先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村

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第九章

第253話 志保の敗因

 録音は数十分に及んだ。
 実際にプレイをしているときの音声は除いた。いくら手だけとはいえ、全員が聞きたくもなかったし、聞かせたくもなかったからだ。

 それ以外の音声だけでも、志保しほ広川ひろかわ内村うちむらの男としてのプライドと欲望を巧妙にくすぐっていたことは伝わってきた。



如月きさらぎが戻ってきたら、また二人とも出場機会なしで終わっちゃうんじゃない?』
『それでいいの? ずっとあいつの陰に隠れてるままで』
『みんな、あいつの物珍しさと人当たりの良さに騙されてるだけだよ。実際、あいつがいないほうがチームのためになるんだから。あんたたちが頑張れば、咲麗しょうれいはもっと強くなるよ』
『それにね、二人が本気で頑張ってくれたら……私からご褒美、あげてもいいけど?』
『もっといいこと、したくない? ——もちろん、この作戦が成功したらの話だけどね』
『安心して。誰にも不自然には思われないわ。予定よりも早まりそうだった怪我の完治が、予定通りになるか、それより少し遅れるだけのことなんだから』



 彼女はまるでカルト宗教の教祖のように、挑発と誘惑というアメとムチ、そして共感や脅迫というスパイスを使って、たくみに敗北感を抱いていた彼らの負の心にうまくつけ込んだのだ。

「あいつはこのときの映像を隠しカメラで撮ってたんだっ……! それで俺たちは——っ」
「黙ってください」

 おそらくは自分を正当化しようとした内村を、香奈かなの鋭い声が遮った。

「いくら誘惑されて脅されていようと、あなたたちが巧先輩を害そうとしたことに変わりはありませんから」

 香奈の声は張り詰めた弦のように震えていた。
 怒りを飲み込もうとしても、言葉の端々にそれが漏れ出していた。

 音声の中では、広川と内村の巧に対する憎悪もうかがい知れた。
 いくら志保に焚き付けられたとはいえ、それが彼らの本心でもあるのだ。自らも襲われた彼女が不快感を覚えて当然だろう。むしろ、よく抑えているほうだ。
 ——それでも、広川と内村を怯えさせるには十分な圧を放っていたが。

「つーか、この中で志保は如月が一人で病院に行くところを狙えって言ってるよな。白雪しらゆきも付いて行った時点で、延期しようって話にはならなかったのか?」
「お、俺らはやめようって言ったんだ!」

 武岡たけおかの問いに、広川が声を震わせながら叫ぶように弁解した。
 焦点の定まらない視線を泳がせるその姿は、先生に叱られて涙目になりながら言い訳をする子供のようだった。

「でも、証拠もないし、白雪ともども脅しておけば大丈夫だって言われて……」
「ずいぶん適当ね」

 冬美ふゆみが吐き捨てるように言った。

「なんだか計画がチグハグですね。緻密なところと雑な部分が混在しているというか」

 巧の自問するようなつぶやきを皮切りに、それぞれが考え込むようなそぶりを見せた。

 重苦しい静寂を破ったのは武岡だ。
 嘲笑を浮かべて広川と内村を見ながら、

「でもまあ、これで志保が黒幕であることは確定したわけだが、よく録音なんて頭が働いたな」
「……前に如月にやられてたからな。一応やっておいたんだ」
「ハッ、皮肉なもんだな」

 武岡が鼻で笑った。
 この録音がなければ、志保を黒だと断定するのは難しかっただろう。

青山あおやま先輩は気づいていなかったのかしら?」
「志保は自分より下だと判断した人間は全員見下しているからな。そんな知恵はねえと思ってたんだろう」

 冬美の問いに、武岡は顎で広川と内村を示しながら言った。

「今回の襲撃が僕との関係の印象操作に比べて雑だったのも、万が一失敗しても自分との繋がりを示す証拠はないとタカを括っていたからかもしれませんね」
「だろうな。あいつの敗因は、他人をみくびりすぎたことだ」

 巧の言葉に、武岡は片方の口角を上げて軽く鼻を鳴らした。

「結局、西宮にしみや先輩宛のメッセージも青山先輩のものなのでしょうか?」
「おそらくな。あいつの家はまあまあな金持ちだから携帯を二台持ちしてても不思議じゃねえし、成功したら西宮に取り入るための足がかりにでもしようとしてたんだろう。まさか、西宮が誰かにこのメッセージを見せるなんて想像もしてねえだろうからな」
「……それ、ちょっと油断しすぎじゃないですか?」

 香奈が身を縮こまらせながら、遠慮気味につぶやいた。
 武岡の言葉に反応するのには躊躇いがあるのだろう。

「狂信者っていうのはそういうもんなんだよ。ああいうやつらは崇拝している対象なんて見ちゃいねえ。自分の理想を投影しているだけだ」

 武岡が吐き捨てるようにそう言ったとき、

「——お前たち!」

 野太い声が響いた。広川と内村がビクッと体を震えさせた。
 ——監督の京極きょうごくだった。

 巧は武岡を見た。元三軍キャプテンは首を振り、冬美に視線を向けた。

久東くとうが呼んでおいたのか?」
「はい。録画前に、愛美まなみ先輩に簡単な事情だけ説明しておきました」
「ハッ、お前も如月に劣らず用意周到だな」

 武岡の皮肉混じりの称賛を受け、冬美はなんとも言えない表情を浮かべた。



◇   ◇   ◇



「遅いっ……!」

 志保はベッドに仰向けになりながら、足を激しく上下させて苛立ちを発散していた。
 指先で髪を引っ張るようにいじりながら、一向にメッセージの着信を知らせる気配のない携帯を見つめて眉間にシワを寄せた。

「まさか、ひよったわけじゃないでしょうね?」

 彼女が腹を立てていたのは、広川と内村から一向に巧襲撃の結果報告が送られてこないからだった。

「私の計画に従っていれば、普通は失敗なんてあり得ないはずだけど……でも、あいつらが無能すぎる可能性もあるか。もしかしてミスってその言い訳でも考えてるとか? だとしたらマジでウザいんですけど」

 志保がそう吐き捨ててから間もなくして、連絡はきた。
 しかし、携帯に届いたわけでもなければ、広川と内村からの報告ですらなかった。

 ——ドンドン!

 志保の自室が荒々しくノックされた。

(うるさっ……)

 志保が忌々いまいましげに舌打ちをこぼしてから開けた扉の先には、彼女の母親が鬼のような形相で仁王立ちしていた。

「っ……」

 思わず息を呑んだ志保を、氷の刃のような鋭い眼差しと言葉が貫いた。

「明日の朝に理事長室に来るようにと、学校から呼び出しがあったわ。志保、何かやらかしたんじゃないでしょうね?」
「っ……!」

 志保の顔色が一瞬で青ざめた。
 言葉を失ってその場に立ち尽くす彼女は、足元から込み上げてくる震えを止められなかった。

「どう……して……?」

 死体のように血の気の失せた表情で、うわごとのようにつぶやいた。
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