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第3章:子どもの呪い
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「セリーヌさん、ちょっとよろしいかしら」
朝の紅茶を一口飲んだその瞬間、グロリア夫人のその声が飛んできた。まるで毒入りクッキーでも差し出されるかのような緊張感である。
「はい、義母様。どうされましたか?」
「……あなた、また今月も“空振り”だったそうね?」
お茶菓子のクッキーを指先でつつきながら、まるで天気の話でもするかのように、姑は言った。
(……ああ、来た)
セリーヌは心の中で深いため息をつく。3年。丸3年――跡継ぎは、いまだ授からない。
「医学的にも、こういうのは“女側の体質”って、決まってるんですって。ねぇ?」
使用人たちはわざとらしく咳払いをして、その場を離れていった。気まずさで壁になりそうな空気が部屋中に漂っている。
「……医師は原因は一概には言えないと仰ってましたが」
「でも、結果は出ていないわよね? リュステル家は名門なのよ。子どもも産めないような女を嫁に迎えたと、世間にどう思われるか……あなたにはわからないでしょうねぇ」
「……」
セリーヌは、カップの中で揺れる紅茶をじっと見つめた。
(わかりますとも、義母様。どれだけ、私がこの言葉を夢で聞いたことか)
***
その夜、セリーヌは夫の書斎を訪ねた。
「ねえ、ガレオン。私たち……もう少し、話し合いませんか?」
ペンを走らせていたガレオンは、ちらりと視線を上げただけで、返事もせずにまた紙に目を落とした。
「義母様が今日も、子どものことを……その、“恥”だと」
「……母さんの言う通りだろ」
「……え?」
今、何て?
「貴族は跡継ぎを残すのが義務だ。結婚して三年も経つのに、君は――」
「でも、それって、私だけの責任ですか?」
「……それは――」
「あなたは、私を一度でも庇ったことがありますか?」
ガレオンの手が止まった。
「あなたの母上が、私にどんな言葉を投げたか知っていますか? “空の器”“家の呪い”“無用の長物”。そんなふうに言われて、笑って耐えることが、妻の務めなんですか?」
「……」
「私は、あなたに愛されなくてもいい。でも、せめて――人として、味方でいてほしかった」
ガレオンは言葉を失っていた。ただ黙って、セリーヌの怒りと悲しみを真正面から受け止めていた。
「……ごめん」
その一言は、小さな声だった。
「母さんがずっと正しいと思ってた。君のことも……どう接していいかわからなかった」
「わからないなら、せめて黙っててほしかった」
セリーヌは立ち上がり、静かに部屋を出ていく。その背中に、ガレオンの言葉はもう届かなかった。
***
その晩、彼女は自室のベッドで一人、天井を見つめていた。
「……子どもがいないから、私は無価値?」
涙が溢れそうになるのをこらえて、枕を抱きしめる。
(子どもは、呪いじゃない。愛から生まれるもののはずなのに……)
そのとき、不意に扉がノックされた。
「……誰?」
「……俺だ。入ってもいいか?」
ガレオンの声だった。こんな時間に? しかも、自室に来るなんて――結婚以来、ほとんどなかったことだ。
「……どうぞ」
扉が開き、彼は珍しく、手に花を持っていた。小さな白いスノードロップの束。
「これ、庭に咲いてた。君が世話してたやつ、綺麗に咲いてたから……」
「……」
「……君が、ずっとひとりで頑張ってたこと、俺は何も見てなかったんだなって思った」
セリーヌは驚いて言葉を失った。ガレオンがこんなふうに――素直な気持ちを言葉にするなんて、初めてだった。
「……ありがとう。でも、私はまだあなたを許せませんよ?」
「……知ってる。でも、今日だけは……一緒にいてもいい?」
彼の目には、少しだけ寂しげな色が宿っていた。
「……枕は貸しませんけどね」
セリーヌが苦笑すると、ガレオンも不器用に笑った。
二人の間に、わずかな空気の緩みが生まれる。
それはまだ“愛”ではなかったかもしれない。でも、長く冷えていた関係に、小さな春の兆しが差し込んだ瞬間だった。
朝の紅茶を一口飲んだその瞬間、グロリア夫人のその声が飛んできた。まるで毒入りクッキーでも差し出されるかのような緊張感である。
「はい、義母様。どうされましたか?」
「……あなた、また今月も“空振り”だったそうね?」
お茶菓子のクッキーを指先でつつきながら、まるで天気の話でもするかのように、姑は言った。
(……ああ、来た)
セリーヌは心の中で深いため息をつく。3年。丸3年――跡継ぎは、いまだ授からない。
「医学的にも、こういうのは“女側の体質”って、決まってるんですって。ねぇ?」
使用人たちはわざとらしく咳払いをして、その場を離れていった。気まずさで壁になりそうな空気が部屋中に漂っている。
「……医師は原因は一概には言えないと仰ってましたが」
「でも、結果は出ていないわよね? リュステル家は名門なのよ。子どもも産めないような女を嫁に迎えたと、世間にどう思われるか……あなたにはわからないでしょうねぇ」
「……」
セリーヌは、カップの中で揺れる紅茶をじっと見つめた。
(わかりますとも、義母様。どれだけ、私がこの言葉を夢で聞いたことか)
***
その夜、セリーヌは夫の書斎を訪ねた。
「ねえ、ガレオン。私たち……もう少し、話し合いませんか?」
ペンを走らせていたガレオンは、ちらりと視線を上げただけで、返事もせずにまた紙に目を落とした。
「義母様が今日も、子どものことを……その、“恥”だと」
「……母さんの言う通りだろ」
「……え?」
今、何て?
「貴族は跡継ぎを残すのが義務だ。結婚して三年も経つのに、君は――」
「でも、それって、私だけの責任ですか?」
「……それは――」
「あなたは、私を一度でも庇ったことがありますか?」
ガレオンの手が止まった。
「あなたの母上が、私にどんな言葉を投げたか知っていますか? “空の器”“家の呪い”“無用の長物”。そんなふうに言われて、笑って耐えることが、妻の務めなんですか?」
「……」
「私は、あなたに愛されなくてもいい。でも、せめて――人として、味方でいてほしかった」
ガレオンは言葉を失っていた。ただ黙って、セリーヌの怒りと悲しみを真正面から受け止めていた。
「……ごめん」
その一言は、小さな声だった。
「母さんがずっと正しいと思ってた。君のことも……どう接していいかわからなかった」
「わからないなら、せめて黙っててほしかった」
セリーヌは立ち上がり、静かに部屋を出ていく。その背中に、ガレオンの言葉はもう届かなかった。
***
その晩、彼女は自室のベッドで一人、天井を見つめていた。
「……子どもがいないから、私は無価値?」
涙が溢れそうになるのをこらえて、枕を抱きしめる。
(子どもは、呪いじゃない。愛から生まれるもののはずなのに……)
そのとき、不意に扉がノックされた。
「……誰?」
「……俺だ。入ってもいいか?」
ガレオンの声だった。こんな時間に? しかも、自室に来るなんて――結婚以来、ほとんどなかったことだ。
「……どうぞ」
扉が開き、彼は珍しく、手に花を持っていた。小さな白いスノードロップの束。
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「……」
「……君が、ずっとひとりで頑張ってたこと、俺は何も見てなかったんだなって思った」
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「……ありがとう。でも、私はまだあなたを許せませんよ?」
「……知ってる。でも、今日だけは……一緒にいてもいい?」
彼の目には、少しだけ寂しげな色が宿っていた。
「……枕は貸しませんけどね」
セリーヌが苦笑すると、ガレオンも不器用に笑った。
二人の間に、わずかな空気の緩みが生まれる。
それはまだ“愛”ではなかったかもしれない。でも、長く冷えていた関係に、小さな春の兆しが差し込んだ瞬間だった。
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