無罪で流刑のわたしは、隣国の公子様に見守られすぎです。

朝日みらい

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 私が思わず手を拳にして目を細めていると、隣のブルー様はさりげなく私の肩に軽く触れてから、新しい婚約者に笑みを浮かべました。

「仕事で遅れて申し訳なかった、ベアトリス嬢」

 ブルー様は、ベアトリス嬢のシルクの手袋に口づけをして一礼しました。

 あっという間にベアトリス嬢は上気してしまって、頬を赤くしたまま何も言えず、ただオロオロと目を泳がせるばかりです。
 
「ベアトリス、しっかり公子さまについていけ。のろのろするんじゃない」

「は、はい、すみません、お父様……」

 アドレス伯爵は娘の手首をつかむと、無理矢理、椅子から引き上げました。

 ブルー様は杖を持ち、もう片方の手でベアトリス嬢の手を取り、左脚を引きずりながら大広間のひな壇へと連れていきます。

 そんなふたりを、わたしは後ろから眺めていました。

「まったく、ぼーっとして手の掛かる娘だ。 だが、公子様との結婚で我が家は安泰だな」

 わたしの横でアドレス伯爵が腕を組み、吐息まじりに独り言を言いました。 それから私の方に振り返り、マジマジと私の顔を観察していました。

 わたしは内心自分がリリアーヌだとばれるのではないか思い、内心はおだやかではありません。

「あなたは一体 どなたですか?」
 
 アドレス伯爵が尋ねてきました。

「今回婚約式の記念画を依頼されております。ブリジット・イーデンでございます」 

 わたしはすまし顔でお辞儀をし、手を差し出しました。

「隣国のザトビア王国の司法長官のアドレス子爵だ」

「お会いできて光栄です、アドレス卿」

 握手を交わすとアレクサに案内されて、大広間の来賓席に座りました。

 10m以上ありそうなドーム型の高い天窓からは、暖かい日の光が燦々と会場を照らし出していました。

 婚約式だとはいえ、次期君主の公式の儀式らしく、 祭壇前の黄金の肘掛け椅子に司祭様は鎮座し、銀杖を携えています。

 来賓席はゆうに100人は超え、 最前列には 大公殿下と大后様、後列にはマリアンヌもいました。ですがその中で一番驚いたのは、かつて私の絵画を褒め共にピクニックに出かけたこともある、アベル公爵令息がこの式に参列していました。

(ベアトリス嬢の、元婚約者がなぜここに来ているのかしら)

 私は正直わからないまでも、胸のざわめきをなんとか胸の中に押しとどめて、今は1つの絵師として気持ちを切り替えようとしました。列席者の席から離れ、会場全体が俯瞰できる位置の壁に立ち、手帳にスラスラと式典の様子をデッサンしていきました。

 司祭様はブルー様とベアトリスを面前にひざまずかせ、頭を垂れるふたりに手を置きます。

「神の名のもとに 、2人の婚約の契りを交わす。正当な理由がない限り、2人の婚約に一方的破棄はしてはならない」 

 その言葉に私はスケッチする手を止めて、じっとその言葉の重みをかみしめていました。

(ブルー様は、いい加減にこの結婚を決めたわけではないわ。 本気で結婚をするつもりなのね……) 

 自分を無実の罪にして、絶望の淵に追い込んだアドレス子爵の娘の婚約式。その彼女と結ばれるのは、命を救い出してくれた最愛の男性。それを素直な気持ちで絵に仕立てるなんて、わたしにできるの……。

 2時間の婚約の儀が終わり、その後は別の広間で実食パーティが催されます。 集中してデッサンを重ね、かなりの疲れがあったので、私はこのパーティーには欠席しようと思いました。

 それに、ブルー様とベアトリス嬢の仲むつまじい姿を見るのがいやだったからです。

 大広間から正面の階段を降り、正面に待っている送迎馬車を呼び止めようと手を挙げた時でした。

「ブリジット・イーデン伯爵令嬢?」 

 不意に呼び止められ振り向くと、そこにはブロンドの長髪の青年貴族が立っていました。

 20歳過ぎのすんなりとした長身の男性で、蒼い瞳をしています。


「少しお時間がありますか。実はあなたと話をしたいとおっしゃっている殿方が、いらっしゃるのです」

「わ、私に? それはどのような……?」
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