【完結】余命一年と告げられた聖女は、冷酷公爵の愛に溺れる

朝日みらい

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第1章「余命一年の聖女」

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 聖堂に立つわたしは、まるで夢の中にいるようでした。

 白銀に輝く神殿の扉の向こうで、人々が頭を垂れ、誰もが口々に「セリーヌ様」と呼びかけてくる。

奇蹟を祈りで導くその姿は、いつしか“聖女”と讃えられるようになり、王宮からの命によって病身ながらも式典の場に立たされていました。

 本来なら、こんな場に出る体ではないことくらい、本人が一番よくわかっています。

 それでも──。

「聖女様のご加護によって、聖水が清められました!」

 神官の叫びと共に、人々の歓声が上がります。

その一瞬、わたしは胸が温かくなるのを感じました。

誰かの希望になることができるのなら、生きている意味がほんの少しでもあるのかもしれない……と。

 そして、その瞬間。

 景色が、揺れました。

「……っ」

 体がふわりと浮くような感覚。

そして次の瞬間、地面が遠ざかり、視界が真っ白に染まりました。

 人々の悲鳴が聞こえていた気がします。でも、それも遠い夢のようで。

 わたしは、意識を手放しました。

 

 ──気づけば、病室の天蓋が見えていました。

「セリーヌ様、気がつかれましたか?」

 見慣れた侍女が涙目で駆け寄ってきて、その後ろには厳しい面持ちの医師が立っていました。

「……式典……どうなりましたか?」

 声はひどくかすれていて、自分のものとは思えないほどでした。

 侍女は何も言わず、ただ手を握ってくれて。

代わりに医師が、静かに口を開きました。

「……セリーヌ様、お身体の状態についてお話ししなければなりません」

 その言葉で、まただ……と直感してしまいました。

 ああ、きっと今から、とても聞きたくない話をされる。

「あなたの体内には、神性毒素が蓄積されています」

 その一言で、すべてが凍りついたような感覚でした。

「……神性……毒素?」

 聞き慣れないその言葉が、妙に耳に残りました。

「聖堂での儀式で、偶然にも浄化の反応が見られたことで、王家が本格的に調査に乗り出しました。そして判明したのです。あなたの身体には、普通の人間では決して持ちえない“神性由来の毒”が浸透していることが」

 なんて、奇妙な診断でしょうか。

 聖女と讃えられながら、聖なる力に蝕まれているだなんて。

「原因は……過去に注がれた禁薬の影響と考えられます。おそらく……幼少期に何か、特別な“研究的処置”を受けていた可能性が高い」

 禁薬? 研究?

 脳裏に、あまりに若かった頃の記憶がふわりと浮かんでは消えました。

聖女に導き出てくれた亡き父――デュラン侯爵の屋敷にいた頃です。

妙に苦かった薬、無理やり口に含まされた液体。

それが、何か関係しているのかもしれない。

「余命は一年……いえ、それより短い可能性も否定できません」

 医師は、そう告げると深く頭を下げました。

 悲しみではなく、罪悪感のこもったその仕草に、ただ困惑するしかありませんでした。

 わたしは――死ぬ。

 聖女と讃えられながら、命がすでに蝕まれているなんて。

 

 その夜、王宮からの特使がわたしの部屋を訪れました。

「王命により、公爵ライナルト・ヴェルンシュタイン様との婚約が定められました」

 ……婚約?

 余命一年の娘に、なぜ。

「ライナルト公爵は、王家の聖術調査班と協力関係にある人物で、あなたの状態についてもある程度の知見を持たれているようです。王は、彼の手腕に希望を託したのです」

 期待してはいけない、と思いました。

 でも、あの冷たい宣告を受けたあとに届いた知らせは、まるで凍えた部屋に差し込む春の陽射しのようでした。

「……わたしを……助けようとしている……?」

 噂では冷徹で人を寄せつけない公爵。

その人が、わたしに?

 その瞬間、胸の奥で何かが微かに脈打ちました。

 絶望の中に、ひとすじの可能性。

 ――生きたい。

 そんな気持ちが、ほんの少しだけ芽生えた気がしました。

 

 この婚約が、仮初めでも――偽りでも――わたしにとって、救いの始まりになりますように。

 そうして、わたしは王都の公爵邸へと向かう支度を始めるのでした。
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