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本編
40 友チョコ
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テニス勝負以降、征士くんは私の家へ来ては、折を見て私の部屋へ来る。
月乃さん、月乃さんと呼ばれると少し嬉しくて、私も征士くんと呼んであげる。
そうすると、それはもう蕩けるような顔で、翌日のお弁当を頼んでくるのだ。
料理の味を気に入ってもらえているのは、悪い気はしない。ただ、一年A組まで顔を出すのは恥ずかしい。私はこっそり大学を出て、高等部の玄関でお弁当を渡していた。
そんな生活が続いていて、やがてバレンタインデーになった。私は例によって征士くんの家へ招かれた。先日婚約解消して迷惑をかけたので、お詫びの品も持っていく。
「まあ、月乃さん。いらっしゃいませ。お久しぶりです」
玄関で、征士くんのお母様が迎えてくれた。
「お久しぶりです。先日は突然婚約解消して、ご迷惑をおかけしました。これは、ほんのお詫びの気持ちです。よろしければお受け取りください」
私は持参した、高級鮑の旨煮セットを手渡した。お母様は受け取ってくれた。
「わざわざ、ありがとうございます。婚約解消して、一時期征士は荒れていましたけれど、月乃さんがお友達になってくださっていい子になったんですよ。先生にも褒められていますし、暇があると積極的に家のお手伝いもやるようになったし。何より前回の学期末試験では、学年で一番になったんです」
「母さん、僕のことはいいから。月乃さん、僕の部屋へ行きましょう」
母親に褒められて恥ずかしいのか、私を自室へ誘ってきた。私はもう一度挨拶してから、家の中へ入った。
征士くんの部屋は、やはり綺麗に片付いていた。本棚に経営理論や経済学の本がたくさん並べられてあるのが、目に入った。
私は、約束のチョコレートケーキを差し出した。
「はい。これ私が作ったチョコレートケーキ。征士くんのお口に合うか、わからないけれど……」
「わあ、綺麗なチョコレートケーキですね。月乃さんが作ったものならば、美味しいに決まっています。早速切って、食べてもいいですか?」
「どうぞ」
征士くんは階下へ行って、私と自分の分を切り分けてきた。ケーキの他に、コーヒーも持ってきた。
「やっぱり美味しいですね。外側はふわふわしているのに、中はしっとりしていて。さすがは月乃さんの作ったケーキですね。他の分も、僕一人で食べます」
「褒めてくれてありがとう。でも、他の分も一人で食べるなんて……。本当に今年は、他の女の子からチョコレートをもらわなかったの?」
「はい。月乃さんから以外のチョコレートはいりません。高等部では予め言ってありましたし、中等部の子も何人か持ってきてくれましたけど、全部断りました」
征士くんはけろりとそう言って、チョコレートケーキを食べている。
「そんな、中等部の子からも断るなんて……。本命チョコだったんじゃない? 私のは友チョコよ」
「友チョコでもいいんです。今のところは。そのうち本命チョコになる日を目指しています」
征士くんの言葉に僅かに赤くなる。どうしたというのだろう。最近の私は変だ。私は話題を変えることにした。
「そういえば、テストで学年トップなんてすごいわね。サークルにも来ていたし、うちで父から経営も教わっていたようだし。勉強する時間、あまりなかったんじゃない?」
「大体授業を聞いていればわかります。後は先生の好みがあるので、そこを狙って効率良く勉強すれば、短時間でも高得点が取れます」
「そうなの? 私、高等部の時、先生の好みなんて全然わからなかったわ」
多分征士くんは、とても要領がいいのだろう。私には真似出来ない。
「月乃さんは、前に就職活動が上手くいくようにって、話していましたよね。虹川の会社には入らないんですか?」
「コネで入りたくないのよ。どうせなら、自力で他社へ入りたいわ。私は自分の料理を褒められて嬉しかったことがあるから、外食産業系を目指しているの」
「外食産業、ですか……」
征士くんが呟くように、相槌を打った。
「例えば、レストランの調理とかですか?」
「そうね。やったことはないけれど、他にもウェイトレスでもいいわ。他の人が、喜んで料理を食べているのを見るのは、楽しそうだと思うわ」
「月乃さんが、ウェイトレス……」
出来そうもないような言い方をされて、少し腹が立った。
「何よ。私にウェイトレスが出来ないっていう訳? 練習すればきっと出来るわ」
「いえ、そう思った訳ではないんです。ただ、月乃さんの可愛いウェイトレス姿を想像してしまって……。あまり他の人には見せたくないなあって」
「ウェイトレスの格好なんて、大抵制服でしょ。別に、あんまりひらひらしたような格好のレストランとか受けようと思っていないし。第一希望は調理だし」
私の希望は、きちんとした料理を出す外食系だ。
「それは就職活動頑張ってください。もし、本当にしっかりした料理を出すお店に就職しましたら、僕行きますから」
「そう。就職活動が上手くいって、希望の外食系に就けたら、是非来て頂戴」
「はい。絶対行きますね。卒業論文も頑張ってください」
そう言われれば、今年は卒論も書かないといけないことを思い出す。私の学部は卒業に卒論は必修だ。
「卒論も頑張るわ。その前に、就活で内定を取らないと」
「大学四年生は大変ですね。応援しています」
征士くんは激励の為の握手をしてきた。私は彼の大きな手に包まれて、どきどきしてしまった。
帰りに征士くんのお母様に、是非征士をよろしくお願いしますと言われてしまった。
最早、どうお願いされていいのかわからない。
月乃さん、月乃さんと呼ばれると少し嬉しくて、私も征士くんと呼んであげる。
そうすると、それはもう蕩けるような顔で、翌日のお弁当を頼んでくるのだ。
料理の味を気に入ってもらえているのは、悪い気はしない。ただ、一年A組まで顔を出すのは恥ずかしい。私はこっそり大学を出て、高等部の玄関でお弁当を渡していた。
そんな生活が続いていて、やがてバレンタインデーになった。私は例によって征士くんの家へ招かれた。先日婚約解消して迷惑をかけたので、お詫びの品も持っていく。
「まあ、月乃さん。いらっしゃいませ。お久しぶりです」
玄関で、征士くんのお母様が迎えてくれた。
「お久しぶりです。先日は突然婚約解消して、ご迷惑をおかけしました。これは、ほんのお詫びの気持ちです。よろしければお受け取りください」
私は持参した、高級鮑の旨煮セットを手渡した。お母様は受け取ってくれた。
「わざわざ、ありがとうございます。婚約解消して、一時期征士は荒れていましたけれど、月乃さんがお友達になってくださっていい子になったんですよ。先生にも褒められていますし、暇があると積極的に家のお手伝いもやるようになったし。何より前回の学期末試験では、学年で一番になったんです」
「母さん、僕のことはいいから。月乃さん、僕の部屋へ行きましょう」
母親に褒められて恥ずかしいのか、私を自室へ誘ってきた。私はもう一度挨拶してから、家の中へ入った。
征士くんの部屋は、やはり綺麗に片付いていた。本棚に経営理論や経済学の本がたくさん並べられてあるのが、目に入った。
私は、約束のチョコレートケーキを差し出した。
「はい。これ私が作ったチョコレートケーキ。征士くんのお口に合うか、わからないけれど……」
「わあ、綺麗なチョコレートケーキですね。月乃さんが作ったものならば、美味しいに決まっています。早速切って、食べてもいいですか?」
「どうぞ」
征士くんは階下へ行って、私と自分の分を切り分けてきた。ケーキの他に、コーヒーも持ってきた。
「やっぱり美味しいですね。外側はふわふわしているのに、中はしっとりしていて。さすがは月乃さんの作ったケーキですね。他の分も、僕一人で食べます」
「褒めてくれてありがとう。でも、他の分も一人で食べるなんて……。本当に今年は、他の女の子からチョコレートをもらわなかったの?」
「はい。月乃さんから以外のチョコレートはいりません。高等部では予め言ってありましたし、中等部の子も何人か持ってきてくれましたけど、全部断りました」
征士くんはけろりとそう言って、チョコレートケーキを食べている。
「そんな、中等部の子からも断るなんて……。本命チョコだったんじゃない? 私のは友チョコよ」
「友チョコでもいいんです。今のところは。そのうち本命チョコになる日を目指しています」
征士くんの言葉に僅かに赤くなる。どうしたというのだろう。最近の私は変だ。私は話題を変えることにした。
「そういえば、テストで学年トップなんてすごいわね。サークルにも来ていたし、うちで父から経営も教わっていたようだし。勉強する時間、あまりなかったんじゃない?」
「大体授業を聞いていればわかります。後は先生の好みがあるので、そこを狙って効率良く勉強すれば、短時間でも高得点が取れます」
「そうなの? 私、高等部の時、先生の好みなんて全然わからなかったわ」
多分征士くんは、とても要領がいいのだろう。私には真似出来ない。
「月乃さんは、前に就職活動が上手くいくようにって、話していましたよね。虹川の会社には入らないんですか?」
「コネで入りたくないのよ。どうせなら、自力で他社へ入りたいわ。私は自分の料理を褒められて嬉しかったことがあるから、外食産業系を目指しているの」
「外食産業、ですか……」
征士くんが呟くように、相槌を打った。
「例えば、レストランの調理とかですか?」
「そうね。やったことはないけれど、他にもウェイトレスでもいいわ。他の人が、喜んで料理を食べているのを見るのは、楽しそうだと思うわ」
「月乃さんが、ウェイトレス……」
出来そうもないような言い方をされて、少し腹が立った。
「何よ。私にウェイトレスが出来ないっていう訳? 練習すればきっと出来るわ」
「いえ、そう思った訳ではないんです。ただ、月乃さんの可愛いウェイトレス姿を想像してしまって……。あまり他の人には見せたくないなあって」
「ウェイトレスの格好なんて、大抵制服でしょ。別に、あんまりひらひらしたような格好のレストランとか受けようと思っていないし。第一希望は調理だし」
私の希望は、きちんとした料理を出す外食系だ。
「それは就職活動頑張ってください。もし、本当にしっかりした料理を出すお店に就職しましたら、僕行きますから」
「そう。就職活動が上手くいって、希望の外食系に就けたら、是非来て頂戴」
「はい。絶対行きますね。卒業論文も頑張ってください」
そう言われれば、今年は卒論も書かないといけないことを思い出す。私の学部は卒業に卒論は必修だ。
「卒論も頑張るわ。その前に、就活で内定を取らないと」
「大学四年生は大変ですね。応援しています」
征士くんは激励の為の握手をしてきた。私は彼の大きな手に包まれて、どきどきしてしまった。
帰りに征士くんのお母様に、是非征士をよろしくお願いしますと言われてしまった。
最早、どうお願いされていいのかわからない。
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