予知姫と年下婚約者

チャーコ

文字の大きさ
18 / 124
本編

18 敗戦の理由

しおりを挟む
「どうしたんだ、瀬戸の奴。絶不調じゃねえか」

 私と若竹くんはコートのフェンスの向こうで、試合を観戦していた。
 他のダブルスとシングルスの試合は美苑の圧勝。唯一、シングルス1の征士くんの試合だけが負けていた。
 スコアは2─5。征士くんは2ゲームしか取れていない。

「あんな相手、俺なら楽勝だぞ。瀬戸はどこか怪我でもしてるのか?」
「さあ……」

 若竹くんは眉をひそめている。私だって、あんな征士くんはおかしいと思う。
 サービスは入らないし、打ち合いにも力がない。相手のスピンサーブも打ち損ねてアウトになってしまっている。
 結局2─6で負けてしまった。
 私のところに、深見くんが駆け寄ってきた。深見くんは副部長になっていたはずだ。

「虹川先輩、瀬戸に何かあったかご存じですか? どこか見えない部分を怪我しているとか?」
「知らないわ」
「そうですか。次の試合、どうしよう……。あんな瀬戸じゃ出せません」

 若竹くんと三人で顔を見合わせる。そこへ要くんもやってきた。要くんはこの試合には出ていなかった。征士くんの姿に要くんも不安そうだ。
 深見くんは苦渋に満ちた顔をした。次のシングルス1は相当強い相手が出てくるらしい。本来ならば征士くんが当たる相手だ。

「仕方ない。若竹お前、次の試合ダブルスな。俺がシングルス1に回って、瀬戸をシングルス2に回す。虹川先輩、まだ次の試合まで時間があるから、出来たら瀬戸から話を聞いてやってください」
「そう言われても……」
「頼みます。虹川先輩にしか頼めません」

 深見くんの懇願に私は根負けした。征士くんを探すと、コートの隅で一人でタオルを被って座っていた。
 私はその横に腰を下ろした。

「征士くん。どこか怪我してるの?」

 躊躇いがちに声をかける。返事はなかった。

「ねえ、本当はどこか痛いんじゃないの?」

 辛抱強く返事を待っていると、しばらくの間があってから、征士くんは掠れた声を出した。

「……若竹先輩といなくて、いいんですか?」
「若竹くん? 今は関係ないわよ。それより征士くんがどこか痛いのか……」
「……痛い、ですよ……」

 タオルが揺れる。表情は見えないけれど、ひどく辛そうな声。やっぱりどこか痛めていたのね、と私は心配になった。

「どこが痛いの? 次の試合シングルス2だって言ってたけど、やっぱり出ない方がいいんじゃ……」

 私がそう言って顔色を見ようと近づくと、急に手首を強く掴まれた。

「……月乃さんのせいで、痛いんです」
「え、私? 足とか踏んだっけ?」
「違いますよ。心が痛いんです」

 ますます強く手首を掴まれる。痣になりそうな痛さだが、私は我慢した。

「婚約者、誰でもいいんでしょう? 僕じゃなくても」
「……婚約者の話? さっきの?」
「僕よりも条件がいい人がいたら、乗り換えるんでしょう? 例えば、すぐに結婚出来る人とか」

 僕はまだ十五歳だから、結婚するにしても最低三年はかかる、と血を吐くような声で言った。
 私はその台詞を聞いて心底驚いた。まさか婚約話を気に病んでいるとは、思いもしなかった。
 私はしばらく考えて、言葉を選びながら答えた。

「あのね。婚約が決まるまでは、父が決めた人が絶対だと思っていたわ。でも征士くんに決まって、おしゃべりとか、お出かけとか、テニスとかして婚約者が征士くんで良かったって思ったの」

 征士くんは何も言わない。黙って、ただぎゅっと私の手首を掴んでいる。

「おしゃべりしていて楽しい。お出かけしても色々気遣ってくれる。優しいし、格好良いって思っている。テニスも上手だし頭も良くて、私が釣り合わないなあって、呆れられていたらどうしようっていつも考えている。だから」

 私はタオル越しだけど強く征士くんを見つめた。掴まれていない方の手で、征士くんの手を握る。

「もし征士くん以上の『資質』の人がいても、私は婚約を断る。征士くんが別の人を好きにならない限り、私は征士くんの婚約者でいたい。それじゃ、駄目かしら」

 長い沈黙が落ちた。
 別のコートでボールが跳ねる音が聞こえる。
 ふと、私の手首を掴む手が緩んだ。

「…………駄目じゃ、ないです」

 小さな小さな声。それでも間近にいる私には聞こえる。

「他に、好きな人なんて、出来ません。…………月乃さんの、婚約者が、いい」
「そう。私もあなたが婚約者でいてくれるなら幸せよ。他の婚約者なんて、絶対いらないわ」

 タオルから地面へ、ぽたりと雫が落ちた。私が握った手を、強く握り返される。
 手が緩まるのを待ってから、私は立ち上がった。座り込んでいる姿に、微笑みかけた。

「さあ、もうすぐ次の試合じゃないかしら。格好良い婚約者の、上手なテニスが観たいわ」
「…………はい!」

 私がコートの外へ出る為に歩き出すと、背後でゆっくり立ち上がる気配がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Bravissima!

葉月 まい
恋愛
トラウマに悩む天才ピアニストと 俺様キャラの御曹司 かつ若きコンサートマスター 過去を乗り越え 互いに寄り添い いつしか最高のパートナーとなる 『Bravissima!俺の女神』 ゚・*:.。♡。.:*・゜゚・*:.。♡。.:*・゜ 過去のトラウマから舞台に立つのが怖い芽衣は如月フィルのコンマス、聖の伴奏ピアニストを務めることに。 互いの音に寄り添い、支え合い、いつしか芽衣は過去を乗り超えていく。 ✧♫•・*¨*•.♡。.:登場人物:.。♡.•*¨*・•♫✧ 木村 芽衣(22歳) …音大ピアノ科4年生 如月 聖(27歳) …ヴァイオリニスト・如月フィルコンサートマスター 高瀬 公平(27歳) …如月フィル事務局長

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

同居人の一輝くんは、ちょっぴり不器用でちょっぴり危険⁉

朝陽七彩
恋愛
突然。 同居することになった。 幼なじみの一輝くんと。 一輝くんは大人しくて子羊みたいな子。 ……だったはず。 なのに。 「結菜ちゃん、一緒に寝よ」 えっ⁉ 「結菜ちゃん、こっちにおいで」 そんなの恥ずかしいよっ。 「結菜ちゃんのこと、どうしようもなく、 ほしくてほしくてたまらない」 そんなにドキドキさせないでっ‼ 今までの子羊のような一輝くん。 そうではなく。 オオカミになってしまっているっ⁉ 。・.・*.・*・*.・。*・.・*・*.・* 如月結菜(きさらぎ ゆな) 高校三年生 恋愛に鈍感 椎名一輝(しいな いつき) 高校一年生 本当は恋愛に慣れていない 。・.・*.・*・*.・。*・.・*・*.・* オオカミになっている。 そのときの一輝くんは。 「一緒にお風呂に入ったら教えてあげる」 一緒にっ⁉ そんなの恥ずかしいよっ。 恥ずかしくなる。 そんな言葉をサラッと言ったり。 それに。 少しイジワル。 だけど。 一輝くんは。 不器用なところもある。 そして一生懸命。 優しいところもたくさんある。 そんな一輝くんが。 「僕は結菜ちゃんのこと誰にも渡したくない」 「そんなに可愛いと理性が破壊寸前になる」 なんて言うから。 余計に恥ずかしくなるし緊張してしまう。 子羊の部分とオオカミの部分。 それらにはギャップがある。 だから戸惑ってしまう。 それだけではない。 そのギャップが。 ドキドキさせる。 虜にさせる。 それは一輝くんの魅力。 そんな一輝くんの魅力。 それに溺れてしまう。 もう一輝くんの魅力から……? ♡何が起こるかわからない⁉♡

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~

美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。 貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。 そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。 紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。 そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!? 突然始まった秘密のルームシェア。 日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。 初回公開・完結*2017.12.21(他サイト) アルファポリスでの公開日*2020.02.16 *表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。

シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜

長月京子
恋愛
学院には立ち入りを禁じられた場所があり、鬼が棲んでいるという噂がある。 朱里(あかり)はクラスメートと共に、禁じられた場所へ向かった。 禁じられた場所へ向かう途中、朱里は端正な容姿の男と出会う。 ――君が望むのなら、私は全身全霊をかけて護る。 不思議な言葉を残して立ち去った男。 その日を境に、朱里の周りで、説明のつかない不思議な出来事が起こり始める。 ※本文中のルビは読み方ではなく、意味合いの場合があります。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...