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第1章 「断罪の夜に微笑む令嬢」
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煌めく無数の光を抱いた大きなシャンデリアが、王宮の広間をまるで昼のごとく明るく照らしておりました。壁には金糸を織り込んだタペストリーが揺れ、空気には甘やかな香水の香りが満ちています。
今宵は王立学園の卒業を祝う舞踏会――そして同時に、わたくし、セレーネ・アルバロス侯爵令嬢が王太子殿下の婚約者として立つ、最後の夜になると確信しておりました。
磨かれた大理石の床に、ドレスの裾がふわりと触れるたび、かすかな衣擦れの音がわたくしの心まで響いてまいります。
「セレーネ。……相変わらず、貴女は無表情ですね」
隣に立たれるエリアス殿下は、まるで退屈を紛らわすかのように、冷ややかな微笑を浮かべておっしゃいました。
「人前で感情を表に出すことは、不必要な隙を生むだけでございます。殿下の影武者たる私には、そのように教育されておりますので」
わたくしは波立たぬ水面のような声でお答えいたします。
――影武者。
それこそが、周囲から「冷血令嬢」と噂されるわたくしの真実でございました。
この四年間、殿下が向き合うべき政務の大半をこなし、財務の詳細を点検し、ときには貴族間の面倒な争いを収め、さらには殿下が夜遊びで遅刻された折には代理として会議で発言することもございました。
それら全てを積み上げながら、殿下はわたくしの努力を己の手柄として振る舞い、そしてわたくしに「悪評」という仮面を与えられたのです――怠惰で無能な王太子殿下を守るための影なる盾として。
もちろん、殿下がその裏事情を知ろうとされたことは、一度もございません。
「その冷たい目が、貴女を悪女に見せるのですよ……。ですがもうすぐ、その重荷から解放されるのですから」
まるで恩恵を授けるかのように、殿下は勝ち誇った笑みを浮かべられました。わたくしが自由を願っているなどと、夢にも思われていないのでしょう。
(ああ……いよいよですわ)
心の奥で、わたくしの鼓動が深く、力強く鳴り響きました。それは恐れではなく、待ち望んだ瞬間への高鳴り。
――そして、その瞬間は唐突に訪れました。
広間の奥から、涙をきらめかせた小柄な少女が、殿下のお胸へ駆け寄ります。
「エリアス様……っ」
リリア・エヴァンス。子爵家の娘にして、近頃「聖女候補」として王宮に出入りするようになった方でございます。
その純真さと優美さを称える人々の目は、同時にわたくしを悪女と見なす格好の道具となりました。
わたくしは、静かにその茶番の幕開けを見つめました。
***
殿下は慈しむようにリリア嬢を抱きとめ、その腕の中から広間中へ響き渡る声を放たれました。
「セレーネ・アルバロス! お前との婚約を、この場で破棄する!」
楽団の音は凍り、ざわめきも息を飲むように消えました。
「理由は明白だ! 貴様はこの聖女候補リリアを身分で圧し、嫌がらせを繰り返し、政務をも怠った! 無能の極みと、皆が申しておる!」
(まあ……無能の極み、ですか。一体、どなたのお話でしょう)
心の中で、わたくしは上品に皮肉を含んだ笑みを浮かべます。
貴族たちの視線は輝くような興味と確信に満ち、わたくしを世紀の悪女として断じておりました。
リリア嬢の瞳は怯えの仮面を被りながらも、奥には確固とした勝利の光がございます。
(お見事ですわ、リリア嬢。演技の腕は、相変わらず完璧ですね)
――けれど、彼女がどれほどわたくしを陥れるための嘘と根回しを重ねてきたか……わたくしはすべて存じております。
王宮の機密に手を伸ばそうとしたところを止めたこと、慈善事業の資金を着服しかけたところを帳簿を突きつけて阻んだこと……。
それでもなお、わたくしは真実を口にせぬと決めておりました。それが、わたくしの望む選択だからです。
「殿下、どうかセレーネ様をお許しくださいませ! わたくし、少し意地悪されたくらい、なんとも……」
いかにも儚げな声色が、同情と愛情を一気に集めます。
「リリア……お前は優しい。だが、この悪女は許されぬ!」
殿下は振り返り、鋭い声で告げられました。
「セレーネ・アルバロス。今この瞬間から、王宮の財産管理を含む全権から手を引け! 直ちに王都を離れ、辺境の修道院へ向かうのだ!」
わたくしは一歩も退かず、たとえ氷であろうとも揺らがぬ視線を殿下へ向けました。周囲では嘲笑とささやきが渦を巻きます。
「断罪されたか」「やはり悪女だった」「リリア様こそ王妃に――」
――すべてが、わたくしの計画通りに。完璧に。
そして、わたくしはこの夜を締めくくるただ一言を、静かに告げました。
「……婚約破棄、感謝申し上げますわ」
広間は深い沈黙に包まれました。殿下は目を見開き、リリア嬢からも薄く笑みが消えます。
「か……感謝、だと?」
殿下の声は、戸惑いを隠せない色を帯びております。
わたくしは仮面の奥から、これまで誰にも見せたことのない心からの微笑を浮かべました。それは敗北ではなく、確かな解放の喜び。
「ええ、殿下。貴方様のおかげで、わたくしは自由を得ました」
深く一礼し、わたくしは静かに広間の出口へと歩みます。もはや背後の視線も、言葉も、すべて遠く霞んでいきました。
(さようなら、わたくしの『悪評』。そして、ようこそ、わたくしの『新しい人生』)
今宵は――断罪ではなく、解放の夜でございます。
今宵は王立学園の卒業を祝う舞踏会――そして同時に、わたくし、セレーネ・アルバロス侯爵令嬢が王太子殿下の婚約者として立つ、最後の夜になると確信しておりました。
磨かれた大理石の床に、ドレスの裾がふわりと触れるたび、かすかな衣擦れの音がわたくしの心まで響いてまいります。
「セレーネ。……相変わらず、貴女は無表情ですね」
隣に立たれるエリアス殿下は、まるで退屈を紛らわすかのように、冷ややかな微笑を浮かべておっしゃいました。
「人前で感情を表に出すことは、不必要な隙を生むだけでございます。殿下の影武者たる私には、そのように教育されておりますので」
わたくしは波立たぬ水面のような声でお答えいたします。
――影武者。
それこそが、周囲から「冷血令嬢」と噂されるわたくしの真実でございました。
この四年間、殿下が向き合うべき政務の大半をこなし、財務の詳細を点検し、ときには貴族間の面倒な争いを収め、さらには殿下が夜遊びで遅刻された折には代理として会議で発言することもございました。
それら全てを積み上げながら、殿下はわたくしの努力を己の手柄として振る舞い、そしてわたくしに「悪評」という仮面を与えられたのです――怠惰で無能な王太子殿下を守るための影なる盾として。
もちろん、殿下がその裏事情を知ろうとされたことは、一度もございません。
「その冷たい目が、貴女を悪女に見せるのですよ……。ですがもうすぐ、その重荷から解放されるのですから」
まるで恩恵を授けるかのように、殿下は勝ち誇った笑みを浮かべられました。わたくしが自由を願っているなどと、夢にも思われていないのでしょう。
(ああ……いよいよですわ)
心の奥で、わたくしの鼓動が深く、力強く鳴り響きました。それは恐れではなく、待ち望んだ瞬間への高鳴り。
――そして、その瞬間は唐突に訪れました。
広間の奥から、涙をきらめかせた小柄な少女が、殿下のお胸へ駆け寄ります。
「エリアス様……っ」
リリア・エヴァンス。子爵家の娘にして、近頃「聖女候補」として王宮に出入りするようになった方でございます。
その純真さと優美さを称える人々の目は、同時にわたくしを悪女と見なす格好の道具となりました。
わたくしは、静かにその茶番の幕開けを見つめました。
***
殿下は慈しむようにリリア嬢を抱きとめ、その腕の中から広間中へ響き渡る声を放たれました。
「セレーネ・アルバロス! お前との婚約を、この場で破棄する!」
楽団の音は凍り、ざわめきも息を飲むように消えました。
「理由は明白だ! 貴様はこの聖女候補リリアを身分で圧し、嫌がらせを繰り返し、政務をも怠った! 無能の極みと、皆が申しておる!」
(まあ……無能の極み、ですか。一体、どなたのお話でしょう)
心の中で、わたくしは上品に皮肉を含んだ笑みを浮かべます。
貴族たちの視線は輝くような興味と確信に満ち、わたくしを世紀の悪女として断じておりました。
リリア嬢の瞳は怯えの仮面を被りながらも、奥には確固とした勝利の光がございます。
(お見事ですわ、リリア嬢。演技の腕は、相変わらず完璧ですね)
――けれど、彼女がどれほどわたくしを陥れるための嘘と根回しを重ねてきたか……わたくしはすべて存じております。
王宮の機密に手を伸ばそうとしたところを止めたこと、慈善事業の資金を着服しかけたところを帳簿を突きつけて阻んだこと……。
それでもなお、わたくしは真実を口にせぬと決めておりました。それが、わたくしの望む選択だからです。
「殿下、どうかセレーネ様をお許しくださいませ! わたくし、少し意地悪されたくらい、なんとも……」
いかにも儚げな声色が、同情と愛情を一気に集めます。
「リリア……お前は優しい。だが、この悪女は許されぬ!」
殿下は振り返り、鋭い声で告げられました。
「セレーネ・アルバロス。今この瞬間から、王宮の財産管理を含む全権から手を引け! 直ちに王都を離れ、辺境の修道院へ向かうのだ!」
わたくしは一歩も退かず、たとえ氷であろうとも揺らがぬ視線を殿下へ向けました。周囲では嘲笑とささやきが渦を巻きます。
「断罪されたか」「やはり悪女だった」「リリア様こそ王妃に――」
――すべてが、わたくしの計画通りに。完璧に。
そして、わたくしはこの夜を締めくくるただ一言を、静かに告げました。
「……婚約破棄、感謝申し上げますわ」
広間は深い沈黙に包まれました。殿下は目を見開き、リリア嬢からも薄く笑みが消えます。
「か……感謝、だと?」
殿下の声は、戸惑いを隠せない色を帯びております。
わたくしは仮面の奥から、これまで誰にも見せたことのない心からの微笑を浮かべました。それは敗北ではなく、確かな解放の喜び。
「ええ、殿下。貴方様のおかげで、わたくしは自由を得ました」
深く一礼し、わたくしは静かに広間の出口へと歩みます。もはや背後の視線も、言葉も、すべて遠く霞んでいきました。
(さようなら、わたくしの『悪評』。そして、ようこそ、わたくしの『新しい人生』)
今宵は――断罪ではなく、解放の夜でございます。
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