10 / 22
10
しおりを挟む
……なんか、彼女、変ですわ。
フリメース・エムシータ王女は、いぶかしげに、皆から祝福される二人を見つめた。
レイズ王子と引けを取らない、美しい黒髪の少女は、彼の一歳年下の妹にあたり、リリス嬢とは同い年にあたる。
同じ王都の名家ばかりが通うエルテルルー女学園で文字通り、同じ教室の同級なだけに、フリメースの視線は鋭い。
イリス嬢は、いつも休みがちで顔色は血の気がなくて、体も病弱だから手足はひどく痩せていた。
二学年に進級してからは、ほぼ、学校にも来れず、この都から遠く離れた田舎で療養を続けていた。
その間も、婚約している兄、レイズ王子が、何度もお見舞いに訪れていて、今回も皆よりも一日早く、彼女の具合を身に来ていた。
今回の結婚1年前のパーティーも、イリス嬢の体調次第では、婚約自体も危ぶまれていただけに、見違えるほどの回復ぶりには目を見張る。
はっ、とフリメースは、突き上げた思いつきに息をのんだ。
彼女、まさか、別人じゃないのかしら……。
王族の家族も、親戚たちも歓迎モード一色に染まる中、さすがにそんな高飛車な話をしたら、一笑に付されておしまいになる。
「わたし、少し、外の空気を吸いに出かけます。ちょっと、アナリスも来れるかしら?」
「もちろんです、フリメースお嬢様」
いつも、彼女のそばに控えている侍女が、にこやかに応じた。
会場を出て、二階のバルコニーでふたりは高原の爽やかな空気にあたりながら、
「アナリス、あなたに今のイリス嬢のことを調べてほしいの。別人に見えるの」
と、素直に話した。
アナリスは、侍女といっても、王家に仕える国家の公職にあたるので、通常の使用人とは格が違う。
名門の公爵令嬢で、頭脳明せきだった彼女は、結婚よりも名誉ある王家に仕える仕事を選んだのである。
幼少からフリメースの養母として、子育ての補助から、学業の補佐、身の回りの世話は何でもこなしている、第二の母といったところだ。
フリメース嬢の発言に、一瞬、惑う色顔をかすめたが、彼女の真剣な眼差しに微笑して、
「では、今のリリス嬢が本人であるかどうか、調査をいたします。わたしは数日、ここに滞在しますが、お帰りはお一人でよろしいですか?」
「平気よ。わたしも、ずいぶんと大きいの。子どもではないのよ」
「そうですね。ご立派になられましたね」
アナリスは、目を細めて、美しく成長したレディーの背中を眺める。
フリメースは、手すりにもたれながら、黄色に輝く月を眺めながら、
「ねえ、アナリス。どうして、わたしの話を馬鹿げてると、言わないの? きっと、他人ならそう言うわ」
「お嬢様は、ご家族の中でも、一番お兄様をお慕いされているのを知っていますから。もし、偽りの結婚であったら、一番傷つくのはお兄様ですし、お嬢様ご本人です」
「……わたしはそんな、立派な人間ではないわよ。もちろん、兄を好いているわ。あんな風に、元気なリリス嬢と踊っているのを見て、正直、妬いていたところもあるの。今回も、病で婚約破棄にでもなればいい。そう、期待していた自分がいるの。憎らしくて、器が小さい人間なのだわ……」
「わたくしは、そうやって、いつもご自身に素直に向き合って、悩んでらっしゃる王女様が素適ですよ。憎らしいどころか、愛らしい方です」
「……ありがとう、アナリス。そろそろ、冷えてきたわね。中に戻りましょう」
フリメースは、すっきりした面持ちで、アナリスに向き直ると、ともにバルコニーを後にした。
会場には、ダンスを終えて、幸せそうに肩を寄せ合う、レイズ王子とリリス嬢が、来賓客から歓声を浴びていた。
フリメースは、複雑な内面の感情をおくびにも出さず、ふたりに歩み出て、にこやかに、
「お兄様、成功、おめでとう。リリスさん、お兄様をよろしくね」
と、リリス嬢に手を差し出す。
フリメースと差し出された手を、リリス嬢は少し戸惑いの色を浮かべたが、
「こちらこそ、よろしくっ」
と、ギュッと握り返される。
こんな、ささくれて、職人の手のような、硬い手触り……。以前の彼女なら、柔らか過ぎて壊れてしまいそうだったのに。
フリメースは、無言で、触れたじぶんのてのひらを見返していた。
フリメース・エムシータ王女は、いぶかしげに、皆から祝福される二人を見つめた。
レイズ王子と引けを取らない、美しい黒髪の少女は、彼の一歳年下の妹にあたり、リリス嬢とは同い年にあたる。
同じ王都の名家ばかりが通うエルテルルー女学園で文字通り、同じ教室の同級なだけに、フリメースの視線は鋭い。
イリス嬢は、いつも休みがちで顔色は血の気がなくて、体も病弱だから手足はひどく痩せていた。
二学年に進級してからは、ほぼ、学校にも来れず、この都から遠く離れた田舎で療養を続けていた。
その間も、婚約している兄、レイズ王子が、何度もお見舞いに訪れていて、今回も皆よりも一日早く、彼女の具合を身に来ていた。
今回の結婚1年前のパーティーも、イリス嬢の体調次第では、婚約自体も危ぶまれていただけに、見違えるほどの回復ぶりには目を見張る。
はっ、とフリメースは、突き上げた思いつきに息をのんだ。
彼女、まさか、別人じゃないのかしら……。
王族の家族も、親戚たちも歓迎モード一色に染まる中、さすがにそんな高飛車な話をしたら、一笑に付されておしまいになる。
「わたし、少し、外の空気を吸いに出かけます。ちょっと、アナリスも来れるかしら?」
「もちろんです、フリメースお嬢様」
いつも、彼女のそばに控えている侍女が、にこやかに応じた。
会場を出て、二階のバルコニーでふたりは高原の爽やかな空気にあたりながら、
「アナリス、あなたに今のイリス嬢のことを調べてほしいの。別人に見えるの」
と、素直に話した。
アナリスは、侍女といっても、王家に仕える国家の公職にあたるので、通常の使用人とは格が違う。
名門の公爵令嬢で、頭脳明せきだった彼女は、結婚よりも名誉ある王家に仕える仕事を選んだのである。
幼少からフリメースの養母として、子育ての補助から、学業の補佐、身の回りの世話は何でもこなしている、第二の母といったところだ。
フリメース嬢の発言に、一瞬、惑う色顔をかすめたが、彼女の真剣な眼差しに微笑して、
「では、今のリリス嬢が本人であるかどうか、調査をいたします。わたしは数日、ここに滞在しますが、お帰りはお一人でよろしいですか?」
「平気よ。わたしも、ずいぶんと大きいの。子どもではないのよ」
「そうですね。ご立派になられましたね」
アナリスは、目を細めて、美しく成長したレディーの背中を眺める。
フリメースは、手すりにもたれながら、黄色に輝く月を眺めながら、
「ねえ、アナリス。どうして、わたしの話を馬鹿げてると、言わないの? きっと、他人ならそう言うわ」
「お嬢様は、ご家族の中でも、一番お兄様をお慕いされているのを知っていますから。もし、偽りの結婚であったら、一番傷つくのはお兄様ですし、お嬢様ご本人です」
「……わたしはそんな、立派な人間ではないわよ。もちろん、兄を好いているわ。あんな風に、元気なリリス嬢と踊っているのを見て、正直、妬いていたところもあるの。今回も、病で婚約破棄にでもなればいい。そう、期待していた自分がいるの。憎らしくて、器が小さい人間なのだわ……」
「わたくしは、そうやって、いつもご自身に素直に向き合って、悩んでらっしゃる王女様が素適ですよ。憎らしいどころか、愛らしい方です」
「……ありがとう、アナリス。そろそろ、冷えてきたわね。中に戻りましょう」
フリメースは、すっきりした面持ちで、アナリスに向き直ると、ともにバルコニーを後にした。
会場には、ダンスを終えて、幸せそうに肩を寄せ合う、レイズ王子とリリス嬢が、来賓客から歓声を浴びていた。
フリメースは、複雑な内面の感情をおくびにも出さず、ふたりに歩み出て、にこやかに、
「お兄様、成功、おめでとう。リリスさん、お兄様をよろしくね」
と、リリス嬢に手を差し出す。
フリメースと差し出された手を、リリス嬢は少し戸惑いの色を浮かべたが、
「こちらこそ、よろしくっ」
と、ギュッと握り返される。
こんな、ささくれて、職人の手のような、硬い手触り……。以前の彼女なら、柔らか過ぎて壊れてしまいそうだったのに。
フリメースは、無言で、触れたじぶんのてのひらを見返していた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
34
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる