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第3話 魔法を使いながら刀を振る

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 しばらくはベゼルの指示通り歩くことにした。
 そして、その途中でいろいろと質問することにした。

「実はこの場所で目覚めてから、空気が気味悪いように感じるのですが、これを吸っていても大丈夫なのでしょうか?」

『大丈夫だ。おまえに違和感があるのは、この辺の大気中に魔素が含まれているからだ。お前は以前人族だったようだが、その時の感覚のせいで、今気持ちが悪いのだろう。ただ、今のお前はもう人族ではない。そのうち慣れるはずだ』

「魔素は体に悪くはないのですか?」

『悪くない、というか俺達の栄養源だ。魔族でも中位種以上なら、それを吸うだけで魔力が回復する。ただ、今のお前は魔素を吸っても魔力が回復しない。今のお前はおそらく魔族の下位種の強さだろう。そのレベルの魔族は、魔核かあるいは魔素を含んだ野生動物の肉を食べることでしか、魔力は回復しないはずだ』

「じゃあ、魔族か野生動物かのどちらかを見つける度に、殺さなければいけないのですか?」

『そうなるな。お前がもう少し強ければ、魔石等からも栄養補給できるだろうが、今のお前では消化できない。体調を崩してしまうだろう。どちらにしても魔核を奪って、腹を張らしつつ、強さを向上させるしかない。でないと、人族の国へ行く前に力尽きるだろう。人族の国へ行く途中で、強い種族の縄張りを通過しなければいけないかもしれない。ある程度の強さが必要になる』

 いろいろと面倒な体になってしまったようだ。ただ、話を聞いていると、このベゼルという奴はそれほど悪い人格にも思えない。というか、最初会った時は、こちらを随分と見下している感じがしたが、何故か僕の名前を名乗ってからは、妙に親しげに話してくるような感じがする。何か思うところがあるのだろうか?

「あと、魔法が使えるって話ですが、これについて教えてください」

『今のお前が使える魔法はおそらく四種類だ。火・風・氷・土だな』

「今、試してみていいですか?」

『やってみろ。ただ、試すのは風だけだ。それ以外は使うな』

「どうしてですか?」

『お前の膂力は相当のものだ。単に力で相手を切るだけでも、当面は勝てるはずだ。お前が相手の懐に風魔法で一瞬で飛び込んで、相手を切れば勝負は決まる。
 わざわざ、火や氷を使う必要は無い。昨日、お前は火を使う魔族と遭遇したが、あの火の早さを見ただろう。あれを使ったところで意味があるわけじゃない。当面は切ることに集中しろ』

「風以外は試してもいけないんですか?」

『魔力の無駄だから使うな。お前は昨日、魔核を一つ食ったが、今のお前では火・氷・土の魔法をバンバン使っていれば、あっという間に魔力切れを起こす。風魔法を足に使って、思いっきり踏み込むだけで、相手の懐に簡単に入ることができるはずだ。一番魔力の消費が少なくて済む』

 なるほど、と思う。どちらにしても一度は試さなければいけない。 

 それにしても周囲の風景はやはり気持ち悪い。

 変な木ばかりだし、地面も土はほとんどなくて、石ばかりだ。この辺りに生えている木は、地面から水を吸い上げているわけじゃないのだと思う。
 そうでなければ、こんな石ばかりの場所で木が生きていけるわけない。

『この木は何なんですか? この世界ではどの木もこんな風に幹が動くんですか?』

「お前の世界の木がどういうものかは知らないが、この世界の木もこういうものばかりではない。この木は、通常の木が魔素で汚染されて進化しかかっているものだ。今はまだ移動しないが、もう少しするとこの中のいくつかの木は動き出す」

「えっ? 木が動き出すんですか?」

『そうだ。単に日当たりがいい場所を求めたり、あるいはもっと魔素濃度が高い地域を求めたりして、移動し始める。根が足の様になって動いていく感じだな。種類にもよるが、他の生物を襲って食べようとする木も出てくる』

 おいおい、何を訳分からん事言ってるんだ……。

「じゃあ、この木には触らない方がいいんですね?」

『いや、まだ触っても大丈夫だ。見た感じでは、魔素の影響によって進化しきるのに相当時間が掛かると思われる。本当に危険なのは、既に幹に大きな目がある。それを見たら注意しろ』

 本当かよ……。訳分からんけど、とにかく目がある木に注意しないと。
 それに昨日のことがあるから、魔族にも注意しないといけない。
 ただ、この体はかなり筋力もあるし、人に比べればかなり防御力もありそうな気がするけど、警戒はしないとなぁ。
 歩いているだけでビクビクしてしまう。
 刀は既に鞘から抜いてあって、いつでも戦闘できるようにはしているけど、怖いぜ……。

 ただ、歩いているとまるでゲームの世界のようにも感じる。
 ゲームでは、広い場所で剣や斧を持ってモンスターを倒す、というものはそれなりに多い。
 自分もその手のゲームをやってきたが、いざ、実際そんな世界の中に放り込まれてしまうと、必ずしも嬉しいわけじゃないことに気づいた。
 やっぱり、死なない安心感が欲しい……。

 しばらく歩いていたが、森の中でやや開けた場所に出た。
 広さは直径三十メートルくらいの円形だろうか。大きい石が一枚で出来たような円形の場所だった。
 こういう場所だから、木が根を張れないのだろうか?

 ベゼルに聞いてみることにする。
「この場所は開けています。ここで、魔法の練習をしてもいいでしょうか?」

『周囲から丸見えになるから、あまり良くはないが、ただ、魔法を使って相手の懐に飛び込む練習だけはしておかなければいけない。ここで少しやってみろ』

「どうやって、魔法を使うのですか?」

『おそらくお前は俺と若干だが、魔法回路が繋がっている。単にイメージするだけで使えるはずだ。足に力を入れて、足先から強い風を送り出すようなイメージをしてみろ』

 言われた通りにやってみることにした。

『ただ、あまり強くイメージしすぎるな。下手すると、遠くへ飛びすぎるかもしれない』

 なるほど。適当にやってみるか。

 刀は鞘から抜いたままで、姿勢を少し下げてみた。
 刀は何かあった時のために持っておきたい。本当は鞘に納めた方がいいのだろうが。

 足先に力をいれて、足の裏から風が吹き出すのをイメージする。
 次の瞬間だった。物凄い勢いで前方に跳んでいた。
 慌てて姿勢を正して、踏ん張ろうとした。
 が、転んでしまった。

『まぁ、最初はそんなもんだ。上出来だ』

 そうなのか。よく分からないが、周囲を見ると、一瞬で十メートルくらい移動していたようだ。
 驚くが、なんとなく面白くなってきた。

 本当にゲームの中の世界みたいだ。
 多分だが、この踏み込みで相手に斬り掛かれば、ゲームの世界みたいな無双ができるのではないかと思い出した。

 起き上がって、もう一度試してみることにする。

 腰を落として、足に力を入れてみた。

 ――ドン――

 一瞬で、自分が加速するを感じる。

 ただ、今回は前をキチンと見ることが出来ているし、着地するタイミングも感覚的に分かった。
 そして、着地すると同時に刀を振りぬいてみた。

 ――ボン―― 

 刀を振りぬいた瞬間に大きい音がする。周囲には衝撃波が広がっていくのを感じた。

 これは、結構面白いかもしれない。もっと試したくなった。

 この後、三回ほど試してみたが、どうも十五メートルくらい先まで飛ぶのは出来ないらしい。
 最後の方は速度が落ちて、中途半端な攻撃になりそうだ。このダッシュ斬りの射程は十メートルくらいか。
 この間合いだけはしっかりと覚えておかねばいけない。

 あと、この体になってから動体視力や運動神経も向上しているようだ。
 なんだか動いている物が以前に比べてゆっくりと見える気がする。
 あと、体の感覚が機敏になっているのを感じる。たしかにベゼルの言う通り、人族よりは今の体の方がこの世界では有利なようだ。

 その時だった。やや遠くで動く音のようなものを感じた。

 多分、人なら気づかないような音だろうと思う。
 感覚が鋭くなっているから気付けた。

「ベゼルさん、何かが近づいてきます」

『そうだな。お前にも分かるか。一旦隠れろ』

 言われた通りにすることにした。周囲にある木の中で、幹に目が無いのを確認した木の陰に隠れることにする。
 しばらく待っていると、そこにイノシシのような生き物が現れた。
 ただ、角が四本と目が三つある。どう見ても普通じゃない……。

『今やった練習の成果として、あれを倒してみろ。それに今のお前なら、あれを倒して捕食した方がいい。魔力の回復を図れるはずだ』

 ベゼルには返答をしなかった。ここで喋るとあのイノシシに気づかれる恐れがあった。
 ただ、ベゼルに言われた通りにしてみようと思う。

 イノシシは、自分が先ほどまでいた場所でしばらく匂いを嗅いでいたようだ。
 多分、あの場で音を立てていたから、それに気づいて様子を見に来たのだろう。
 しばらく様子を窺っていると、イノシシはきびすを返して、元来た道へ帰ろうとした。

〝ここだ〟

 そう思って、足に力を入れる。

 木の陰に隠れていたが、いつでも斬りかかれるような態勢を取っていた。
 今なら相手との距離は十メートル弱だ。間に合うはずだ。

 一気に相手のところまで飛ぶ。

 が、相手の下へ飛び込む瞬間、イノシシがそれに気づいたのか、急に走りだした。

 届かない。
 加速が落ちていく。
 と同時に、イノシシが急に向きを変えてこちらを見てきた。

 そして、こちらへ向かって突進してきた。

 うっ、マズイ。

 ただ、イノシシは直進しかできない、という話を思い出した。
 今度は足に軽めに力を入れて、横に跳んだ。
 着地しながら、イノシシを見る。相手はすぐに止まれそうにない。やはり猪突猛進か。

 ならば、今度こそ。
 一気に足に力を込めて斬りかかった。
 今度は相手との距離は五メートルくらいだ。

 ――ズザザ――

 斬り込んだ後に、急激に足で踏ん張ったために、足を引きずるような音がした。
 振り返ってイノシシを見てみる。

 イノシシは綺麗に二つに割れていた。上半身と下半身、という感じだ。
 前回の魔族の時と違って、なるべく水平に綺麗に刀を振ったつもりだった。

 力任せに切れば、叩き潰すこともできるのだろうが、できれば、今回は綺麗に倒したかった。食用にしたかったからだ。

 近くに寄ってみる。
 血が辺り一面に飛び散っていて、また、その血の匂いがひどい。
 やはり、いい気分はしない。が、これに慣れていくしかないのだろう。

「ベゼルさん、倒しました。どうやって捕食すればいいのですか?」

『適当に肉を細かく切って口に運べ。それで捕食できる』

 言われた通りにしてみた。肉を刀で切り分けて、口の近くに持っていった。
 匂いがひどいので、鼻で息をしないようにして口へ近づける。

 すると、不思議なことが起こった。
 食べようとした瞬間に、肉が小さくなって、自分の口に吸い込まれていった。
 何か舌の上に乗ったような感触があったが、一瞬でその感覚も無くなった。
 同時に、若干だが、空腹が満たされたような感覚がある。魔核を食べた時と同じだ。

『それらは野生動物が魔素の影響で、進化しかかっている生き物だ。肉自体に魔素が含まれている。魔素は魔力の源だ。お前は魔法を使って、魔力を消費する度に、その不足分を魔核かあるいはそのような生き物で補わねばならない』

 そういうことか。本当にゲームのような世界だ。
 正直、血が飛び散ることや血の匂いは勘弁してほしいが、それ以外は本当にゲームと同じ感覚で良さそうだ。

『食べたら、この場をすぐに離れろ。血の匂いで他のモンスターが寄ってくるかもしれない。囲まれたらやっかいだ』

 そう言われて、慌てて残りのイノシシを食べようとする。

 ただ、口を近づけるだけであっという間に食べてしまうので、時間はそれほど掛からない。

 それから、刀を握りしめたままで、その場を離れることにした。
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