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彼がいたということ
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その日はちょうど新月だった。日も落ちかけて来た時、訪問客と共にそれは告げられた。彼が帰ってこないという報告はあまりにも唐突で、それでも皆が整然と各々がやりたい事をやった。
訪問客が帰って行った後、そこには妙な沈黙が残り鉛のように心にのしかかった。誰からというでもなく無言で皆部屋に戻っていく。言葉を交わすでもなく、各々の感情を抱いて。
「兇皇子真月」
部屋に戻った後、机に向かい本を開く。いつも通り勉強をしようと思った。なに、高々1人養子が死んだだけだ。何も、何一つ変わらない。いつも通りの日常を過ごすだけだ。そう思った。思いたかった。
「……くそ…」
握ったペンが音を立て始める。ギシギシと、加えられた負荷を伝えるために必死に叫び始めた。自分ではそんなに力んでるつもりは無いがその音が途切れることはなく、ついにそれはパリンと言う音を立てて砕け散った。その破片が掌に食い込みポタポタと血がしたたたる。
生きているのだ自分は。そう思うと胸が締め付けられる。この赤さですらもあいつはもう見れないのだから。
無月の事を思い出す。無月はいつも俺の事を見ていた。一挙手一投足、見逃さないように。何かひとつでも盗み取ってやろうともがいていた。あいつは血の繋がりが無いことに誰よりも悩み、自らに嫌悪していた事を知っている。それなのに俺はその辛さに寄り添いもせずただ見ていた。この苗字の呪いを無月から取り去ろうとはしなかった。無月は強く、いつかそれすらも糧にして誰よりも強くなると思っていた。そのせいであいつは悩み続け、そしてその呪いに殺された。無力だ。自分がなんと恨めしいことか。血塗れの拳を机に叩きつけてもあいつは帰ってこない。分かってはいても何度も打ち付けるしか出来ない。無駄だとしてもこの感情はどうすればいい。分からない、感情の行き場がここまでなくなったのは初めてだ。
「生き様……か。死んだら何の意味もないだろう」
後悔ばかりが募る。もっと一緒にいてやりたかったと今更に思う。俺は無月が好きだった、何よりも愚直で捻くれてながらも真っ直ぐでどこまでもお人好しなあいつは俺の憧れでもあったのだ。俺もあんなふうになれたらと、素直でまっすぐになれたらどんなに良いだろうと何度も思った。弟の笑顔がこびりついて離れない。
「好きだぞ、無月」
今まで一度も口にしたことのない弟への言葉は誰にも届くことはなかった。
「兇皇寺美月」
不思議と涙は溢れなかった。ただ一つ思ったのは馬鹿ねの一言だけ。詰めがあまい、そりゃあ見事だったでしょうよ。その信念はさぞ美しかった事でしょう。だから何?遺された人の、私達の気持ちはどうなるの?そこまで考えが及ばず、結局自らの我が儘の為にこれだけの想いを背負わした弟に腹立たしささえ覚える。ただそれでも微笑んでしまうのだからどうしようもない。
「やっぱ可愛いわね。そう言うところも」
あの子の日記を一度だけ見たことがある。自らの価値を盲目的に探し、自らの生まれを、存在を呪い続けていた。だからもがいていた。死にもの狂いで生きる価値を探していて、藁にもすがる思いで必死に手を伸ばしたその結果が自らが死ぬことだった。馬鹿じゃないかしら。考えなしにも程がある、自らの命を軽く扱いたまたまそこにいただけの人物を救う為に自らのこれからを差し出した。許せない、そんなくだらないことで大好きな弟がもう帰ってこないと思うと吐き気がこみ上げる。
だけど本気であの子が選んだ選択がどこか誇らしく感じる、どうしようもなく愛おしい。なんて綺麗で気高い最期。私はきっと無月の気持ちを理解することは一生出来ないのだろう。わかりたくもない、けれども寄り添いたかった。その場で見送ってあげたかった。笑顔で、愛してると伝えたかった。それを伝えたことは今までただ一度もなく、そのせいで蝕まれてった弟にポツリと一言。
「馬鹿ね」
それは誰に向けてなのか、それは私が1番分かってる。
今夜は新月、月の無い夜。それでも確かにそこに月はある、見えないだけでそこには月が輝いてるのだ。それを彼らは知っている。もういなくなろうとも、彼は、無月の価値は兄弟の中に有り続ける。
無い月の夜に彼らは自らの価値を疑ったどうしようもなくかえがたい弟を想うのだ。きっとこれからも。
訪問客が帰って行った後、そこには妙な沈黙が残り鉛のように心にのしかかった。誰からというでもなく無言で皆部屋に戻っていく。言葉を交わすでもなく、各々の感情を抱いて。
「兇皇子真月」
部屋に戻った後、机に向かい本を開く。いつも通り勉強をしようと思った。なに、高々1人養子が死んだだけだ。何も、何一つ変わらない。いつも通りの日常を過ごすだけだ。そう思った。思いたかった。
「……くそ…」
握ったペンが音を立て始める。ギシギシと、加えられた負荷を伝えるために必死に叫び始めた。自分ではそんなに力んでるつもりは無いがその音が途切れることはなく、ついにそれはパリンと言う音を立てて砕け散った。その破片が掌に食い込みポタポタと血がしたたたる。
生きているのだ自分は。そう思うと胸が締め付けられる。この赤さですらもあいつはもう見れないのだから。
無月の事を思い出す。無月はいつも俺の事を見ていた。一挙手一投足、見逃さないように。何かひとつでも盗み取ってやろうともがいていた。あいつは血の繋がりが無いことに誰よりも悩み、自らに嫌悪していた事を知っている。それなのに俺はその辛さに寄り添いもせずただ見ていた。この苗字の呪いを無月から取り去ろうとはしなかった。無月は強く、いつかそれすらも糧にして誰よりも強くなると思っていた。そのせいであいつは悩み続け、そしてその呪いに殺された。無力だ。自分がなんと恨めしいことか。血塗れの拳を机に叩きつけてもあいつは帰ってこない。分かってはいても何度も打ち付けるしか出来ない。無駄だとしてもこの感情はどうすればいい。分からない、感情の行き場がここまでなくなったのは初めてだ。
「生き様……か。死んだら何の意味もないだろう」
後悔ばかりが募る。もっと一緒にいてやりたかったと今更に思う。俺は無月が好きだった、何よりも愚直で捻くれてながらも真っ直ぐでどこまでもお人好しなあいつは俺の憧れでもあったのだ。俺もあんなふうになれたらと、素直でまっすぐになれたらどんなに良いだろうと何度も思った。弟の笑顔がこびりついて離れない。
「好きだぞ、無月」
今まで一度も口にしたことのない弟への言葉は誰にも届くことはなかった。
「兇皇寺美月」
不思議と涙は溢れなかった。ただ一つ思ったのは馬鹿ねの一言だけ。詰めがあまい、そりゃあ見事だったでしょうよ。その信念はさぞ美しかった事でしょう。だから何?遺された人の、私達の気持ちはどうなるの?そこまで考えが及ばず、結局自らの我が儘の為にこれだけの想いを背負わした弟に腹立たしささえ覚える。ただそれでも微笑んでしまうのだからどうしようもない。
「やっぱ可愛いわね。そう言うところも」
あの子の日記を一度だけ見たことがある。自らの価値を盲目的に探し、自らの生まれを、存在を呪い続けていた。だからもがいていた。死にもの狂いで生きる価値を探していて、藁にもすがる思いで必死に手を伸ばしたその結果が自らが死ぬことだった。馬鹿じゃないかしら。考えなしにも程がある、自らの命を軽く扱いたまたまそこにいただけの人物を救う為に自らのこれからを差し出した。許せない、そんなくだらないことで大好きな弟がもう帰ってこないと思うと吐き気がこみ上げる。
だけど本気であの子が選んだ選択がどこか誇らしく感じる、どうしようもなく愛おしい。なんて綺麗で気高い最期。私はきっと無月の気持ちを理解することは一生出来ないのだろう。わかりたくもない、けれども寄り添いたかった。その場で見送ってあげたかった。笑顔で、愛してると伝えたかった。それを伝えたことは今までただ一度もなく、そのせいで蝕まれてった弟にポツリと一言。
「馬鹿ね」
それは誰に向けてなのか、それは私が1番分かってる。
今夜は新月、月の無い夜。それでも確かにそこに月はある、見えないだけでそこには月が輝いてるのだ。それを彼らは知っている。もういなくなろうとも、彼は、無月の価値は兄弟の中に有り続ける。
無い月の夜に彼らは自らの価値を疑ったどうしようもなくかえがたい弟を想うのだ。きっとこれからも。
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