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第24話 別れの時
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いつもの様にダンジョン探索をし終えた日の事だった。
カルディさんが僕に話があると言って、僕を呼び出した。
カルディさんは困惑したような表情をしている。
「実は、先ほどリーシャさんから、私たちが人族の国に行く予定日について相談された」
嗚呼、と思った。
リーシャは、人族の国へ僕達と一緒に行けると思っているのだ。
が、それは……。
「ええ、彼女は僕と出会った時から、ずっと人族の国へ行くのを楽しみにしていたようです。ただ、僕としては、彼女を一緒に人族の国へ連れて行くべきではないと考えています」
カルディさんは頷いた。
「同感だ。てっきり君を見ていると、彼女を連れて行くつもりだと思っていたが、そうではないようだね。リーシャさんのお婆さんからも私は相談を受けているが、正直、リーシャ君が私たちの旅に付いてくるのは危険だと思う」
「僕も反対です。彼女はこの島に置いていくべきでしょう」
「ただ、君はそれでいいのかい? 彼女と随分と親しくしているようだったが」
「彼女と一緒にいると楽しかったのは事実です。しかし、彼女の身に危険が及ぶことが分かっている旅に、彼女を連れて行くつもりはありません。残酷ですが、彼女には嘘を付こうと思っています」
「嘘?」
「はい。カルディさんとファードスさんにお願いしたいのですが、僕達が人族の国を目指す出発予定日についてですが、リーシャには僕から嘘の日程を伝えます。そして、僕達はその出発予定日の前に、この島を出るべきだと思います」
「それは彼女を傷つけることになるよ?」
「分かっています。しかし、彼女の意思は固いです。何度か彼女を説得したことがあったのですが、ダメでした。もう、彼女に黙って僕達だけで出発するしかないと思います」
カルディさんは僕の言葉を聞いてしばらく考えていた。
が、僕の方を見据えて、こう言ってきた。
「私はリーシャさんのお婆さんとも繋がりがある。正直、リーシャさんを丁寧に説得したいところではあるが、ただ、君があれほど一緒にリーシャさんといて、その君がそう云うならそれに従おう。彼女には嘘の日程を伝えることにしよう」
「申し訳ありません」
僕はそう言って、カルディさんに頭を下げた。
************
カルディさん達との取り決めで出発予定日は二か月後という事になった。
リーシャには三か月後が出発予定日だと伝えてある。
出発予定日を長めしたのは理由がある。
彼女と一緒に過ごす時間を多くしたかったわけではない。
僕はカルディさんと出発予定日を決めた日から、毎晩深夜までやろうと決めたことがあった。
ダンジョンから家に帰還後、リーシャが疲れて寝ている時にやっておかねばいけないことがあった。
本棚にある各種書籍の解説だ。
リーシャはこの島に置いていく。
ただ、リーシャは勉強がしたいようだ。
しかし、本棚にある本は彼女の基礎知識では理解できない面も多い。
だから、その手助けになるように、本にさまざまな書き込みをしていく。
原本じゃなくて、複写ということだし、まあ、勝手に書き込んでもいいと思った。
普段もリーシャに勉強を教える時には、本に書き込みはしているし、今までも、誰も読まずに放置されていたみたいだ。リーシャの両親も、リーシャ本人のためならば、本に書き込むのを許してくれるはずだ。
彼女の知識の理解速度は早かった。
彼女達も高校を出ていて、当然知識は持っていたが、知識の偏りはどちらかと云えば文系という感じだろうか。
文学や、羽翼種の歴史、各種の法体系、あとは魔法の術式と云ったことを勉強していたが、彼女たちの知識はあまり理系分野の知識ではなかった。
ただ、もちろん彼女達の一部にはそのような分野を勉強している者達がいる。
しかし、その人たちはこの世界では少数派の様だ。
また、彼女に勉強を教えていて分かったことだが、この世界では魔法を使うに当たって、数字を使った方法でアプローチすることでより高度な魔法を使うことができるようだ。
リーシャに数学や物理等を教えていたら、彼女の移動速度は以前よりも早くなっていた。
無意識なのだろうが、魔法を使う時の術式の描き方に向上が見られるようだ。
これを知って、セリサやビルドも一緒に僕から勉強を習うようになっていた。
彼らも飛行速度だけでなくて、その他の魔法も向上しているようだった。
リーシャはビルドやセリサにも人族の国へ自分が行きたいという事を伝えていないようだ。
言っても理解されないし、僕と同じように、ビルドやセリサに心配を掛けたくないのだと思う。
今、僕はリーシャの父親が所有していた本に書き込みをしているが、これはリーシャのためだけではない。
僕がいなくなった後、ビルドやセリサの役にも立つはずだ。
そう思って、時間の許す限り睡眠時間を削って、本に説明を書き加えていった。
*********
リーシャはある日、マサキの部屋を掃除していて気づいた。
本棚の様子が変だ。
マサキは命の恩人だし、また、自分に勉強を教えてくれている。
何かしてあげられるわけじゃないが、せめてと思って部屋の掃除をすることにした。
マサキが部屋にいない時を見計らって掃除をしていた。
本人に部屋を掃除させてくれ、というと〝自分でやる〟というので、こっそり部屋に入って掃除する。
が、その時、本棚の異変に気付いた。
マサキが触ったことのないはずの本に誰かが触れた形跡があった。
本棚から少しズレていた。
おかしいと思って、本を開いてみると、マサキの字で書き込みがしてあった。
深夜、マサキが何かをしているのには気づいていたが、これを見た瞬間にマサキが何をしていたのか分かった。
ただ、不思議に思う。
どうしてマサキはこのことを自分に隠しているのだろう?
本に書き込みをするなら所有者に確認をとるはずだ。
ところが、勝手に本に書き込みをしている。
しかし、この書き込みは明らかに自分へ向けて書かれたものだ。
……。
そこまで考えて気付いた。
――マサキは自分を置いて、人族の国へ行こうとしている
だから、その後、私が困るであろうことを見越して、本に書き込みをしているのだろう。
どうしよう……。
なんとかマサキに人族の国へ一緒に連れて行ってもらいたい。
何か考えないと。
きっと、今から一か月後に人族の国を目指すと言っていたが、あれは多分、嘘だろう。
もう、カルディさんやファードスさんと話は付いているはずだ。
もしかするとお婆ちゃんにも既に話しているかもしれない。
――いや、お婆ちゃんの様子からそれはないか。
お婆ちゃんは、マサキがいなくなると知ったら、きっと悲しむ。
多分、表情で私には分かる。
しかし今のお婆ちゃんは楽しそうだ。
マサキは私にバレないために、お婆ちゃんにもギリギリまで出発日を知らせないつもりだ。
……。
何か手を打たないと……。
*************
僕はいつもの様に、夜になって本棚から本を引っ張り出して、書き込みを繰り返していた。
リーシャために残してやらねばいけない。
そう思って、部屋で作業をしていると、部屋をノックする音が聞こえてきた。
慌てて本をベッドの下に放り込んで、ドアに向かって〝どうぞ〟と伝えた。
リーシャが入って来た。
今日も勉強を教えて欲しいのだろう。
ただ、何故かいつもよりスカートが短くて、上の服も露出が多い。
僕は若い男なんですが……。
そう思うが、リーシャに邪な気持ちを抱くわけにはいかない。僕は変態じゃない。
いつものようにリーシャに勉強を教えていく。
すると、いきなり勉強と関係ない脈絡で、リーシャがこちらを見据えてきた。
なんだろう?
怒っているようにも見える。
「人族の国へ行く本当の予定日はいつですか?」
あ、バレてる……。
「いや、リーシャに伝えた通りだよ。一か月後だよ」
無理かと思ったが、澄ました顔をして答えた。
ここで本気でシラを切るつもりなら、〝え?〟と驚いた顔をして、リーシャを翻弄するのが正解だろう。
ただ、僕にはそれが出来なかった。
理由はよく分からない。
リーシャは無表情でこちらを見ている。
すると、リーシャはスッとこちらへ体をさらに近寄せてきた。
それを見てから、彼女の表情を見た。
ああ、そういうことか。
ここで自分はどうするのが一番いいのだろう?
すぐに答えへ行き着く。
やりたくはないが、何を選択するのが一番いいのかは分かっていた。
彼女のためを思って〝それ〟を実行に移すことにした――。
カルディさんが僕に話があると言って、僕を呼び出した。
カルディさんは困惑したような表情をしている。
「実は、先ほどリーシャさんから、私たちが人族の国に行く予定日について相談された」
嗚呼、と思った。
リーシャは、人族の国へ僕達と一緒に行けると思っているのだ。
が、それは……。
「ええ、彼女は僕と出会った時から、ずっと人族の国へ行くのを楽しみにしていたようです。ただ、僕としては、彼女を一緒に人族の国へ連れて行くべきではないと考えています」
カルディさんは頷いた。
「同感だ。てっきり君を見ていると、彼女を連れて行くつもりだと思っていたが、そうではないようだね。リーシャさんのお婆さんからも私は相談を受けているが、正直、リーシャ君が私たちの旅に付いてくるのは危険だと思う」
「僕も反対です。彼女はこの島に置いていくべきでしょう」
「ただ、君はそれでいいのかい? 彼女と随分と親しくしているようだったが」
「彼女と一緒にいると楽しかったのは事実です。しかし、彼女の身に危険が及ぶことが分かっている旅に、彼女を連れて行くつもりはありません。残酷ですが、彼女には嘘を付こうと思っています」
「嘘?」
「はい。カルディさんとファードスさんにお願いしたいのですが、僕達が人族の国を目指す出発予定日についてですが、リーシャには僕から嘘の日程を伝えます。そして、僕達はその出発予定日の前に、この島を出るべきだと思います」
「それは彼女を傷つけることになるよ?」
「分かっています。しかし、彼女の意思は固いです。何度か彼女を説得したことがあったのですが、ダメでした。もう、彼女に黙って僕達だけで出発するしかないと思います」
カルディさんは僕の言葉を聞いてしばらく考えていた。
が、僕の方を見据えて、こう言ってきた。
「私はリーシャさんのお婆さんとも繋がりがある。正直、リーシャさんを丁寧に説得したいところではあるが、ただ、君があれほど一緒にリーシャさんといて、その君がそう云うならそれに従おう。彼女には嘘の日程を伝えることにしよう」
「申し訳ありません」
僕はそう言って、カルディさんに頭を下げた。
************
カルディさん達との取り決めで出発予定日は二か月後という事になった。
リーシャには三か月後が出発予定日だと伝えてある。
出発予定日を長めしたのは理由がある。
彼女と一緒に過ごす時間を多くしたかったわけではない。
僕はカルディさんと出発予定日を決めた日から、毎晩深夜までやろうと決めたことがあった。
ダンジョンから家に帰還後、リーシャが疲れて寝ている時にやっておかねばいけないことがあった。
本棚にある各種書籍の解説だ。
リーシャはこの島に置いていく。
ただ、リーシャは勉強がしたいようだ。
しかし、本棚にある本は彼女の基礎知識では理解できない面も多い。
だから、その手助けになるように、本にさまざまな書き込みをしていく。
原本じゃなくて、複写ということだし、まあ、勝手に書き込んでもいいと思った。
普段もリーシャに勉強を教える時には、本に書き込みはしているし、今までも、誰も読まずに放置されていたみたいだ。リーシャの両親も、リーシャ本人のためならば、本に書き込むのを許してくれるはずだ。
彼女の知識の理解速度は早かった。
彼女達も高校を出ていて、当然知識は持っていたが、知識の偏りはどちらかと云えば文系という感じだろうか。
文学や、羽翼種の歴史、各種の法体系、あとは魔法の術式と云ったことを勉強していたが、彼女たちの知識はあまり理系分野の知識ではなかった。
ただ、もちろん彼女達の一部にはそのような分野を勉強している者達がいる。
しかし、その人たちはこの世界では少数派の様だ。
また、彼女に勉強を教えていて分かったことだが、この世界では魔法を使うに当たって、数字を使った方法でアプローチすることでより高度な魔法を使うことができるようだ。
リーシャに数学や物理等を教えていたら、彼女の移動速度は以前よりも早くなっていた。
無意識なのだろうが、魔法を使う時の術式の描き方に向上が見られるようだ。
これを知って、セリサやビルドも一緒に僕から勉強を習うようになっていた。
彼らも飛行速度だけでなくて、その他の魔法も向上しているようだった。
リーシャはビルドやセリサにも人族の国へ自分が行きたいという事を伝えていないようだ。
言っても理解されないし、僕と同じように、ビルドやセリサに心配を掛けたくないのだと思う。
今、僕はリーシャの父親が所有していた本に書き込みをしているが、これはリーシャのためだけではない。
僕がいなくなった後、ビルドやセリサの役にも立つはずだ。
そう思って、時間の許す限り睡眠時間を削って、本に説明を書き加えていった。
*********
リーシャはある日、マサキの部屋を掃除していて気づいた。
本棚の様子が変だ。
マサキは命の恩人だし、また、自分に勉強を教えてくれている。
何かしてあげられるわけじゃないが、せめてと思って部屋の掃除をすることにした。
マサキが部屋にいない時を見計らって掃除をしていた。
本人に部屋を掃除させてくれ、というと〝自分でやる〟というので、こっそり部屋に入って掃除する。
が、その時、本棚の異変に気付いた。
マサキが触ったことのないはずの本に誰かが触れた形跡があった。
本棚から少しズレていた。
おかしいと思って、本を開いてみると、マサキの字で書き込みがしてあった。
深夜、マサキが何かをしているのには気づいていたが、これを見た瞬間にマサキが何をしていたのか分かった。
ただ、不思議に思う。
どうしてマサキはこのことを自分に隠しているのだろう?
本に書き込みをするなら所有者に確認をとるはずだ。
ところが、勝手に本に書き込みをしている。
しかし、この書き込みは明らかに自分へ向けて書かれたものだ。
……。
そこまで考えて気付いた。
――マサキは自分を置いて、人族の国へ行こうとしている
だから、その後、私が困るであろうことを見越して、本に書き込みをしているのだろう。
どうしよう……。
なんとかマサキに人族の国へ一緒に連れて行ってもらいたい。
何か考えないと。
きっと、今から一か月後に人族の国を目指すと言っていたが、あれは多分、嘘だろう。
もう、カルディさんやファードスさんと話は付いているはずだ。
もしかするとお婆ちゃんにも既に話しているかもしれない。
――いや、お婆ちゃんの様子からそれはないか。
お婆ちゃんは、マサキがいなくなると知ったら、きっと悲しむ。
多分、表情で私には分かる。
しかし今のお婆ちゃんは楽しそうだ。
マサキは私にバレないために、お婆ちゃんにもギリギリまで出発日を知らせないつもりだ。
……。
何か手を打たないと……。
*************
僕はいつもの様に、夜になって本棚から本を引っ張り出して、書き込みを繰り返していた。
リーシャために残してやらねばいけない。
そう思って、部屋で作業をしていると、部屋をノックする音が聞こえてきた。
慌てて本をベッドの下に放り込んで、ドアに向かって〝どうぞ〟と伝えた。
リーシャが入って来た。
今日も勉強を教えて欲しいのだろう。
ただ、何故かいつもよりスカートが短くて、上の服も露出が多い。
僕は若い男なんですが……。
そう思うが、リーシャに邪な気持ちを抱くわけにはいかない。僕は変態じゃない。
いつものようにリーシャに勉強を教えていく。
すると、いきなり勉強と関係ない脈絡で、リーシャがこちらを見据えてきた。
なんだろう?
怒っているようにも見える。
「人族の国へ行く本当の予定日はいつですか?」
あ、バレてる……。
「いや、リーシャに伝えた通りだよ。一か月後だよ」
無理かと思ったが、澄ました顔をして答えた。
ここで本気でシラを切るつもりなら、〝え?〟と驚いた顔をして、リーシャを翻弄するのが正解だろう。
ただ、僕にはそれが出来なかった。
理由はよく分からない。
リーシャは無表情でこちらを見ている。
すると、リーシャはスッとこちらへ体をさらに近寄せてきた。
それを見てから、彼女の表情を見た。
ああ、そういうことか。
ここで自分はどうするのが一番いいのだろう?
すぐに答えへ行き着く。
やりたくはないが、何を選択するのが一番いいのかは分かっていた。
彼女のためを思って〝それ〟を実行に移すことにした――。
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