先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村

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第五章

第111話 体育祭③ チームメイトに邪魔をされた

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「おい、忍者がいるぞ!」
「あいつ絶対見えてなかっただろ!」
「すげえ⁉︎」

 ギャラリーの歓声を聞いて、騎馬の三人も気づいたようだ。

「おい、巧。いつ取ったんだよ?」
「今さっきだよ」
「えっ、俺らの後ろ……にいたよな?」
「うん」

 事もなげにうなずいてみせるたくみに対して、さとるが「マジかよ」と苦笑いを浮かべた。

「どうよ悟」
「なんで誠治せいじが偉そうなんだよ」

 誠治と悟が笑い合うが、正樹まさきにとっては笑い事ではなかった。
 活躍をさせないつもりが、逆に陽の目を浴びさせてしまった。

(……いや、焦るな。今のはたまたまだろ)

 正樹はそう自分に言い聞かせたが、もちろん偶然ではない。
 偶然でなければ、二度目が起こるのは必然だった。

「おい、騎馬戦でほぼノールックなんてありなのかよ⁉︎」
「あんなの避けれるわけねー!」
「もしかして下のやつらが積極的にいかないのも、正面衝突する必要ねえからじゃねえのかっ?」
「うわ、それだわ!」

 正樹の狙いとは裏腹に、ギャラリーは巧の凄技で次々と盛り上がった。

(く、くそっ、どうなってやがる⁉︎)

 もはや巧の視野がとても広いことは誰の目にも明らかだったが、正樹はそこにたどり着けなかった。
 自分が見えていないところを巧が見えている。嫌がらせをするつもりが逆に彼の能力を引き出してしまっている。
 それらの事実を認めるには、正樹のプライドは高すぎた。

 その後も巧は空間把握能力を(無駄に)使って、背後からの攻撃を避けるなどして観客を沸かせつつ、最後の一対一も制して赤組勝利の立役者になった。
 当然、クラスメートは大盛り上がりだ。

「文句なしのMVPだろ、これ!」
「格好良かったよっ」
「ねえ、どうやってやってたの⁉︎」
「俺も気になる!」
「なんだよあれ⁉︎」

 キラキラと期待のこもった視線を向けられ、巧は困惑した。

「どうやってって言われても……見えてたから取ったって感じだよ。僕、視野は広いんだ」
「マジで⁉︎ あんな角度見えてたのかよ!」
「巧、お前すげえなっ」
「ほとんどノールックでサッてとるの、めっちゃ格好良かったよ!」
「それな! 令和の忍者だっ」
「巧から忍に改名したほうがいいと思う」
「待って待って。勝手に名前変えないで」

 どうして僕はこうも改名させられそうになるんだ、と巧は苦笑いを浮かべた。

「おい、忍」
「だから勝手に忍者にしないで。手裏剣投げるよ」
「忍者じゃねーか!」

 漫才のような巧と誠治のやりとりに、その場は笑いに包まれた。

 ——すでにプライドがズタズタになっていた正樹に、それを静観することはできなかった。
 彼はなんとかして巧を蹴落としつつ、自分が注目の的になろうとした。

「巧、お前よく俺の意図に気付いたなぁ。視野俺と同じくらい広かったのか」

 その瞬間、空気がシーンと静まり返った。
 外から見ていた者たちは、正樹の狙いに気づいてはいなかった。
 しかし、あえて「だけは」を強調した彼の物言いには多くの者が嫌悪感を覚えた。

 ——ずっと一緒に戦っていた誠治と悟は、途中で正樹の狙いに気づいていた。

「はあ? お前いい加減に——」
「誠治」

 巧は誠治を制した。
 真っ直ぐで曲がったことが嫌いな彼は、おそらくど正論を繰り出してしまうだろう。

(それは、この後も体育祭を楽しむためには抑えてもらわないとね)

 巧は誠治に笑いかけてから、顎を上げて自分を見下ろしている正樹に向き直った。

「僕もなかなかやるでしょ? 正樹の誘導が正確だったから楽に取れたよ。ありがとね」
「っ……!」

 まさか認められるとは思わなかったのだろう。正樹が唖然とした表情を浮かべた。

「まあ、誠治がいたからちょっと不安だったけどね」
「おい」
「嘘だよ」

 巧はポンポンと誠治の肩を叩いた。

「もちろん正樹にも誠治にも悟にも感謝してるし、それに他の隊もそれぞれすごい頑張ってた。これは全員で掴んだ勝利だよ」
「だな。A組最高ー!」
「「「おおー!」」」

 ムードメーカーの悟に続いて、巧たちは揃って拳を突き上げた。

「赤組最高ー!」
「「「うおおおおー!」」」

 同じくムードメーカーのあやのかけ声には、他クラスの赤組も呼応した。

「……くそっ!」

 またまたあしらわれる形となった正樹は、顔を真っ赤にしてその場を去っていった。
 いい加減学んでくれないかな、と巧は思った。

 イラついてはいなかった。人間が誰かに腹を立てるのは、決まってその人物に何かを期待しているときだけだ。
 その意味で、巧は正樹のことは「まあこういうこともしてくるよね」くらいにしか認識していないため、呆れることはあっても怒りの感情は湧かないのだ。

「今何点差だっ?」
「六十点差だ。このまま逃げ切ろうぜ!」

 周囲はすっかりわちゃわちゃ感を取り戻していた。
 巧は悟に耳を寄せて、

「ありがとね。場をもう一回盛り上げてくれて」
「お前の大人な対応があったからこそだろ」

 悟は白い歯を見せた。
 誠治や冬美ふゆみはもちろん、悟といい綾といい、自分はクラスメートに恵まれたな、と巧は思った。

 小春こはるなどの他のクラスメートもほとんどは素晴らしい、一緒にいて楽しい人たちばかりだ。
 であるならば、正樹のような人物がいても仕方のないことなのかもしれない。



 全体の最後の種目は、クラス対抗リレーだった。
 巧たちのクラスは正樹がバトンを失敗してしまい、一時最下位に転落した。
 しかし誠治が怒涛どとうの追い上げを見せ、三位でアンカーの冬美にバトンが渡った。

「頑張れ冬美ー!」
久東くとうさーん!」
「冬美ファイトー!」
「いけるぞ久東!」

 クラスメートの応援を受け、冬美は懸命に足を回した。
 しかし、他のアンカーも各クラスで一番早いメンバーだ。抜かれることはなくとも、追いつくことは簡単ではなかった。

 最終コーナーで一人抜かした。一位の背中は捉えかけていた。

「いけー、抜けー!」
「抜かれるな、耐えろ!」
「頑張れ、抜き返してやれ!」

 様々な応援が飛び交う。
 さすがに一位はキツいか——。
 そう思った瞬間、冬美の耳にその声は飛び込んできた。

「久東さん、頑張れ!」

 みんなが歓声を送っていて、もはや誰が何を言っているのかわからない状態だった。
 それなのに、その声援だけは鮮明に聞き取れた。
 自分でも驚くほどに力湧いてきた。

「っ……!」

 その事実に溢れ出た様々な感情もろとも、パワーに変えた。

 ラスト三メートル。冬美は一位に並んだ。
 一位だった女子が焦りの表情を浮かべた。
 冬美はそちらに視線を向けることなく、ただひたすら前を目指した。

 自分の胸がゴールテープを切るのが、やたらゆっくり見えた。

「——一位はA組っ、大逆転勝利です!」
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