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第29話 休憩

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 獣族との戦闘から、十日ほど経って次の街へ到着した。

 カルディさんが翼を隠して猫耳を付け、街へ先行し僕達に指名手配が出ていないか、確認しに行った。

 ただ、どうもこの街は僕達と戦闘をした獣族の支配地域ではないとのことだった。指名手配もないし、本屋で地図を買って制空権を調査してみたらしいが、この街は問題ないだろうという事だった。

 リーシャ達がかなり疲れているようなので、しばらくはこの街に滞在することにした。
 宿に泊まることになったが、少し値段が高い宿に泊まることにした。
 また、室内に温泉があるタイプの部屋を選ぶことができた。

 これで、リーシャ達も風呂に入ることができる。
 しかし、それでも万が一の危険という事もありえる。
 僕とビルドは一緒に彼女達と温泉に入ることを提案したが、何故か拒否されてしまった。不条理だと思った。
 
 適当に部屋でビルドと金を掛けて、カードゲームをしていく。
 このカードゲームでのビルドとの勝率は五分五分だ。
 だが、今日に限っては何故か僕の負けが込んでいる。
 というか、一度も勝てない……。

 イライラしてきた。

 ビルドの顔を見る。

 眉毛が再生している。

 そろそろ、また剃り落とさなければいけないかもしれない――。

 リーシャ達が温泉から出てくる音がした。部屋へ入って来た姿を見ると、バスローブのような服を着ている。宿に備え付きの衣服の様だ。
 冗談と分かるように、わざと舐め回すように見ていく。
 見るくらいはいだろう。
 セリサが胸の辺りを隠す動作をする。
 リーシャは苦笑いをしている。
 
 部屋で鍋を食べることになった。
 僕と羽翼種三人でワイワイ言いながら、鍋をつついていく。
 僕は別に食べる必要はないが、それでもこういう時には皆の流れに乗っておきたい。

 僕は自分用に街で食肉を買ってきていた。よく分からないが、この辺で取れるグレートバイソンとかいう食肉らしい。食肉には魔素が含まれているので、今の僕が食べても若干だが満足度はある。
 その肉を適当に鍋に入れていく。が、何故かビルドがそれをガンガン食べていく。
 信じられない。
 さっき、僕からカードゲームで金を巻き上げておきながら、さらに肉まで奪うつもりなのか。殺意が湧いてくる。
 リーシャやセリサも僕が買ってきたバイソンの肉を食べているが、美味しいと言っている。リーシャの笑顔で僕は満足だ。セリサには体で払ってもらいたい。

 そんな時だった。ベゼルが話しかけてきた。

『外へ出ろ』 

 この瞬間、僕は我に返った。

 ベゼルは冗談を言わないし、こちらか話しかけても必ず返答するとは限らない。
 特に最近は、僕が強くなっているせいか話しかけてくることがなかった。

 しかし、ベゼルが何気ない一言を発してきた。
 何かは分からないが、すぐにその通りにしようと思った。
 即座に刀を持って立ち上がった。

 リーシャ達はびっくりしたような表情をしている。急に僕が真剣な表情になったからだろう。
 ちょうど、カルディさん達も帰って来た。

「カルディさん、ちょっと僕は出かけてきます。すぐに戻りますので」

 そう言って、部屋を出て行った。
 急いで走って街を出た。
 誰もいないところでベゼルに話しかけた。

「何かあったんですか? 最近話しかけても一切反応がありませんでしたが」

『おまえ、少し、ここで魔素を吸い込んでみろ』

「え? 息を吸い込むんですか?」

『そんな感じだ。体が勝手に反応するはずだ。大気中の魔素を吸って同時に口から空気だけ吐き出す。やってみろ』

 言われた通りにしてみた。
 空気を思いっきり吸い込んでみた。すると、何故か口から空気が逆流するような感覚がする。空気を吸っているのに吐いているような感覚だ。多分、今僕は魔素だけを体内に吸い込んでいるのだろう。
 しばらくその状態を保った。

 そして、ベゼルが話しかけてきた。

『お前は今、魔族の中位種の下くらいだな。なら、そろそろ結界魔法を教えておく。もし、死にそうになるか、広範囲魔法を使われたら即座に使え。この体は俺の〝種〟の影響からか、防御力は通常の魔族や他種族に比べてかなり高い。結界魔法と併用すれば、相当の攻撃でも致命傷にはならないだろう』

 ああ、緊急事態ってわけでもないのね。なら良かった。

「じゃあ、結界魔法を教えてください」

 そう言ってベゼルから結界魔法を教わった。

 結界魔法には二種類あって、体に纏うタイプと、その場所に設置するタイプがあるとのこと。
 前者の方が結界としては弱いが、魔力が低くて発動時間が早い。後者は魔力消費量が多く、発動時間に時間が掛かる。また、前者は移動しても結界が体に纏わりついて効果が持続する、という感じか。いずれも防御力や特殊な属性魔法に対して対抗できるようだ。系統別にそれぞれ覚えていった。

 少し気になったことがあるので、聞いてみることにした。

「ベゼルさん、僕が魔族の中位種の下ってことですが、使える魔法が火魔法と風魔法くらいしかないんですが、これでいいんですかね?」

『それだけでいい。お前のこの体は膂力が異常だ。今も毎日、寝るだけでも強くなり続けている。俺の影響だろう。それを最大限に生かせるのは風魔法だし、それに追加で火や氷魔法を使えれば十分だろう。まずい敵の場合はすぐ逃げればいい。俺が指示をする』

「でもそれって、下手するとリーシャ達を置いて逃げることになりますよね?」

『そうなるな。ただ、全滅よりはマシだろう。それに、お前に忠告しておく。状況が悪化した時に、誰を切るかは常に考えておけ。現在、カルディはこのパーティでは司令塔になっているが、ファードスよりは弱い。死ぬときは死ぬだろう。例えば、先日の戦闘でカルディが死ぬと予測できて、助けられないと感じたらカルディは捨てろ。それで、相手がカルディの首を取るところを待ち構えて、相手がカルディを殺した瞬間を狙え。これは勝つための当然の判断だが、おそらくお前はその判断が瞬時にできない』

 ベゼルの言っていることは、理解はできる。しかし、納得できる話ではない。
 ベゼルは合理的・機械的に判断している。
 それはそれでいいが、やはり今のパーティに対してベゼルには情が無いんだろうなぁ、と思ってしまう。
 聞いてみようかと思ったが、止めた。気分の悪い返答が返って来そうだ。

『あと、お前は魔族の中位種になっているから、そろそろ魔核だけでは腹を満たせなくなってくる。どこか魔素濃度の高い地域で魔素を吸引するようにはしたい』

「魔核だけじゃだめですか?」

『魔族として進化するにつれて、自分の魔核が徐々に大きくなっていくが、魔族の魔核は他種族に比べてその密度が高い。その魔核を魔力で満たそうとすと、獣族の上位種を大量に殺して、その魔核を手に入れる必要がある。しかし、それは効率が悪い。だから、魔族は普通、魔素濃度の高い地域を自らの縄張りとして確保し、その魔素を吸って生きようとする。
 そのため、普通、魔族の上位種になると一人だけで生きていこうとする。群れることは少ない。一人で生きていかねばならない。お前は今、旅をしているが、将来的にこの旅が終わって、魔族として生きていくなら、自分で魔素濃度の高い地域を他の魔族と戦って奪う必要がある。将来的なことも考えておくのだな』

 そうか。そういうことも考えておかなければいけないのか。まぁ、この旅が終わって、自分が何になるのかよく分からないけど。

「中位種の縄張りはどの辺にありますか?」 

『世界各地だ。地中から魔素が噴出している場所はどこにでもあるが、その濃度が高い所を探すしかない。ただ、一般的には荒れた土地ほど、魔素濃度が高い。例えば、上位種が縄張りとする場所は、岩だけのような場所が多い。これは魔素濃度が高いせいで、他の生物は生態系を作れないからだ。逆に、中位種の縄張り程度なら、通常の動植物でも魔素によって適度な汚染、あるいは進化が進みやすい。これらがモンスターになる』

「上位種の地域にはモンスターは全くいないのですか?」

『ピンキリだな。上位種と言っても、限りなく中位種に近い者もいる。そういうところには強いモンスターも発生できるが、俺達のような上位種の中でも、さらに強い者が住む地域には、モンスターもいない。モンスターですら生息できない。今旅をしている羽翼種たちは、俺達の住む場所に少し入るだけで、溶けてなくなる。それくらい俺達の地域の魔素濃度は高い』

 うーん。そうなのか。よく分からない世界だ。

 結局この後、この街には一週間以上滞在することになった。

 この街は観光が主要産業らしくて、旅行客も多かった。

 僕達もそれなりに楽しめる場所も多かったので、カルディさんの気遣いで、僕と羽翼種三人はそれなりに楽しむことができた。
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