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第25話 仲間達

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 リーシャが僕の隣にいる。
 顔を見ると、少し赤い。ただ、よく見ると肩が震えているようにも見える。
 
 彼女はどうしても人族の国へ連れて行ってもらいたいのだろう。
 で、僕に置いて行かれることに気づいて、何か対策を取ろうとした。

 その結果がこれか。幼稚だ。
 流石に僕でも、こんなことに引っ掛かるわけがない。

 しかし、このまま彼女をうまく説得できるとは思えない。
 彼女は、多分、自分が死ぬ可能性を考慮はしている。ただ、その予測はきっと甘い。簡単に人族の国へ行って帰って来られると思っているのだろう。

 僕は、彼女に比べてこの世界にいる時間は短い。しかし、少なくとも彼女以上に、戦闘経験は積んでいる。
 ダンジョンに潜ってみた感じでは、最下層に近づけばそれなりに強いモンスターがいた。それらを僕たちが撃破していくのを見て、彼女は安心感を覚えたはずだ。が、まだ、彼女はこの世界の本当の姿を知らないはずだ。

 それは、もちろん僕にも云える。
 しかし、幸い、僕にはベゼルがいてこの世界のほぼ最上位の世界を知ることができるし、それらに対してのアドバイスも貰える。彼女に比べてアドバンテージが大きい。
 ベゼルと深夜に話をしているが、やはり魔族の中位種・上位種に関わるのはかなり危険だ。獣族の上位種以上の問題だ。しかし、彼女はそれが分かっていない……。

 それに最大の問題は、彼女は女性だ。
 僕たち男性と違う危険性もある。羽翼種の女性の奴隷の価値はかなり高いそうだ。
 やはり彼女を連れ行くべきではない――。

 なら、と思った。

 彼女をひょいと抱きかかえた。そして、彼女の顔を見る。キョトンとしている。
 彼女を抱きかかえたまま、ベッドへ歩いて行く。そして、やや乱暴に彼女をベッドに放り投げ、そして、彼女の上に馬乗りになった。

 そして、彼女の服を脱がせようとした時だった。

 リーシャの顔が恐怖で歪む。

 リーシャは騒ぐ。

「あっ、嫌、待って下さい!」

 ――その言葉が聞きたかった。

 すぐに彼女から離れて、それまで座っていた椅子に座り直す。

「リーシャ、こういう可能性もある。死ぬ覚悟はできているかもしれないけど、死ぬより辛い覚悟はしている?」

 残酷だとは思ったが、続けて言うことにした。

「僕とカルディさん達の間では、君を連れては行けないことになっている。これは決定事項だ。君は足手纏いだ。僕達なら達成できるかもしれない可能性を君が潰してしまう」

 この言葉はきついだろう。あえて、これ以上言わなかった。

 彼女は泣き出した。

 そして、すぐに部屋を出て行ってしまった。

 やってしまったと思うが、仕方ない。ただ、こうする方が結果的にはいいのかもしれない。彼女に黙って行ってしまえば、彼女はずっと僕を恨むだろう。それよりは現実を突きつけた方がよかったと思う。
 
 もうこの家を出ていくべきだと思った。

 ――今夜中に出よう。

 カルディさんの家は分かっている。泊めてくれるだろう。

 すぐに部屋を片付ける。

 ここで気づいたが、多分リーシャは僕がいない時に部屋を掃除してくれていたようだ。僕が掃除をする必要はなさそうだ。ベッドの下から本を取り出して、それを本棚に戻す。

 何か彼女に置手紙をすべきか――と考えたが、やめた。

 最後に、お婆さんにだけは挨拶をしていかなければいけない。

 一階に下りると、お婆さんがいた。いつもと表情が違う。
 僕たちの部屋で何かがあったことに気づいたのだろう。
 ただ、リーシャの部屋には行っていないのか――。

 お婆さんはこちらを見ている。僕はお婆さんに全てを話した。
 僕たちが出発する日、そして、リーシャを連れて行く気がないこと、今僕の部屋で何があったのか。お婆さんは話を聞いて泣き出した。

 何に対して泣いているのかは分からない。

 僕に対して怒っているのか、リーシャが人族の国へ行きたいのに行けない心情を察しているのか、リーシャが僕に襲われそうになったショックを憂いているのか、あるいは僕との別れを悲しんでいるのか。多分、全ての理由が正解なのだろうが、最後が一番ウェイトは低いだろう。

 話し終えて、最後にお婆さんに頭を下げて出ていこうとした時だった。

「待ちなさね。まぁ、行くにしても今夜行くわけにはいかないんだろ? せめて一晩泊ってから行くといいさね」

 少し考えた。多分、リーシャは一晩中、部屋で泣き明かすだろう。僕は……。
 時計を見ると、深夜11時だった。

「分かりました。ただ、明日の早朝、日の出と共に出発します。寝る場所は僕の部屋ではなくて、この居間で構いません」

 無表情にそう言った。
 お婆さんは、それを聞くと、お茶を沸かしに行った。
 どうしようかと思ったが、今はリーシャよりもお婆さんに付き合うべきだと思った。
 多分、この人は、今寂しいはずだ。それに、最後にこの人と僕も話したい――。
 そう思って居間にあったテーブルで話をした。
 
 お婆さんは二時間ほど喋っていたが、眠そうにして部屋に戻って行ってしまった。
 高齢者の夜は早く、逆に朝は早い。
 多分、お婆さんは既に寝ていたのだろう。ただ、僕たちの部屋で異変があったことに気づいて、起きてきた。それで居間にいたのだろう。

 結局、お婆さんが部屋に戻ってから、僕は一睡もしなかった。ぼーっと壁を見ていた。

 やがて太陽が上がっていくのが分かる。

 ――もう行くか。

 そう思って、玄関から出ていこうとした。

 しかし、扉を開けると、そこには意外な光景が広がっていた。

 ビルドが腕を組んで立っていた。

***********

 ビルドが立っている。彼を見た瞬間は、彼一人が立っているのかと思ったが、違った。その後ろにリーシャとセリサがいた。

 ビルドが話し掛けてきた。

「もう行くのか?」

 そうか、リーシャは泣き明かすのではなくて、ビルドとセリサに僕との別れの機会を作ってくれたのか。

「ああ、行こうと思っている。ビルドにもセリサにも世話になった。ありがとう。この恩は忘れない」

 淡々と表情を変えずに喋った。正直、ここにいるのがビルドだけなら、男同士もっと明るい感じでの別れが出来たと思うが、リーシャとのこともあって、どうもそれが出来そうにない。
 ビルドが無表情でこちらへ話し掛けてきた。

「なぁ、ちょっと話があるんだ。カルディさん達と出発する日は今日じゃないんだろ?」

「……まぁ、そうだね。当初の予定では今日じゃない」

「じゃあ、せめて俺達の話だけでも聞いてくれないか?」

 何の話があるんだろう?

 すると、僕の後ろに気配を感じた。お婆さんだ。

「皆、家に入りなさね。お茶を入れてあげるさね」

 全員でリーシャの家の居間に向かうことになった。

***************

 四人がテーブルに座ると、すぐにお婆さんがお茶を持ってきてくれた。
 お婆ちゃんはお茶を入れると、すぐに部屋を出て行ってしまった。
 四人に沈黙が訪れるが、それを最初に破ったのはビルドだった。

「リーシャから話を聞いた。俺とセリサはお前達が人族の国に行くという話は聞いたことがあったが、リーシャも一緒に行くつもりとは思っていなかった。が、俺としては提案したいことがある。……なぁ、俺達三人も同行するというのでもダメか?」

「……どういうことだ?」

「いや、言葉通りの意味だよ。たしかに、リーシャ一人がお前達と同行するのは危険かもしれない。ただ、俺達三人が一緒に行くなら話は別だ。
 マサキ達の計画では空中を飛行移動する時に、カルディさんかファードスさんのどちらかにマサキは運んでもらう必要があるが、そうすると、お前たちの前衛は一人しかいないことになる。ダンジョンでは俺達がマサキを運んでいたから、あの二人は前方だけに注意できたが、今後の旅はそうじゃない。カルディさんやファードスさんだって、お前を運びながら警戒するのはそれなりに疲れるはずだ。
 しかし、俺達が付いて行くなら、今まで通り俺達がお前を運んで、あの二人が前衛を務める。で、敵と衝突したらマサキ、カルディさん、ファードスさんが前衛になって、俺達を守る方が、効率が良くないか?」

「……死ぬかもしれないぞ?」

「まあ、その可能性はある。ただ、羽翼種にはちょっと特殊な飛び方がある。具体的にだが、俺とリーシャとセリサがそれぞれ手を取って、お互いを荷物として認識して積載魔法を使う。すると、通常よりかなり早く飛行できる。それを使ってヤバい状況になったら、俺達は逃げ出す。で、お前達が敵を倒したら、俺達とまた合流すればいい」

「ビルドは死んでもいいのか?」

「俺は元々、今の家の本当の子じゃないんだよ。孤児だ。俺が金にこだわっていたのはそれが理由だ。育ててくれた義理の両親に恩返しがしたかった。ただ、マサキのおかげでかなりの金額を稼ぐことができた。俺はその点で、マサキは恩がある。
 それに今回の話は、羽翼種としてもメリットがあるのは事実だ。人族の国へ行って技術を持ち帰れるなら、誰かが行く価値はある。羽翼種の国としても喜ぶはずだ。
 羽翼種の数人だけで人族の国を目指すのは難しいが、ただ、カルディさん達とお前がいるなら、話は別だ。羽翼種数十人レベルのパーティの戦力だし、お前は接近戦にメチャクチャ強い。パーティのバランスはいい」

 セリサの方を見た。

「セリサはどう思う?」

「私はあんま考えてないわ。ただ、なんとかなるんじゃない?」

 おい、おい、マジか。何だ、この子……。
 リーシャがこちらを見ている。

「リーシャ、君がビルドとセリサを説得したのか?」

「いえ、違います。マサキさんと二人を最後に会わせるべきだと思ったので、それで連れてきただけです」

「……」

 さて、どうするか。提案された話は悪くないようにも思う。
 三人だけなら高速で飛ぶことができるらしい。最悪逃げ切れるか。
 ただ、カルディさん達と僕が全滅すると、彼女達も、多分ダメになる。三人では生き残ってもその後の生活は厳しそうだ……。

『こいつらを連れて行け。価値がある』

 嗚呼、ベゼルはそう言うよなぁ。なら、しょうがないか……。

「分かりました。ただ、カルディさん達と相談してからになります。僕一人の意見で決められる話ではないので」

 そう言った。
 リーシャとビルドは嬉しそうな顔をした。セリサはあまり興味が無い感じだ。

 この日の午前中、僕達はカルディさんとファードスさんの所へ出掛けることにした。そして、四人で話し合った結果を伝えることになった。
 ただ、僕はリーシャ達を連れて行きたいとは言わなかった。一切黙っていた。

 しかし、カルディさんは意外とあっさりと三人の参加を認めた。

 少し意外だった。 

 カルディさんからすると、もう少し慎重な判断をするのかと思ったが――。

 ただ、逆にいえば、リーシャだけでなく、ビルドとセリサがいるならば、パーティとしてはより人族の国を目指しやすいと判断したのだろう。
 考えてみると、カルディさんとファードスさんも、僕を抱えたまま、戦闘や移動を繰り返すのはそれなりにリスクがあるのだろう。それを回避できる意味で、リーシャ達三人が来てくれるのはメリットがある。

 こうして、六人で人族の国を目指すことになったのだった。
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