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第三章『魔獣』~希望を喰らう負の残影~
女帝の帰還
しおりを挟む――Side 幸希
「……という訳なんだよねぇ」
横向きの体勢でソファーに寝そべっているサージェスさんが、ディアーネスさん達よりも一足早くガデルフォーン皇宮へと戻って来たラシュディースさんへと説明を終えた後、話し疲れたのか、ふぅ……、と息を吐いた。
「すまなかったな……。もう少し早く戻って来られれば良かったんだが」
「いやいや、ラシュさんも……、ほら、国内の探索で忙しかったでしょ? 避難出来てない住人の確認や、あの面倒なお子様達の行方も追ってたわけだし……。本当にご苦労様。無事に帰って来てくれただけでも良かったよー」
「成果は得られなかったがな……」
疲れが抜けないのか、サージェスさんは身を起こす事も出来ず、眠そうに話し続ける。私達が魔術師団施設から避難した後、ルイヴェルさんと共に行使した術が原因だった……。
黒銀の竜を模した存在と、介入してきた銀青を纏う少年……。
ガデルフォーン皇宮に生じた災厄である彼らの脅威を打ち破る為に、ルイヴェルさんとサージェスさんは、負荷の大きい術を行使し……成果を得た。
それがなければ、今頃……、このガデルフォーン皇宮はさらに大変な事になっていたはず。だから……、うん、『今のこの状態』は仕方がないのだと……思う。
「ところでサージェス……、『その状態』で、……ちゃんと休めているのか?」
サージェスさんから労わりの言葉をかけられたラシュディースさんが、物凄く微妙な顔つきで『私達』を見遣った。
「おい、もういい加減堪能したろうが……!!」
「そのまま永久の眠りにでもついてしまえ……」
「ふ、二人共、気持ちはわかるが……、ここは抑えた方が良い。サージェス殿は今回の功労者なのだから……」
私がサージェスさんと『この状態』になってから早一時間ほど……。
最初は睨み付けるだけで堪えていたアレクさんとカインさんが、ついに限界を迎えてしまった。
各々、自身の武器となる竜手と鋭い剣先をサージェスさんの顔に突き付けて、いい加減に私を解放しろと脅迫同然の要求に入っている。
「んー、もうちょっと。疲れ果てたこの身体には最高の癒しなんだよねー」
「さ、サージェスさん……」
大きな術を行使して疲労困憊のサージェスさんが途中で目を覚ましたのは、ラシュディースさんが訪れる少し前の事だ。
疲労の回復を促す為にもと、……何故かお願いされてしまった『膝枕』。
何故膝枕? と、首を傾げた私に対し、苦しそうに息を吐きながらサージェスさんは今にも死んでしまいそうな声音で私に懇願した。
勿論、最初は戸惑う私の代わりに、アレクさんとカインさんが同時に「却下だ!!」と、大声を上げて反対してくれたのだけど……、サージェスさんは私達を守る為に、ルイヴェルさんと一緒に頑張ってくれた人。
辛そうな表情と共にアイスブルーの瞳から伝わってくる懇願の気配を感じ取った私は、……自分で力になれるのなら、と、結局サージェスさんのお願いを聞いてしまう事になったのだった。
でも、そのせいでアレクさんとカインさんが……。
「はぁ……、本当に大変だったよ。ルイちゃんと二人で術を共有し合って行使したから、まだこのくらいで済んだけど……。あれ、もし一人でやっちゃったら、……はは、酷い事になってたと思うよ、うん」
すぐ至近距離に危機が迫っているというのに、サージェスさんは気にした様子もなくラシュディースさんに術の事を語って聞かせている。
あぁ、今のでまたアレクさんとカインさんの怒りの気配に油が注がれた気がするのだけど……。
「なぁ、番犬野郎……。同時に殺っちまおうぜ」
「お前と共闘する気はないが……、今だけはいいだろう。丁度弱っている様子だからな。……一撃で仕留める」
「貴重な戦力を削ぐような真似はやめてくれ、二人共!!」
自分達を無視するサージェスさんを殺る気満々で斬りかかろうとした二人を、レイル君が急いで宥めに入っていく。
私も手伝いたいけれど、サージェスさんが膝の上に頭を乗せているから、動くに動けない。だから、どうにか二人の怒りを鎮めようと、私は制止の声と共に身を捩って顔を後ろに向けた。
「わ、私なら大丈夫ですから!! 武器を収めてください!!」
「お前が大丈夫でも、俺達は腸煮えくり返ってんだよ!! 疲れてんなら、そのまま夢の中で大人しく溺れてやがれ!!」
「ユキ、お前を煩わせる存在は、……相手が誰であろうと俺が排除する。……だが、そうだな。お前の顔に血が飛び散るのは困るな。やはり一度引き剥がしてから始末するか……」
「アレクさん!! 言ってる事が物凄く怖いです!!」
「心配しなくてもいい……。お前の目に触れない所で確実に仕留める事を約束しよう」
私の膝にサージェスさんが陣取っている事が余程気に入らないのだろう。
アレクさんは、私にもわかるほどの殺気を身に纏いながら剣を鞘に仕舞い、サージェスさんを強引に私から引き剥がし始める。
「アレク君、羨ましいのはわかるけどねー。ほら、俺今、ものすごぉーく疲れちゃってるから、この至福の膝枕は非常に重要なんだよー」
「ユキでなくてもいいだろう……っ。必要があるなら、俺がやる。だから、さっさと起きろ」
「えー、それ、絶対誰得でもないよー。女の子の、いや、ユキちゃんの柔らかなお膝だからこそ俺を癒せるわけで」
「ふざけんな!! このドスケベ野郎が!! 番犬野郎、何モタモタしてやがんだ!! さっさと引き剥がせ!!」
疲労困憊で弱っているはずなのに、サージェスさんはビクともしない。
私の膝から身動ぎひとつせず、アレクさんとカインさん二人がかりでかかっても駄目。
「これからまた色々働かなきゃならないからねー。休める時に休んどかないと、……あぁ、でも本当に寝心地いいねぇ、ユキちゃんのお膝」
サージェスさん……、猛者すぎますっ。
今こうしている私の方にも、血の気がグンッと下がっていく私の心臓は、いつ流血沙汰が起こるかで恐れ戦きながらドクドクと加速しながら嫌な鼓動を立てている。
もうここで流血沙汰になっても構うものかと、私に対する配慮も消え失せた二人が得物を振り上げた瞬間、カチャン……と、ティーカップを置く音が聞こえ、私達はそちらに意識を向けた。
苦笑を浮かべているラシュディースさんが、……徐々に表情を引き締めていく。
「人をからかって遊べる元気があるなら大丈夫そうだな。だが、そのくらいにしておいてくれ。ここからは、……気を抜けそうにもないからな」
その言葉と同時に、部屋の扉が開いた。
シュディエーラさんを伴い帰還した大人の姿のディアーネスさんが部屋へと入り、……わかりやすく眉を顰めた。
「お前達……、何をやっている?」
「あ、陛下お帰りー。今ね、ユキちゃんのお膝でゆっくり癒しのリラックスタイムを」
「首を刎ねるには、鎌の方が良かろうな?」
ディアーネスさんの右手にある長槍がゆらりとその形を砂煙のように歪ませた後、物語の中に出て来る死神の揮う巨大な鎌のように変化した。
それを躊躇せず、一瞬で私の肩の辺りからサージェスさんの首許へと風を切り、大鎌を振り込ませたディアーネスさんが、「ひと思いに息の根を止めてやろう……」と、冷めた視線で不気味に微笑んだ。
あ、あの……、これ、グサッとやった瞬間、私まで巻き込まれてしまうんじゃっ。
「はは、陛下本当容赦ないねぇ……。よっと」
私の膝から重みが消え、サージェスさんがソファーに座り直した。
それと同時に、大鎌も役目を失ったかのように霧散し、消え去る。
「素直な反応を返してくれる子をみると、つい遊びたくなっちゃうんだよね」
「戯れは時と場合を心得よ」
部屋の奥にある、クッション付きの大きな椅子に腰かけたディアーネスさんが疲労の息をつく。
そして、その傍にシュディエーラさんが苦笑を浮かべながら立った。
アレクさんとカインさんも、変わり始めた場の空気を察し、壁際へと遠のいていく。
「速やかに、詳しい報告を述べよ」
「了解」
のほほんとした表情を引き締め、笑みの気配を消し去ったサージェスさんが、一連の出来事について説明を始める。
ラシュディースさんに話したのと同じ事を静かに把握しながら剣呑に目を細めていくディアーネスさん。
……話が終わった時、彼女は今すぐにルイヴェルさんを連れて来るようにと、サージェスさんに命じた。
「いやぁ、まだ無理だと思うよー? 術自体は俺とルイちゃんで共有して発動させたけど、元々の怪我の具合と、魔術師団施設で負った傷まで抱えていたからね……」
皇宮を襲った脅威を退けたものの、無理をし過ぎたルイヴェルさん達は限界を迎えてしまった。
今は皇宮内にある医務室の方で眠りに就いているという説明を受けてはいたけれど……。
ディアーネスさんが求める答えを得るには、ルイヴェルさんの意識が戻るのを待つしかなくて。
けれど、それは今すぐには無理なのだと、サージェスさんは首を振って彼女の命令を拒否した。
「『あの術』は、確かに威力も効果も覿面だったけどね……。あれは多分、干渉方法を考案した人物、つまり、ルイちゃんのお父さん自身も、干渉可能な術式の理論を考えたものの、これじゃ負担が大きすぎるって思ってたと思うよ。大体、俺が受け取ったのは『途中までの理論』、だったからね。それだけでもあの威力を発揮したんだ……。全部術式に組み込んだら、こっちが持たないよ」
自嘲気味に笑ったサージェスさんの身体が不意にぐらりと傾き、私は急いでその重みを横から支えた。
ある程度は回復したと思ってはいたけれど……、まだ駄目なんだ。
私に「ごめんね」と力なく微笑んで、サージェスさんは話を続ける。
「あの時、もっと詳しく聞いておけば良かったんだけどね……。一応、治癒の術を掛け続けてはいるけれど、少なくとも……、あと半日は待ってほしところだよ」
「……五分でも構わぬ。『あの者達』が行使する『力』の正体を、ルイヴェルは知っているのだろう?」
「む・り、だよ」
「……」
アイスブルーとアメジストの煌めきが厳しさを宿して絡み合う。
あくまでルイヴェルさんの眠りを妨げてはいけないというサージェスさんに対し、国を統治する女帝としての責任を胸に、外敵に対抗し得る手段と情報を求めるディアーネスさんの意見は平行線を辿ってしまう。
何度か言い合いって、「五分で良い」「いや、本当無理だから!」と押し問答を繰り広げた結果、サージェスさんは自分がルイヴェルさんから受け取った『干渉方法』を伝えるから、今はそれで妥協してほしいと提案する。
「……仕方あるまい。対抗手段が判明しているだけ、ましだと思うべきか」
「そうそう。……まぁ、最強最悪の『干渉方法の理論』だけどねぇ。改良の余地ありすぎて、あまり使いたくないよ、はぁ……」
「お前がそう言うとは、相当のものなのだろうな」
「サージェス、ディアに教えるついでに、俺の方にも頼めるか?」
「あぁ、そうだね。術が使える人達が皆知っておいた方がいっか。でも、覚悟してよ? 物凄くダメージ酷いから……」
ふっ……と、絶望にも似た自重の笑みと共に、サージェスさんが私とアレクさん、レイル君以外の全員が歩み寄り差し出して来た手のひらへと順番にタッチしていく。
それが手のひらを通して情報を個々に注ぎ込み終わった瞬間、前にも目にしたものと同じ光景を再現した。
「これは……、前置きがあったとはいえ、強烈にもほどがありますね」
「それだけ、干渉を向ける対象が厄介だという証なのだろうが……」
「不快だ……。このようなもの、必要に迫られねば受け入れたくもない」
シュディエーラさんは具合を悪くしたらしく、ソファーの端の肘掛けに腰を屈めて寄りかかり、ディアーネスさんとラシュディースさんは流石というべきか、表情にだけ険しい気配を浮かべるに留まったまま、体勢を崩す事はなかった。
そして、……カインさんの方は。
「……」
「か、カインさん!?」
チーン……と、どこからか残念な音が聞こえてきそうな感じを漂わせながら、カインさんはソファーの後ろに倒れ込み、ぐったりと気絶してしまっていた。
顔は最悪なほどに青ざめているし、身体はピクピクと微かに痙攣している……。
レイル君が助け起こしてくれたけれど、……苦しげに呻くばかりで目を覚まさない。
「あー、皇子君……。その性格で結構……、繊細だったりしたのかな? 凄い拒絶反応出てるけど、まぁ、……少しずつ馴染んでいくと思うから、転がしておいていいよ」
「カイン皇子!! カイン皇子!! しっかりするんだ!!」
「うぅ……っ」
頬をぺちぺちとレイル君に叩かれても、大声を上げて呼んでも、カインさんは薄い反応を返すだけ。
一体どれだけ凶悪なものを受け取ってしまったのか……。ごくりと喉の奥が震えた。
「あ、あの……、私も、教えて貰っておいた方が、いいんじゃ」
「ユキちゃんは駄目だよー。こんな存在(モノ)、頭の中に注ぎ込まれちゃったら悲惨だからねぇ……」
「そ、そんなに……、ですか?」
「うんうん。想像以上の化け物級だからね。ユキちゃんは知っちゃ駄目だよー。というか、戦うのは全部俺達の役目だからね」
私の頭をよしよしと撫で、苦笑を零した直後……。
――ドサッ……。
サージェスさんは力を失ったように私の身体へと倒れ込み、苦痛の吐息を漏らした。身体の具合が悪化してしまったのだと悟った私は、ソファーから立ち上がり、サージェスさんがゆっくりと休めるようにクッションを頭の下に置いて横たわらせる。
「これ……、二人で共有し合っても相当の負荷がくる、から。陛下達も……、使う時は、気を付けて……、ね」
もう手を上げる力も残っていないのか、サージェスさんは最後に少しだけ微笑んで、ゆっくりと瞼を閉じた。
穏やかな寝息が聞こえ始め、その寝顔をレイル君と一緒に見守っていると、ディアーネスさんが溜息を零すのが聞こえた。
「サージェスの言う通り、厄介な『干渉方法』もあったものだな……。普通の術者であれば、詠唱自体、最後まで唱えられるかもわからぬ」
「上位の術者でも、二人一組からでないと……負担は相当のものになるでしょうしね。陛下とラシュディース様であれば、一人でも使用できるとは思いますが……」
「まぁ……、俺とディアは魔力量も多いし、皇家の血筋だからな。サージェスのようにはならないだろうが、何度でも使えるわけじゃない」
「だが、……使い時さえ間違えなければ、今度こそあやつらを完全に戒める事も可能であろうな」
眇めたアメジストの双眸に、ラシュディースさんとシュディエーラさんが頷く。
あの『黒銀の力』が一体何なのか……、その正体を知る事はまだ出来ないけれど、抗う術(すべ)は得た。
「もう一度……、ガデルディウスの神殿に行く必要がある」
「ディア? さっきまで行っていたんじゃないのか?」
「『今』の状態で、『見るべきもの』があると、判断した」
危惧を浮かべたディアーネスさんの双眸に息を呑むと、彼女の視線が私へと定められた。
「ユキ、我の同行を命じる。恐らく……『今』の我とお前の存在があれば、『掴める』はずだ」
どうして私が……。何の力もないし、戦える術(すべ)もない。
それなのに、ディアーネスさんは私だけを指名し、シュディエーラさんとラシュディースさんに皇宮の守護を命じると、休憩をとった後に出発する旨を告げる。
「女帝陛下、俺もユキの護衛として、同行させてください」
話を切り上げ、私達に退出を命じようとしかけたディアーネスさんの言葉を遮り、アレクさんが彼女の前へと進み出た。
その低く真剣さに満ちた声音は、許可を求めるというよりは、絶対に付いて行くと宣言しているようにも聞こえる。
「良かろう。支度を済ませておくが良い」
「有難うございます」
「アレクさん……」
騎士としての礼をとり、私へと向き直ったアレクさんの表情が和らぐ。
「ガデルディウスの神殿は、古の魔獣を封じた場所だからな。そんな場所にお前を一人で行かせるわけにはいかない」
「我がおる故、案じる必要はないのだがな……」
「何があっても、俺はお前の騎士として共に在る。だから、俺の傍から離れないでほしい……」
「あ、ありがとうございます。だけど、無理だけはしないでくださいね?」
ガデルフォーンを統べる女帝陛下である自分がいるのだから、何も心配はない。
……そう、口を挟んだディアーネスさんを完全に無視して、ラシュディースさんが座っているソファーの方に移動して腰を下ろしていた私の前に膝を着くと、アレクさんは私の手をとって、甲に恭しく口付けてきた。
まるで、お姫様に対して忠誠を誓う騎士様のように。……って、正真正銘の騎士様なんだけど。
確か前にも、同じ事をされた記憶があるのだけど、その時よりも、アレクさんの私を見つめる眼差しは、力強さと熱を増していて……。
カァッと、頬に赤味が広がっていくのを感じながら、私は心臓の鼓動を強く揺さぶられてしまった。
騎士としてだけでなく、一人の男性として、私を守りたいのだと……そう、言われているような気がする。
「う~ん……。カインのライバルは強敵のようだな」
「ら、ラシュディースさん?」
不意に、私とアレクさんの様子を眺めながら苦笑したラシュディースさんが、腕を組んで困ったな~と呟いた。
「カイン、早く起きないと、この騎士殿に出し抜かれるぞ~?」
少しだけ大きく出した声を受けても、まだカインさんが起きる様子はない。
「ら、ラシュディースさん、こんな時に何を言って……」
「いや、それとこれとは別問題というかな」
ラシュディースさんはソファーから離れ、絨毯に寝そべった状態でレイル君にお世話をされているカインさんを「よいせっ」と、片腕で小脇に抱えると、また戻ってきた。
私の肩に寄り掛かるようにカインさんを固定し、「早く起きろ~」と、面白そうに笑うラシュディースさん。
それを見て、アレクさんの気配がぴしりと凍り付く。
「ラシュディース殿下……、何の真似ですか」
「いや? 平等に見て貰えるようにと、な。まぁ、そう怒らないでくれ。これも保護者心というものだ」
右手にはアレクさんの温もりが、左半身にはカインさんの気怠そうな熱が……。
挟み撃ちにあっているような、とても気恥ずかしいような心地を抱えながら、私はどうしていいのかわからず、ラシュディースさんを見上げてしまう。
その笑みは、心を落ち着ける優しい大人の気配を纏うものだけど……。
「良ければ、カインにもときめいてやってくれると、俺としては有難いんだがな?」
「えっ、あ、あのっ」
「ラシュディース殿、あまりユキを困らせないでやってくれ。それでなくても、同時に二人から想われて戸惑いっぱなしなんだ」
「レイル君……」
そうは言ってくれても、レイル君は言葉以上の行動はとろうとはしない。
私の傍で複雑そうな顔をしているアレクさんと、左肩に凭れているカインさんを微笑ましそうに見つめながら、「けれど、少しぐらいなら良いかもしれないな……」と、微かに笑った。
未だ、ガデルフォーンを覆う不穏の影が晴れる事はないけれど、ほんのひととき、空気が和らいだような気がして、私も口許を緩めてしまう。
「そう……、だね」
アレクさんとカインさん、私に向けてくれる二人の想いは、……とても強い。
それこそ、私一人では受け止めきれない程に溢れすぎていて、時々、怖くなって戸惑う程に。
心の中で優しく揺れている二つの蕾……。
二人を知れば知るほどに、……それは徐々に色を灯していく。
だけど、まだ私は、……恋をする事で、誰かを傷付ける覚悟も、それをしっかりと受け止める覚悟も、――抱けてはいない。
傷付く覚悟なんてとっくに出来ていると、二人が何度言ってくれようとも、まだ……。多分、もう少し時間が必要なんだと思う。……誰かを愛する覚悟を抱ける、その時まで。
「ユキ……」
ギシリとソファーに重みが加わったと気付いた私の瞳に、アレクさんの顔が間近に迫る。
私の身体にぴったりと密着し、一度眠るカインさんをギロリと不穏な眼差しで睨むと、またその蒼の双眸を私へと戻す。
「こうしないと……、平等にはならない」
「あ、アレクさん?」
それは、もしかして……、カインさんの今の状態に張り合っているのだろうか。
レイル君やラシュディースさん達が見ているというのに、私の右手を握って傍から離れようとはしないアレクさん。
あの、こんな事してる場合じゃ……、って、ラシュディースさんがカインさんの頬をぺちぺち叩いて起こそうとしているし!!
「カイン、負けるぞ!! 早く起きないと、せっかく芽生えた初恋が砕け散るぞ!!」
「あ、あの~……」
「はぁ……、お前達、くだらぬ事をしている暇があったら、支度に移ったらどうだ? それと、ラシュディース兄上、余計な世話を焼くな。むしろ、自分の息子の方の嫁の心配でもしてやれ」
シュディエーラさんとレイル君は微笑ましさを含んだ眼差しを私達に向けているし、ディアーネスさんは完全に呆れているし、サージェスさんはぐっすりお休み中だし、何だか、完全に場の空気が緩んでしまった事は間違いない。
ガデルディウスの神殿に行くまでの、束の間の休息……。
これから何が起こるのか、染みを広げるように滲んでいく不安が少しだけ小さくなったのを感じながら、私は皆の温かな気配の中へと溶け込んでいくのだった。
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