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第三章『不穏』~古より紡がれし負の片鱗~

溢れ出す記憶と暴走する力

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 ――肉を抉る生々しい感触と、両手を穢す……、赤色の世界。

(私は……何を……して、いる……の?)

 血濡れた手の上に、誰かの手が震えながら重ねられ、……苦痛を堪えるような、低い呻きが聞こえた。
 聞き覚えのあるこの声は……。
 ゆるゆると視線を上げていった先で見たのは……。

「ルイヴェル!!」

「ルイ!!」
 
 レイル君とアレクさんがその傍に駆け寄るのが見える。
 腰の左側を深々と短剣で抉られ、口から赤い血を伝わせていたのは……、ルイヴェルさんだった。
 どうして……、私、……ルイヴェルさんを刺してるの? 
 手にしている短剣も、いつどこで手にしたのかもわからない……。
 意識が途切れたあの瞬間、何か硬い物を手にしたような気はしたけれど……。

(私には、ルイヴェルさんを刺す理由なんか、……どうして!?)

 カタカタと震え、何をどう言っていいのかわからない私を、ルイヴェルさんの傍にいたカインさんが怒鳴り付けてくる。

「何やってんだ!! お前!!」

「あ、……あ……か、カインさ、ん……、わ、私……!!」

 ドクドクと心臓が恐怖と仕出かした事態の大きさに震え、鼓動を加速させていく。
 どうしてという問いが頭の中で何度も駆け巡って……、この手を、短剣をどうすれば良いのかわからない……。

「……この程度じゃ、死なねぇだろ……馬鹿だな」

「え?」

 ――グサァァッ!!

「ぐっ……!!」

 な、何が……、起こっている、の?
 カインさんが、私の両手を掴んで、刺さっている短剣をさらに深く抉り込ませる。
 新しい血がどんどん溢れ出て、ルイヴェルさんが苦痛の声を上げているのが見えた。

「カイン!! 何をしているんだ!! 手を放せ!!」

「あぁ、放してやるよ……。ほらよ!!」

 私達に駆け寄って来たアレクさんが、カインさんの肩に手をかけようとした瞬間、ルイヴェルさんの背中を蹴り倒し、カインさんは離れた場所に飛び退いた。
 うつ伏せに倒れたルイヴェルさんが、短剣を抜こうと手を伸ばす……。

 ――私が……刺した。……この手、で……、ルイ、ヴェル……さん、を。

 仕出かした事の大きさに放心状態となった私は、皆がルイヴェルさんの傍に駆け寄る様を眺めながら、両手を震わせ、息を吸う事さえ出来ずにいる。

「ぁ……あぁ……い、やぁっ、……ルイ、ヴェ、……ル、……さんっ」

 何故ルイヴェルさんを私は……っ。

 ――ドクン……。

「いやっ……違っ……わざと、じゃ……どうしたら、いやぁっ、ああああああっ」

「「ユキ!!」」

 パニック状態になって、血に濡れたままの両手で頭を抱えた私を、アレクさんとレイル君が宥めようと傍に近寄って来てくれたけれど、見えない力に阻まれ、二人は吹き飛ばされてしまう。
 胸が……苦しいっ……!! 目の前が、赤く……赤く……染まって……ああああああああっ。

 ――ドクン……ドクン!!

 鼓動が大きく鳴り響き、鍛錬場で感じた時よりも強い苦痛と不安感が広がっていく。
 私の一番奥の方で……、何かがピシリと亀裂が入ったように砕け始め……頭の中に、沢山の人達の顔が浮かび始める。
 これは……なに? 水底から沢山の泡が湧き上がってくるかのように、見た事のない光景が急激に頭の中を浸食していく。
 浮かび上がる情景は、どこか違和感を抱くものばかり……。
……そうか、視界が、いつもより……低いんだ。
 まるで子供が大人を見上げているかのような情景ばかりが、過ぎ去っていく。
 お父さん、お母さん、レイフィード叔父さん……それから。
 
『またお前か。……懲りずに良く来るな』

『欲しい物を手に入れたいのなら、代償が必要になる事ぐらいわかるだろう?』

『姫とは名ばかりの、やんちゃ娘だな……。だが、元気なのは良い事、か』

『ユキ、お前はどうにも素直すぎる。そんな事じゃ、将来悪い男に引っかかるぞ? 少しは警戒心というものを……、おい、今は説教中だぞ。人の膝の上で寝るな』

『ユキ、ユーディス殿下達と一緒にいなきゃ駄目だろう? 俺は仕事があるんだ。お前に構っている暇はない』

『忙しいだけだ』

『ユキ、……すまない』

 この……声は、……私の心を満たす情景は……あの、時……の?
 今自分の中に急激に流れ込んできたものが、『幼い日の記憶』である事を悟った私は、目の前で血稀になり倒れている人の姿に、かつて過ごした穏やかで楽しかった日々の、『おにいちゃん』の姿がピントが合うようにピッタリと重なると、頭が割れそうなほどの痛みに苛まれた。

「……ルイ、……おにい、ちゃん」

 蓋をされていたはずの、その奥に眠っていた『私の記憶』が、どんどん堰を切ったように溢れ出していく。
 幼い頃の大切な想い出……、皆の笑顔、優しい声……。
 失われていた記憶が、欠けた部分にどんどん埋まっていく……。

「おにいちゃ……、ルイ……おにいちゃ……んっ。いやぁあっ、ごめんなさいっ……ごめんなさっ、違うのっ、おにいちゃんを刺した、私……っ」

 同時に、私の中で何かがはじけ、玉座の間に荒々しい風が巻き起こり、私の身体が蒼と金を纏う光を放出し始める……。
 これは、何……? 何かが、溢れ出してくる……、身体が、……熱くて堪らないっ。

「ユキちゃん!! 落ち着いて!! ルイちゃんなら大丈夫だから!! 刺し殺しても簡単には死なないから!! 百回刺そうが死なないし!! 滅茶苦茶しぶといからーーー!!」

「おいルイヴェル!! さっさと起き上がって来い!! くそっ……、一体何をしてくれやがったんだ!!」

 サージェスさんとセルフェディークさんが子供達の傍を離れ、私の方へと駆け寄って来る。
 だけど、自分で自分がコントロール出来ない私は、あろうことか、助けようとしてくれている人達に向かって力を放ち、次々と吹き飛ばしてしまう。
 どうして……、何をやっているの、私は!!
 ルイヴェルさんを刺してしまったショックと、急激に戻って来た幼い頃の記憶、そして……、自分のものだとわかる圧倒的な力に押し潰されそうになりながら、私は叫ぶ。

「いやあああっ、やめてっ!! あああああああああああっ」

 怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い!!!!!!!!!!!!
 心が恐怖と不安で塗り潰されて、涙で視界が滲んでいく。

「ははっ……、異世界人との子供って、あんなにも強い力があるんだ……」

「お姉様ったら……ふふっ、凄いですわ~。惚れ惚れとするぐらいに、素敵な光景……」

「貴様ら、ユキに何をした……!!」

「僕達には、君達とは違う力がある……。最初にプレゼントした呪いはちゃんと解いてくれたようだけど、残念だったね? それが第一の鍵……。呪いを解かれると、第二の呪いが目を覚ますように、僕とマリディヴィアンナで細工をしておいたんだよ。しかも、第二の鍵を使わない限り、力のある術者でも気付けない……」

 巻き起こる風に煽られながら、ディアーネスさんが槍を突き付け、子供達を睨み付けている。第二の……、呪い。そんなものが、私の中に仕掛けられていたなんて……。
 知った所でもう遅く、私はルイヴェルさんを刺し、そのショックで混乱状態に陥っている。意地悪だけど、いつも私の事を見守ってくれていた……『ルイおにいちゃん』を、この手で。
 ディアーネスさんが少年達とまだ何かを話しているけれど、私は自分の事で精一杯なこの状態を持て余しながら、血に塗れた手で足元の絨毯を掻き毟り、呻き続ける。

「いやぁぁ……、苦しっ……、はぁ、あああっ!!」

 ――誰か……助け、て……。

「ユ……キ、……」

 ――その時、絞り出すような呻き声が……、耳に届いた。
 顔を上げ、どこからだろうと視線を巡らせた私は、アレクさんに支えられ起き上がるルイヴェルさんの姿を見付けた。 
 腰に手をやったルイヴェルさんが、躊躇なく腰を抉っていた短剣を引き抜き、それを打ち捨てる。
 大量の血液が付着した短剣よりもさらに多くの血が、ぼたぼたと零れ落ちていく……。

「ルイ……おにい、ちゃ……、早く……治療、……をっ」

「問題はない……。それよりも、……施してある術が、……まだ、……発動、して……、ないよう、だな。アイツ……、らの、……仕業、……だろう、が」

「ルイちゃん!! その出血量で何言ってんの!!」

「この馬鹿!! 今すぐ治療を受けねぇとマジで死ぬぞ!!」

 涙で濡れた視界の向こうで、サージェスさんとセルフェディークさんに腕を掴まれ行く手を阻まれたルイヴェルさんが、二人の腕を振り払った衝撃で着けていた銀フレームの眼鏡を落とし、それを足で踏みつけてまた前に進み始める。
 ガシャン……と、眼鏡が押し潰される無残な音が響き、ルイヴェルさんが歩いた後に、小さな血だまりが点々と出来上がっていく。

「術が……自分、から……発動しない以上……、俺が……、ユキの中に在る術を……、発動させる為の……詠唱、を……行う……必要が……ある」

「なら、俺にそれを教えろ。代わりにやってやる!!」

 追いかけて来た従兄のセルフェディークさんの申し出にもルイヴェルさんは首を振り、それを教える暇があるなら、自分でやった方が早いとそれを断った。

「ユキ……には、封じてある……『魔力』、と……『記憶』、の……他、に、別の……特別、な……力、がある……。今回、は……そちらの、力……が、暴走の……要……に、なって……いる可能性が……たか、い」

 だから、遠い過去に術を施した関係者である自分がやらなくてはならないのだと、ルイヴェルさんは途切れそうな言葉を何とか紡ぎながらこちらに向かって来る。
 
「確かに、ユキちゃんのあれは、魔力と別の力が混ざっているようだけど……って、ちっ!!」

 セルフェディークさんと一緒にルイヴェルさんを止めようとしたサージェスさんが、横から飛び掛かって来た影に応戦し、剣を薙ぎ払った。
 あれは……、カイン、さん?
 右手は竜手に変わり、動きを止める事もなく、二撃目をサージェスさんに向かって放つ。

「ルイちゃんを狙ってるようだけど、……君、皇子君じゃないよね?」

「気付くのが遅すぎだろ……。ま、わからないように細工はバッチリしといたんだが、な!!」

 ――キィィィィィン!!

「ユキちゃんの方に注意が向きすぎてたって事、かな!! ひとつ聞くけど、まさか皇子君を殺したり、とか、して、ない、よ、ね!!」

 ――ガキィィィィン!!

「さぁな!! それよりも、ガキ共の遊びを邪魔されちゃ困るんだ。そこの死にかけを始末すれば、さらに面白い事になりそうだしな!!」

「ルイちゃんを殺しちゃうと、物凄い怨念に常時付け狙われちゃうと思うけどなー。……悪いけど、徹底的に邪魔させてもらうよ!!」

 サージェスさんの傍にセルフェディークさんが加わり、ルイヴェルさんに攻撃の手が及ばないように応戦し始める。 
 
「ちっ……、おい、ルイヴェル!! やるならさっさとやれ!! その代わり、あとで一切手抜きなしの、手荒な治療をしてやるからな!!」

「そうだよー。こっちはどうにか食い止めるけど、アレク君とレイル君も、他から攻撃が来ないかどうか、そっちは頼むよ!!」

「「わかった!!」」

 目の前に迫る偽物のカインさんだけでなく、別方向からの襲撃の回避を任されたアレクさんとレイル君が、ルイヴェルさんを守るように構えをとった。
 そして、吹き荒れる突風と、私から放たれる力に抗うようにギリギリまで近付いたルイヴェルさんが、呼吸を整えるように大きく息を吸い、詠唱を途切れ途切れに紡いでいく。
 大量の血を流しているのに……、きっと普通の人間だったら、とっくの昔に倒れ込んで死の泉に引き摺り込まれているはずだ。
 それなのに、まだルイヴェルさんが意識を保ち、詠唱を唱えられているのは、人とは違う、狼王族という種族だからなのか……。

「ルイ……、おにいちゃ、……んっ」

「もう少し我慢していろ……。すぐに……助けて……やる」

 口から血を流しながらも、ルイヴェルさんは詠唱を唱え終わり、私の頭上に視線を投じた。
 辛い身体を無理矢理動かし、私も上を見上げる……。
 緑銀に輝く陣が……高速で回転しながら私の身体へと急降下してくる。
 お腹の辺りで止まったそれは、浮かび上がっている紋様を分解するように次々と私の中へと流れ込み始め、荒れ狂っていた私の力に混ざり込むかのように術の効果を発揮し始めた。
 
「うぁあっ……、はぁ、……はぁ」

「お前の中に在る、俺と、セレス姉さん……、そして、父さんの陣を……、強制的に、発動、させる」

 陣の全てが私の中に吸い込まれ終わると、その言葉の通りに……私の中で何かが目覚める感覚が生じた。
 ぎゅっと閉じた真っ暗な瞼の奥で、三人分の詠唱の声と共に同じ数の……眠っていた陣が役割を強制的に発動へと導かれ、私の制御出来ない力を収束させる為に輝きを放った。

「はぁ、……はぁ」

 玉座の間を満たしていた突風が収まり、押し潰されそうな力の気配がふっと消え去り、私は苦痛から解放されるように前へと倒れ込みそうになる。
 けれど、顔をぶつけそうになる瞬間、目の前に現れた力強い腕が、私を抱き留め、安堵の溜息が上から聞こえた。
 
「……よく、……耐えた、な」

「ルイおにい……ルイヴェル、さん」

ようやく苦痛から解放された私は、『ルイおにいちゃん』と呼びそうになったのを、何となく呼び名で言い直すと、その腕に支えられたお蔭で何とか持ち直す事が出来た。
けれど、ルイヴェルさんはその直後、限界が来てしまったかのように、横へと倒れてしまう。

「る、ルイヴェルさん!!」

 ドサリと横向きに倒れてしまったルイヴェルさんの腰からは、止め処なく血が溢れ、その下を不吉なものへと染め上げていく。
 
「おーい、ガキ共。遊びは失敗したみたいだぞー?」

 カインさんの姿を纏っていた偽物が、サージェスさん達から飛び退き、宙へと飛翔した。
 
「まぁ、良いんじゃない? 自分の臣下をその手で刺し殺そうとしたお姫様を見られたんだしね。それに……助かるかどうかは……神のみぞ知る、かな」

「ふふ、綺麗な血の海……、銀と赤って、結構良い色合いですわね~」

 光の槍に貫かれ囚われているというのに、二人の子供達は鮮血の中に沈むルイヴェルさんを嘲笑い、その直後、自分達の自由を奪っているディアーネスさんの呪縛を一瞬にして解いてしまった。
 
「言ったよね……。僕達には、君達にはない力がある。遥か遠い昔、本来であれば……全てを手にしたはずの、ね」

 マリディヴィアンナと少年の身を、重苦しささえ感じる黒銀の光が包み込んだかと思うと、再びその光が消えた後に残ったのは、『何の損傷もない』二人の姿……。
 服の破れも、傷も……何もかも……消えて、いる。

「その力は……、『場』を覆っていた力と同じものか」

「そうだよ。君の大事な臣下達の命を脅かす……古の力。『宝玉』の力を使ったところで、あれは解けないよ……。全てが終わるまで、……そして、始まるまで……見ているだけしか、出来る事はない」

「抜かせ……」

 自由の身となったマリディヴィアンナと少年を捕え直そうと、再び拘束の手が襲い掛かる。
 けれど、二人の子供達から放たれた黒銀の光がその全てを退け、カインさんの偽物と合流させてしまう。

「くそ……、不味い事になったな。おい、ルイヴェル!! 今治療してやるからな!! 死ぬんじゃねぇぞ!!」

「これ、ちょっと血が出過ぎてるねー……。とりあえず、魂が持ってかれないように応急処置をするとして、ユキちゃんは危ないからちょっと離れててね」

「は、はい……っ」

 ルイヴェルさんが負った傷を、サージェスさんとセルフェディークさんが急いで治療に入り、険しい表情のまま、術を注ぎ込んでいく。
 そこにレイル君も加わり、ルイヴェルさんの名を必死に呼びながら治癒の術を発動させる。

「ユキ、大丈夫かっ」

「あ、アレクさん……、る、ルイヴェル……さん、がっ」

「大丈夫だっ。ディークもいるんだ。絶対に助かる……っ」

 アレクさんに抱き締められながらも、私は自分の身体が恐怖に震えるのを止められないでいる。私が……、この手で、ルイヴェルさんを刺した事実は変わらない。
 全て……他の誰でもない、私自身が……ルイヴェルさんの命を危険に晒してしまった。傷口から零れ落ちた血の痕が、幾つも玉座の間に血だまりを作り、治療を受けているルイヴェルさんは、ピクリとも動かず……セルフェディークさん達が必死に呼びかけながら救命処置を施していく。

「な、何か……、私にも出来る、こと、をっ」

「ユキちゃん、その気持ちは凄く嬉しいけど、ここには専門のお医者さんが二人もいるから、君は心配せずに副団長君の傍にいてくれるかな? 絶対、助けるから……」

「サージェスの言う通りだ。俺達は医者だからな。目の前に患者がいれば絶対に助ける。ってか、この馬鹿、医者のくせに何患者モードになってんだよ。治ったら医者としての在り方を一から叩きなおしてやるっ」

「サージェスさん、セルフェディークさん……」

 私に今出来る事は、ただ、ルイヴェルさんの無事を祈る事だけ……。
 不安よりも確かな希望を胸に抱き、その命の灯火が吹き消されぬように……。
 胸の前で両手を組み、私はルイヴェルさんの回復を祈る。絶対に……助かる、と。
 しかし、そんな私の祈りを踏み付けるかのように、宙に集まっていた三人がディアーネスさん達と戦闘を行っている最中に、ふいに私達の方へと嘲笑を落とした。

「皆に守られて、お姫様は本当に幸せだね……。君、強大な力を秘めているとはいっても、それを全然使いこなせない無能でしょ? 今その男を治療している奴らだって、どんなに優しい答えを返しても、所詮は、邪魔だから余計な手を出すなって、その無能ぶりを迷惑がってるだけ……」

「ふふ、駄目ですわよ。お姉様が傷付いてしまいますわ~。何の力も持たない無力で無能な我が身を呪って死にたくでもなったらどういたしますの」

「マリディヴィアンナ、お前も十分に鬼畜だな。ま、……こいつらの言ってる事は当たりだろうがな」

 無力……無能。それは、カインさんの姿を纏っている偽物の同意の通り、確かな事実だった。
 目の前で死の泉へと足を踏み出しているかもしれないルイヴェルさんを助けたくて、自分が犯した罪を償いたくて、私は余計な事を口にした……。
 どんなに皆さんの力になりたいと願っても、私には何の力もない……。
 術だって、ようやく少しずつ使えるようになってきただけで、生命の危機に瀕しているルイヴェルさんを救える力なんて、微塵もない。
 それでも、出来る事をしたいと口にした私は……、ただの自己満足をしようとしただけ、なのかもしれない。

「私……っ」

「ユキ、アイツらの戯言に耳なんか貸さなくていい。お前がルイの為に何かをしようと思ってくれた事は、とても尊い大切な思い遣りだ」

「アレクさん……でも」

「ほら、またそうやって過保護に大切な物扱いしてくれる騎士の言葉に逃げようとする。良かったね? どんな失敗をしても、君の周りは優しい愛情とやらに満ち溢れているよ」

 何をしても、どんな失敗をしても……、誰も、私を責めようとはしない。
 エリュセードに帰還してから、確かに私は……誰かに詰られたり、悪意を受けた事も、失敗を責められた事も……、ない。
 ずっと、甘やかされて、守られてばかりいた……、それは前にも一度自覚した事。
 遊学の決め手になったきっかけは不純だったけれど、それでも、皆に守られてばかりの自分を変えたくて、このガデルフォーンに遊学し、他国の歴史や文化など、術の勉強も始めた。
 だけど、重傷を負っているルイヴェルさんを前にしても、何の力にもなれない。
 そして……、誰も、彼を刺した私を責めて来ないのは……、何故?
 アレクさんも、サージェスさんも、レイル君も……、誰も、誰も……、私を責めようとはしない。
 状況が状況だからかもしれないけれど、……ただの一言も、私に罪を自覚させる言葉を向けて来なかった。
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