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ララメルは、アーサー卿の冷徹な一言に戸惑いながら席についた。
向かい合わせのアーサー卿は膝で腕組をしながら、
「皆さん。ぼくは、劇場の支配人として、演出家を雇い、役者のオーディションも参加するのです。ちょっと、二人きりで30分ばかり、ララメル嬢にいろいろと会話をしたいと思っているのですが、よろしいでしょうか」
仲人役のフェリクス公爵と、エヴァレット公爵夫妻は、ララメルの顔色をうかがっている。
「……わかりましたわ」
ララメルは固い微笑をしてうなづくと、四人は席を立ち、部屋を出ていく。
彼女は、花束を膝に置いて、アーサーをじっと見据えた。
アーサーは、青い目を細めながら、
「はっきり言いましょう。ぼくの実家は裕福で、地位も高いし、容姿も良いのです。だから、多くの高貴な女性からの求婚も多い。君の男爵という身分も、容姿も普通だと思います。おそらく、きれいだと噂のお姉さまなら、妻としての見栄えはよかったでしょう」
ララメルは、最初、彼の言葉を信じられなかった。それから、次第にフツフツと怒りがこみ上げる。
わたしの容姿とか、見栄えとか……。わたしの大好きな演劇に携わる方なのに。最低な方、許せない。
彼女は、白薔薇を眺めながら、
「そうですか。たしかにわたしの容姿は、姉ほど良くないかもしれません。ですが、あなた様の言動の酷さにはあきれました。あれほどの素晴らしい舞台をつくってらっしゃるとお聞きしていましたから。こんな方が支配人だったなんて、正直、がっかりです!」
「……がっかり? どこがです?」
アーサーのとぼけた反応に、ララメルは唇の端を噛んでから、まっすぐ彼をにらみつけた。
「でしたら、お答えしますわ。わたしにとっての演劇は、観客に夢や愛を語るものです。絶望した人々に、心の灯をつけて、明日への希望を歌います。貧しい人におなか一杯の夢を届けます。
わたし、慈善活動で孤児院で朗読劇をしていますの。いろいろな悲しい事情はあるけれど、子どもたちの目はキラキラ輝いています。
それが、届ける側のアーサー様の言動はどうでしょう! 劇を届ける側の方なのに、夢も希望もないお言葉です。人の容姿ばかりを見て、お金や身分ばかり気にして、本当の心を見ようともしない。
あなたは、さ、最低な人ですわ!」
と、花束をアーサーの胸元に押し付ける。
「お花はお返しします。わたし男爵家ですけれど、まだ、そこまで貧乏でもありません。情けをかけていただかなくても結構ですっ」
ララメルはそう言い放つと、席を立って、出口に向かおうと、背を向けた。
「ちょっと、待ちなさい。いいたいことばかり言って、帰るのは困ります。これでは、上演中に演者が舞台から勝手に出て行くのと、同じです」
アーサーがつかんだ腕を、ララメルは見つめた。
「……何ですか、舞台の話なんて。手をお離しくださいませ」
「さっきの約束をわすれたのですか。まだ3分しか経っていない。ぼくの30分を返していただく約束をお忘れですか?」
ララメルは、彼の顔を見あげた。ぎゅっと握られた手の温みと、真剣な眼差しに圧倒され、目をそらす。
「こんなに見つめないで……気味悪いですから」
「きみは、さっき、容姿のことで怒ったみたいだが、それほど自分の容姿が気になるのですか」
「……大きなお世話ですわ」
すると、彼はまじまじと、ララメルの顔を至近距離で見つめてくる。
「なに、なさるの……」
「君は美しい瞳をしている。聡明で実直。だけど、臆病にも見えます」
「……からかうのは、よしてください」
「ぼくは、口は悪いが、嘘つきではありません」
異性に自分の下顎を引き寄せられて、眼前に美顔が覗いている。いくら、嫌っていたとしても、背筋がピクピクしてしまう。
頬が熱くなるのを感じて、悟られまいと顔をそむけたいが、彼の手のひらに踊らされ、向きは変わらない。
「ぼくは、いつも相手の瞳を見つめる。熱情を込めて見つめるのです。
『エリザベスよ。魂は魂に宿るのだ』という台詞は、劇作家の誰が書いたのか、ご存じですか?」
「ハーネス・ハーベスト子爵様ですわ」
「『愛は、生きるか死ぬか、それを決するのだ!』はだれ?」
「アマンダ・メルテル公爵令嬢様ですわ」
「……きみは、演劇が好き。そうですね?」
「大好きです。お会いする前までは、あなた様を尊敬いたしておりました……」
「では、今は軽蔑?」
「……失望しました」
「ぼくの劇場での観劇をしての失望?」
「違いますわ……」
ララメルは、首を振った。
「なぜ、観ないで失望したのです?」
「あなた様の公演は人気で、侯爵家以上でしか、チケットが獲れないから……」
「なら、明日の夜の上演に、きみを招待しましょう。夕方の五時に迎えにいきます」
まさか、夢にまで見た劇場に行けるなんて。
一瞬、ララメルは顔をほころばせたが、あわてて、しかめっ面をする。
「わかりましたわ。それでは、わたしをお離しくださいませ」
「そうでした。失礼しました」
アーサーは、彼女の腕を離すと、今度は近くの壁際まで歩み寄る。ララメルは、当惑しながら、背中を壁に押しつける。
「なっ、何をなさるの? 顔が近い……」
「あなたの今日のドレスは、完全にミスマッチしています」
「……姉のものですから」
「ご自分のは?」
「わたし、趣味の読書や戯曲の執筆で、余り、社交の場には出歩きませんから」
ララメルは、自信なげに、顔を背ける。
アーサーは、そんな彼女の手をとって、
「善は急げと、いいます。では、これからドレスを買いに行きましょう」
と、言うなり、出口にむかって歩き出した。
「ち、ちょっとお待ちください!」
しかし、アーサーに彼女のお声は聞こえない。
ロビーの待合室にいた付き人に、
「オーギュスト、早く、馬車を回せ」
と、命じる。
それから、その場にいた両親と仲人役のフェリクス公爵には、
「今日はありがとうございます。急用のため、今日はお開きとさせてください。お嬢様は、ご自宅までお送りいたします」
とだけ告げて、迎えの馬車に乗り込む。
「だから、アーサー様、困りますっ……」
「わたしも、困る。このような場違いの服で、わたしの劇場に来られると、お誘いしたわたしまでが、気まずくなります」
向かい合わせのアーサー卿は膝で腕組をしながら、
「皆さん。ぼくは、劇場の支配人として、演出家を雇い、役者のオーディションも参加するのです。ちょっと、二人きりで30分ばかり、ララメル嬢にいろいろと会話をしたいと思っているのですが、よろしいでしょうか」
仲人役のフェリクス公爵と、エヴァレット公爵夫妻は、ララメルの顔色をうかがっている。
「……わかりましたわ」
ララメルは固い微笑をしてうなづくと、四人は席を立ち、部屋を出ていく。
彼女は、花束を膝に置いて、アーサーをじっと見据えた。
アーサーは、青い目を細めながら、
「はっきり言いましょう。ぼくの実家は裕福で、地位も高いし、容姿も良いのです。だから、多くの高貴な女性からの求婚も多い。君の男爵という身分も、容姿も普通だと思います。おそらく、きれいだと噂のお姉さまなら、妻としての見栄えはよかったでしょう」
ララメルは、最初、彼の言葉を信じられなかった。それから、次第にフツフツと怒りがこみ上げる。
わたしの容姿とか、見栄えとか……。わたしの大好きな演劇に携わる方なのに。最低な方、許せない。
彼女は、白薔薇を眺めながら、
「そうですか。たしかにわたしの容姿は、姉ほど良くないかもしれません。ですが、あなた様の言動の酷さにはあきれました。あれほどの素晴らしい舞台をつくってらっしゃるとお聞きしていましたから。こんな方が支配人だったなんて、正直、がっかりです!」
「……がっかり? どこがです?」
アーサーのとぼけた反応に、ララメルは唇の端を噛んでから、まっすぐ彼をにらみつけた。
「でしたら、お答えしますわ。わたしにとっての演劇は、観客に夢や愛を語るものです。絶望した人々に、心の灯をつけて、明日への希望を歌います。貧しい人におなか一杯の夢を届けます。
わたし、慈善活動で孤児院で朗読劇をしていますの。いろいろな悲しい事情はあるけれど、子どもたちの目はキラキラ輝いています。
それが、届ける側のアーサー様の言動はどうでしょう! 劇を届ける側の方なのに、夢も希望もないお言葉です。人の容姿ばかりを見て、お金や身分ばかり気にして、本当の心を見ようともしない。
あなたは、さ、最低な人ですわ!」
と、花束をアーサーの胸元に押し付ける。
「お花はお返しします。わたし男爵家ですけれど、まだ、そこまで貧乏でもありません。情けをかけていただかなくても結構ですっ」
ララメルはそう言い放つと、席を立って、出口に向かおうと、背を向けた。
「ちょっと、待ちなさい。いいたいことばかり言って、帰るのは困ります。これでは、上演中に演者が舞台から勝手に出て行くのと、同じです」
アーサーがつかんだ腕を、ララメルは見つめた。
「……何ですか、舞台の話なんて。手をお離しくださいませ」
「さっきの約束をわすれたのですか。まだ3分しか経っていない。ぼくの30分を返していただく約束をお忘れですか?」
ララメルは、彼の顔を見あげた。ぎゅっと握られた手の温みと、真剣な眼差しに圧倒され、目をそらす。
「こんなに見つめないで……気味悪いですから」
「きみは、さっき、容姿のことで怒ったみたいだが、それほど自分の容姿が気になるのですか」
「……大きなお世話ですわ」
すると、彼はまじまじと、ララメルの顔を至近距離で見つめてくる。
「なに、なさるの……」
「君は美しい瞳をしている。聡明で実直。だけど、臆病にも見えます」
「……からかうのは、よしてください」
「ぼくは、口は悪いが、嘘つきではありません」
異性に自分の下顎を引き寄せられて、眼前に美顔が覗いている。いくら、嫌っていたとしても、背筋がピクピクしてしまう。
頬が熱くなるのを感じて、悟られまいと顔をそむけたいが、彼の手のひらに踊らされ、向きは変わらない。
「ぼくは、いつも相手の瞳を見つめる。熱情を込めて見つめるのです。
『エリザベスよ。魂は魂に宿るのだ』という台詞は、劇作家の誰が書いたのか、ご存じですか?」
「ハーネス・ハーベスト子爵様ですわ」
「『愛は、生きるか死ぬか、それを決するのだ!』はだれ?」
「アマンダ・メルテル公爵令嬢様ですわ」
「……きみは、演劇が好き。そうですね?」
「大好きです。お会いする前までは、あなた様を尊敬いたしておりました……」
「では、今は軽蔑?」
「……失望しました」
「ぼくの劇場での観劇をしての失望?」
「違いますわ……」
ララメルは、首を振った。
「なぜ、観ないで失望したのです?」
「あなた様の公演は人気で、侯爵家以上でしか、チケットが獲れないから……」
「なら、明日の夜の上演に、きみを招待しましょう。夕方の五時に迎えにいきます」
まさか、夢にまで見た劇場に行けるなんて。
一瞬、ララメルは顔をほころばせたが、あわてて、しかめっ面をする。
「わかりましたわ。それでは、わたしをお離しくださいませ」
「そうでした。失礼しました」
アーサーは、彼女の腕を離すと、今度は近くの壁際まで歩み寄る。ララメルは、当惑しながら、背中を壁に押しつける。
「なっ、何をなさるの? 顔が近い……」
「あなたの今日のドレスは、完全にミスマッチしています」
「……姉のものですから」
「ご自分のは?」
「わたし、趣味の読書や戯曲の執筆で、余り、社交の場には出歩きませんから」
ララメルは、自信なげに、顔を背ける。
アーサーは、そんな彼女の手をとって、
「善は急げと、いいます。では、これからドレスを買いに行きましょう」
と、言うなり、出口にむかって歩き出した。
「ち、ちょっとお待ちください!」
しかし、アーサーに彼女のお声は聞こえない。
ロビーの待合室にいた付き人に、
「オーギュスト、早く、馬車を回せ」
と、命じる。
それから、その場にいた両親と仲人役のフェリクス公爵には、
「今日はありがとうございます。急用のため、今日はお開きとさせてください。お嬢様は、ご自宅までお送りいたします」
とだけ告げて、迎えの馬車に乗り込む。
「だから、アーサー様、困りますっ……」
「わたしも、困る。このような場違いの服で、わたしの劇場に来られると、お誘いしたわたしまでが、気まずくなります」
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