【完結】離縁された令嬢は、お菓子片手に第二の人生を歩みます

朝日みらい

文字の大きさ
3 / 30

第3章:子どもの呪い

しおりを挟む
「セリーヌさん、ちょっとよろしいかしら」

 朝の紅茶を一口飲んだその瞬間、グロリア夫人のその声が飛んできた。まるで毒入りクッキーでも差し出されるかのような緊張感である。

「はい、義母様。どうされましたか?」

「……あなた、また今月も“空振り”だったそうね?」

 お茶菓子のクッキーを指先でつつきながら、まるで天気の話でもするかのように、姑は言った。

(……ああ、来た)

 セリーヌは心の中で深いため息をつく。3年。丸3年――跡継ぎは、いまだ授からない。

「医学的にも、こういうのは“女側の体質”って、決まってるんですって。ねぇ?」

 使用人たちはわざとらしく咳払いをして、その場を離れていった。気まずさで壁になりそうな空気が部屋中に漂っている。

「……医師は原因は一概には言えないと仰ってましたが」

「でも、結果は出ていないわよね? リュステル家は名門なのよ。子どもも産めないような女を嫁に迎えたと、世間にどう思われるか……あなたにはわからないでしょうねぇ」

「……」

 セリーヌは、カップの中で揺れる紅茶をじっと見つめた。

(わかりますとも、義母様。どれだけ、私がこの言葉を夢で聞いたことか)

***

 その夜、セリーヌは夫の書斎を訪ねた。

「ねえ、ガレオン。私たち……もう少し、話し合いませんか?」

 ペンを走らせていたガレオンは、ちらりと視線を上げただけで、返事もせずにまた紙に目を落とした。

「義母様が今日も、子どものことを……その、“恥”だと」

「……母さんの言う通りだろ」

「……え?」

 今、何て?

「貴族は跡継ぎを残すのが義務だ。結婚して三年も経つのに、君は――」

「でも、それって、私だけの責任ですか?」

「……それは――」

「あなたは、私を一度でも庇ったことがありますか?」

 ガレオンの手が止まった。

「あなたの母上が、私にどんな言葉を投げたか知っていますか? “空の器”“家の呪い”“無用の長物”。そんなふうに言われて、笑って耐えることが、妻の務めなんですか?」

「……」

「私は、あなたに愛されなくてもいい。でも、せめて――人として、味方でいてほしかった」

 ガレオンは言葉を失っていた。ただ黙って、セリーヌの怒りと悲しみを真正面から受け止めていた。

「……ごめん」

 その一言は、小さな声だった。

「母さんがずっと正しいと思ってた。君のことも……どう接していいかわからなかった」

「わからないなら、せめて黙っててほしかった」

 セリーヌは立ち上がり、静かに部屋を出ていく。その背中に、ガレオンの言葉はもう届かなかった。

***

 その晩、彼女は自室のベッドで一人、天井を見つめていた。

「……子どもがいないから、私は無価値?」

 涙が溢れそうになるのをこらえて、枕を抱きしめる。

(子どもは、呪いじゃない。愛から生まれるもののはずなのに……)

 そのとき、不意に扉がノックされた。

「……誰?」

「……俺だ。入ってもいいか?」

 ガレオンの声だった。こんな時間に? しかも、自室に来るなんて――結婚以来、ほとんどなかったことだ。

「……どうぞ」

 扉が開き、彼は珍しく、手に花を持っていた。小さな白いスノードロップの束。

「これ、庭に咲いてた。君が世話してたやつ、綺麗に咲いてたから……」

「……」

「……君が、ずっとひとりで頑張ってたこと、俺は何も見てなかったんだなって思った」

 セリーヌは驚いて言葉を失った。ガレオンがこんなふうに――素直な気持ちを言葉にするなんて、初めてだった。

「……ありがとう。でも、私はまだあなたを許せませんよ?」

「……知ってる。でも、今日だけは……一緒にいてもいい?」

 彼の目には、少しだけ寂しげな色が宿っていた。

「……枕は貸しませんけどね」

 セリーヌが苦笑すると、ガレオンも不器用に笑った。

 二人の間に、わずかな空気の緩みが生まれる。

 それはまだ“愛”ではなかったかもしれない。でも、長く冷えていた関係に、小さな春の兆しが差し込んだ瞬間だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

◆平民出身令嬢、断罪で自由になります◆~ミッカン畑で待つ幼馴染のもとへ~

ささい
恋愛
「え、帰ってくんの?」 「え、帰れないの?」 前世の記憶が蘇ったニーナは気づいた。 ここは乙女ゲームの世界で、自分はピンク髪のヒロインなのだと。 男爵家に拾われ学園に通うことになったけれど、貴族社会は息苦しくて、 幼馴染のクローにも会えない。 乙女ゲームの世界を舞台に悪役令嬢が活躍して ヒロインをざまあする世界じゃない!? なら、いっそ追放されて自由になろう——。 追放上等!私が帰りたいのはミッカン畑です。

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

【完結】婚約破棄の罰として、冷酷公爵様に引き取られたのですが…溺愛が過ぎます!

22時完結
恋愛
「公爵家に身柄を預ける。それが、きみへの罰だ」 社交界で“悪役令嬢”と噂されていた侯爵令嬢・リディアは、ある日突然、婚約者である王太子から婚約を破棄された。 その場で断罪され、王家の名誉を傷つけた罰として命じられたのは――冷酷で知られる隣国の大公爵、アレクセイ・レオンハルトへの“引き渡し”だった。 周囲は誰もが「破滅だ」と囁いた。 なぜなら、アレクセイ公爵は血も涙もない男として恐れられており、社交界では『氷の獣』とさえ呼ばれていたからだ。 だが、リディアを待ち受けていたのは―― 「今夜は、私の隣で眠るといい。罰とは、そういう意味だよ」 「…え?」 戸惑う彼女に注がれるのは、冷たい瞳とは裏腹の、甘すぎる眼差しと過保護なほどの愛情。 強引で不器用なアレクセイの溺愛は日に日に増していき、ついには「君を誰にも渡したくない」と独占欲全開に!? 婚約破棄されたはずの令嬢が、冷酷公爵に甘やかされて溺愛される―― これは、人生のどん底から始まる、予想外すぎる恋の物語。

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。

ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。 ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。

魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

【完結】愛人の子を育てろと言われた契約結婚の伯爵夫人、幼なじみに溺愛されて成り上がり、夫を追い出します

深山きらら
恋愛
政略結婚でレンフォード伯爵家に嫁いだセシリア。しかし初夜、夫のルパートから「君を愛するつもりはない」と告げられる。さらに義母から残酷な命令が。「愛人ロザリンドの子を、あなたの子として育てなさい」。屈辱に耐える日々の中、偶然再会した幼なじみの商人リオンが、セシリアの才能を信じて事業を支援してくれる。

処理中です...