先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村

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第十二章

エピローグ

「ん……」

 香奈かながうっすらと目を開けると、自室とは異なる天井が視界に映った。
 自分がたくみのベッドで寝ていることは、すぐにわかった。

「……最高の誕生日だったなぁ……」

 香奈はポツリとつぶやいた。
 下腹部の奥に残るじんわりとした甘美な感覚、腕の中で眠るクマのぬいぐるみ、誕生日プレゼントとして買ってもらったお揃いのブレスレット。

 それら全てが宝物だが、やはり一番は——、

「んふふ」

 サイドボードに置いてあった銀色の指輪を左手の薬指に嵌め、香奈は一人笑みを漏らした。

 実はもう一つだけ、渡したいものがあるんだ——。
 レストランでそう言われて、巧がジュエリーボックスを差し出してきたときは、本当に驚いた。

「ブレスレットをもらって、ぬいぐるみも取ってくれて、あんなおしゃれなディナーにまで連れて行ってくれたのに、まだプレゼントがあるなんて思わないよ……」

 口に出すと、いかに至れり尽くせりであったかを、より強く実感した。
 愛おしさとともに、指輪をもらったときの光景が蘇る。

『香奈。これからもずっと、僕の隣にいてほしい』

 巧の熱のこもった視線と、まっすぐな言葉。
 それらを思い出すだけで、胸の奥がじんわりと暖かくなって、頬が緩んでしまう。

「本当に、夢みたいな時間だったなぁ……」

 カフェでの「恋人らしいこと」、プリクラでの不意打ちのキスに驚く巧の間の抜けた顔、クレーンゲームでぬいぐるみを取ってもらった際に「僕だと思って大事にしてね」とズルいことを言われたこと——。
 甘い思い出を振り返り、ニマニマと笑みを浮かべていた香奈は、ふと我に返った。

(でも、待てよ。冷静に考えると、私って昨日、プロポーズされたようなものだよね……⁉︎)

 巧も正式なものではないと言ってたし、彼なら然るべきときにまた素晴らしい贈り物をしてくれるのだろう。
 だが、それでも、将来の約束を交わしたことに変わりはない。

「ま、マジか……!」

 先程までとは違う意味で、心臓の鼓動が速くなる。
 ずっと一緒にいたいと言ってくれたこと。それを言葉だけでなく、形として示してくれたこと。もちろん、そのどれもが飛び跳ねたくなるほど嬉しい。

 だが、そんな喜びとは別に、香奈はある種の緊張感も覚えていた。
 それがなんなのかを言語化するのは難しいが、重圧のようなものを感じているのは事実だった。

「ん……」

 隣で身じろぎする気配に、香奈はパッと顔を上げた。

 巧がゆっくりと目を開けた。
 まだ眠たげな瞳が香奈を映し、次いで彼の視線がゆるやかに左手の薬指へと落ちる。銀色の指輪が朝の光を受けて、静かにきらめいた。

 彼はふっと微笑み、優しくささやく。

「おはよう」
「お、おはようございます……」

 なぜか緊張してしまい、香奈はベッドの上で正座をしていた。
 そんな彼女の様子を不思議そうに見つめながら、巧は軽く身を起こす。

「……どうしたの? そんなかしこまって」
「っ……」

 思わず指輪に視線を落としながら、香奈は唇を噛んだ。
 少し迷った後、素直に言葉を紡ぐ。

「私……巧先輩からこの指輪をもらったとき、すごく嬉しくて、本当に幸せで……。でも、それと同時に、『しっかりしなくちゃ』って思ったんです」

 指輪をそっと撫でながら、香奈は続ける。

「これって、ある意味で将来の約束……じゃないですか。だからこそ、私もちゃんと巧先輩にふさわしい人でいたいっていうか、もっと大人にならなきゃいけないのかなって……」

 言葉にしながら、自分でも改めて実感する。

「決して嫌とかじゃなくて、本当にすごく嬉しかったんです。でも……」

 うつむいた香奈の肩が、少しだけ小さく震えた。
 次の瞬間——。

 ふわりと、巧の腕が背中に回る。
 包み込むような温もりに、香奈は一瞬きょとんと目を瞬かせた。

「ありがとう、香奈」
「え……?」

 香奈が不思議そうに顔を上げると、巧はふっと笑いながら、そっと指輪ごと彼女の手を包み込んだ。

「それだけ真剣に向き合ってくれてるってことでしょ? だったら、彼氏としてこんなに嬉しいことはないよ」

 優しく、穏やかに、当たり前のように。
 巧の言葉が、香奈の胸の奥にじんわりと染み込んでいく。

「でも、僕は香奈にかしこまってほしくてこれを贈ったわけじゃないからさ」

 指に触れる巧の手のひらが、少しだけ力を込める。

「いつもみたいに、太陽みたいに明るくて、僕に元気をくれる香奈でいてくれると嬉しいな」
「っ……」

 香奈は小さく息を呑んだ。
 そう言われると、もう、どうしようもなく心が緩んでしまう。

「ね?」

 優しく包み込むような声色が、最後に残っていた緊張をやわらかく溶かしていく。
 ついに耐えられなくなり、香奈はデレデレと緩んでしまいそうな口元を隠すように、そっと顔を伏せた。

「っ……もう、巧先輩は……」
「ん、なに?」
「ズルすぎますよ、ホントに……!」
「あはは、ごめんね」

 巧がにっこりと笑いながら、頭をポンポンと撫でてくる。

 その優しい感触にまたニヤけてしまいながら、香奈はそっと息を吐いた。
 本当に、とんでもない人を好きになってしまったものだ。

(多分、これからもずっと、私はこの人に翻弄され続けるんだろうな……)

 ——その証拠が、自分の薬指に収まっている。
 それがたまらなく、嬉しい。

「香奈?」

 頭上から巧の不思議そうな声が聞こえる。
 香奈は顔を上げると、そのままの勢いで巧の首元にかじりついた。

「な、なに?」

 驚いたように目をぱちぱちと瞬かせる巧を見上げ、とびっきりの笑みを向ける。
 胸の奥から溢れる想いを、今度は素直に口にした。

「巧先輩、大好きです!」
「っ……」

 巧が目を見開く。息を呑んだ彼の口元が、ゆっくりと緩みかけた、その瞬間——。
 香奈の鼻に、ふわりと巧の匂いが広がる。

「——僕も大好きだよ、香奈」

 甘くて優しい声が、まるで脳内に直接響いたみたいに、全身に広がっていく。
 暖かさにすっぽりと包まれながら、香奈はふっと力を抜いた。

(……これでいいんだ)

 そうだ。何も不安になることはない。
 巧は、今までのありのままの香奈を愛して、一緒にいたいと望んでくれたのだから。

(だったら、私もこれまで通り、巧先輩に甘えて、巧先輩を支えられるように頑張ればいいんだ)

 胸の中で、何かがすとんと落ちた気がした。
 窓から差し込む朝の日差しのような、ぽかぽかとした幸せを噛みしめながら、香奈はそっと巧の胸元に頬を寄せた。



◇   ◇   ◇



 その日、部活を終えて学校から帰宅すると、香奈は早速指輪をつけてデレデレして——いなかった。

「なんでかがり先輩とあの自己中お子様王子が選ばれて、巧先輩が選ばれないんですかぁ⁉︎」

 デレデレどころか、大層ご立腹だった。巧がサッカー世代別代表の合宿に招集されなかったからだ。
 咲麗しょうれいからは誠治せいじと自己中お子様王子——もといまことの二人のみが選ばれていた。

「選手権を半分欠場してたのにアシスト王で、ベストイレブンですよ⁉︎ しかもより相手が強くなった準々決勝からの参戦だったのに!」
京極きょうごくさんも言ってたけど、フィジカルレベルが低くて、最近まで怪我もしてて、数ヶ月前まで三軍にいた選手を招集するのは難しいよ」
「それは、そうですけど……」

 香奈は唇をギュッと結び、不満げに眉を寄せた。
 言葉にはしなかったが、その瞳に滲む悔しさが、何よりも彼女の心情を素直に物語っていた。

 巧は穏やかに微笑んで、そっと彼女の肩を引き寄せた。

「ありがと。香奈がそう言ってくれるだけで十分だよ」

 優しく囁くと、そのままふわりと抱きしめた。
 そっと引き寄せるようにして、唇を寄せた。

「ん……ん……」

 深くはしない。
 ただ、お互いの存在を確かめるように、触れるだけのキスを繰り返す。

 唇を離すと、香奈はほんのり頬を染めつつも、巧にジト目を向けた。

「……なんか、甘やかして丸め込もうとしてません?」

 不満そうに唇を尖らせる彼女の頬を撫でながら、巧は微笑んだ。

「まさか。ただ、僕のために怒ってくれる可愛い女の子を愛でてるだけだよ」
「っ……!」

 香奈はじわじわと顔を赤らめ、口元を緩めながらも、なおも拗ねたように言う。

「……やっぱり、丸め込もうとしてます」
「そんなことないよ?」

 巧はくすっと笑いながら、今度は香奈の頭を軽く撫でた。
 彼女は抵抗するでもなく、そのまま身を委ねるように目を伏せた。

「でも——」

 巧が真剣な表情でそう切り出すと、声色の変化に気づいたのか、香奈がハッと顔を上げた。
 二人の視線が交差する。

「落選理由に納得してるだけで、諦めるつもりは全くないからね。これからもチャンスはあるし、道はいくらでもあるんだから」

 巧は香奈の手をそっと取って、優しく指を絡めた。
 指輪が夕陽を反射し、キラリと輝く。

「どの道に進むのかは、まだわからない。でも、いくつかの大学は興味を持ってくれてるみたいだし、まだ一年間のアピールチャンスもある。僕みたいな選手はプロ入りや代表入りが厳しいこともわかってるけど、本気でそこまで行くつもりだから」

 巧の声は落ち着いていたが、その奥には揺るぎない決意が宿っていた。
 香奈の指を少しだけ強く握る。

「だから、これからも支えてくれる?」

 香奈はわずかに目を見開いた。
 けれど、すぐにふっと微笑み、力強くうなずいた。

「——もちろんです」

 そう言って、巧の手をギュッと握り返した。
 短いけれど、一切の迷いも感じられない、力強い言葉だった。

「ずっと一緒にいる。そう決めましたから」

 香奈はふわりと笑った。その笑顔は太陽のように暖かく、柔らかく、全てを包み込むようだった。
 ——巧をまっすぐ見つめる彼女の左手の薬指には、銀色の指輪が光り輝いていた。





————————





ここまで長々とお付き合いいただき、誠にありがとうございました! これにて本編は完結となります!

正直、書き始めたときは「まあ、そこそこの長さで終わるだろう」なんて軽く考えていたのですが、気づけばこのボリュームに……。まさかここまでの長編になるとは、自分でも驚いています(笑)。

最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!皆様の応援のおかげで楽しく書き続けることができました。執筆の励みになり、更新のたびに反応をいただけるのも本当に嬉しかったです!

さて、完結とはいえ、まだ語り足りない部分もあるので、せっかくの記念として、本編には入れられなかった小話を今後いくつか投稿する予定です。もう少しだけ、この世界を楽しんでいただけたら幸いです!

改めまして、これまで本当にありがとうございました!
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