていくカラフルなお花達に見入っていた私は、ふと……、逸らした視線の先に、あるものを見た。
お湯からざばりと音を立てて立ち上がった小柄な少女の胸のあたりに、痛々しい大きな傷痕。
それはまるで、何かに抉り付けられたかのように凄惨で……。
「ディアーネスさん、その傷は……」
「ん? あぁ……、昔の古傷だ。この国は荒事も多いからな。見苦しいものを見せた」
「い、いえ……」
聞いてしまった事を、すぐに後悔した。
さっきまでは薄桃色のお湯で見えなかったけれど、目にしてしまったその傷は、きっと……。
(ディアーネスさん……、一瞬だけど、辛そうに表情が歪んだ気がする)
触れてはいけない傷。それは、胸に残ったその痕だけではなく、心の奥に刻み付けられた辛い記憶の証。何故だかそう直感した。
それに、さっき話していたお兄さん達の事も……。
暫く湯船を揺蕩っている花を眺めていたディアーネスさんは、やがて先に上がると言って出て行ってしまった。
「私……、何してるんだろう」
思っていても、口に出していい疑問じゃなかった。
あの流れで、ディアーネスさんの胸にある傷の事にまで触れて……。
「馬鹿……、私の、鈍感っ」
自分の幼さに、未熟さに、私は口元まで湯船につかりながら呆れ果てた。
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