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 ララメルは、ドレスアップルームで、女中2人にヘアメイクと、姉のおさがりのロングドレスを着るのを手伝ってもらいながら、姿見の前に立っていた。

 貴族のパーティ等、社交の機会にはほとんど顔を出したことがないため、仕方なしに姉の赤い宝石の付いたネックレスを着けてていくことにした。銀のチェーンの付いたネックレスと金色のイアリングは、内気そうな灰色の瞳にはまぶしそうに見えた。

 ドレスも丈が少し短く、やせっぽちの彼女にはぶかぶかで、サイズが合ってない紺色のものだった。胸元も背中も大きく開きすぎているし、それを着こなすには、姉のような胸と腰回りにのった脂がないと無理だと思い知る。 

(急だったもの。それでも上出来だわ)

 母と急いで馬車に乗り込み、森の中を走っていく。土塊くれだった道は、ゴツゴツと凹凸がある。それでいて、御者は馬たちをせかしたので、車内はだいぶ揺れた。

 住まいの男爵邸は王の都から郊外の田園地帯にあるので、到着までは30分ほどは要する。ララメルは車窓から広がる、のどかな草原や小川の水のきらめきに心を躍らせながらも、はやる気持ちを抑えていた。

 ゲートのある王国の城壁を通過し市街地に入ると、これまでの景色は一変してする。碁盤の目のように張り巡らされた石畳みの大通りを馬車は走っていき、都の中心にある円形広場付近に差し掛かる。

 この付近には『演劇と芸術の道』と呼ばれた街道があって、大通りに面して大きな劇場や音楽ホール、美術館が肩を並べていた。そして裏手にはいかがわしい飲み屋街もあった。

 その街道の端に、四階立ての赤レンガ造りの洒落た洋館があり、馬車はその敷地内にある停車場で止まった。

 この洋館は百年前に建てられた迎賓館で、2階は吹き抜けの大宴会と、10室の少人数用の小さな宴会室があった。

 内部は白い大理石の壁面で覆われており、受付のメイドが2階の小さな宴会室へと招き入れてくれる。

 緑のシックな壁紙で囲まれた個室にテーブルが置かれていて、ふたりが入っていくと、お見合いの仲人役のフェリクス公爵を挟んで、父親と向かい合うアーサー・フォートナー卿と付き人が、向かい合って談笑していた。

 長い黒髪を肩まで垂らし、細いブルーの鋭い瞳に、雪のように白い肌と角ばった顎が特徴的な美青年だった。

 ララメルと母親が並んで入ると、フェリクス公爵が立ち上がり、

「お待ちしておりましたよ。こちらがアーサー・フォートナー公爵子息様です。そしてあちらが、アナベル・エヴァレット公爵令嬢様……?」

「すみません。姉の都合が悪く、私が代行でまいりました、ララメル・フォートナーです。遅れて申し訳ありませんでした」

 ララメルが頭を垂れると、色白の青年が立ち上がり、彼女に歩み寄って白いバラを差し出した。

「ぼくが、アーサー・フォートナーです。今日は、忙しいところ、わざわざ、きてくれてありがとう」

「こちらこそ。素敵なお花をありがとうございます」

 ララメルが花束を胸に抱えて、頬の下を薄桃色に変えた瞬間、アーサー卿の一言でロマンチックな幻想は消え去った。

 去り際に彼女の耳元で、

「ぼくの時間を30分奪った価値が君にあるかどうか、見極めさせていただきます」とささやいたからだった。
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