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数時間後、ハモンドは何杯か隣の紳士とウイスキーを飲みながら思いがけて楽しい時を過ごしてから邸に戻ると、 ナッシュは玄関で古参の老執事に捕まりました。
主人が帰宅したら帽子や外套を脱ぐのを手伝うものと心得ているはずなのに、執事は折りたたまれた用紙をナッシュに差し出しました。
大胆ですが、柔らかくてなめらかな淑女らしい字で宛名が書かれています。
執事は前置きなしに言いました。
「すぐにお返事が欲しいとのことです、 ご主人様 」
「すぐにとは。 なかなか無茶な要求だ」
「はい。 その書簡を届けに来た従僕は返事を受け取るまで帰らないと申しております。しかも、大食いで困ります」
執事は鋭い灰色の目を厨房の方に向け、いつもしかめているような顔を一層 渋くしました。
ハモンドは小さく笑いました。
(家の食料を、従僕に食い尽くされそうだというわけか)
料理人のおばさまは、この家に足を踏み入れたもの全員を太らせるのが自分の使命だと考えているのです。彼女がその使命に熱心すぎて、食べ物が足りなくなると執事はおかんむりな訳です。
備蓄倉庫に蓄えられているバターの量を考えれば、プディングをいくら余計に食べさせたところで問題ないと諭しても、聞く耳を持ちません。
執事は、高いとは言えない背をグッと伸ばして鼻を鳴らしました。
「あの従僕の食欲ときたら、一個大隊並みです。まるで使用人に満足に食事を与えていないか、単に食事をさせるために送り込んできたような食べっぷりです」
ハモンドは、書簡を開きました。ふわりとシナモンの香りが立ちのぼります。
(彼女の香りだ)
エルセーヴ嬢が赤いシルクのシーツに横たわる姿が、目に浮かんできます。桜色の豊かな髪が扇のように広がり、月の光を思わせるような白い素肌が触れられるのを待っているかのように。
彼は手の中の書簡に視線を落としました。
『レディー・エルセーヴ・ホッテンはハモンド・ブランクトン子爵を来週水曜日の午後2時にルベスバーグ伯爵邸で行われる素敵なピンクランチに謹んでご招待いたします。是非とも至急お返事いただければと存じます』
その瞬間、全てが腑に落ちたのです。
(ハプスバラとグランドルがあれほど自信を持っていた理由はこれだったのか)
2人ともそれぞれ同じような招待状を受け取って、この栄誉によくしているは自分だけだと思い込んだのです。
求婚者に事欠かさず決断に慎重なエルセーヴ嬢が、いまだ品定め中だとは露ほども疑っていないでしょう。
(だが彼女は最後の一つを選び出す前にいくつの果実を絞るつもりなのだろうな)
それこそハモンドが答えを知りたいことでした。
ハモンドは執事を呼びました。
「その従僕を呼んできてくれ」
「かしこまりました、ご主人様」
そう言って、ハモンドを玄関ホールに残し、勇み足で中央の扉へと向かっていきます。
執事の姿が見えなくなってから、 ハモンドは帽子と外套をまだ脱いでいないことに気がつきました。
(まあいい。自分で片付けられないわけではないし)
帽子と外套をしまって玄関口に戻ってくると 、執事が背の高い 若い従僕を連れて待っていました。
従僕はホッテン伯爵家の白とロイヤルブルーの薔薇の紋章入りのマント姿でした。
靴の端にかすかに赤いものがついています。家政婦お得意のベリーパイを頬張っているところを引っ張ってこられたのだろうと、ハモンドは苦笑しました。
ハモンドに気づいた従僕はかかとを打ち鳴らして、深々と頭を下げました。
「あのう、主人への返事をいただけますでしょうか」
「ああ。だがそれを渡す前に知りたいことがある。きみは今日レディー・エルセーヴの使いで他にも書簡を届けたか?」
従僕は目を見開きました。
「はい。実を申しますと3つほど 届けました」
「これから届けるものもあるのか」
「いいえ、旦那様」
従僕は頭を振りながら答えました。
「こちらが最後です」
ハモンドの胸から、安堵の息が漏れました。
そうなると、招待状を受け取ったのは自分とハプスバラとグランドルの3人だけだということだと判明しました。
少なくても王国中の全男性を蹴散らす必要はないのです。そして 3人にまで候補を絞ったということは、彼女が決断を下す時は近いに違いないということでした。
彼女が正しい選択をするように、あらゆる手を打とうとハモンドは決めました。そのためにゲームのルールを変えることになるとしても……。
主人が帰宅したら帽子や外套を脱ぐのを手伝うものと心得ているはずなのに、執事は折りたたまれた用紙をナッシュに差し出しました。
大胆ですが、柔らかくてなめらかな淑女らしい字で宛名が書かれています。
執事は前置きなしに言いました。
「すぐにお返事が欲しいとのことです、 ご主人様 」
「すぐにとは。 なかなか無茶な要求だ」
「はい。 その書簡を届けに来た従僕は返事を受け取るまで帰らないと申しております。しかも、大食いで困ります」
執事は鋭い灰色の目を厨房の方に向け、いつもしかめているような顔を一層 渋くしました。
ハモンドは小さく笑いました。
(家の食料を、従僕に食い尽くされそうだというわけか)
料理人のおばさまは、この家に足を踏み入れたもの全員を太らせるのが自分の使命だと考えているのです。彼女がその使命に熱心すぎて、食べ物が足りなくなると執事はおかんむりな訳です。
備蓄倉庫に蓄えられているバターの量を考えれば、プディングをいくら余計に食べさせたところで問題ないと諭しても、聞く耳を持ちません。
執事は、高いとは言えない背をグッと伸ばして鼻を鳴らしました。
「あの従僕の食欲ときたら、一個大隊並みです。まるで使用人に満足に食事を与えていないか、単に食事をさせるために送り込んできたような食べっぷりです」
ハモンドは、書簡を開きました。ふわりとシナモンの香りが立ちのぼります。
(彼女の香りだ)
エルセーヴ嬢が赤いシルクのシーツに横たわる姿が、目に浮かんできます。桜色の豊かな髪が扇のように広がり、月の光を思わせるような白い素肌が触れられるのを待っているかのように。
彼は手の中の書簡に視線を落としました。
『レディー・エルセーヴ・ホッテンはハモンド・ブランクトン子爵を来週水曜日の午後2時にルベスバーグ伯爵邸で行われる素敵なピンクランチに謹んでご招待いたします。是非とも至急お返事いただければと存じます』
その瞬間、全てが腑に落ちたのです。
(ハプスバラとグランドルがあれほど自信を持っていた理由はこれだったのか)
2人ともそれぞれ同じような招待状を受け取って、この栄誉によくしているは自分だけだと思い込んだのです。
求婚者に事欠かさず決断に慎重なエルセーヴ嬢が、いまだ品定め中だとは露ほども疑っていないでしょう。
(だが彼女は最後の一つを選び出す前にいくつの果実を絞るつもりなのだろうな)
それこそハモンドが答えを知りたいことでした。
ハモンドは執事を呼びました。
「その従僕を呼んできてくれ」
「かしこまりました、ご主人様」
そう言って、ハモンドを玄関ホールに残し、勇み足で中央の扉へと向かっていきます。
執事の姿が見えなくなってから、 ハモンドは帽子と外套をまだ脱いでいないことに気がつきました。
(まあいい。自分で片付けられないわけではないし)
帽子と外套をしまって玄関口に戻ってくると 、執事が背の高い 若い従僕を連れて待っていました。
従僕はホッテン伯爵家の白とロイヤルブルーの薔薇の紋章入りのマント姿でした。
靴の端にかすかに赤いものがついています。家政婦お得意のベリーパイを頬張っているところを引っ張ってこられたのだろうと、ハモンドは苦笑しました。
ハモンドに気づいた従僕はかかとを打ち鳴らして、深々と頭を下げました。
「あのう、主人への返事をいただけますでしょうか」
「ああ。だがそれを渡す前に知りたいことがある。きみは今日レディー・エルセーヴの使いで他にも書簡を届けたか?」
従僕は目を見開きました。
「はい。実を申しますと3つほど 届けました」
「これから届けるものもあるのか」
「いいえ、旦那様」
従僕は頭を振りながら答えました。
「こちらが最後です」
ハモンドの胸から、安堵の息が漏れました。
そうなると、招待状を受け取ったのは自分とハプスバラとグランドルの3人だけだということだと判明しました。
少なくても王国中の全男性を蹴散らす必要はないのです。そして 3人にまで候補を絞ったということは、彼女が決断を下す時は近いに違いないということでした。
彼女が正しい選択をするように、あらゆる手を打とうとハモンドは決めました。そのためにゲームのルールを変えることになるとしても……。
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