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lionheart
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一定の心地よいリズムを刻みながら列車は進む。旅の疲れもあり睡魔が程よい心地よさを感じさせる。友人からチケットを受け取ってからあっという間に時間は過ぎていき、その分疲労も加速した。少し夜風に当たろうか、
そう思い窓を開く。
期待外れに流れ込んでくる重たい空気。肺の中の空気がまるで汚泥で満たされていくような名状しがたい空気の味。それとともに頭のなかに激しく警鐘が響いた。
(だめだ、閉めろ)
頭では分かっていても体が動きはしない。俺の助手は気づいていないようで隣に来て自分も夜風に当たろうとしている。不意に聞こえた風切り音、咄嗟に動いた左手は助手である彼女をつきとばしていた。自らの皮膚が裂かれる感触、肉を抉られる感覚、痛みが体を突き抜ける感覚の腹立たしさと憎らしさにせめてもの抵抗と舌打ちをする。ただ、腹のなかは違うようで
(嫌だ、死にたくない。怖い、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ)
事切れる直前に僅かに聞こえた誰かさんの金切り声、脳裏にこびりついて離れないそれとともに俺は意識と生きる意思を手放した。
絶命とともに跳ね起きる。まただ、またあの夢だ。いや夢ではない。またあの時の……思い出したくないのにいやでも思い出してしまう。時刻は午前3時半、まだ外は真っ黒に塗りつぶされているが眠ろうにも眠れない。
思い出すのはやはりあの事件のこと。俺はあのとき死に、しかし今生きている、残念なことに。
俺はあのとき最低の選択をえらぼうとしていた。自分達だけが助かるために逃げようとしていたのだ。いっそあのとき死んでいればこんなに自分を嫌悪することはなかったのだろうか。やはり夜は変に落ち込んでしまうものだなと自嘲ぎみに笑う。
しかしそれとともに思い出す光景がある。あんなに絶望的な光景と、混乱のなか彼女はこちらを見据えてきっぱりと
「逃げない」
まっすぐこちらを見てそういった彼女。俺はその真っ直ぐな瞳に気圧された。死を間近で感じ、あんなにも恐ろしい経験をしたというのにもかかわらず、自分は確実に助かる手段があったのに俺を見捨てなかった。なのに俺は……そんなあいつですらも……
夜風に当たろうと窓を開けようとした手が震える。一定の心地よいリズムが頭の奥に聞こえてきている。心地よかったはずの睡魔も、電車の揺れもいまは恐怖でしかない。窓へと伸ばした震える手をゆっくりと引っ込める。
「……くそ」
こぼれた声は誰にも聞かれず消えていき、嫌悪感だけが募ってく。そしてそれと同時に疑問が沸々と沸き上がって
「おれにとって朝日はなんなんだ」
今の言葉は口にしていたのか、はたまたしてないのか。その疑問の答はなかなかでない。恋愛対象かと聞かれれば断じて否、ただ友人かと聞かれればそんなに生ぬるいものではない。すくなくとも俺はそう感じている。
世間知らずで、頭が悪く、人の悪意に疎くて、どんくさくて本当に使えない最悪の友人だ。けれども、肝心なときにいつも横にいてくれて、大事なところで力になってくれて、珈琲を煎れるのは抜群に上手くて、いついかなるときも勇敢で、そして俺の最高の助手だ。あいつの事はバカだと思う、力不足の助手だとも思う。だがそれでも、背中はあいつにしか任せられない。何よりどんなに高級な豆を使っていたとしても、どれだけ修行をつんだシェフがいようと、珈琲を他所で飲む気にはなれない。
俺は小森朝日に命を二度救われた、心を何度も救われた。きっと俺はあいつが助手を止めたとしても新たな助手は雇えない。あれ以上の珈琲にも、助手にもきっと出会えない。
(なんだ、解は既に出ていたじゃないか)
やはり自嘲気味に笑うことしか俺はできないらしい、深夜とはそういうものだとまた嗤う。
助ける者。だというのに勝手に俺は朝日を守ってやってるつもりだった。上に立った気分になり慢心し、見下し、庇護する者だと思い込んでいたが。なるほど愚者は俺の方だ。守られているのも、救われてるのもすべてこちら側だ。
勇敢な君だから。
「……なるほど俺はあいつに」
一人で何度も笑う俺の姿はおそらく気色悪い。でも不思議と悪い気はしない。そうだ夜風に当たるんだった。左手で勢いよく窓を開ける、ふわりと心地よい風が一気に流れ込んでくる。うん、やっぱり夜風は悪くない。恐れることはなにもないじゃないか。
そうだ薔薇でも買ってこよう。汚れのない、天真爛漫な白い薔薇。俺は素直には成れないようだから。
俺はあいつに憧れている
そう思い窓を開く。
期待外れに流れ込んでくる重たい空気。肺の中の空気がまるで汚泥で満たされていくような名状しがたい空気の味。それとともに頭のなかに激しく警鐘が響いた。
(だめだ、閉めろ)
頭では分かっていても体が動きはしない。俺の助手は気づいていないようで隣に来て自分も夜風に当たろうとしている。不意に聞こえた風切り音、咄嗟に動いた左手は助手である彼女をつきとばしていた。自らの皮膚が裂かれる感触、肉を抉られる感覚、痛みが体を突き抜ける感覚の腹立たしさと憎らしさにせめてもの抵抗と舌打ちをする。ただ、腹のなかは違うようで
(嫌だ、死にたくない。怖い、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ)
事切れる直前に僅かに聞こえた誰かさんの金切り声、脳裏にこびりついて離れないそれとともに俺は意識と生きる意思を手放した。
絶命とともに跳ね起きる。まただ、またあの夢だ。いや夢ではない。またあの時の……思い出したくないのにいやでも思い出してしまう。時刻は午前3時半、まだ外は真っ黒に塗りつぶされているが眠ろうにも眠れない。
思い出すのはやはりあの事件のこと。俺はあのとき死に、しかし今生きている、残念なことに。
俺はあのとき最低の選択をえらぼうとしていた。自分達だけが助かるために逃げようとしていたのだ。いっそあのとき死んでいればこんなに自分を嫌悪することはなかったのだろうか。やはり夜は変に落ち込んでしまうものだなと自嘲ぎみに笑う。
しかしそれとともに思い出す光景がある。あんなに絶望的な光景と、混乱のなか彼女はこちらを見据えてきっぱりと
「逃げない」
まっすぐこちらを見てそういった彼女。俺はその真っ直ぐな瞳に気圧された。死を間近で感じ、あんなにも恐ろしい経験をしたというのにもかかわらず、自分は確実に助かる手段があったのに俺を見捨てなかった。なのに俺は……そんなあいつですらも……
夜風に当たろうと窓を開けようとした手が震える。一定の心地よいリズムが頭の奥に聞こえてきている。心地よかったはずの睡魔も、電車の揺れもいまは恐怖でしかない。窓へと伸ばした震える手をゆっくりと引っ込める。
「……くそ」
こぼれた声は誰にも聞かれず消えていき、嫌悪感だけが募ってく。そしてそれと同時に疑問が沸々と沸き上がって
「おれにとって朝日はなんなんだ」
今の言葉は口にしていたのか、はたまたしてないのか。その疑問の答はなかなかでない。恋愛対象かと聞かれれば断じて否、ただ友人かと聞かれればそんなに生ぬるいものではない。すくなくとも俺はそう感じている。
世間知らずで、頭が悪く、人の悪意に疎くて、どんくさくて本当に使えない最悪の友人だ。けれども、肝心なときにいつも横にいてくれて、大事なところで力になってくれて、珈琲を煎れるのは抜群に上手くて、いついかなるときも勇敢で、そして俺の最高の助手だ。あいつの事はバカだと思う、力不足の助手だとも思う。だがそれでも、背中はあいつにしか任せられない。何よりどんなに高級な豆を使っていたとしても、どれだけ修行をつんだシェフがいようと、珈琲を他所で飲む気にはなれない。
俺は小森朝日に命を二度救われた、心を何度も救われた。きっと俺はあいつが助手を止めたとしても新たな助手は雇えない。あれ以上の珈琲にも、助手にもきっと出会えない。
(なんだ、解は既に出ていたじゃないか)
やはり自嘲気味に笑うことしか俺はできないらしい、深夜とはそういうものだとまた嗤う。
助ける者。だというのに勝手に俺は朝日を守ってやってるつもりだった。上に立った気分になり慢心し、見下し、庇護する者だと思い込んでいたが。なるほど愚者は俺の方だ。守られているのも、救われてるのもすべてこちら側だ。
勇敢な君だから。
「……なるほど俺はあいつに」
一人で何度も笑う俺の姿はおそらく気色悪い。でも不思議と悪い気はしない。そうだ夜風に当たるんだった。左手で勢いよく窓を開ける、ふわりと心地よい風が一気に流れ込んでくる。うん、やっぱり夜風は悪くない。恐れることはなにもないじゃないか。
そうだ薔薇でも買ってこよう。汚れのない、天真爛漫な白い薔薇。俺は素直には成れないようだから。
俺はあいつに憧れている
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