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 ……なんか、彼女、変ですわ。
  
 フリメース・エムシータ王女は、いぶかしげに、皆から祝福される二人を見つめた。

 レイズ王子と引けを取らない、美しい黒髪の少女は、彼の一歳年下の妹にあたり、リリス嬢とは同い年にあたる。

 同じ王都の名家ばかりが通うエルテルルー女学園で文字通り、同じ教室の同級なだけに、フリメースの視線は鋭い。

 イリス嬢は、いつも休みがちで顔色は血の気がなくて、体も病弱だから手足はひどく痩せていた。

 二学年に進級してからは、ほぼ、学校にも来れず、この都から遠く離れた田舎で療養を続けていた。

 その間も、婚約している兄、レイズ王子が、何度もお見舞いに訪れていて、今回も皆よりも一日早く、彼女の具合を身に来ていた。

 今回の結婚1年前のパーティーも、イリス嬢の体調次第では、婚約自体も危ぶまれていただけに、見違えるほどの回復ぶりには目を見張る。

 はっ、とフリメースは、突き上げた思いつきに息をのんだ。

 彼女、まさか、別人じゃないのかしら……。

 王族の家族も、親戚たちも歓迎モード一色に染まる中、さすがにそんな高飛車な話をしたら、一笑に付されておしまいになる。

「わたし、少し、外の空気を吸いに出かけます。ちょっと、アナリスも来れるかしら?」

「もちろんです、フリメースお嬢様」

 いつも、彼女のそばに控えている侍女が、にこやかに応じた。

 会場を出て、二階のバルコニーでふたりは高原の爽やかな空気にあたりながら、

「アナリス、あなたに今のイリス嬢のことを調べてほしいの。別人に見えるの」

と、素直に話した。

 アナリスは、侍女といっても、王家に仕える国家の公職にあたるので、通常の使用人とは格が違う。
 
 名門の公爵令嬢で、頭脳明せきだった彼女は、結婚よりも名誉ある王家に仕える仕事を選んだのである。

 幼少からフリメースの養母として、子育ての補助から、学業の補佐、身の回りの世話は何でもこなしている、第二の母といったところだ。

 フリメース嬢の発言に、一瞬、惑う色顔をかすめたが、彼女の真剣な眼差しに微笑して、

「では、今のリリス嬢が本人であるかどうか、調査をいたします。わたしは数日、ここに滞在しますが、お帰りはお一人でよろしいですか?」

「平気よ。わたしも、ずいぶんと大きいの。子どもではないのよ」

「そうですね。ご立派になられましたね」

 アナリスは、目を細めて、美しく成長したレディーの背中を眺める。

 フリメースは、手すりにもたれながら、黄色に輝く月を眺めながら、

「ねえ、アナリス。どうして、わたしの話を馬鹿げてると、言わないの? きっと、他人ならそう言うわ」 

「お嬢様は、ご家族の中でも、一番お兄様をお慕いされているのを知っていますから。もし、偽りの結婚であったら、一番傷つくのはお兄様ですし、お嬢様ご本人です」

「……わたしはそんな、立派な人間ではないわよ。もちろん、兄を好いているわ。あんな風に、元気なリリス嬢と踊っているのを見て、正直、妬いていたところもあるの。今回も、病で婚約破棄にでもなればいい。そう、期待していた自分がいるの。憎らしくて、器が小さい人間なのだわ……」

「わたくしは、そうやって、いつもご自身に素直に向き合って、悩んでらっしゃる王女様が素適ですよ。憎らしいどころか、愛らしい方です」

「……ありがとう、アナリス。そろそろ、冷えてきたわね。中に戻りましょう」

 フリメースは、すっきりした面持ちで、アナリスに向き直ると、ともにバルコニーを後にした。

 会場には、ダンスを終えて、幸せそうに肩を寄せ合う、レイズ王子とリリス嬢が、来賓客から歓声を浴びていた。

 フリメースは、複雑な内面の感情をおくびにも出さず、ふたりに歩み出て、にこやかに、

「お兄様、成功、おめでとう。リリスさん、お兄様をよろしくね」

と、リリス嬢に手を差し出す。

 フリメースと差し出された手を、リリス嬢は少し戸惑いの色を浮かべたが、

「こちらこそ、よろしくっ」

と、ギュッと握り返される。

 こんな、ささくれて、職人の手のような、硬い手触り……。以前の彼女なら、柔らか過ぎて壊れてしまいそうだったのに。

 フリメースは、無言で、触れたじぶんのてのひらを見返していた。 
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