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第九章
第239話 花梨からのお礼
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試合後、大介は軽く汗を拭いながら地面に座り込んでいる伊藤に歩み寄った。
気配に気づいたのか、伊藤はノロノロと顔を上げた。大介だとわかると顔をしかめ、バツが悪そうにわずかに視線を逸らした。
「……なんだよ?」
「君に一つだけ言っておくことがあったのでな」
大介は静かに切り出た。
「……なんだ? 嘲笑うつもりか?」
「違う。君と花梨さんの会話は録音済みだ。くれぐれも変な気は起こすなよ?」
伊藤は目を見開いたが、すぐに、「な、なんもやるわけねーだろっ……負けてんだからよ」と言い返した。
嘘を吐いているようには見えなかった。
「ふむ。そうか! 疑って悪かったな。楽しかったぞ、伊藤陸。またやろうではないか!」
大介は朗らかな笑みを浮かべた。
伊藤は唇を噛んだ後、ボソリとつぶやいた。
「……悪かったな、花梨にも、お前にも。次は正々堂々と勝負すっから」
「うむ! その言葉、楽しみにしているぞ、ガッハッハ!」
大介は豪快に笑った。
「言ってろ。今度こそ吠え面かかせてやる」
伊藤も負けじと言い放ち、二人は熱い視線を交わして別れた。
大介の中に怒りの感情は残っていなかった。
伊藤の中にあった一流になれない自分への苛立ちと優秀な周囲への嫉妬は、少なからず共感できたからだ。
(彼はそれを認められずに自分を大きく見せようとした結果、マネージャーに高圧的な態度を取ったり、自己中心的なプレーをして周囲を見下していたのだろう。決して褒められた行為ではないが、もう大丈夫なはずだ)
大介はふっと笑い、優勝と昇格が確定してお祭り騒ぎになっているチームメイトの歓喜の輪の中に飛び込んだ。
「あの、金剛さん!」
トイレから戻ってくる途中、声をかけられた。大介は振り向いた。
明るいオレンジ髪を持つ少女が、少し緊張した面持ちで立っていた。
「花梨さん、だったかな?」
「そうです」
花梨が少し照れた様子でうなずいた。
「伊藤からは何もされていないか?」
「はい、大丈夫です!」
花梨は嬉しそうにうなずいた。
「伊藤君には謝ってもらいましたし、監督からも何かあればすぐに相談するように言われてますから、もう心配はありません」
「そうか。それなら一安心だ」
花梨はぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。それと、伊藤君が荒々しいプレーをしてしまってすみませんでした。お怪我はないですか?」
「うむ、問題ない。こちらこそすまなかったな。彼を煽るようなことをしてしまって」
大介が頭を下げると、花梨は慌てたように「いえいえ」と手を振った。
「とんでもないです。私から意識を逸らすためにわざとやったんでしょう? プレーを見ていればわかります。金剛さんは無意味に相手を挑発する人じゃないって」
「ふむ、それは少々美化のしすぎではないか?」
「いいんですよ。それで誰も不幸になってないんですから」
花梨はイタズラっぽい笑みを浮かべて、
「それとも、金剛さんは嫌ですか?」
「嫌ではないな。なんだかむず痒くはあるが」
「じゃあ、美化したままにしておきますね!」
花梨が花の咲いたような笑みを浮かべた。
まさに名が体を表したような明るい笑顔に、大介は見惚れてしまった。
そんな彼に気づいた様子はなく、花梨はまた頭を下げた。
「今日は助けていただき本当にありがとうございました。あの、私に何かできることはありますか? お礼がしたいです」
「ふむ……」
大介は顎に手を当てて考え込んだ。一つの妙案を思いついた。
「そのようなものを期待したわけではないが、ならば一つ、お願いしてもいいか?」
「私にできることならば」
「連絡先を交換してくれないか?」
「あっ、はい! もちろんいいですよ!」
花梨は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに嬉しそうにうなずいて慣れた手つきで携帯を操作した。
QRコードを読み取ると、大介の携帯に朝比奈花梨と表示された。
アイコンはオレンジと黄色の花だ。
彼女の雰囲気に合っているな、と思わず口元が緩む。
「ふむ、苗字は朝比奈というのか。なら、俺も朝比奈さんと呼んだほうがいいか?」
「あっ、いえ、花梨で大丈夫ですよ! むしろさんもいらないです」
「うむ。では花梨と呼ばせていただこう。花梨は何年生だ?」
「二年です」
花梨がピシッと二本の指を立てた。
「多分、金剛さんと同学年ですよね?」
「うむ。なら敬語はなしでいいし、そちらも大介で構わないぞ」
「本当? じゃあ、そうするね! ね、大介君って呼んでいいっ?」
花梨は勢い込んで尋ねた後、誤魔化すように照れ笑いを浮かべた。
大介は胸が高鳴るのを感じながら首を縦に振った。
「うむ、もちろんだ」
「ありがとう! それじゃあ、なんか他校の選手の人と仲良くなるのって変な感覚だけど、これからよろしくね」
「うむ。たまには連絡していいか?」
「もちろん! 私も大介君とは色々お話ししてみたいし……って、あっ、別に変な意味じゃないよ⁉︎」
花梨が顔を赤くして慌てたように付け加えた。
両手を大きくパタパタと振りながら、
「た、他校の人とお話しする機会なんてほとんどないし、咲麗の話も聞いてみたいって感じだからっ」
「うむ。そこは勘違いしていないから安心していいぞ。では、今日の夜にでも連絡させてもらおう」
「うん、わかった!」
花梨が大きくうなずき、はにかむように笑った。
「それじゃ、また夜にね~」
「あぁ。気をつけて帰るのだぞ」
「ありがとうっ、大介君もね!」
花梨は屈託のない笑みで大きく手を振った。
その背中が小さくなるまで見送ってから、大介は踵を返した。
死闘を制した後だというのに、その足取りは軽かった。
気配に気づいたのか、伊藤はノロノロと顔を上げた。大介だとわかると顔をしかめ、バツが悪そうにわずかに視線を逸らした。
「……なんだよ?」
「君に一つだけ言っておくことがあったのでな」
大介は静かに切り出た。
「……なんだ? 嘲笑うつもりか?」
「違う。君と花梨さんの会話は録音済みだ。くれぐれも変な気は起こすなよ?」
伊藤は目を見開いたが、すぐに、「な、なんもやるわけねーだろっ……負けてんだからよ」と言い返した。
嘘を吐いているようには見えなかった。
「ふむ。そうか! 疑って悪かったな。楽しかったぞ、伊藤陸。またやろうではないか!」
大介は朗らかな笑みを浮かべた。
伊藤は唇を噛んだ後、ボソリとつぶやいた。
「……悪かったな、花梨にも、お前にも。次は正々堂々と勝負すっから」
「うむ! その言葉、楽しみにしているぞ、ガッハッハ!」
大介は豪快に笑った。
「言ってろ。今度こそ吠え面かかせてやる」
伊藤も負けじと言い放ち、二人は熱い視線を交わして別れた。
大介の中に怒りの感情は残っていなかった。
伊藤の中にあった一流になれない自分への苛立ちと優秀な周囲への嫉妬は、少なからず共感できたからだ。
(彼はそれを認められずに自分を大きく見せようとした結果、マネージャーに高圧的な態度を取ったり、自己中心的なプレーをして周囲を見下していたのだろう。決して褒められた行為ではないが、もう大丈夫なはずだ)
大介はふっと笑い、優勝と昇格が確定してお祭り騒ぎになっているチームメイトの歓喜の輪の中に飛び込んだ。
「あの、金剛さん!」
トイレから戻ってくる途中、声をかけられた。大介は振り向いた。
明るいオレンジ髪を持つ少女が、少し緊張した面持ちで立っていた。
「花梨さん、だったかな?」
「そうです」
花梨が少し照れた様子でうなずいた。
「伊藤からは何もされていないか?」
「はい、大丈夫です!」
花梨は嬉しそうにうなずいた。
「伊藤君には謝ってもらいましたし、監督からも何かあればすぐに相談するように言われてますから、もう心配はありません」
「そうか。それなら一安心だ」
花梨はぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。それと、伊藤君が荒々しいプレーをしてしまってすみませんでした。お怪我はないですか?」
「うむ、問題ない。こちらこそすまなかったな。彼を煽るようなことをしてしまって」
大介が頭を下げると、花梨は慌てたように「いえいえ」と手を振った。
「とんでもないです。私から意識を逸らすためにわざとやったんでしょう? プレーを見ていればわかります。金剛さんは無意味に相手を挑発する人じゃないって」
「ふむ、それは少々美化のしすぎではないか?」
「いいんですよ。それで誰も不幸になってないんですから」
花梨はイタズラっぽい笑みを浮かべて、
「それとも、金剛さんは嫌ですか?」
「嫌ではないな。なんだかむず痒くはあるが」
「じゃあ、美化したままにしておきますね!」
花梨が花の咲いたような笑みを浮かべた。
まさに名が体を表したような明るい笑顔に、大介は見惚れてしまった。
そんな彼に気づいた様子はなく、花梨はまた頭を下げた。
「今日は助けていただき本当にありがとうございました。あの、私に何かできることはありますか? お礼がしたいです」
「ふむ……」
大介は顎に手を当てて考え込んだ。一つの妙案を思いついた。
「そのようなものを期待したわけではないが、ならば一つ、お願いしてもいいか?」
「私にできることならば」
「連絡先を交換してくれないか?」
「あっ、はい! もちろんいいですよ!」
花梨は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに嬉しそうにうなずいて慣れた手つきで携帯を操作した。
QRコードを読み取ると、大介の携帯に朝比奈花梨と表示された。
アイコンはオレンジと黄色の花だ。
彼女の雰囲気に合っているな、と思わず口元が緩む。
「ふむ、苗字は朝比奈というのか。なら、俺も朝比奈さんと呼んだほうがいいか?」
「あっ、いえ、花梨で大丈夫ですよ! むしろさんもいらないです」
「うむ。では花梨と呼ばせていただこう。花梨は何年生だ?」
「二年です」
花梨がピシッと二本の指を立てた。
「多分、金剛さんと同学年ですよね?」
「うむ。なら敬語はなしでいいし、そちらも大介で構わないぞ」
「本当? じゃあ、そうするね! ね、大介君って呼んでいいっ?」
花梨は勢い込んで尋ねた後、誤魔化すように照れ笑いを浮かべた。
大介は胸が高鳴るのを感じながら首を縦に振った。
「うむ、もちろんだ」
「ありがとう! それじゃあ、なんか他校の選手の人と仲良くなるのって変な感覚だけど、これからよろしくね」
「うむ。たまには連絡していいか?」
「もちろん! 私も大介君とは色々お話ししてみたいし……って、あっ、別に変な意味じゃないよ⁉︎」
花梨が顔を赤くして慌てたように付け加えた。
両手を大きくパタパタと振りながら、
「た、他校の人とお話しする機会なんてほとんどないし、咲麗の話も聞いてみたいって感じだからっ」
「うむ。そこは勘違いしていないから安心していいぞ。では、今日の夜にでも連絡させてもらおう」
「うん、わかった!」
花梨が大きくうなずき、はにかむように笑った。
「それじゃ、また夜にね~」
「あぁ。気をつけて帰るのだぞ」
「ありがとうっ、大介君もね!」
花梨は屈託のない笑みで大きく手を振った。
その背中が小さくなるまで見送ってから、大介は踵を返した。
死闘を制した後だというのに、その足取りは軽かった。
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