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入れ替わり令嬢は可憐に微笑む
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「あーあ。つまんなーい」
ルシル・カーライルは華やかなパーティーの壁の花になりながら、小さく呟いた。
王城でのパーティーはやや堅苦しいところもあり、礼儀作法が苦手なルシルは、いつもなら参加することはない。けれど、今夜に限っては両親から「絶対参加するように」と、ドレスやアクセサリーまでしっかり用意されてしまい、仕方なく姉と共に馬車でやってきたのだ。
ルシルが見るともなしに眺めた先に、姉のキャロルの姿があった。聡明で美しく、落ち着いた性格の姉。末っ子で甘やかされたルシルは、しっかり者の姉にたしなめられることも多く、あまりキャロルのことが好きではなかった。
「あらあら、お姉様ったら」
らしくない姉の姿を認めて、ルシルの口元が緩む。
「パーティーに行きたくない」と駄々をこねたルシルは、ちょっぴりキャロルに意地悪を仕掛けていた。
ルシルのために仕立てられたピンクのドレスを、キャロルに無理やり押しつけたのだ。
同じミルクティー色の髪に群青色の瞳の姉妹は、色合いこそ似ているけれど、まとう雰囲気はまったく違う。可愛らしいドレスに慣れていないキャロルは羞恥に頬を染めつつ、ぎこちなく微笑んでいた。
「無理して笑っちゃって。……あら?」
キャロルが背の高い金髪の青年に話しかけられている。遠目でも美しい金髪と端整な顔立ちが印象的な青年は、キャロルの手を取り、ダンスフロアの中央に進み出た。
ゆったりとしたリズムと共にワルツを踊り始めた男女。青年の丁寧なリードに応えて踊るキャロルは、ぎこちなさを初々しさにすり替えたように、少女めいた可憐な微笑みを浮かべている。
「まあ……!」
「なんて可愛らしい子……」
気づけば周囲の賞賛を浴びた二人は、ダンスを終えてからも楽しそうに談笑していた。
話の内容はルシルには聞こえない。しかし甘さを含んだ優しげな青年の眼差しの先には、上気した顔のキャロルが無邪気に笑っていて──。
ルシルはぎり、と唇を噛みしめた。
(その場所にいるのは、お姉様じゃなくて、私こそが相応しいわ!)
だって、本当ならばピンクのドレスを着ていたのはルシルのはずだ。
ハーフアップの髪をリボンで結って、初々しい雰囲気をまとって。
美しい青年に手を取られて、頬を朱に染めて可憐に微笑む。
(だから、私と入れ替わりなさいよ……!)
ルシルの内心の叫びは誰にも届くことはなく、パーティーの熱気に混ざって溶けていった。
♦ ♦ ♦
カーライル伯爵家に帰宅したルシルは、姉のキャロルに詰め寄っていた。
「お姉様! 一緒に踊っていた金髪の方はどなたなの!?」
「え、え? 踊った方? 王子様のことかしら」
「王子様ですって!?」
ルシルの迫力に気圧されたキャロルの返事が意外で、うっかり声を荒らげてしまう。
そういえば、とルシルは思い出す。
(お父様がおっしゃっていたわ……。パーティーは第二王子のお嫁探しって)
自分には縁のないことだと聞き流していたが、王子があんな魅力的な美男子だというなら話は別である。
「お姉様。王子様に名乗ったの? またお会いする約束は?」
立て続けに問いかけられてびっくりした様子のキャロルは、それでも記憶をたどるようにルシルの疑問に答えた。
「名乗ったか──って、家名はね、聞かれたから。そうしたら、カーライル伯爵領の特産品にご興味があったみたいで、一度ご覧になりたいとはおっしゃっていたけれど。でも、社交辞令だと思うわよ」
「社交辞令……? あんな雰囲気で……?」
遠くから見ていたルシルの目にも、王子の眼差しは熱っぽいものだった。パーティーがお嫁探しの狙いがあったというならば、その相手はキャロルに決まったようなものだろう。
普段、あまり深く物事を考えないルシルは、目が回りそうになりながらも必死に思い巡らせる。
「……家名しか名乗っていないのね?」
「そうね。カーライル伯爵家の娘です、としか名乗っていないわ」
「じゃあ、その伯爵家の娘は私であっても良くないかしら?」
「え……」
キャロルは言葉を継げずにルシルを見つめる。姉と同じ妹の群青の瞳は爛々と輝き、アップにまとめていたミルクティー色の髪をばさりと下ろす。
「ほら、ドレスさえ変えれば、今日のお姉様にそっくり」
「ルシル……」
妹の言いたいことを察した姉は、可愛らしいピンクのドレスの裾をぎゅっと握った。
♦ ♦ ♦
基本的にカーライル伯爵家では全員が末っ子のルシルに甘い。姉のキャロルは少しばかり注意を与えることはあるけれど、それでもルシルの我が儘に弱かった。
「私は、ルシルと入れ替わってもいいのよ。王子様とのダンスは楽しかったし、お話も興味深かったけれど……」
「それよ。ダンスと会話が問題なの」
ピンクのドレス姿になったルシルは、パーティーのときのキャロルとまったく変わらない外見である。だが、ダンスの練習が嫌いなルシルには、キャロルと同じようにワルツは踊れない。
「簡単なダンスよ。少し練習すれば、ルシルだってきっと踊れるわ。あなたはやればできる子だって、よく自分で言っているじゃない」
「あら。お姉様もわかっているじゃない。今まで本気でやっていなかっただけで、ちゃんとやれば私はできるのよ」
ダンスの先生に教わって、パーティーで流れていたワルツのステップを踏む。
ピアノ伴奏をしていたキャロルが感心したようにルシルを褒めた。
「すぐにステップを覚えられて踊れるなんてすごいわ。欲を言えば、もう少しターンを優雅にすれば、さらに美しく踊れるわ」
「こ、こうかしら」
「そう! とても優雅なダンスよ。あとはもうちょっと指先まで意識して」
キャロルと先生に言われるがまま、ルシルは必死にワルツを踊る。
「すごく素敵なダンスになったわね。明日はもっと表情を柔らかくして踊る練習をしましょう」
「あ、明日も、練習、するの……?」
息も絶え絶えなルシルにキャロルは微笑む。
「だって笑顔で踊れるようにならないと、王子様も驚いてしまうわ」
「……そうね。一生懸命な顔で踊っている令嬢はいないわね」
こうして、ルシルは毎日、キャロルの指導でダンスの練習を重ねていった。
「うちの領地の特産品って何かしら?」
自室を訪ねてきたルシルの問いに、キャロルは首を傾げる。
「特産品? ああ、王子様とお話ししたことね」
「そうよ、特産品にご興味があるのでしょう?」
「そうねえ……。品種改良をしている作物の話題だったわね」
思いがけない「作物」という言葉に、ルシルは呆気に取られる。
「なんでそんなことを?」
「あのね、伯爵領で品種改良をしているのは、天候不順に強い作物なの。王子様は国のことを考えて、災害に強い作物に以前からご興味があったのですって」
「言われてみれば……そうなのかもしれないわ」
神妙な顔で頷くルシルに、キャロルは本棚から本を取り出して説明する。
やればできる子、と本人が言っているように、興味を抱けばルシルの理解は早い。
作物だけでなく、他の特産品である織物や鉱石などのことも覚え、それらがどう国の役に立つかを考えることはルシルも楽しかった。
「こういうお話が王子様とできたら、確かに楽しいわね」
「そうでしょう。また、いろいろ教えてあげるわ」
初めて勉強が楽しいと思えたルシルは、キャロルから伯爵領だけにとどまらず他国のことまで毎日教わり、たくさんのことを学んでいった。
♦ ♦ ♦
そうして三カ月後。王城からカーライル伯爵家に手紙が届いた。
「王子様からの招待状だ。うちの娘に個人的なお茶会のお誘いだそうだ」
「まあ!」
ルシルが鈴を転がすように笑う。ダンスの練習を通じて、ルシルは上品な作法や表情を身につけていた。
ピンクのドレスをまとってルシルが赴くことは決まっているが、キャロルもおっとりと父親に同行を申し出た。
「もう十分ルシルは立派なご令嬢だけど、一応保護者として私もついていっても良いかしら?」
「そうだな、キャロルがついていくなら間違いはないだろう」
ルシルが新しいピンクのドレスに着替えると、落ち着いた群青色のドレスに身を包んだキャロルが薔薇のコサージュを持ってきた。
「このピンクの薔薇のコサージュ、ルシルに似合うと思って」
「ありがとう、お姉様」
三カ月間、毎日のように顔を合わせていた姉妹は、すっかり仲良くなっていた。
綺麗に着飾って、馬車で王城に向かう。門番は美しい姉妹に少々顔を赤らめながら招待状を確認し、大きな門を開いた。
城内で馬車から降りて、侍女に案内をされながら招待状に記してある中庭へと歩く。
中庭の奥には楕円形のテーブルがセットしてあり、三段のケーキスタンドには美味しそうなケーキやサンドイッチが盛りつけられていた。
姉妹がテーブルに近寄ると、椅子に腰掛けていた金髪の青年が立ち上がる。
「ようこそおいでくださいました。美しいご令嬢たち」
「まあ、ありがとうございます」
ルシルが片足を引いて膝を曲げ、優雅に挨拶をする。金髪の青年も丁寧に挨拶をして、お茶会が始まった。
美貌の青年は姉妹の名前を知っていたらしく、ルシルは名前を呼ばれると初々しく頬を染めて青年の名を尋ねた。
「ハロルドだ。ルシル嬢」
「ハロルド様……」
見つめ合う第二王子のハロルドとルシルは、キャロルの目から見てもお似合いだった。
二人が伯爵領のことや他国について楽しく話し込む姿を見届けて、キャロルはそっと席を立つ。
テーブルからやや離れた位置にある大きなクスノキの陰に金髪がちらりと見えて、キャロルは微笑みながら近づいた。
「ご機嫌よう、アーノルド王太子殿下」
「ああ、キャロル。こんにちは」
弟である第二王子のハロルドとそっくりな王太子のアーノルドは、声を潜めながらも嬉しそうに笑う。
「こんなにうまく事が運ぶなんてな。キャロルには感謝しかないよ」
「こちらこそ感謝しております。まさかルシルがあんなに立派な淑女になるなんて」
共犯者のアーノルドとキャロルはにっこりと木の陰で身を寄せ合う。
発端は、王太子主催の小さな夜会だった。
アーノルドが仲の良い貴族の友人たちに、勉強嫌いで甘ったれのハロルドの相談を持ちかけたのである。
「弟は悪い人間ではないんだ。ちょっと単純で怠け者なだけなんだけど、このままでは私の対立派閥に取り込まれてしまう」
「甘い言葉に弱いのですね。うちの妹も……」
夜会に出席していたキャロルは、思わずハロルドにルシルを重ね合わせて溜息をついた。
甘ったれで我が儘な妹は、もしかしたら悪い人間に騙されてしまうかもしれない。
「キャロルの妹さん? ハロルドに似ているの?」
「あ……」
アーノルドがルシルに興味を示し、そこから他の友人たちも知恵を出し合って、トントン拍子に入れ替わりの企みを決めていったのだ。
嫁探しのパーティーで、ハロルドのふりをしたアーノルドが、ルシルのふりをしたキャロルと踊り、談笑する。それをわざとハロルドとルシルに見せつけたのだった。
兄と姉が、正確に弟と妹の性質を理解していたからこそ成り立った、それぞれの性格改善のための入れ替わり劇。
「素直といえば聞こえはいいけれど。ここまで思い通りになると、それこそ誰かにつけ込まれるんじゃないかと心配になるよ」
「私たちの心配はなくなりませんね。きちんと二人を見守らないといけません」
「そうだね。私はあの子たちを……キャロルと一緒に守っていきたい」
引き寄せられ、素早く重ねられた唇を、キャロルは驚いて触れる。
それからルシルと同じように、頬を染めて可憐に微笑む。
ハロルドとルシルは興が乗ったのか、立ち上がってワルツを踊り始めた。
雲ひとつない空は青く、太陽が眩しく輝き、小鳥が祝福するようにさえずりながら飛んでいく。
二組の王子と令嬢は、いつまでも愛し合って幸せに暮らしていくことだろう。
ルシル・カーライルは華やかなパーティーの壁の花になりながら、小さく呟いた。
王城でのパーティーはやや堅苦しいところもあり、礼儀作法が苦手なルシルは、いつもなら参加することはない。けれど、今夜に限っては両親から「絶対参加するように」と、ドレスやアクセサリーまでしっかり用意されてしまい、仕方なく姉と共に馬車でやってきたのだ。
ルシルが見るともなしに眺めた先に、姉のキャロルの姿があった。聡明で美しく、落ち着いた性格の姉。末っ子で甘やかされたルシルは、しっかり者の姉にたしなめられることも多く、あまりキャロルのことが好きではなかった。
「あらあら、お姉様ったら」
らしくない姉の姿を認めて、ルシルの口元が緩む。
「パーティーに行きたくない」と駄々をこねたルシルは、ちょっぴりキャロルに意地悪を仕掛けていた。
ルシルのために仕立てられたピンクのドレスを、キャロルに無理やり押しつけたのだ。
同じミルクティー色の髪に群青色の瞳の姉妹は、色合いこそ似ているけれど、まとう雰囲気はまったく違う。可愛らしいドレスに慣れていないキャロルは羞恥に頬を染めつつ、ぎこちなく微笑んでいた。
「無理して笑っちゃって。……あら?」
キャロルが背の高い金髪の青年に話しかけられている。遠目でも美しい金髪と端整な顔立ちが印象的な青年は、キャロルの手を取り、ダンスフロアの中央に進み出た。
ゆったりとしたリズムと共にワルツを踊り始めた男女。青年の丁寧なリードに応えて踊るキャロルは、ぎこちなさを初々しさにすり替えたように、少女めいた可憐な微笑みを浮かべている。
「まあ……!」
「なんて可愛らしい子……」
気づけば周囲の賞賛を浴びた二人は、ダンスを終えてからも楽しそうに談笑していた。
話の内容はルシルには聞こえない。しかし甘さを含んだ優しげな青年の眼差しの先には、上気した顔のキャロルが無邪気に笑っていて──。
ルシルはぎり、と唇を噛みしめた。
(その場所にいるのは、お姉様じゃなくて、私こそが相応しいわ!)
だって、本当ならばピンクのドレスを着ていたのはルシルのはずだ。
ハーフアップの髪をリボンで結って、初々しい雰囲気をまとって。
美しい青年に手を取られて、頬を朱に染めて可憐に微笑む。
(だから、私と入れ替わりなさいよ……!)
ルシルの内心の叫びは誰にも届くことはなく、パーティーの熱気に混ざって溶けていった。
♦ ♦ ♦
カーライル伯爵家に帰宅したルシルは、姉のキャロルに詰め寄っていた。
「お姉様! 一緒に踊っていた金髪の方はどなたなの!?」
「え、え? 踊った方? 王子様のことかしら」
「王子様ですって!?」
ルシルの迫力に気圧されたキャロルの返事が意外で、うっかり声を荒らげてしまう。
そういえば、とルシルは思い出す。
(お父様がおっしゃっていたわ……。パーティーは第二王子のお嫁探しって)
自分には縁のないことだと聞き流していたが、王子があんな魅力的な美男子だというなら話は別である。
「お姉様。王子様に名乗ったの? またお会いする約束は?」
立て続けに問いかけられてびっくりした様子のキャロルは、それでも記憶をたどるようにルシルの疑問に答えた。
「名乗ったか──って、家名はね、聞かれたから。そうしたら、カーライル伯爵領の特産品にご興味があったみたいで、一度ご覧になりたいとはおっしゃっていたけれど。でも、社交辞令だと思うわよ」
「社交辞令……? あんな雰囲気で……?」
遠くから見ていたルシルの目にも、王子の眼差しは熱っぽいものだった。パーティーがお嫁探しの狙いがあったというならば、その相手はキャロルに決まったようなものだろう。
普段、あまり深く物事を考えないルシルは、目が回りそうになりながらも必死に思い巡らせる。
「……家名しか名乗っていないのね?」
「そうね。カーライル伯爵家の娘です、としか名乗っていないわ」
「じゃあ、その伯爵家の娘は私であっても良くないかしら?」
「え……」
キャロルは言葉を継げずにルシルを見つめる。姉と同じ妹の群青の瞳は爛々と輝き、アップにまとめていたミルクティー色の髪をばさりと下ろす。
「ほら、ドレスさえ変えれば、今日のお姉様にそっくり」
「ルシル……」
妹の言いたいことを察した姉は、可愛らしいピンクのドレスの裾をぎゅっと握った。
♦ ♦ ♦
基本的にカーライル伯爵家では全員が末っ子のルシルに甘い。姉のキャロルは少しばかり注意を与えることはあるけれど、それでもルシルの我が儘に弱かった。
「私は、ルシルと入れ替わってもいいのよ。王子様とのダンスは楽しかったし、お話も興味深かったけれど……」
「それよ。ダンスと会話が問題なの」
ピンクのドレス姿になったルシルは、パーティーのときのキャロルとまったく変わらない外見である。だが、ダンスの練習が嫌いなルシルには、キャロルと同じようにワルツは踊れない。
「簡単なダンスよ。少し練習すれば、ルシルだってきっと踊れるわ。あなたはやればできる子だって、よく自分で言っているじゃない」
「あら。お姉様もわかっているじゃない。今まで本気でやっていなかっただけで、ちゃんとやれば私はできるのよ」
ダンスの先生に教わって、パーティーで流れていたワルツのステップを踏む。
ピアノ伴奏をしていたキャロルが感心したようにルシルを褒めた。
「すぐにステップを覚えられて踊れるなんてすごいわ。欲を言えば、もう少しターンを優雅にすれば、さらに美しく踊れるわ」
「こ、こうかしら」
「そう! とても優雅なダンスよ。あとはもうちょっと指先まで意識して」
キャロルと先生に言われるがまま、ルシルは必死にワルツを踊る。
「すごく素敵なダンスになったわね。明日はもっと表情を柔らかくして踊る練習をしましょう」
「あ、明日も、練習、するの……?」
息も絶え絶えなルシルにキャロルは微笑む。
「だって笑顔で踊れるようにならないと、王子様も驚いてしまうわ」
「……そうね。一生懸命な顔で踊っている令嬢はいないわね」
こうして、ルシルは毎日、キャロルの指導でダンスの練習を重ねていった。
「うちの領地の特産品って何かしら?」
自室を訪ねてきたルシルの問いに、キャロルは首を傾げる。
「特産品? ああ、王子様とお話ししたことね」
「そうよ、特産品にご興味があるのでしょう?」
「そうねえ……。品種改良をしている作物の話題だったわね」
思いがけない「作物」という言葉に、ルシルは呆気に取られる。
「なんでそんなことを?」
「あのね、伯爵領で品種改良をしているのは、天候不順に強い作物なの。王子様は国のことを考えて、災害に強い作物に以前からご興味があったのですって」
「言われてみれば……そうなのかもしれないわ」
神妙な顔で頷くルシルに、キャロルは本棚から本を取り出して説明する。
やればできる子、と本人が言っているように、興味を抱けばルシルの理解は早い。
作物だけでなく、他の特産品である織物や鉱石などのことも覚え、それらがどう国の役に立つかを考えることはルシルも楽しかった。
「こういうお話が王子様とできたら、確かに楽しいわね」
「そうでしょう。また、いろいろ教えてあげるわ」
初めて勉強が楽しいと思えたルシルは、キャロルから伯爵領だけにとどまらず他国のことまで毎日教わり、たくさんのことを学んでいった。
♦ ♦ ♦
そうして三カ月後。王城からカーライル伯爵家に手紙が届いた。
「王子様からの招待状だ。うちの娘に個人的なお茶会のお誘いだそうだ」
「まあ!」
ルシルが鈴を転がすように笑う。ダンスの練習を通じて、ルシルは上品な作法や表情を身につけていた。
ピンクのドレスをまとってルシルが赴くことは決まっているが、キャロルもおっとりと父親に同行を申し出た。
「もう十分ルシルは立派なご令嬢だけど、一応保護者として私もついていっても良いかしら?」
「そうだな、キャロルがついていくなら間違いはないだろう」
ルシルが新しいピンクのドレスに着替えると、落ち着いた群青色のドレスに身を包んだキャロルが薔薇のコサージュを持ってきた。
「このピンクの薔薇のコサージュ、ルシルに似合うと思って」
「ありがとう、お姉様」
三カ月間、毎日のように顔を合わせていた姉妹は、すっかり仲良くなっていた。
綺麗に着飾って、馬車で王城に向かう。門番は美しい姉妹に少々顔を赤らめながら招待状を確認し、大きな門を開いた。
城内で馬車から降りて、侍女に案内をされながら招待状に記してある中庭へと歩く。
中庭の奥には楕円形のテーブルがセットしてあり、三段のケーキスタンドには美味しそうなケーキやサンドイッチが盛りつけられていた。
姉妹がテーブルに近寄ると、椅子に腰掛けていた金髪の青年が立ち上がる。
「ようこそおいでくださいました。美しいご令嬢たち」
「まあ、ありがとうございます」
ルシルが片足を引いて膝を曲げ、優雅に挨拶をする。金髪の青年も丁寧に挨拶をして、お茶会が始まった。
美貌の青年は姉妹の名前を知っていたらしく、ルシルは名前を呼ばれると初々しく頬を染めて青年の名を尋ねた。
「ハロルドだ。ルシル嬢」
「ハロルド様……」
見つめ合う第二王子のハロルドとルシルは、キャロルの目から見てもお似合いだった。
二人が伯爵領のことや他国について楽しく話し込む姿を見届けて、キャロルはそっと席を立つ。
テーブルからやや離れた位置にある大きなクスノキの陰に金髪がちらりと見えて、キャロルは微笑みながら近づいた。
「ご機嫌よう、アーノルド王太子殿下」
「ああ、キャロル。こんにちは」
弟である第二王子のハロルドとそっくりな王太子のアーノルドは、声を潜めながらも嬉しそうに笑う。
「こんなにうまく事が運ぶなんてな。キャロルには感謝しかないよ」
「こちらこそ感謝しております。まさかルシルがあんなに立派な淑女になるなんて」
共犯者のアーノルドとキャロルはにっこりと木の陰で身を寄せ合う。
発端は、王太子主催の小さな夜会だった。
アーノルドが仲の良い貴族の友人たちに、勉強嫌いで甘ったれのハロルドの相談を持ちかけたのである。
「弟は悪い人間ではないんだ。ちょっと単純で怠け者なだけなんだけど、このままでは私の対立派閥に取り込まれてしまう」
「甘い言葉に弱いのですね。うちの妹も……」
夜会に出席していたキャロルは、思わずハロルドにルシルを重ね合わせて溜息をついた。
甘ったれで我が儘な妹は、もしかしたら悪い人間に騙されてしまうかもしれない。
「キャロルの妹さん? ハロルドに似ているの?」
「あ……」
アーノルドがルシルに興味を示し、そこから他の友人たちも知恵を出し合って、トントン拍子に入れ替わりの企みを決めていったのだ。
嫁探しのパーティーで、ハロルドのふりをしたアーノルドが、ルシルのふりをしたキャロルと踊り、談笑する。それをわざとハロルドとルシルに見せつけたのだった。
兄と姉が、正確に弟と妹の性質を理解していたからこそ成り立った、それぞれの性格改善のための入れ替わり劇。
「素直といえば聞こえはいいけれど。ここまで思い通りになると、それこそ誰かにつけ込まれるんじゃないかと心配になるよ」
「私たちの心配はなくなりませんね。きちんと二人を見守らないといけません」
「そうだね。私はあの子たちを……キャロルと一緒に守っていきたい」
引き寄せられ、素早く重ねられた唇を、キャロルは驚いて触れる。
それからルシルと同じように、頬を染めて可憐に微笑む。
ハロルドとルシルは興が乗ったのか、立ち上がってワルツを踊り始めた。
雲ひとつない空は青く、太陽が眩しく輝き、小鳥が祝福するようにさえずりながら飛んでいく。
二組の王子と令嬢は、いつまでも愛し合って幸せに暮らしていくことだろう。
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