先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村

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第十二章

第324話 これからもずっと

 予約していたイタリアンレストランに到着すると、柔らかな照明のもと、落ち着いた空気が広がっていた。
 カフェやゲームセンターのにぎやかさとは打って変わり、しっとりとした大人びた雰囲気だ。

「すごい……おしゃれですね。ちょっと緊張しちゃいます」

 香奈かなが周囲をきょろきょろと見渡しながら、小声でつぶやく。

「大丈夫だよ。わりとカジュアルなところだから。そうじゃないと僕も困っちゃうし」

 たくみが軽くウインクすると、香奈は一瞬きょとんとした後、頬を染めてふっと微笑んだ。

「ふふ、ありがとうございます」

 二人は予約した席に案内され、メニューを眺めながら相談する。

「何が食べたい? シェアするし、遠慮しなくていいよ」
「うーん……じゃあ、カルボナーラと、マルゲリータピザにします!」

 香奈が少し遠慮がちに、それでも嬉しそうに選ぶ。

「いいね。それにしよう」

 オーダーを済ませ、店の静かなBGMを背景に雑談をしていると、しばらくして料理が運ばれてきた。
 カルボナーラのクリームソースが湯気を立て、マルゲリータピザのチーズがとろりと溶けている。

「わぁ、おいしそう……!」

 香奈が目を輝かせるのを見て、巧はクスッと笑った。

「じゃあ、いただきます」
「いただきます!」

 それぞれフォークを手に取り、一口食べる。

「ん~、おいしいっ!」

 無邪気に頬を押さえながら、香奈は幸せそうに微笑む。
 その様子を見て、巧も思わず口元をほころばせた。

 少し経って、香奈がポツリとつぶやく。

「……こうやって二人でご飯食べるの、すごく楽しいですね」
「そうだね。香奈と一緒だと、よりおいしく感じるよ」
「ふふ、今日はなんだかキザですね?」

 香奈がくすっと笑いながら、目を細めた。
 巧はニヤリと口角を上げた。

「言ったでしょ? 格好つけさせてって」
「私も言いましたよ? 格好つけなくても巧先輩は格好いいって」
「二度目は効かないよ?」

 巧が余裕の笑みを浮かべると、香奈は悪戯っぽく目を細める。

「やっぱり、一度目は効いてたんですね?」
「……」

 墓穴を掘ったことに気付き、巧の表情がわずかに固まった。
 香奈は楽しそうにフォークをくるくる回し、得意げに微笑む。

「ふっふっふ。策士策に溺れるってやつですね」
「……わかった。僕の負けだ。コート上の監督の二つ名は香奈に譲るよ」
「そうすると先輩のお世話できなくなっちゃうので、つつしんで遠慮させていただきまーす」

 香奈が小さくピースをすると、巧は軽く肩をすくめた。

「そっか。それなら仕方ないね」
「はい! やっぱりお世話をするのが私の役目ですから」

 香奈がパチっとウインクを決めた。

「そうだね」

 巧はそう言ってふっと笑い、グラスを傾けた。



 食事を終えると、タイミングよくデザートプレートが運ばれてきた。
 可愛らしくチョコレートで「Happy Birthday Kana」と描かれている。

「わぁ……! かわいい……!」

 香奈が感動したように手を合わせた。

「誕生日だからね。ちゃんとお祝いしないと」
「ありがとうございます」

 香奈は幸せそうに微笑み、デザートを一口頬張った。

「ん~、これもおいしい……!」
「甘さ控えめでいい感じだね」
「はい、お腹いっぱいでも美味しく食べられます!」

 そんな風に談笑しながら、ゆっくりとデザートを楽しむ。
 やがて、香奈が最後の一口をフォークで口に運び、満足そうに微笑んだ。

「ごちそうさまでした! すっごくおいしかったです!」
「そっか。それならよかった」

 巧が柔らかく微笑むと、香奈はふと真剣な表情になり、彼をまっすぐに見つめた。

「巧先輩。今日は色々とありがとうございました。カフェもゲームセンターもすっごく楽しかったですし、こうして素敵なディナーまで……本当に、最高の誕生日です」

 香奈は少し照れくさそうにしながらも、巧から目を逸らすことなく、感謝の言葉を紡いだ。
 巧は優しく微笑んだ。

「喜んでもらえたなら、僕も嬉しいよ。でも——」

 巧はそっとポケットに手を差し入れた。指先に触れるひんやりとした感触に、胸の鼓動が速まる。

「——実はもう一つだけ、渡したいものがあるんだ」
「えっ?」

 香奈が驚いたように目を見張った。
 巧はポケットからゆっくりと手を引き抜き、香奈の前に小さなジュエリーボックスを差し出した。

「……えっ?」

 香奈が呆然とした表情で、巧と箱を見比べる。

「開けてみて」
「は、はい……わぁ……!」

 ためらいがちに蓋を開け、香奈は思わずといった様子で感嘆の声を漏らした。
 そこには繊細なデザインのシルバーリングが静かに輝いていた。シンプルながらも上品で、どんな場面でもつけられるようなデザインだ。

 しばし瞳を輝かせて指輪を見つめていた香奈は、ハッと息を呑んだ。
 ゆっくりと顔を上げ、おそるおそるといった様子で、問いかけてくる。

「た、巧先輩。これは……?」

 揺れるルビーのような瞳に映るのは、緊張と——かすかな期待の色。
 巧は小さく息を整え、香奈の顔を正面から見つめた。

「まだ高校生だから、正式なものじゃないし、立派なものもあげられないけど……僕の意思表示のようなものかな」

 巧は香奈の手をそっと包み込み、まつげを伏せる。
 覚悟を決めて顔を上げ、その意思を言葉にした。

「香奈。これからもずっと、僕の隣にいてほしい」
「っ……!」

 香奈の喉が震えた。

「大切なことだから、ちゃんと考えて、実はお父さんにも香奈のご両親にも相談したんだ。僕は、香奈と過ごす時間が大好きだし、これから先も一緒にいたいと思ってる。だから——この指輪を、僕の気持ちの証として受け取ってくれる?」
「っ……!」

 香奈が息を呑む音が、静かなレストランの中で微かに響く。
 彼女は目を瞬かせ、そっと唇を噛みしめた。指先が震え、胸元に手を添えるようにして息を整えた。

「……っ……」

 何かを言おうとしているのに、言葉にならないのか、震える唇が小さく開かれては閉じる。目元に滲む光が、揺れるキャンドルの炎を映した。
 巧は、息を詰めたまま、そのすべてを見つめていた。

「……ほんとに、ずるい……」

 やがて、香奈の口から震える声がぽつりとこぼれた。頬をつたう一筋の涙が、柔らかな光にきらめいた。
 けれど、それを拭おうともせず、彼女はくしゃりと幸せそうに笑った。

「ずるいくらい、嬉しいですっ……!」
「……っ、良かった」

 巧は安堵したようにひと息つくと、指輪をそっと手に取り、香奈の左手の薬指にはめた。
 まるで元々彼女のものであったかのように、ピタリと馴染んだ。

「すごい、サイズもちゃんと合ってる……」
「こっそり調べたからね」
「……ほんとに、巧先輩ってば……」

 香奈はもう、言葉にならないようだった。
 目を潤ませながら、そっと巧の手を握る。

「私も、ずっと……ずっと巧先輩と一緒にいたいです……!」

 声を震わせながらも、香奈ははっきりとそう言った。
 巧はそんな彼女に近づくと、そっと優しく抱きしめた。

「ありがとう、香奈」
「……っ、こちらこそ、ありがとうございます……!」

 どちらともなく顔を寄せ合い、唇を重ねる。
 ——もう、二人の間に言葉は必要なかった。



 レストランを出ると、夜の街に柔らかな灯りがともっていた。
 指輪を見つめながら微笑む香奈に、巧はそっと手を重ねる。

 香奈はすぐに力強く握り返し、巧を見上げてはにかむように笑った。

「巧先輩、本当にありがとうございますっ……一生、大切にしますね」
「ありがとう」

 そう小さくつぶやいて、巧は足を止めた。
 振り返る香奈の目を見て、言葉少なに、けれど確かな思いを込めて告げる。

「僕も、香奈を一生大切にするよ」
「っ……はい……!」

 息と詰まらせた香奈が、感極まったように飛びついてくる。
 巧はしっかり受け止めると、決して離さないとばかりに力強く抱きしめた。

「巧先輩——」
「香奈——」

 街灯の下で、二人の視線が交わり、その影が一つに重なった。
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