【完結】離縁された令嬢は、お菓子片手に第二の人生を歩みます

朝日みらい

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第15章:菓子祭の出場依頼

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 春の陽射しが窓から差し込む昼下がり、「ル・ボヌール」の店内にはほんのりとバターとシナモンの香りが漂っていた。

 セリーヌはカウンターの奥で、明日の新作タルトの試作に取りかかっていた。そこへ、控えめに扉が開き、金髪の青年――いや、最近「身分バレ」してしまった第二王子ルシアンが、にこにこと入ってくる。

「セリーヌ、僕、今日は君にお知らせがあって来たんだ」

「……また“味見という名の甘やかし”ですか?」

「違う違う、今日はちゃんと真面目な話。えーと……“王都菓子祭”って知ってる?」

「えっ」

 セリーヌは木べらを落としそうになった。王都菓子祭――それは、年に一度、王都の名だたる菓子職人たちが技を競い合う一大イベント。貴族の口に入るスイーツの栄誉を賭けた、まさに“甘き戦場”である。

「う、うそ……そんな大きな大会、うちのような小さな店に声がかかるわけ……」

「あるんだよ、これが。実は……僕がちょっと推薦しておいた」

「推薦!? あの、王子の権力を……!?」

「違う違う、“感想文”を書いただけ。『セリーヌの菓子は心の温度を一度上げる魔法だ』って。そしたら審査員のひとりが興味持ってくれて、正式に推薦されたんだ」

「……その詩人みたいな表現、ちょっとズルいです……」

「本心だから仕方ない。で、どうする? 出場する?」

 セリーヌはぐっと唇を噛んだ。

 挑戦してみたい――そんな気持ちはある。だが、直後、ある名前が耳に届く。

「ただ……一つ、気になることがあってさ。審査員の中に、“侯爵夫人リザ・ド・ブリュネ”って名前があった」

 ――リザ。

 それは、かつてセリーヌを「平民上がり」と罵り、婚家から追い出した元姑の姉であった。

 その名前を聞いた瞬間、指先が震えた。

「……あの人が、審査員に……」

 胃の奥が冷たくなっていく感覚。あの冷たい瞳、侮蔑の笑み、そして突きつけられた離縁の紙。忘れようとした記憶が、菓子の甘い香りとともに蘇る。

「無理にとは言わない。でも、僕は……君の菓子が、誰よりも温かくて素晴らしいと知ってる。逃げてもいい。けど――君は、どうしたい?」

 ルシアンの真っ直ぐな瞳がセリーヌを見つめた。

「……私は、もう逃げたくありません」

 震える声を、両手で押さえるようにして、セリーヌは言った。

「悔しくて、情けなくて、何もできなかったあの頃の自分に……今こそ勝ちたいです」

 その決意に、ルシアンは静かにうなずいた。

「……君は強いね」

「強くなりたかったんです。貴族の妻じゃなくても、誰かの娘じゃなくても、自分の手で生きるって……そう決めたから」

 ルシアンはふっと笑った。

「じゃあ、僕は全力で応援するよ。会場で、“ただの菓子好きな青年”として、君の一番のファンになる」

「……じゃあ、お礼に本番では“王子特製おまじないスコーン”を焼きますね」

「それは楽しみだ。失敗しても、おまじないで何とかしてくれそうだし」

「失敗しません!」

 二人の間に、小さな笑いがこぼれる。

 苦い記憶も、甘い夢も、すべて包んでくれるような――

 それが、セリーヌの菓子の魔法だった。
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