【完結】地味モブ巫女候補に転生したら、図書館で出会った彼に恋をしました ―補佐役エンド志望だったのに、恋がわたしを変えていく―

朝日みらい

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第六章 隠された真実

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 長く閉ざされていたその扉の先で、わたしは小さな灯火を見つけました。胸の奥が早鐘のように打ち続け、息が詰まってしまいそうです。

​ 石造りの回廊を抜けると、そこは静まり返った小部屋でした。厚いカーテンに遮られた空間は、わずかな燭台の明かりだけで照らされており、漂う空気は沈鬱で、どこか祈りの場を思わせます。そしてその奥。寝椅子の上に横たわる人影――。

​「…セドリック、様…」

 ​思わず声が震えました。

​その人は深く衾(ふすま)に身を沈め、蒼白な顔をかすかな灯りに浮かべていました。けれど目尻の曲線も、整った唇も、わたしの記憶に刻まれているまま。長く会えなかった人が、確かにそこにいたのです。

 ​駆け寄り、その手に触れたとき、わたしの心は堰を切ったように崩れました。

​「うそ…本当に…セドリック様…っ」

 ​指先は熱を期待したけれど、伝わったのは驚くほど弱々しい温かさでした。彼の瞼がゆっくりと開かれ、かすれた声が漏れます。

​「…ミモレ。来て、くれたのですね」

​ その瞬間、わたしの視界は涙で滲みました。

​「…ずっと…ずっと会いたかったんです!」

​ 震える言葉に、セドリック様は静かに笑みを浮かべ、力の抜けた手でわたしの指を包み込みました。

​「僕もです。ずっと…会いたかった」

​ やがて、彼は弱い息でぽつりぽつりと真実を語り始めました。

​「…隠していて、すまなかった。僕は…ただの魔術師ではないのです。前国王の長子、セドリック・アルヴァート。…本来なら王位を継ぐはずでした」

​「…!」

​ 世界が揺らいだような衝撃でした。わたしが恋した相手は、ただの温厚な研究者ではなく、この国の真の王位継承者だったのです。

​「けれど…幼いころから体が弱く…表舞台に立てば、国そのものを揺るがせてしまう。だから父上が亡くなり、弟のライアンが表に立ち…僕は人前から姿を消して、神殿で神に仕える神官の長として退きました」

​「だから…ずっと神殿に…」

​ 点と点がつながっていくのを、涙に濡れた視界で理解しました。苦しいほどの真実でした。けれど、問わずにはいられません。

​「そんな大切なことを…どうしてわたしに――」

 ​問いかけると、彼はゆっくりとわたしの頬に触れました。

​「…ミモレだからです。君だけには…本当の自分を見てほしかった」

 ​指先がそっと涙をなぞります。頬を撫でられる感触に、胸の奥が熱く震えました。

​「…ただの巫女候補のわたしに…?」

​「ただの、ではありませんよ。もう、立派な巫女になったではないですか」

 ​かすれた声に力を込めるように、彼はしっかりとわたしを見ました。

​「僕にとって君は…一人の女性として、大切で…愛おしい存在なのだから」

​ 息が止まりそうになりました。ああ、ずっと心の奥に思い描いて、けれど口にはできなかった願いが、今ここで現実になったのです。わたしは嗚咽をこらえながら、彼の胸に顔を埋めました。

​「…セドリック様。わたしも、ずっと…あなたが好きでした」

 ​彼の腕が弱々しくも確かに回り、わたしを抱き寄せます。重なった鼓動がたとえ不確かでも、確かなぬくもりを刻んでいました。

​「…これから先、国がどう動こうと…わたしはあなたのそばにいたい」

​ 震える声で言葉にしたとき、セドリック様は微笑みました。

​「ずっと神殿に暮らすことになるのは構わないのですか?」

​「構いません。そのために巫女になったのです」

​ 涙で赤らんだ目で彼を見つめ返した瞬間、彼の唇がそっと額に触れました。

​「…ありがとう。ミモレ」

 ​静かな囁きに、胸まで熱くなる。それはまるで、未来を誓う愛の口づけのようでした。

 ​外ではまだ戴冠式の余韻が響いていました。人々は新たな秩序を祝福し、王国は変革の渦中にあります。けれど、石室に閉ざされたこの一瞬。わたしにとって大切なのはただ一つ。

​「…やっと会えました」

​ そっと彼の手を握ると、病に痩せたその指先が、わずかでも温もりを返してくれました。

​「ええ。もう離しませんから」

​確かな想いは、永遠に結ばれている

――そう信じて。


​【終】
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