【完結】婚約破棄されたので家宝のティーセットを粉々にして追い出されましたが、元婚約者と押しかけ新婚旅行始めます

朝日みらい

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第6章 街の有力者

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 夕暮れ、二人で食べた硬いパンの味は、しょっぱくて、でもどこか甘くて。

わたしは、アルセイン様と二人でいられることが、なによりも幸せなのだと、改めて心から感じました。

「明日も、頑張りましょうね、アルセイン様」

「ああ。次はもっと美味しいパンを、お前に食べさせてやるからな」

 彼はそう言って、わたしの頭を優しく撫でてくれました。その手つきは、さっきまで重たい荷物を運んでいたからか、少しだけ震えていて、わたしは彼の努力を思って、胸が熱くなりました。


 翌朝、わたしたちは見つかった持参金を使って、宿で簡単な朝食を済ませ、新しい服を買うことにしました。

アルセイン様は、騎士服ではなく、この街の人々に馴染むような、シンプルなチュニックとズボンを選びました。

「どうですか、アルセイン様?」

「……なんだか、落ち着かないな」

 彼はそう言って、少しだけそわそわしていました。

ですが、その姿は、騎士としてではなく、一人の青年として、この街に溶け込もうとしているようで、わたしはとても愛おしく感じました。

「とてもお似合いですよ!まるで、この街にずっといたみたいです」

 わたしはそう言って、にっこりと微笑んでみせました。

その日、わたしは、再び市場へと向かいました。昨日とは違い、アルセイン様も一緒です。

「リナリア、俺がそばにいるから、安心していいからな」

「はい!」

 彼の言葉に、わたしは力が湧いてくるのを感じました。

わたしは、昨日買ったばかりの、街で流行しているらしいリボンを髪に結び、刺繍を施した小さな巾着を手に、市場を歩き回りました。

「いらっしゃい、いらっしゃい!」

 今日も、市場はたくさんの人々で賑わっています。

ですが、昨日とは違い、わたしはもう一人ではありません。アルセイン様が、わたしの隣を、しっかりと歩いてくれています。

「……あの、もしよろしければ、この巾着、いかがでしょうか?」

 わたしは、勇気を出して、一軒の露店のおばあさんに声をかけてみました。

「……ん?なんだい、その巾着は?」

 おばあさんは、怪訝そうな顔で、わたしの手元を覗き込みました。

「わたしが、刺繍を施しました。よかったら、見ていってください」

 わたしがそう言うと、おばあさんは、眉間にしわを寄せました。

「……この街じゃ、こんなに繊細な刺繍は、すぐに汚れるからねぇ。それに、あんた……」

 おばあさんは、わたしの顔をじっと見つめて、そう言いました。

「……よそ者だろう?そんな可愛らしい顔して、この街で生きていけると思っているのかい?」

 おばあさんの言葉に、わたしは、また胸が締め付けられるような痛みを感じました。

「大丈夫だよ、リナリア」

 その時、アルセイン様が、わたしの肩を抱き寄せました。

「それに、お前の作ったものなら、いずれこの街の人たちも気に入ってくれるはずだ。そう思わないか?」

 彼は、おばあさんに向かって、そう言いました。

 おばあさんは、アルセイン様の真剣な眼差しに、少しだけたじろぎました。

「……あんた、いい男だねぇ。まあ、せいぜい頑張りな」

 そう言って、おばあさんは、露店の奥へと引っ込んでいきました。

「アルセイン様……ありがとうございます」

 わたしは、アルセイン様の胸に顔をうずめました。

「気にするな。俺は、お前を幸せにできる男になる。だから……」

 彼は、そう言って、わたしの頬にそっと触れました。

その時、一人の男が、わたしたちに声をかけてきました。

「お二人とも、何かお困りのようですね?」

 わたしたちが振り返ると、そこに立っていたのは、とても身なりの良い、紳士的な男性でした。

「わたくしは、この街で商会を営んでおります、ザックと申します。よろしければ、お力になりたいのですが」

 ザックと名乗る男性は、にこりと微笑んで、そう言いました。

「……お力?」

 アルセイン様は、警戒するように、ザックさんを見つめました。

「ええ。実は、先ほど、わたくし、お嬢さんの愛らしさに、恥ずかしながら一目惚れしてしまいましてね」

 ザックさんは、そう言って、わたしに優雅に頭を下げました。

「……!」

 わたしは、彼の言葉に、少しだけ戸惑いました。

「騎士殿、あなたがお持ちのその剣術は、この街でも大いに役立つはずです。わたくしの商隊護衛として、お二人を雇いましょう。もちろん、給金は破格の待遇で」

 ザックさんは、アルセイン様にそう持ちかけました。

「……本当ですか?」

 アルセイン様は、驚いたように、ザックさんを見つめました。

「ええ。ただし……」

 ザックさんは、そう言うと、アルセイン様の瞳をまっすぐに見つめました。

「騎士殿、このお嬢さんをわたくしにお譲りいただけませんか?」

 その言葉に、アルセイン様は息を呑みました。

「わたくしは、この街で一番の商会を築き上げた男です。わたくしなら、お嬢さんに苦労をかけず、もっともっと幸せにすることができます」

 ザックさんは、そう言って、わたしに手を差し出しました。

「リナリア、俺は……」

 アルセイン様は、戸惑ったように、わたしを見つめました。

彼の瞳は、揺れていました。

「お断りします」

 わたしは、アセイン様の顔をじっと見つめました。

「この街で、たくさんの人たちに冷たくされて、心細くなりました」

「リナリア……」

「でも、その度に、アルセイン様が隣にいてくれました。わたしの手を、しっかりと握ってくれました。だから……」

 わたしは、迷わず、アルセイン様の腕を取りました。

「ザック様、お心遣いはありがとうございます。ですが……」

 わたしはそう言って、彼に深々と頭を下げました。

「わたしの幸せは、アルセイン様と一緒にいることです。どんなに貧しくても、どんなに困難なことがあっても、わたしはアルセイン様と一緒なら、笑っていられます」

 わたしの言葉に、アルセイン様の瞳が、きらりと光りました。

「……お嬢さん、あなたという人は……」

 ザックさんは、呆れたように、そして少しだけ悲しそうに、そう呟きました。

「あなたを幸せにできる男になれると思いますがね」

「彼女は渡せない」

 アルセイン様は、そう言って、わたしの手を強く握りしめました。

「……わかりました。お二人の愛の力に、負けを認めましょう」

 ザックさんは、そう言って、わたしたちから一歩下がりました。

「ですが、覚えておいてください。わたくしは、この街で商会を営んでいる男です。お嬢さんが少しでも不幸な目に遭うようなことがないよう、お二人をお助けします」

「ありがとう。でも、誰よりもわたしが彼女を守ります」

 ザックさんは、アルセイン様の返答に黙って頷くと、くるりと背を向けて歩いていきました。

「アルセイン様……」

「リナリア、俺は……絶対に、お前を幸せにする。もう俺から離れないでくれ。お前がいないと、俺は……」

 彼はそう言って、わたしを抱きしめてくれました。

 わたしは、彼の胸に顔をうずめ、強く頷きました。
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